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第一章 カササギ亭にて 1

第一章のみバーバラ視点。

第二章から、シリーズの主人公であるエレンの視点に戻ります。

 ルディ川の水運とカーリー街道の陸運が接する交通の要所に存在するファンテンベリー村には人口のわりに数多くの旅籠(イン)あるが、なかでも最も立派なのは、長距離馬車の駅舎も兼ねる中央大辻の〈カササギ亭〉だ。


 赤レンガ造りの三階建てで、沢山の煙突がにょきにょきと突き出し、馬が十頭入れる大きな厩と広々とした停車場を備えている。



 その立派な旅籠兼駅舎の前に、五月の末の日曜日の午後、ボサボサした黄褐色の農耕馬二頭に引かれた古ぼけた大型馬車がついた。


 数年前までは駅馬車として用いられていた古い箱馬車が停まるなり、内側から扉が開いて、淡いピンクや薄紫や白や水色の薄綿織(モスリン)の夏服をまとった少女たちが七人、キャアキャアと歓声をあげながら道へとあふれ出した。


「あれ、今日は第三日曜日だったか!」と、晴れ着の妻と連れ合ってはす向かいの食料品店へ入ろうとしていた教会帰りの若い農夫が訳知り顔で呟く。

「あれは、ええと――あの有名なロビヤール女子寄宿学校の娘さんたちね?」と、隣村から嫁いできたばかりの若い妻が小首をかしげて訊ねる。夫は得意そうに頷いた。

「そうだよ。今日は外出日なのさ。あの学校の生徒さんはみんなれっきとしたお家柄でね、ハックニー家の旦那様の二番目のお嬢さまだって通っていらっしゃるんだぜ」

「へええ、大したものねえ」と、新妻が如才なく夫を持ち上げる。「――あら? ねえマーク、あの最後の人は? お付きのメイドかしら?」

「おいおいカレン、メイドなんてとんでもない! あの方はミス・バーバラだよ! 先代の牧師様の二番目のお嬢さんでね、本当に賢い方なんだ」と、村のことなら知らぬことのない夫がもの知らずの妻を啓蒙する。



 若夫婦の視線の先にあるのは、花やかな身なりの七人の娘のあとで箱馬車から降りてきた地味な身なりの小柄な女性だった。


 灰色とラヴェンダー色の縦縞の古風なドレスをまとって、光沢に乏しい薄茶の髪を無造作にひっつめている。


 ファンテンベリーの村人たちはこの女性の素性をよく知っていた。


 ロビヤール女子寄宿学校の校長であるミセス・アン・ロビヤールの妹で、先代の村の牧師の次女のミス・バーバラ・アボットだ。

 若いころから爵位貴族の家の家庭教師(ガヴァネス)として経験を重ね、六年前、父のアボット師の死を契機に、若い未亡人として父の家に身をよせていた姉のミセス・ロビヤールとともに旧い荘園館を買い取って学校を始めた女性だ。


 校長こそ出資者である姉のミセス・ロビヤールが務めてはいるものの、ロビヤール女子寄宿学校の実務の大半はこの聡明なミス・バーバラ・アボットの痩せた双肩にかかっている――というのが、村人たちの暗黙の了解である。そして、それは紛れもない事実だった。



「――みな三時の鐘が鳴ったらカササギ亭の前に集まりなさい! 独りでは絶対に歩かず、外では日傘をさしてね! ウォーターサイド地区は危ないから絶対に行ってはいけません! ああそれから、ミス・ハックニーは当然知っているでしょうけど、南の森はマスグレーヴ家の私有地ですからね? (ベリー)を摘みたいからって絶対に踏み込まないこと!」

 馬車の前からバーバラが叫ぶと、

「分かっていますってセンセ―!」

「苺は牧師館の庭で摘みまぁす――!」

 少女たちが三々五々、気安くも親しげな口調で答え、服と揃いのフリル付きの日傘をくるくると回してみせた。


 今日連れてきた七人の上級生のうちの一人は、この村に邸をかまえる地主のハックニー家の次女で、その姉は今の牧師の若いマーフィー師に嫁いでいる。

 一行はまず中央大辻の小間物屋を冷かしてキャンディと貸本でも仕入れてから、丘の上の牧師館を訪問し、親切なミセス・マーフィーお姉さんのところでお茶をご馳走になろうという算段だろう。

 ミセス・マーフィーは日曜学校の教師もしているしっかりした婦人だから、十五、六歳の小娘たちの群れを任せるのに何の心配もない。

 

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