3-11 お見合い
あれから一週間が過ぎようとしていた。
僕が学校から帰り、物理移動の練習をしていると、東郷さんが帰ってきた。
「ただいま〜」
東郷さんは、あの地震の次の日退職願を会社に出した。
有休が溜まりまくってるということで、もう昨日から出勤しなくて良くなったはずだ。
「どこか行ってたんですか?」
東郷さんが心なしかしょげているように見えた。
「うん。大家のところと、下の階の人のところにお詫びに」
「お詫び?」
「なんか、俺の部屋から水漏れしてて、それが運悪くパソコンにかかっちゃったらしくて、弁償しろって激怒してて……」
「あ!」
僕は先週の出来事を思い出す。
「すいません、それは僕がじぃをおだてたせいで」
「えっ。じぃ、水吹けるようになったの?」
「ジィ〜ッ」
じぃは嬉しそうにパタパタと東郷さんの周りを飛んでその肩にとまった。
「そっかー。俺てっきり地震で水道管が破裂したもんかと思ってたよ。じゃあ、保険も使えないねーってことは実費か。仕事辞めちゃったんだけど、大丈夫かな」
「すみません言うのが遅くなって」
「いやいやバタバタしてたしね。ん、これは?」
東郷さんは部屋に入ってきて、床のシミに視線を落とす。
「あっ、それは紅が」
「うわっ焦げてる!」
先週からその焦げはあるのだけど、東郷さんは今気づいたみたいだ。
「すみません言うのが遅くなって」
「いやいや良いんだよ。敷金戻ってこないだろうけど……」
東郷さんは深く項垂れる。
でも直ぐに気を取り直したように顔を上げ、「お祝いしよう!」と言い出した。
「颯希と〜じぃと〜紅の歓迎会も兼ねて」
そういうことで、僕たちは近所の居酒屋に行くことになった。
個室の部屋で、じぃと紅も自由に飛び回れる。
東郷さんは生ビール、僕たちはコーラで乾杯をした。
東郷さんはジョッキを半分まで一気飲みして、ぷはーっと息を吐く。
美味しそうに飲むなぁ、この人。
僕は酒好きの母のことを少し思い出した。
「このお通しうまいねー。いい店だ」
そう言いながら東郷さんは2杯目を頼む。
「初めてきたんですか?」
「うん。一人じゃ来ないよー」
「お友だちとか会社の人とは飲まないんですか?」
「付き合いではあるけど、友だちなんていないし」
「意外ですね」
東郷さんを嫌いな人なんていないだろうに。
「そうでもないよ。俺陰キャだし。陽キャとかパリピ人種苦手なんだ」
「そーなんですか」
ふと、里で会ったお医者さんのことを思い出す。
と、そこへ東郷さんのエーテルが鳴る。
「げっ」
画面がチラッと見えたが、電話は公衆電話からだった。
東郷さんはじっと画面を見つめたまま、取ろうとしない。
「出ないんですか?」
「出たら話さなきゃじゃん」
「用があってかけているのでは……」
「それが嫌なんだよ。うるさいんだもん、あいつ」
東郷さんは公衆電話からかけてきてる相手が誰だかわかるみたいだ。
着信が止まる。
東郷さんが安堵していると、今度は僕のところにかかってきた。
「出ちゃだめ!」
東郷さんが止める前に、僕は通話ボタンを押してしまっていた。
「瑠生ー! そこにいるんだろ!? なんだ出ちゃダメって! はるばるあたしさまが里から会いに来てやってんのに〜! どこいんの!? マンション空じゃんか!」
たしかに、うるさいってのは否定できない。
「二人してどこいんのー!? どこどこ!?」
「近くの居酒屋にきてまして」
「なんだよ、中坊つれて居酒屋とか不良じゃん」
「ファミリー居酒屋なんで、分煙だし、問題ないかと」
「あ、じゃああそこだ。おっけー今から行くねー」
嵐のような通話が終わった直後、店の入り口から
「こんちゃー! 待ち合わせでーす」
という大きな声が響いた。
「死にかけてたあんたを救ってやったお礼だよ、これは」
と言いながら、芽衣さんはジョッキ生を飲み干し、おかわりを頼む。それが来るまでにボトルで入れたウイスキーで、濃いめのハイボールを作ってクイッと煽った。
「人の金だと思って」
東郷さんはすっかり勢いを削がれて、三杯目の生ビールにゆっくり口をつける。
「人の金で飲む酒ほどうまいものはないよねー」
「いや、あるだろ。何しに来たんだよ、おまえ」
「明日明後日休みだからさ、観光」
「ちゃんと、ホテル取ってあるのか?」
「そんなのとるわけないじゃん。あんたんち泊まるもん」
「やだよ! 泊めないよ!」
「ケチくさいこと言うなって。部屋いっぱい余ってるでしょ?」
「余ってないって。おまえみたいなのいたら颯希の教育に悪い」
確かに芽衣さんの服の胸元が開いていて、僕はさっきから目のやり場に困っている。
この前みたいな、裸に近い格好でなくて良かったけれど。
「酷い言いようだね〜。ま、とにかく泊まってくからよろしく」
「おまえ、なんかあっただろ」
東郷さんが言うと、芽衣さんは咽せてビールを吐き出した。
「きたなっ」
「あんたが急に変なこと言うからじゃん」
「別に変なことじゃないだろ。そうやって元気が空回りしてる時は大体なんかあった時だ。彼氏にフラれた?」
東郷さんがそう言うと、芽衣さんはハタと止まって、急にボロボロと泣き出した。
「うわっ。図星かよ」
東郷さんは慌てて芽衣さんにおしぼりを渡す。それ、さっきこぼした醤油拭いたやつ。
「違う」
「じゃあどうした」
芽衣さんはメソメソ泣きながら語り始めた。
「お見合い、しろって」
「お見合い、か。まぁ、仕方ないよな」
「仕方なくないよ! 今どき28で結婚してない人なんていっぱいいるじゃん」
「ご長老方は血筋が途絶えるのを恐れてるんだろ。巫女だって今じゃ数えるくらいしかいない。貴重な存在だもんな」
「だからって、好きでもない人と結婚なんてしたくないよ」
「おまえにとっては、良いことなんじゃないの? 男見る目ないし」
「どう言う意味よ!」
「前の彼氏には結婚仄めかされて金騙し取られて、前の前の彼氏には家族が病気だからって金騙し取られて、前の前の前の彼氏には借金が返せなくて臓器売らなきゃならないって泣きつかれて金騙し取られて、あははっ。おまえいっつも金騙し取られてるな」
東郷さんは何がツボに入ったのか腹を抱えて笑っている。
これ、まずいんじゃないか?
