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第十三章 玄関広間で謎解きを 1

 エレンが目を覚ましたとき、初めに感じたのは、頬にあたるパリッとした清潔な白麻のシーツの感触と爽やかな薄荷の香りだった。


 いつもの癖で首を横に向けて寝ていたらしい。


 目を瞬かせると視界がはっきりしてきた。


 ロビヤール女子寄宿学校の北翼(ノース・ウィング)の二階の部屋だ。


 光の射しこむ窓辺に肘掛椅子が据えられ、白いブラウスにラヴェンダー色のスカート姿の艶やかな栗毛の女性が刺繍をしている。

 白い指が握った細い銀色の針が陽射しに燦めいていた。


 エレンはその燦めきをぼんやりと眺めながら思った。



 --ジゼルがなぜここにいるのかしら?



 すると、まるで心の声が聞こえたかのように、窓辺のジゼルが顔をあげ、慌てた様子で針を刺繍布に突き刺すと、足元の籠に収めてから、エレンの横たわるベッドへと足早に近寄ってきた。


「エレン、目が覚めたのね? 体の具合はどう?」

 ジゼルが床に膝をつき、眉間に浅い皴を刻んで顔を覗き込んでくる。


 心底心配しきっているような表情だ。

 エレンは意外に思った。


「もう大丈夫よ。ミスター・マッケンジーは無事? 巡査たちの具合は?」

「全員戻って目覚めているわ。あなたよりも前にね」

「私はいつ戻ったの?」

「昨日の夕方過ぎね。ちなみに今は午後二時」

「じゃ、夕べから今までずっと寝ていたってこと? どうりで喉が乾いていると思った」

「でしょうね。何を飲む? 水? それともお茶?」

「冷たい水が欲しいわ」

「ならすぐにあげられる」

 ジゼルが洗面所に引っ込み、白地にピンクの薔薇柄のブリキのコップを持ってきてくれた。

「この土地の水は上質ね。井戸水ならそのまま飲めるわ」

「そう」

 受け取って口をつけるなり、カラカラに乾いていた口中に甘い水が染み渡った。喉を鳴らして一息に飲み干したところでハッと思い出す。


「ねえジゼル」

「なんです?」

「サフィールはあの水筒に入っていたの?」

 訊ねるなりルテチアの魔女のクリーム色の頬がぱっと紅潮した。

 ジゼルはなぜか顔を横向け、口早に、

「ええまあ、そんなところです。詳しい話は後にしましょう。あなたずいぶん汗をかいているわ。もし動けるなら体を洗っていらっしゃいな」

 そう言って、エレンが応じるのも待たずに、ベッドサイドの呼び鈴を鳴らしてしまう。

 すると、すぐさまミセス・カーティスと若いメイドがお湯を運んできた。



 洗面所に大きな盥を出し、濡らして絞った白木綿布で全身をざっと拭く。

 髪も解いて拭いてから、肌触りのよいローヴを羽織って寝室へ戻ると、円テーブルの上でオートミールが湯気を立てていた。

 オート―ミールという食品があまり好きではないエレンは眉をしかめた。

「それを食べろと?」

「ええ。最後の一匙までね」と、窓辺に立ったジゼルが腕組をしていう。

 エレンは思わず笑った。「あなた厳格な女教師みたい!」

「まさしく厳格な女教師ですとも」と、ジゼルが眉をあげ、百年前から教師をしていたみたいな口調で続けた。「いい子で食べたら食後に苺ジャムをあげますよ?」

「はぁい先生」

 エレンは笑って諦めると、ベッドの端に腰掛けて錫の匙をとった。

 ありがたいことにオートミールには蜂蜜とシナモンがかかっていた。



 ジゼルの監視下でオートミールを平らげ、いつもの白いブラウスと黒いスカートに着替えてから髪を結い直す。結い目にグサッと真珠の櫛を差し、襟元にカメオのブローチを飾ると、ようやくにいつもの自分に戻れたような気がした。


「身支度はそれでいいの?」と、ジゼルが意外そうに訊ねる。「もう少しきちんと髪を整えたら?」

「アルビオン人の基準としてはこれでも十分きちんと整えているのよ」

「ああそう。じゃ、行きましょうか」

「どこに?」

玄関広間(サルーン)よ。皆さんお待ちかねだわ」

 ジゼルが言い置いて部屋を出てゆく。

 エレンも慌てて続いた。



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