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3-10 なんで俺なんだよ……

-


 ビル街の一画だ。


一階のテナントが、倒壊してしまっていた。


 プレオープンの幟旗が虚しく店の脇で揺れている。オープン日は明日になっていた。


 店の前に立ち尽くしているおじさんがいた。角刈りの天パ。


「西脇さん」


 東郷さんがおじさんに声をかける。


 おじさんは力なく振り向き、「ああ、あんたか」と、苦笑した。


「もうシステムを急ぐ必要はねーわな。店はこの通り。信用を失う前に無くなっちまったよ」


 やっぱり。そのおじさんは、昼間東郷さんと若いお兄さんを怒鳴りつけてた人だ。


 何故か、そこだけ被害が酷い。


「申し訳ありませんでした」


 東郷さんは深々とおじさんに向かって頭を下げる。


「だからもういいって。地震はあんたのせいではないんだしな。それともこっちを揶揄ってんのか!? 俺の店が潰れたからって喜んでんだろ! 目障りだ、もうどっか行ってくれ」


 東郷さんはもう一度頭を下げると歩き出す。


 家に戻る途中の公園で、思い出したように僕を振り返り、


「ごめんね。変なことに巻き込んで」


 と謝ってきた。


「東郷さんは悪くないです」


 僕はずっとそれが伝えたかった。


「ありがと。いっぱい歩かさせちゃったね。ちょっと休もうか」


 公園のベンチはもう埋まっていて、僕と東郷さんは自販機でジュースを買ってから、ブランコに並んで座った。 


 いつもの日曜日の夕方。


公園の様子を見ていると、地震があったのなんて嘘みたいだ。


 でも何事もなく日常を送る人の裏では、あのおじさんみたいに大事なものを失って悲しんでいる人もいる。


「今日、来てたよね? 西脇さんの会社」


 唐突に東郷さんが言うので、僕は誤魔化すこともできず素直に認める。


「術の、練習をしてたんです。あのおじさんの会社まで飛んだのは、じぃの力ですけど」


 東郷さんは苦笑した。


「知ってるよ。颯希もそのうちわかるよ。龍騎士は龍の力が気配でわかるんだ」


「すみません。盗み聞きするようなことして」

「俺は別にいいんだけど、社会に出て働くってことに失望しないでほしいなとは思って」


「それは、ちょっと無理な相談かもしれません」


「おいおい。働くって、悪いことばかりじゃないよ?」


「だって、僕には東郷さんがどうしてそんな大変な思いをしてまで仕事を続けるのかわからないんです」


「あーそっかー」


 東郷さんは、地面を蹴って緩くブランコを漕ぎ始める。


「なんていうかさ、傍観者になりたくないっていうか」


「傍観者ーー?」


「俺はこうやって、ブランコを自分で漕いでたいんだよ。社会の歯車ってやつ? それになってたかった。だって、そこにいなきゃ、そこにいる人の気持ちはわからないだろ。大事なものもわからない」


 東郷さんは、ブランコを止める。


「俺が命をかけてまで守らなきゃいけないものってなんなのか、ちゃんと覚えていたかったんだ」


 でも、


「ようやくわかった。思い知らされた。俺は結局、普通には生きられない。自分の我儘が、多くの人に悲しみを与えてしまった」


 東郷さんは深く項垂れる。 


 もう辺りも暗くて、東郷さんの顔もよく見えない。見えなくて、良かったのかもしれない。


 東郷さんの足下に、ポタポタと雫が落ちていた。


「なんで、俺なんだよ……」


 絞り出すような東郷さんの声。


 それが本音なんだろう。 


 でも僕はそんな東郷さんを情けないとかみっともないとか思わなかった。


 むしろ、僕と同じ感情を持った人間なんだって、少し安心した。


 東郷さんは、普通の人でありたくて、全力で宿命から抗ってたんだ。


「俺、隠匿って嫌でさぁ」


 東郷さんが鼻をすすりながら言う。


「ちっちゃい人間だからさ、なんかしたらやっぱり気づいて欲しいんだよね。


龍騎士ってさ、命張って鯰倒して地震防いでも、誰も感謝してくれないのね。


ありがとうって、思ってくれる人がいればさぁ、もっと気持ちが楽になるんだけど」


 だから、


「ずっと働いてた。目に見える感謝が欲しくてさ。ちゃんと満員電車乗って、仕事が立て込んだら終電まで残業して、後輩も育てて、今みたいにトラブルあったら休日出勤して、クライアントに頭下げて、社会と繋がってた」


 でも、


「なんだったんだろうなぁ。今日、結局西脇さんに約束したモノ作り終わらなくて、焦ってやってたら鯰に気づくの遅れて、この有様だよ。俺、ほんとに何してたんだろ。俺にしかできないことは、システムを作ることじゃなかったよ。って、こんなこと颯希に話してもわからないよな、ごめん」


 東郷さんが、こちらを振り向いてにこりと笑う。 


「会社辞めるわ、俺」


 泣き濡れたその顔が、夕日に反射してとても美しかった。


「やっと覚悟、決まった」


「僕がっ」


 口を開いたはいいものの、言いたいことがありすぎてまとまらない。だから、これだけ言った。


「僕は、感謝してます。東郷さんに。いつも。鯰を倒した時も。いつも」


 東郷さんは、きょとんとして、「あははっ」と出会った時のように明るく笑った。


「ありがとー! それで頑張れるよ、俺。あっ、でもおまえはちゃんと中学卒業するんだぞ。おまえが大人になった頃には、鯰どもを俺が駆逐しとくから。おまえは立派なサラリーマンになるんだ」


 僕は苦笑いする。


「そんな先のことまで考えられないですけど、学校は卒業したいです」


 先のこと。


 僕が龍騎士になることなど前は想像もつかなかった。


 でも今は、サラリーマンをやってる自分より、龍騎士をやってる自分の方が想像しやすいのが、不思議だ。


 そして、あの違和感の正体がわかった気がする。


 学校の先生に言われたあの一言。


 自分の将来にもっと責任を持て、ってーー。


 将来のことをちゃんと考えろって意味だとは思う。


でも、どうして当たり前にみんなが生きる未来がそこにあると思うのだろう。


それを守ってくれているだれかがいるなんて、みんな考えもしないんだ。


僕も、考えなかった。


 でも、未来があるのは当たり前じゃない。


 守ってくれている人たちがいて、僕たちの歩む先がある。


 将来は、未来は、今の先にあるもの。


今を積み重ねて作るもの。


 だから、僕は今何を積み重ねていきたいか、いくべきか。


 それが、龍騎士なんだ。


「まずは試しに受かるよう頑張ります」


 一歩一歩だ。近道なんてない。


「おッ。やる気じゃないか。そうだそうだ。術と形、教えてやらなきゃな」


 そう言って東郷さんは立ち上がった。


「よし。ここから家まで飛んでみろ」


「えっ、いきなりですか」


「そうだ。方角もなんとなく意識するといいぞ。気の流れも意識するんだ。こう、うーってしてわっとする感じだよ」


「それじゃ全然わかりません……」


 やっぱり東郷さんは、教えるのはうまくない。でも、僕は東郷さんの弟子になって良かったと思う。


 三ヶ月後ーー。絶対に、試しに通ってやる。


この作品悪くない


少しでもいい

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