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第二章 女子寄宿学校の魔女

「――大タメシス行政区とコーン州の境のファンテンベリー村の、ロビヤール女子寄宿学校……ですか」


 タメシス市域ドロワー通り三三一番地の事務所(オフィス)兼下宿の接客スペースである。


 若い気鋭の諮問魔術師(コンサルテイティヴ・マギステル)としてこの頃名を売り始めたエレン・ディグビーは、その場所に珍しい客人を迎えていた。


 顔なじみのタメシス警視庁の警部補(レフテナント)のクリストファー・ニーダムである。

 ふわふわした栗毛に淡青(うすあお)の眸、雀斑の散った童顔という威圧感のない見た目の若い警部補は、いつものように少し困ったような様子で小首を傾げた。


「ご存じありませんか? 村の先代の牧師のアボット師という方のお嬢さん二人が営んでいる学校だそうです」

「生憎と全く。コーン州のほうに知り合いはおりませんの」

「そうですか――」

 ニーダムが目に見えてうなだれる。


 威圧感のない見た目の若い――二十六歳のエレンより二、三歳年下に見えるニーダムがそんな顔をすると、善良そうな長毛種の牧羊犬が雨に打たれているのを見るような胸苦しさを感じてしまう。

 エレンは慌てて訊ねた。「その学校で何かありましたの?」

「いえね、実はその学校のあるファンテンベリーに住んでいる治安判事のミスター・ハックニーという方から警視庁(ヤード)に内密に相談があったのです」

「どのような?」

「その村でここ二か月のあいだに、村人が姿を消す事件が三件続いているのだと」

「え、二か月で三件?」

 エレンはぎょっとした。「一つの村でそんなに続けて人が消えるなんて、大事件じゃありませんか! そんな話、新聞でも全く――」

「ええその、姿は消すのですけれどね」と、ニーダムが慌てて付け加える。「みな二日三日すると無事見つかっているのです。でも、その行方不明になっているあいだの記憶を失くしているのだそうです」

「三人とも全員?」

「ええ。――なんだか魔術的でしょう?」

「なんとも魔術的ね!」と、エレンも認めた。「では、わたくしにその失踪事件の調査を?」

 期待をこめて訊ねると、ニーダムは申し訳なさそうに首を横に振った。

「そちらに関しては、誰も届を出していないので、正式の捜査はできないのだそうです。ただ、ロビヤール女子寄宿学校に妙な噂が立ってしまいまして」

「どのような?」

「新任のルテチア語教師のミス・ヴィリアーズという方が、村人をかどわかす悪い魔女ではないかという疑いをかけられてしまっているのだそうです」

「まあ」

 エレンはどうにかそれだけ言った。

「一体なぜ?」

「彼女が着任してから三件の行方不明事件が起こった――という以上の理由はないようです」と、ニーダムが苦笑する。「タメシスから馬車で三時間とはいえ、田舎の小さな村にはよくあることですよ。余所者はみんな怪しいんです」

「その女性の経歴には、怪しいところはないのですよね?」

「校長のミセス・ロビヤールは、彼女は絶対に怪しくはない、信用できる貴婦人(レディ)からの紹介状も持っていたと言っているのだそうです」

「じゃ、本当に単なる噂に過ぎないのね?」

「そういうことです」と、ニーダムが肩を丸める。「すみませんミス・ディグビー、あなたにこんな雑用をお願いして。御面倒ですけれど、そのファンテンベリー村まで足を伸ばして、ミス・ヴィリアーズという女性は魔術師でもなんでもないと、皆を安心させてあげてもらえませんか?」

仕事(ビジネス)でしたらお引き受けしますわ」と、エレンは肩を竦め、薄茶の目をキラッと輝かせて人の悪い笑みを浮かべた。「ただ、もしそのミス・ヴィリアーズが本当に魔術師だったら、わたくし嘘はつきませんからね?」

「もちろん分かっていますって」

 ニーダムがほっとしたように笑った。


 タメシス魔術師組合長の最新の統計調査によれば職業魔術師として生計を立てられる程度の魔力(グラマー)の持ち主は総人口の0.03%。


 一万人に三人の割合である。


 魔力の持ち主は希少価値があるため、貴婦人の付添女性(コンパニオン)などに多大な需要がある。その種の仕事を求めない場合も、紹介状や推薦書にはまず第一番に特記すべき事項だ。


 首都郊外の無名の女子寄宿学校の新任語学教師に本物の魔力(グラマー)があろうとは、このときエレンもニーダムも予想さえしていなかった。


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