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第十章 思いがけない来訪者 4

 二頭の犬と六人の人間はそうして森へと入った。


 先頭はビーグルのオーリーで、二番目はレトリバーのリリーだ。そのあとにエレンが続く。びくびくと肩を窄める四人の巡査のしんがりをコリンズ巡査部長が固めている。


 小径は崖沿いを伸びているようだった。

 右手の木々の向こうから水の流れる音がする。

 マッケンジーがある程度手を入れているのか、完全には草に埋もれっていない。頭上でヒタキの声がした。前を行く二頭の犬が、頭を低めてフンフンと地面を嗅ぎながら進んでいく。その背に白く細かな木漏れ日が踊っていた。



 --長閑なものね……



 少なくとも今この時点では、森に邪悪な何かの気配は感じられない。

 三番目の被害者である少女のナンシーでも、なるほど、この森ならそう怖がらずに入り込めたかもしれない。


「……みな、念のため気をつけてね」

 自分自身に言い聞かせるように口にしたとき、不意に、先頭を行くビーグル犬が足を止め、尾を振りながらウォンウォンと鳴き声をあげて、その場でくるくる回り始めた。

 後に続くレトリバーも同じように跳ね回り、褒めてくれ! とでもいうようにエレンのスカートにまとわりつき始めた。

「オーリー! リリー! 伏せ!」

 エレンが慌てて命じても全く大人しくならず、まずはオーリーが、次にリリーが、ちぎれんばかりに尻尾を振りながら、小径を外れて左手の木々のあいだへ駆け込んでいってしまった。


「ええ、そっちなの!?」

 エレンも慌てて追う。

「ミス・ディグビー、足元にお気をつけて――!」


 コリンズと巡査たちが焦った声をあげながら後ろから追いかけてくる。


 柱のように並ぶ木々の根元はごつごつしていた。

 地面に浮き上がる大小の根に幾度が足元を取られそうになりながら木々のあいだを抜けると、不意に視界が開けて、明るい陽の燦燦と射しこむ円い小さなくぼ地へと出た。



「まあ」


 エレンは思わず声を漏らした。


「こいつはまた――」


 隣でコリンズも呟く。


 二人の周りを二頭の犬がウォンウォン鳴きながら得意げに跳ね回っている。



 黄金色がかった明るい陽射しに照らされたくぼ地の真ん中に、柱が折れ、屋根の失われた石造りの四阿のような建物の廃墟があった。

 その建物の基壇へと蔓を這い上がらせるようにして、周りにびっしりと苺が茂っていたのだ。

 目に染みるほど鮮やかなルビーのような果実が、これも信じがたいほど鮮やかな翠の葉の陰に無数に実っている。


 その色彩のあまりの鮮やかさにエレンは寒気を感じた。


 あまりにも美しすぎて、この世のものとは思えなかったのだ。



「すげえなあ……」

 コリンズの後ろで若い巡査の一人が呟き、エレンがはっと止める間もなく、ふらふらとした足取りで廃墟へと近づいていった。


「あ、おいこらジム、勝手に動くんじゃねえ!」

 コリンズが慌てて制止する。

 エレンもわれに返った。 


「皆さんすぐに道へ戻ってください!」」



「――やだよ! 俺たち苺を摘むんだ!」

「〈美しきひとびと〉の贈り物だ!」

「独り占めするんじゃねえよ!」


 三人の巡査たちが、まるで学校通いの子供のような口調で言い返し、エレンとコリンズの腕を振り払ってくぼ地へ駆けこんでしまう。そして、一斉に跪くと、夢中になって苺を摘みにかかった。

エレンは慌てて、追いかけようとするコリンズの腕をつかんだ。


「ミスター・コリンズ、いけません! あなたは踏み込まないで! それから口をハンカチで塞いでください!」

「ボブ、ジミー、ウィル!」コリンズが悲痛な声で呼ぶ。「おい、お前たちしっかりしろ! ――ミス・ディグビー、どういうことです、この場所に危険はないと!」

「大丈夫、邪悪な意思は感じられません! 少なくともこの場所にはね! ――たぶん、このすぐ近くに〈名忘れ草〉の群生があるのです!」

「名忘れ草? なんですかそれは!?」

「上古、上位精霊(エルフ)や竜の住まう領域と人の子の域とを隔てるために好んで植えられた魔術性の植物です! 彼らはこの村の育ちですから、あの苺とカササギのおとぎ話を聞いた子供の頃の精神に引き戻されているのでしょう! これは足止めです! この先に進むなということ!」

 エレンは一気に説明するなり、ベルトに提げたポシェットから焔玉髄(フラグマータ)を取り出すと、一気に自らの魔力(グラマー)を籠めて掌の上で燃え上がらせた。



「燃えよ、焔の精粋よ! この()の照らす域をわが領域となせ!」



 掌の上から焔の柱が吹きあがり、くぼ地全体を鮮やかに照らし出した。


 蹲って苺を摘んでいた若者たちが、ハッと顔をあげて閃光の源を仰ぐ。


 エレンはその隙を突いて命じた。


「――目覚めなさい! 憂いなき眠りの底から!」


 掌の上の焔の柱が次第に弱まるにつれて、見開かれたままの若者たちの瞼が少しずつ閉ざされていった。



 手の上の焔が滅えたときには、四阿の廃墟の周りで眠り込む四人の若者と、呆然と立ち尽くすコリンズと、こちらは元気に跳ね回る二頭の犬だけが残った。


「――ミス・ディグビー、こいつら寝ちまいましたよ?」

 コリンズが呆然と訊ねる。

「ええ、困ったことにね」と、エレンは苦笑した。「今しがたまでも、醒めたまま夢を見ているような状態だったはず。今の眠りは健全なものです。――ミスター・コリンズ、ご苦労ですけれど、彼らをこのくぼ地から運び出して道まで戻っていただけます? 終わるまでわたくしもここにおりますから」

「そりゃ勿論かまいませんが」と、コリンズが不安そうに訊ねる。「終わるまでってことは、あなたはそのあとはどこに?」

「それは勿論、この森の奥へ」と、エレンは高まる緊張を押し隠して笑った。「わたくしはおそらくは予期せぬ来訪者なのでしょう」


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