第一章 カササギ亭にて 2
牧羊犬は久々に休息にありつけるというわけだ。
草臥れた牧羊犬すなわちバーバラ・アボットは、一仕事終えた安心感でやれやれと息をつくと、慣れた足取りで階段を上ってカササギ亭の扉をあけた。
カランカラン、と鐘が鳴る。
広い店内は芳ばしい揚げジャガイモの匂いとエールの匂い、それに微かな煙草の匂いがした。右手に長いカウンタがあり、奥に衝立がある。
上半分が青と赤の素朴なステンドグラスになった桃花心木の衝立の手前に脚の高い小型のテーブルが四つばかり並んで、教会帰りの村人たちが揃い白い陶器のジョッキを手にして談笑している。中心にいるのは巡査部長のコリンズのようだ。
彼らはバーバラに気付くと親しげに声をかけた。
「おやおやミス・バーバラ! お元気そうですね」
「今日はお嬢さんたちの引率ですか? 学校がご繁盛でなによりです」
「しかしねえ、毎月言っていることですが、あんたみたいなちゃんとしたお嬢さんが一人で酒場なんぞに来ちゃいけませんよ?」
「おあいにく様。毎月言っていることですけれど、わたくしもうお嬢さんって齢ではありませんよ」
バーバラは慣れた口調で言い返しながら、衝立の向こうに入った。
円いローテーブルの周りに緑の馬毛織を張った肘掛椅子が四脚並んで、奥の壁際に大型の柱時計が据えられている。
ここは「時計の特別談話室」と呼ばれていて、使える人間はごくごく限られている。
村の地主であるハックニー一族とマーフィー一族、それにバーバラたち先代牧師の家系であるアボット一族に加えて、ヒルサイド地区の借家に住まうお医者のネルソン先生。
人口三〇〇人前後のファンテンベリー村におけるささやかな特権階級だ。
三十年ばかり前までは南の森を私有しているマスグレーヴ一族がその特権階級の筆頭だったらしいが――マスグレーヴ家は今は直系が絶えたため、村には一人もいない。今の筆頭家系は間違いなくハックニーだろう。
バーバラにとっては幸いなことに、特別談話室には一人のハックニーもマーフィーもネルソン先生もいなかった――この医者は昔からバーバラにしつこく求婚し続け、今もってし続けているのだ。
手前の肘掛椅子に腰を下ろすとすぐ、顔なじみの給仕のジャックがやってくる。
「お久しぶりですねミス・バーバラ! 今日は何になさいます?」
「何時もの通りでお願い」
「エールは半パイントで?」
「何時もの通りっていったでしょ? もちろん一パイントです」
「へいへい。それに魚のフライと揚げたジャカイモをたっぷりね。食後に甘いものは?」
「苺のお菓子は何かある?」
「もちろんありますとも! 今の時期のファンテンベリーに苺がなくちゃ始まりません。カスタードのトライフルなんかどうです?」
「じゃあそれで。あ、エールのことは一応秘密にね。特にお姉さまには」
いつも通りシリング銀貨を二枚握らせてやると、給仕はニヤリとした。
「畏まりました旦那」
男性客相手のような返事を残して引っ込んでゆく。
バーバラは満足の笑みを浮かべると、肘掛に腕を預けてため息をついた。
一か月の忙しない労働の息抜きだ。
この程度は許されるだろう。




