6話 蟹
鐙と新調した岩トカゲ革のブーツの底が噛み合ってきた気がする。
今回は森に入ってもヴェスリヒの仕事は少なく、時折魔除けの石像の位置への方向を修正するくらいだ。
俺も勘が良くなってきて、なんとなく石像同士の繋がった魔力の流れがわかるようにはなってきてる。
全て済んで契約を解除しても訓練すれば感覚は取り戻せるとヴェスリヒは言っていたが、どうだろな?
「ヴェスリヒ、起きてくれ。そろそろ狸人族の集落じゃないか?」
「う、ん?」
後ろでうつらうつらしていたヴェスリヒが起きた。
「・・この先だ。隠しの術が掛かっているが、灰縄の杖が通行手形代わりになっている」
「楽できそうだな」
「いや、現地住人の協力を得る場合、返って面倒が増えることも少なくないのだ・・」
「ふん?」
取り敢えず周辺の魔除けや隠し、人避けの術の類いの石像なんかの管理はワーラクーンドッグ達がやってくれてるみたいだがな?
俺達は銀毛の馬に乗ったまま、透明の膜のようなワーラクーンドッグ族の隠しの結界をすり抜けていった。
意外に感じたが、棺渡りは遺跡の近くに代々暮ら者達の協力を得ることもあるようだ。
経緯は様々だがハイエルフ遺跡の数が多いのと、彼らが滅びてからの2000年の間に人型種族が増えたことが最大の理由らしい。
ドワーフ程度の背丈のワーラクーンドッグ族の集落は小じんまりとはして、土と草と木をそのまま生かした建造物ばかりの古風な様子ではあったが、特に困窮している様子もなく、走竜も飼っていた。
やたら適当なサイズにカットした焼いた芋を齧ってる住人が多い。北コイワ甘薯だ。メブル森林帯の特産のカボチャみたいな形と大きさの甘薯。
肥えた土が必要だが、肥料さえあれば効率のいい作物。
「芋、好きなのかな?」
「狸達は大食いなんだ。腹を足しにしているんだろう。遺跡の近くはマナが強い。少ない肥料でもよく育つ」
「でも土地は足りないからさ! やっぱ芋植えよっか、ってなるわけっ」
ブンプクという名の、案内のワーラクーンドッグ族はテンポのいい話し方をした。この種族特有な所がある。
厩舎に馬を預けた俺達は集会所に向かっていた。
言ってみると、中はワーラクーンドッグだらけっ! たぶん自警団や遺跡管理担当の者達だろうけど、彼らは話し好きで出たがりだからこういう機会は逃さないんだな。
ヴェスリヒはフードを取った。
「当代の棺渡り、ヴェスリヒ・ブライアロードだ。日々の協力に感謝している」
「俺はザング・ヤシマ。トロール狩りだ。まぁ、よろしく」
ワーラクーンドッグ達は顔を見合せてから、
「とんがり取ってもとんがり!」
「殺し屋の目だなっ」
「ひゃーっ、あれが灰縄の杖かっ! コワ~っっ」
騒ぎだした。
「遺跡の宝物蟲もうちょっと増やしてくれよ、いい稼ぎになんだ」
「墓守の面倒はきっちり見てるぜぇ?」
「それより蟹だ!」
「そうそう、蟹蟹っ」
「配置を決めようぜ? 俺、爆発させたい」
「蟹・爆・発っ!!」
「わっはっはっはっ!!!」
爆笑もしだしたが、なんだ? 蟹??
困惑していると、ヴェスリヒが灰縄の杖の石突きで床をトンっ、と突き。ワーラクーンドッグ達はお喋りをやめた。
「遺跡の結界の北東側が勝手に曲げられて、確か岩蟹の生息地辺りを囲ってる風な感触があった。今、蟹蟹、と言っていたが、それのことか?」
「それだ!」
「正解っ!」
「誰かこのとんがりに芋パン1個食べさせてやれ!」
「芋パン賞っ!」
「腹が膨れると目付きも良くなるぞぉ?」
「・・・っ」
ヴェスリヒは動物霊を呼び寄せ、一時的に狸達の集会所は大混乱になった。
「ギャーーーースっ??!!!」
「1個じゃ足りないのかよぉっ?!!」
無駄に怒らせんなって・・俺も吹っ飛ばされたし・・・
事情は話された。要約すると、2年程前に遺跡の結界の隠蔽効果のギリ範囲外の岩蟹の生息地を、素材収集専門の傭兵達がたまたま発見。岩蟹は結構売れる部位の多い魔物だ。
この時点で狸達は気付いて様子を伺っていたが、傭兵達はなるべく分け前を減らしたくない、と少人数で隊を組んで生息地に突貫っ!
