2-4 里がえり
きっちり一時間後、僕たちは出かけた。
新幹線に二時間ほど揺られ、そこからさらにローカル線とバスとを乗り継いでたどり着いた山奥の里。
今時珍しいくらいのど田舎、有形文化財になりそうな趣のある茅葺屋根の家に僕は連れて行かれた。
玄関を入るとき、離れに道場があるのが見えた。
「ただいまですー」
鍵は空いていて、インターホンも押さずに東郷さんは勝手に家の中に上がっていく。
僕がついて上がると、じいが東郷さんの肩の上から降りて僕の胸ポケットの中に滑り込んだ。
「そうだね。隠れていたほうがいい」
意味深な言葉を残して東郷さんが廊下を進んでいく。
畳敷きの今に入ると、長机に白髪の老人が一人座ってお茶を飲んでいた。
その向かいには、二人分の湯呑みが用意されている。
まるで僕たちがここへ来ることがわかっていたみたいだ。
「座りなさい」
老人に勧められ、僕たちは並んで腰かけた。
珍しく東郷さんが少し緊張しているようだった。
「ご無沙汰です」
「色々報告せねばならないことが溜まっておるのではないか?」
「えーと、はいまあ。まず、弟子を取りました。天明颯希くんです」
東郷さんはそのまま僕に老人の紹介をする。
「俺の師匠の天明雪兜さんです」
僕は軽く頭を下げる。天明って、同じ苗字ってことはもしかして、
「颯希のおじいちゃんだよ〜」
東郷さんは気まずそうに笑って言った。
でも雪兜は僕の方を見もせずに、天明を怖い顔で睨みつけている。
「弟子を取った報告より前に、称号を取ったこと。その前に、碧を亡くしたこと。その報告はどうなっている」
「全部ご存知ならわざわざ俺の口から報告するまでもないのでは」
「ふざけるな!」
雪兜が怒号と共に湯呑みを投げてきた。
うわっ。
僕はビクンと身体をそらせるけれど、東郷さんは微動だにしない。
それもそのはず、湯呑みと中からこぼれたお茶が、そのまま空中に浮かんでいる。
まるで時が止まったかのよう。
「無闇に術を使うな!」
それがまた雪兜の神経を逆撫でしたようだった。
「だって、火傷します」
東郷さんは机の下で小さく指を鳴らす。
するとお茶が湯呑みに戻っていった。
それを東郷さんが手で持って、雪兜の前に戻す。
まるで魔法だ。
「ご報告を差し上げるべきはこの颯希のこと。素養を持ちながら今まで隠されていた。けれど、黒が見つけてしまった。掟に従えば、龍騎士として称号を得るしか生きながらえる道はありませんよ。可愛いお孫さんでしょう?」
雪兜は諦めたようにため息をつく。
「全く愚かなことよ。寿命を縮めてまで箱入りにし、結局苦労するはこの子」
「それを今更言っても仕方ありませんよ。俺が術を仕込みます」
「己の世話もままならぬお前に弟子を育てられると思えんが。碧を家政婦がわりに使っていたのは、わしの耳にも届いておるのだぞ」
「家政婦がわりなんて、人聞きの悪い。碧が自らしてくれていたことです」
「間違いが起きなくてよかったわ」
「起こるわけないでしょう。俺は龍を尊んでいる」
すっと、東郷の声に怒りが滲んだ。
こんなふうに本気で怒っている東郷は初めて見た。
「お前は昔から龍に思い入れしすぎだ。いつかそれで足をすくわれるぞ」
「ご心配ありがとうございます。とにかく、これで報告は終わりです」
とそこへ、外から半鐘の音のようなものが聞こえてきた。
「鯰が出ましたね」
東郷が呑気に言う。
「ちょうどいい。お前たちで行って来い」
「えー。俺の担当区域外ですけど。こっちの担当が行けばいいじゃないですか」
「若いのは厄介なのが出て今出払っている。留守を頼まれているのは隠居したじじい供だ。腰でも出しかねん。お前、行ってこい」
「仕方ない。初陣だよ、颯希」
東郷は立ち上がると同時に、羽織袴姿に転じていた。顔には白狐の面。腰には大小の刀。
「は、はい」
僕も慌てて立ち上がる。その肩に東郷が触れた途端、僕の衣装も変わった。
「早着替えの術〜。この感覚、覚えておいてね。今度は自分でやってもらうからね」
「ええっ」
感覚と言っても、一瞬でよくわからなかった。ただ、なんだか心地よい風が全身を一瞬包んだような気がした。
「さ、いくよ。飛ぶから。この感覚も覚えてねー」
東郷が再び僕の肩に手を置く。次の瞬間、僕の周りの景色が瞬時に変わる。僕は、海岸に立っていた。
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