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第八章 村ぐるみの隠ぺい? 1

 外観は古風な石造りながら、ロビヤール女子寄宿学校北翼二階の客用寝室の内部は現代的で快適な改装がなされていた。〈少なくともトイレはおまるではないということだ〉。


 爽やかな薄荷の薫りのする清潔なシーツのかけられたベッドで気持ちよく目覚めたエレンは、ベッドサイドの紐を引いてメイドを呼び、洗顔用の微温湯を持ってこさせてから、手早く身支度を済ませて、朝食のために西棟へと向かった。



 石壁に細く切れ込む矢狭間から白い陽の射しこむ螺旋階段を降りて応接室へ入ると、朝日の射しこむ窓の下に白いテーブルが据えられ、バーバラが一人で紅茶を飲みながら手紙類を読んでいた。

 銀の丸いポットの傍に合わせの乱れた四つ折り版の新聞があり、マントルピースの傍にハウスキーパーのミセス・カーティスが静かに控えている。


「おはようエレン、よく眠れた?」

「ええ朝までぐっすり。おはようバーバラ。あなただけなの?」

「ええ。アンは今週いっぱい南棟で生徒たちと一緒に朝食。ジゼルも含めて一週間交代なの」

「そのジゼルは?」

 訊ねるなりバーバラは眉をひそめた。

「睡眠中じゃない? あの人朝は食べないのよ。自費で持ち込んだショコラをキッチンメイドに預けて、朝に一杯持ってこさせているみたい。それにビスケットを一枚か二枚、栗鼠みたいに齧っているらしいわ」

「まあ」

 エレンは悍ましげに口元に手を当てた。「ルテチア人ね!」

「全くルテチア人よ」と、バーバラも嘆かわしそうに肩を竦め、咎めたてるような上目遣いでエレンを見あげてきた。「あなたは、勿論朝食を食べるのでしょうね?」

「ええ勿論。人間は朝食を食べるものです」

「同感よ。卵は?」

「スクランブル」

「ベーコンは好き?」

「もちろん」

「紅茶にミルクは?」

「新鮮なのをたっぷり」

「ジャムは苺とマーマレードのどっちにする?」

 それは勿論マーマレード、と、答えかけて、エレンはミセス・カーティスの静かな黒っぽい眸が無言の期待に輝いているのに気付いた。

「――当然苺よ。初夏のファンテンベリーに来て苺を食べないなんて間違っています」

 重々しく宣言するとバーバラは満足そうに頷いた。


「じゃ、ミセス・カーティス、ミス・ディグビーにはそれで。わたくしにはいつもの通りでお願い」

「承りましたミス・バーバラ」

 ハウスキーパーは馴れたお辞儀をひとつして応接室を出て行った。

 エレンは椅子にかけながら訊ねた。

「新聞をお借りしても?」

「どうぞご遠慮なく」

 合わせの乱れからして、バーバラはもう読んでいるのだろう。

 手に取るとタメシス・ガゼット紙だった。何か変わった事件はないかとざっと目を通すあいだに朝食が運ばれてくる。


 ジャムは勿論注文通り、目も覚めるほど鮮やかな赤色の苺だ。黄金色のバターをたっぷりと塗った薄切りトーストに銀の匙で掬った苺ジャムの塊を乗せ、三角形の鋭角を口にさしこむようにして一気に齧りつく。

 サクッとした歯触りのあとで、バターの塩気と砂糖の甘味、野性味さえある薫り高い苺の酸味が口いっぱいに広がって、サクサクとしたパン生地の感触と交じり合った。

「ああ――」

 エレンは陶然とため息をついた。

「昨日のトライフルでも思ったけれど、この村の苺は本当に絶品ね!」

「でしょう? 今の時期ならタメシスのリヴァーサイド市場でも買えるはずよ」と、バーバラが誇らしそうに言う。「中央大辻の食料品店がまとめ買いしてウォーターサイド地区の青物市に卸しているはずだから」

 バーバラが口にしたいくつかの言葉の連なりに、エレンはふと既視感のようなものを覚えた。



 ――ええと、確か行方不明事件の二人目の被害者? のビル・ロビンは中央大辻の食料品店務めで、ウォーターサイド地区の桟橋の上で見つかったのよね?



「ねえバーバラ」

「なあに?」

「この村に食料品店は何軒?」

「一軒だけよ?」

「じゃ、その店はどこから――というより、だれから苺をまとめ買いしているの?」

「誰ってそりゃ、村人の誰からも買うと思うわよ?」と、バーバラが訝しそうに応える。「このあたりじゃ、敷地に菜園のある家はどこだって苺は育てているの。小作人の小さい借家(コテージ)から地主のハックニー家の大邸宅までね。ウチの菜園でも庭師の夫婦が育てているわ」

「それを各々に売っているの?」

「小作人たちは家で食べる分しか作っていないかもしれないけれど、ある程度の広さの菜園と世話をする人手のある家なら、大抵は売っているんじゃないかしら? --もっとも、わたくしたちの場合は、ジャムならどれだけ作ったところで南翼の生徒の群れがきれいに食べ尽くしちゃうから全く余らないけれど!」

 バーバラが愛しそうに眼を細めて言う。

 そのとき、左手の玄関広間のほうから呼び鈴の音が響いた。

 ミセス・カーティスが滑るように応接室を出てゆく。


 すると、正面玄関のドアの開く音に続いて、昨日ですっかり聞きなれてしまった若い男の声が響いた。


「おはようございますミセス・カーティス! 諮問魔術師殿にお取次ぎをお願いいたします!」


 巡査部長(サージェント)のコリンズだ。

 エレンは慌てて朝食の残りを平らげにかかった。

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