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第四章 魔女たちの対面 1

 お茶は芳ばしく、ミルクは新鮮で、スポンジケーキにしみ込んだ赤い苺のシロップは蕩けるように甘かった。

 エレンが御満悦で匙を口に運んでいたとき、衝立の向こうから微かなざわめきが聞こえてきた。



 ――ミス・バーバラのお越しかしら?



 慌ててスプーンを口から話して待ち構える。

 すると、すぐに、衝立の端を巡って二人の女性が入ってきた。



 一方の女性は地味な灰色とラヴェンダー色の縦縞の古風なドレス姿で、初夏だというのに細かな貝ボタンを首元までぴっちりと止めている。


 薄茶の髪を無造作にひっつめた、年齢のよく分からない小柄な女性だ。彼女はエレンの姿を見とめるなり、意外そうに目を瞠った。


「ええと――あなたが、タメシス警視庁からいらした諮問魔術師なの?」

「ええ。エレン・ディグビーと言います。あなたはロビヤール女子寄宿学校のミス・バーバラ・アボット?」

「ええ」

 バーバラはずいぶん愕いている様子だった。

 肩書にそぐわないエレンの若さへの愕きだろう。


 答えながらエレンも愕いていた。

 バーバラのすぐ後に入ってきた人物の姿にありありと見覚えがあったのだ。



 それはエレンと同年配に見える優美な美貌の持ち主だった。

 光沢のある栗毛を緩やかに結い、丸みを帯びた嫋やかな中背を淡い銀灰色のドレスに包んでアッシュローズの絹外套(ペリーズ)を重ねている。膝の上のあたりで重ねられた華奢な手は黒いレースの手袋に包まれ、絹外套と揃いの幅広のリボンを結んだ麦わらのボンネットを握っている。


 実に洒落た服装だ。



 --ええと、この人って、テイラー通りのあのマダム・ヴァリエじゃ……?



 マダム・ジゼル・ヴァリエは、数か月前までタメシス市域に住んでいた亡命ルテチア人の魔術師だ。

ルテチア人らしい徹底した個人主義者で、魔術師組合にも加わらずに好き勝手な私的営業をしていたはずだが――それがなぜこんな場所にいるのだろう?



 エレンがまじまじ見つめていると、相手は戸惑ったように小首を傾げてみせた。


 まるっきり初対面の反応だ。


 まさか他人の空似だろうか?



 --いやまさか。いろいろ腹の立つ女だったけど、これだけ綺麗な貌は滅多にいないはず。この人は絶対あのテイラー通りの魔女だわ。間違いない。



 エレンの凝視に気付いたのか、バーバラが慌てて紹介してくれる。


「ミス・ディグビー、こちらがミス・ジゼル・ヴィリアーズ。わたくしどもの学校のルテチア語教師です」

「……ヴィリアーズ?」

 よく考えてみたら、その名前は「ヴァリエ」のアルビオン語読みではないか?


 エレンが思わず繰り返すと、紹介されたルテチア語教師はにっこりと笑って名乗った。


「はじめまして諮問魔術師殿。ヴィリアーズと申します」


 甘ったるく鼻にかかったルテチア訛りの柔らかなアルトを耳にするなりエレンは確信した。


 この女はやはりあのジゼル・ヴァリエだ。


 途端に腹が立ってきた。


 このルテチア人はこんな場所で一体何をやっているのだ?



「ええミス・ヴィリアーズ。そのお名前でお会いするのは、確かに初めてですわね?」


「あら、あなたがたお知り合いでしたの?」と、バーバラが狼狽え気味に訊ねる。

 ジゼルの眉毛が吊り上がる。


 それ以上何も言うな――と、無言で命じているようだ。

 エレンは構わずに頷いた。

「生憎にか幸いにか、首府で面識がありますわ。―-マダム・ジゼル・ヴァリエ。去年ルテチアから亡命していらして、一時期は『テイラー通りの魔女』と呼ばれておいででしたね?」


「え、魔女?」

 バーバラがぎょっとしたように繰り返し、怯えた目でジゼルを見あげた。

「ミス・ヴィリアーズ、魔女って、単なる綽名ですよね?」

「いえ」

 ジゼルが観念したように首を横に振りながら答えた。


「言葉通りの意味ですわ」


 途端に衝立の向こうから微かな悲鳴があがった。

 バーバラがぎょっとしたように見やる。



「……――どうやら聞き耳を立てられていたようですわね」と、ジゼルが肩を竦め、弓なりの眉をぎりぎりと吊り上げてエレンを睨み上げた。

「ミス・エレン・ディグビー。あなたの責任ですよ? これ以上おかしな噂が広まったらどうしてくれますの?」


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