「サイテー!」
芽衣さんは、立ち上がると東郷さんの襟をつかんで引き寄せ、殴るーーかと思ったら接吻をかました。
「きゃーっ」と悲鳴をあげたのは東郷さん。おしぼりをとって、ゴシゴシと唇を拭く。
その反応も相当失礼だと思うけど……。
「あんたには殴るよりこっちのほうが堪えるでしょ。人間より、龍好きのど変態が!」
芽衣さんはそう言うと、店を出て行ってしまった。
「東郷さん、ほっといていいんですか?」
僕の心配をよそに、東郷さんは白けた顔でビールを飲んでる。
「いいよ、いい大人なんだからほっとけば」
「それにしても、東郷さん芽衣さんには、冷たすぎませんか?」
「幼馴染なんてそんなもんじゃない? あの調子で小さい頃は散々嫌なことされたしさー。いい思い出が何一つない」
「何一つ……」
でも大人になってあの調子なら、子どもの頃のガキ大将っぷりはすごかったんじゃないかなと想像できる。
「それにしても、今どきお見合いなんてあるんですね」
「うちの一族では珍しくないよ。巫女は女系、龍騎士は男系で血を継ぐんだ。そうでないと力も途絶えてしまうからね」
「そうなんですね」
「そう。俺か颯希、どっちか結婚して子孫を残しとかないと〜先祖に祟られるぞ」
「結婚して子孫!?」
「俺はそういうのダメだから、颯希頼んだよ」
「そんなの恋愛もしたことのない僕にはまるでファンタジーですよ。東郷さんこそ、顔は良いし、モテるんじゃないですか?」
「顔だけはいい、みたいな言い方だな」
「そんなことは、ないですけれど」
「しどろもどろじゃん」
「実際、どうなんですか? 好きになった人とかいないんですか?」
僕はコーラで酔ったのだろうか。変なことを聞いてしまった。
だけど、東郷さんは赤らんだ顔でニヤッと笑う。
「そういう話好きなお年頃だよね〜」
「そんなつもりじゃないですけど、東郷さんほど素敵な人なら、そういうことがあってもおかしくないと思って」
「あるさそりゃあ、色々ね」
でも、
「恋愛感情ってのが俺にはどういうものかわからない。誰かのことを、自分の命よりも大切に思うことを言うのなら、俺は碧に恋をしてたよ」
僕は思わずドキリとする。
「碧って、前に東郷さんが連れていた龍のーー」
「うん。かわいい龍だったよ。龍の性質もあるけど、とても献身的で、美人で」
「人に変化することもあったんですか?」
「うん。知能が高い子は人間の生活に馴染むためによく変化するんだ。じぃもたまに人の姿になるだろ?」
「じぃは、碧の子どもなんでしたよね」
「そう。龍の交配は、育師が決めるのさ。相性の良い龍同士を選んでね。龍にだって、意思はあるのにね」
罪深い生き物だよ、人間は。
東郷さんはため息をつきながら、生ビールの続きを飲む。
そこに、すごすごと芽衣さんが戻ってきた。
「落ち着いたか?」
慣れた様子で東郷さんは芽衣さんに言うと、ハイボールを作ってやった。
「うん」
「いつものこいつのパターンなんだ。ハイテンションで飲みまくって号泣してしばらく徘徊して落ち着く」
「ご、豪快な落ち込み方ですね」
「ハイボールうまっ」
芽衣さんはもう元気を取り戻したようで、ハイボールをゴキュゴキュ飲んだ。
「で、お見合いって相手は誰なの?」
なんだかんだ東郷さんは芽衣さんのことを気にかけているみたいだ。
「隣村のゴサ」
それを聞いて、東郷さんが顔を顰める。
「黒狐じゃないか」
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