第四章 魔女たちの対面 2
ジゼルが咎めたてるように言う。
エレンはむっとした。
「魔術師が素性を隠して語学教師の口に応募するのが非常識なんですわ。どうしてわざわざ最大の特技を隠していましたの?」
「そんなの決まっているでしょう? 魔力の持ち主がいつ戦場に動員されるか分からない時勢ですもの」
「ルテチアの皇帝僭称者はいざしらず、このアルビオン&カレドニア連合王国でそんな非法はまかり通りませんよ」
「と、ルテチアの魔術師だって三年前までは思っていましたとも! 家族にも仕事仲間にも恵まれて幸運な経歴を重ねているお気楽なあなたには分からないでしょうけれど、わたくし、今まで生きてくるだけで結構辛酸を舐めてきましたのよ? 少女時代には大革命で一族は離散し、貧しい中でどうにか魔術師として身を立てられるかと思ったら、今度はあの皇帝僭称者による魔術師動員令! もう政変に振り回されるのはうんざりなんですの。魔術師であることを生涯隠し、すべてのトラブルから離れて片田舎のアルビオンに隠棲しようと思っていましたのに――」
「マダム・ヴァリエ、あなたの境遇をお気の毒には思いますわ。でも、片田舎はあんまりじゃありません? 首府から駅馬車でたった三時間の村に対して」
エレンが言い返すとジゼルは眉をあげた。「あのねえミス・ディグビー、わたくしアルビオンの片田舎、とは申しておりませんよ?」
「じゃ、なんて言ったのよ?」
「片田舎の! アルビオン」
「――アルビオンの何処が田舎よ?」
「ワインが自前で醸造できない国なんか片田舎に決まっている!」
「……! ――仕方ないでしょ、葡萄の北限を越えているんだから!」
エレンとジゼルが不仲な犬と猫みたいに毛を逆立て合っていると、
「――ああもう、二人とも静かにしなさい! お店のなかですよ?!」
バーバラがぴしりと叱りつけてから、はっとしたように口を押えた。
「あ、すみませんね、つい生徒を相手にしている気がして」
「いえ、こちらこそ」と、エレンは恐縮した。
ジゼルが眉をあげる。
「ごめんなさい先生。―-それから衝立の向こうの紳士方! 女性たちの会話を盗み聞きするなど文明人のやることではありません。気になることがあるなら入ってきなさい!」
「マダム・ヴァリエ、あなた何を――」
エレンが慌てて止めるのも間に合わず、衝立の向こうからぞろぞろと紳士方が入ってきてしまった。
筆頭は旅籠の主人だ。
「ええと――ミス・バーバラ?」と、青っぽい上着に青い帽子の警察官らしき男がおずおずと訊ねてくる。
「なんでしょうコリンズ巡査部長?」
「今小耳に挟んだところによりますと、そちらのミス・ヴィリアーズってお方は、本当に魔女だってことで?」
「ええ」と、ジゼルが頷き、堂々と顔をあげて、居並ぶ男たちを正面から見返した。
「わたくしはジゼル・ヴァリエ。イル・ド・ルテチア地方の騎士爵の生まれです」
「本来ならレディと呼ばれる御生まれってことですよ」と、バーバラが言い添えると、村人たちがホーっとため息をついた。
「ありがとうございますミス・バーバラ」と、ジゼルがクリーム色の頬に笑窪をくぼませて笑ってから、改めて向き直った。
「わたくしに魔力があることは事実です。しかし、その力を邪な目的に用いることはありません。噂のあの奇妙な行方不明事件に関しては、皆さまご安心なさって?」
と、ジゼルは人懐っこくも愛らしい笑みを浮かべて一同を見回した。
性質の悪い可愛い白猫みたいな笑みだとエレンが思ったとき、ジゼルはそのとびっきりの笑顔を浮かべたまま、小首を傾げてエレンを見あげてきた。
「その事件については、こちらのミス・ディグビーが個人的に調査してくださるそうですからね!」
「え?」
エレンはぎょっとした。
「ちょっと待ってよマダム、わたくし、今回はただあなたの身元確認に――」
しかし、告げられた村の一同はエレンの言葉など聞いてはいなかった。
「そうか、そいつはいい!」と、青帽子のコリンズ巡査部長が満面の笑みを浮かべて頷き、村人たちを見回して得々と語りだした。
「みな知っているか? そのミス・ディグビーって方は、難事件をいくつも解決なさってタメシス・ガゼット新聞にも載っている有名な諮問魔術師なんだ!」
「え、じゃ、この村の事件もガゼットに載るのかな?」
「ミス・ディグビーが解決なさるならきっと載りますわよ!」と、ジゼルが笑顔で請け合う。途端に歓声が弾けた。
「お願いいたしますよ諮問魔術師どの!」
「ファンテンベリーがガゼット紙に載るなんて1774年の苺の大品評会以来だ!」
「先生頼りにしていますよ!」
「おいジャック、エールだ、エール持ってこい! 諮問魔術師どのに乾杯! どうぞご無事の解決を!」
「不肖このコリンズもお手伝いいたしますんで!」
あれよあれよという間に全員の手に半パイントのエールを湛えた白いジョッキが行きわたり、それなりに上品な拵えの特別談話室が警視庁の大部屋の決起集会みたいになってしまった。揚げジャガイモだの魚のフライだのビーフ&エールパイだのが、注文していないのに続々と運ばれてくる。
「え、あ、ちょっと、わたくしまだ引き受けるとは――」
エレンは狼狽しながらバーバラを見やった。
頼みの常識人と思っていたバーバラはご機嫌でエールを一気飲みしていた。
エレンは深い諦めとともに肘掛椅子に崩れ落ちてから、澄ました顔でエールを啜っているジゼルを睨みつけた。
「ジゼル・ヴァリエ。あなたも協力しなさいよ?」
「授業の合間にはね」
ジゼルはにやっと笑った。
エレンは改めて思った。
このルテチア女とは絶対に友達にはなれなそうだ。