結果、全滅!! 狸達は回収できそうな死骸だけでも回収して、街道の目立つ場所に置いてきてやろうとしたが、傭兵達は人数が少ない分、回復薬を多めに所持していたっ。
栄養の塊でもある回復薬を容器ごとバリバリ食べた岩蟹達は猛烈に活性化! 手が付けられなくなり、急速に繁殖し、餌が足りないので子蟹同士で共喰いをしてあっという間に成体になってしまい、その成体がまた繁殖し・・
と今では共喰いの連鎖に生き残った百数十体の成体の岩蟹達が生息地に溢れ、いつパンクして、ワーラクーンドッグ達や比較的近い郷のテリトリーに侵入を始めてもおかしくない状態になっていた。
隠れ里である性質上、外部の傭兵は雇えないにせよ後援しているエルフ達に報告すればよさそうなもんだが、ワーラクーンドッグ達はどうも群れから離れた岩蟹を狩って小遣い稼ぎしたり、食べたりしていたらしい・・
(制度上の欠陥と言える)
ヴェスリヒは念話魔法を俺に繋げていた離れた待機場所から思念を送ってくる。かなり不機嫌。
(ワーラクーンドッグだしな)
こっちも返せる。内心と伝える意識の使い分けが結構難しい。
(20年毎に棺渡りが来るから、それまでバレなきゃよし。具合が悪くなっても棺渡りが来たらなんとかなる、とそんな思考が発生しがちなのだ)
俺は念話で会話しつつ、望遠鏡で見える光景にげんなりしていた。
森林種のレッサートロールが7体もっ、停滞して日光浴をしていた。
そして俺やブンプク達の乗っている走竜には奇妙な形のマナ籠った楽器が積まれていた。
目眩がする。岩蟹百数十体の時点で頭オカシイが、トロールまで絡んでくるとは・・
(・・遺跡の管理と隠れ里暮らしを代々強いてるしな。一概に悪くは言えないんじゃないか? というか、そろそろ作戦始めるから一旦切るわっ)
(気を付けるんだぞ? ザング)
念話は切れた。木々に紛れて走竜に乗った俺達は目配せをし、腹括って詰んでいた奇妙な楽器を派手に鳴らし始めた!!
「ゴフっ?!」
「ゴフゥッッ!!」
目覚めたトロール達が楽器に反応して起き、俺達の方に向かい始める。
俺達が鳴らしたのはトロール寄せの楽器。形状は様々だが、どれもトロールを惹き付ける効果がある。勿論、禁制品だっ。
ワーラクーンドッグ達が入手し、北部の過剰繁殖の影響で南下していた小集団を岩蟹達の生息地近くまで誘導していたワケだ。
ギルドにバレたら全員拘束確定だかんな?
「ズラかるぞっ!!」
トロールは緩慢に見えて歩幅があるから直線だと実は速いっ。
「ひゃっほぅっ!!」
「鳴らしまくれーっ!」
俺は浮かれるブンプク達を連れ、岩蟹の生息地の方へと走りだした。両者をぶつけるのが第一段階だ!
駆ける走竜、追うトロール、鳴らされる奇妙な楽器!
「もう楽器はいいっ、走竜の操作に集中しろ!!」
「了解っ!」
「ほっほーいっ!!」
森の中を走ってる、どっちかというと自力で走り抜けられる走竜達から振り落とされず、進む方向をしっかり固定することが肝心だ。
近付いたっ。傾斜の下! 小川の側の森が開けた場所に百数十体の岩蟹達が密集してるっ。増え過ぎだ。
こちら、というか俺達の後ろのトロール達に大してハサミを振り上げたり打ち鳴らしたりして威嚇を始めていた。
「ザング! そろそろよろしくっ」
「わかった・・光れっ!!」
大雑把な狙いになるが、俺は灯の指輪で7つの光の玉をトロール達の眼前で弾けさせ、目眩ましにした。俺達は傾斜の左右に別れて下がった。
入れ替わりに、その左右の茂みに潜んでいた杖を持ったワーラクーンドッグ達が一斉に錬金術を使い、さっきまで走っていた傾斜に土壁の縁と土砂崩れを発生させた!
