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第一章 カササギ亭にて 3

 やがて陶器のジョッキに入れたエールを運んできたのは、給仕のジャックではなく、この宿の女主人であるミセス・ジェファーソンだった。

 客商売らしくいつも愛想のいい笑顔を浮かべている血色の良い丸顔が心持強張っている。


「あのうミス・バーバラーー」

 低い丸テーブルにジョッキを置きながらおずおずと口を切る。

「実はちょっとお聞きしたいことがあるのですが――」

「なんでしょう?」

 ジョッキを手にしながら訊ねると、女主人がぐっと腰をかがめ、甘酸っぱいイチゴの匂いのする息を吐きかけながら小声で訊ねてきた。


「そのですね、最近あなたさまがたのご立派な寄宿学校に新しい先生がおいででしょう?」

「ええ。ミス・ヴィリアーズね。彼女がどうかしたの?」

 先月新たに雇い入れたばかりのルテチア語教師の名を口にするなり、女主人の顔がびくりと強張った。

 まるで恐怖に駆られているような顔だ。


 バーバラは眉をしかめた。


 ミス・ヴィリアーズはルテチア人だ。

 ここアルビオンとは海峡を隔てた大陸の隣国であるルテチアの「皇帝僭称者」コルレオンが海を越えて侵攻してくるかもしれない――と危ぶまれているため、ルテチア人全般が忌避されがちなご時世なのは分かる。


 しかし、ミス・ヴィリアーズはそうした故国の世情を嫌って亡命してきた旧貴族の貴婦人(レディ)なのだ。


 見た目は非常に美しく、さすがに旧貴族らしく教養も高く、専門として雇ったルテチア語に加えてピアノと刺繍も教えられる上、学校経営の雑務の手助けまでできるというお買い得の人材だ。

 性格は少し――いや、かなり相当変わっているが、帳簿付けの助手という面でだけでも、バーバラとしては彼女を手放したくない。


「彼女について何か悪い噂でも? あの方はきちんとした紹介状をお持ちだったし、お家柄もとびっきり――大革命前の王政時代には貴族だったそうよ? 成り上がり者の今の偽皇帝なんかきっと大嫌いなはず。そりゃ外国人だから少しは変わったところがありますけれど――」

「あ、いえその、アボットのお嬢様がたが御雇いになったんですから、もちろん怪しい人じゃないとは思うんですけれどね!」

と、女主人は目を逸らして口ごもり気味に続けた。「そのね、その新しい先生のことで、この頃おかしな噂が流れているのですよ」

「どのような?」

 眉間に皴をよせて訊ねるなり、ミセス・ジェファーソンはますます怯えた顔をしながらバーバラに耳打ちしてきた。

「--あのルテチア女は悪い魔女で、この頃起こっている人さらいの犯人なんじゃないかって……」

「はああ?」

 バーバラはあきれ果てた。


「魔女ですって? あの人が? いつの時代の噂よ?」


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