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2-7 結界



「東郷さんーー」


 龍の身体から煙が昇っている。赤いのは熱いからなのか。東郷さんの皮膚が焼けているんじゃないだろうか。


 だが次第に真っ赤だった龍の色が、薄紅に落ち着いていく。


「あ、ごめん。結界、解かなきゃーーね。音を……」


 東郷さんは一瞬僕の方を向いたけど、そのまま薄紅の龍に顔を埋めて動かなくなってしまった。


 まさか、気を失った?


「と、東郷さん!? 東郷さん!」


 僕はシャボンの泡の壁を思い切り叩く。けれど強化ガラス並みに硬い。


「いやこれ、どうしろって言うんだよ」


 東郷さんも心配だ。


 僕が困りはてて座り込む。あれ、そういえばじぃはどこへ行ったのだろうか。いつの間にか姿が見当たらない。


 すると、一人の人物が東郷さんの側に現れた。


 体格のいいおじいちゃん。雪兜さんだ。


 その肩からじぃが飛び降りて、気を失っている東郷さんの顔を舐める。


 じいが雪兜さんを呼びに行ってくれたみたいだ。


「まったく、言ってる側から」


 雪兜さんは龍と東郷さんとを両肩に抱え上げる。


 僕は玄関からリビングまで運ぶのに苦労したのに、おじいちゃんなのに凄いパワーだ。


 それから僕の方を振り返った。


 てっきり助けてくれるのかと思いきや、

「颯希と言ったな」


「はい」


「自力でそこから出てみろ」


「えっ!? そんな、どうやってやるんですか」


「力に頼るな。物質に惑わされるな。お前が龍を見ているように、この層へ来ているように、おまえの魂の覚えている感覚を呼び起こせ」


「そんな抽象的なことを言われても」


「できぬと思えば一生できない。できると思えばいつかできる。明晰夢を見るような感覚で臨めば良い」


 そう言うと、雪兜さんはじいも連れて姿を消してしまった。


「嘘でしょ。ちょっと待ってよ」


 一人取り残された海は、鯰の死骸も消えて長閑に波が寄せては返している。


 試しに透明の壁に手を触れてみるが、やはりとても破れる気がしない丈夫さ。


 けれど、周囲の音は鮮明に聞こえてくる。


 物質のようだけど、物質でないということなのか?


 考えてみれば、瞬間移動したり、瞬時に着替えたり。まるで物理法則を無視している。


 ということは、物理の通用しない何かなのだこれは。


 雪兜は龍を見ているように、と言った。


 つまり、この世ならぬものを見ている時のような感覚が何かヒントになるということだ。


 幼い頃、僕に見えているものが他の人には見えてないと知ってショックだった。


 両親には、そのことは、絶対よそでは言ってはいけないと言われた。


 それは、僕が頭のおかしい子だと思われるからなのだと思っていた。


 でも、ほんとうは違ったのかもしれない。

 真相は誰も教えてくれない。


 でも、父は、母も、僕に降りかかる辛い宿命のことを知っていて、そこから逃がそうと匿ってくれていたのかもしれない。


 だけど、結局こうして宿命は巡って来る。


 父と母の気持ちには感謝している。でも、どうせ直面しなければいけないことならば、もっと早くから知っておきたかった。学んでおきたかった。


 せめてもと思って、父は僕に剣道を習わせたのかもしれない。



 昔から筋がいいとほめられた。それも、今思えば血筋によるものだったのかもしれない。


 血――。


 龍が、一族の者しか見えないと言うのなら、それは血に関係していると言うことだ。 

 明晰夢って、なんだっけ。


 僕は、雪兜がくれたヒントとなる言葉を一句一句拾ってその意味を考えてみる。


 明晰夢は、確か夢を見ているときにこれが夢だと自覚できる夢のことだ。


 僕はそれを見たことがないけれど、もし明晰夢を見ることができたら、夢の中で自由に振る舞えると言うことだ。


 でもここはあくまで現実世界。だけど、層が違うらしい。層ってなんだ。東郷さんは次元とも言っていた。現実であって、現実でない場所、みたいな感覚が当てはまる気がした。


 んーやっぱり、考えてもわからない。

 僕はもう一度透明の壁に手を触れる。


 冷たくも熱くもない。つるりとした感触はガラスみたい。


「結界、なんだよな」


 東郷さん、これを僕につける時二本指を出していた。


 僕も真似してみる。


 ここから風が出たんだ。その風が僕を包んで、この泡のような形になった。


 そういえば、動くなと言われたから動かなかったけれど、歩いてみたらどうなるのだろう。


 僕は、立ち上がり、一歩、歩いてみた。

「ここから出して!」

この作品悪くない


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