遺跡の管理をするワーラクーンドッグ達はある程度の錬金術が使える。
「フゴォーーッッ?!」
「ゴフゥッ??」
溝の中の急流に呑まれるようにして、7体のトロール達は大量の土砂と共に体長2メートル近い岩蟹達の大群の中に滑り落ちていった。
(ここまでは上手くいったか)
(ブンプク達とそっちに合流するっ)
俺達は急いで周辺の森の中を走竜で駆けたが、たちまち発生した小川付近でのトロールと岩蟹との乱戦は地獄絵図だった。
まずトロール達はやはり強かった。相性のいい相手でもあるんだろう。棍棒を振り回し、次々と土砂から這い出る岩蟹達を叩き潰していった。
だが、物量差は覆せない。錬金術で作った森の中の岩の見晴らし台にいたヴェスリヒ達に俺達が合流する頃には一方的になっていた。
1体、また1体と岩蟹のハサミの餌食となり、岩蟹の数を70体に減らした辺りで全滅してしまった。
そしてそのマナの籠った残留物は岩蟹達にバリバリ食べられ、瞬く間に脱皮して大型個体が相次いで発生し始める!
ヤバい、だがここだ。
「・・集い、惑わせよ」
ヴェスリヒは灰縄の杖を操り、大量の動物霊を集め岩蟹達にけし掛け、小川からやや離れた、ワーラクーンドッグ達が錬金術で岩壁による囲いを作って置いた森の中の隔離地に追い立てた。
その中心の地中にはワーラクーンドッグ達が半年掛けてコツコツ生成した、火竜石が埋めてあった。
コイツは熱を加えると大爆発するこれまた禁制品だ。簡単に禁制をやぶる狸達っ。
「全員、壁裏に待避ぃーっ!! からの錬成っ!!!」
族長の号令からの自ら遠距離から器用に、細長い高熱の土の波を錬成して、火竜石にぶつけた。全員、走竜を含めて錬金術で用意された壁の裏に隠れてる。
ヴェスリヒは動物霊の大量私益と、騒動がバレないように辺りの隠しの結界の範囲を事前に拡大してマナを使い切ってフラついていたから、俺が担いで避難させた。
ドォオオオーーーーンンンッッ!!!!!
正に大爆発っ。岩蟹達は破片を撒き散らし、隠れていた岩壁や木々にもガシガシ、甲羅やハサミの破片を突き刺しながら、壮絶に全滅したんだった・・・合掌。
というワケでその夜はワーラクーンドッグの集落で蟹パーティーになった。
「蟹・爆・発っ!!」
「わっはっはっはっ!!!」
酔ったブンプク達が調子に乗ってるな。
「・・ヴェスリヒ、体調、どうだ?」
「寝起きに蟹をどんぶりで食べさせられた・・うっ」
余計、具合悪そうだな、オイっ。
「遺跡の方は明日、様子を見てやってこうぜ?」
「・・困ったヤツらだが、遺跡の管理はしっかりしてる。鎮魂の石柱の浄化と廟周りの補修以外の手間は無いだろう」
「へぇ? あ、そういやエリクサーのベースと、対価にするモンスターの部位、どうする?」
「供物は蟹の身が樽3つもあれば十分だ。エリクサーのベースも狸達が一次加工までは済ませた素材を用意してくれていた」
「その辺は抜かりないんだな」
「連中もこの地で500年は代々対応しているからな」
それも凄いな。
「500年か。鬱屈したり、血が濃くなり過ぎたりしないのか?」
「メブル森林帯だけでもワーラクーンドッグ族が管理する遺跡が他に3箇所ある。他の地域も合わせると同じ役目の同族がそれなりにいるんだ。鬱屈ついては、成人すると数年は諸国漫遊に出る習わしがある。その上で、ここに戻ってきた者達が役目を引き継ぐのだ」
「戻らない連中は秘密を守れるのか?」
「産まれた時から契約に縛られている。秘密を漏らそうとすれば自動的に遺跡やこの里のことは綺麗に忘れる」
「・・厳しいな」
「使命からの解放だ。その忘却も、正しいものさ」
また注がれた蟹料理の椀をスッと俺の前にパスしながら、ヴェスリヒは穏やかな表情で言った。
翌日、遺跡の浄化は問題無く済んだ。が、
「いやぁ~、いい浄化だったねぇ? とんがりに芋パン2個っ! あははっ」
街道を北に進む俺達の馬の隣に、走竜に乗った旅装のブンプクがいた。
「え? 何?」
ヴェスリヒは今日の作業比較的楽でも昨日から続けてマナを使った為、完全に後部席で深い眠りに落ちている。
「だからさぁ、オイラ15歳でもう成人だからそろそろ諸国漫遊の旅に出るタイミングだったから、ついてってみようかな? てね。ハハ」
「そんな、フワっと来ていいもんなのか?」
「大丈夫大丈夫! とんがりが起きたら上手く言っとくからさっ」
「俺は責任取れないぜ?」
「大丈夫大丈夫~。オイラはブンプク・ラックブック、よろしくなぁ!」
・・この後、野営地で起きたヴェスリヒとそれなりに揉めた。