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5話 送り蝶

北のドリエン遺構への街道に戻り、日が暮れるまで馬を進め、手近な魔除けの野営地は他の旅人が多かったので、少し奥まった所にある地元の薬師や狩人の使う簡素な魔除けの野営地に泊まることになった。


簡単に食事を済ませ、煎り豆茶を飲みながら焚き火を前にしていた。

ヴェスリヒはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「・・焚き火は、顔が乾燥するな」


「向こうに北ロカイベラ草が生えてたから取ってこようか? 化粧水が作れるらしいぜ?」


葉がノコギリのような青い多肉植物で、傷や火傷にも利く。食材にもなる。工芸品の図案にも採用されている。北ロカイベラ草はメブル森林帯の特産品だ。


「・・顔の乾燥の話は一旦置く」


「おお」


「・・ザング、私は人間族、以前に他人と関わって過ごすのは得意ではない」


「そうか」


遺跡の話じゃなかったか。


「実はお前の前に3人の、様々な種族の者を棺渡りの侍従として契約していた」


ん?


「最初のフェザーフット族は金の扱いで揉めて契約を解き、記憶を消した」


金か・・フェザーフット族は見た目は子供のようでも世知辛いとこがあるからな。


「次のドワーフ族は道中無駄な戦いを好み危うく感じ、契約を解き、記憶を消した」


ドワーフ族は血気盛んだならな。


「3人目はハーフエルフだったが、スケベなヤツだっからクビにした」


・・まぁ、な。


「大変だったな」


「ああ、毎回、契約金を渡していたから、実は金貨はお前に渡した分で最後だった」


「えー?」


「・・毎回、言葉が足りず上手くゆかなかった気がする。あるいは言い方に問題があったのかもしれない」


「ん~、最初からアレだな、とは思っていたから、そう気にしなくて問題無いぜ? ヴェスリヒ」


「アレ、とは?」


三白眼がギラリとした。うっ、


「俺も、多少迂闊な所とあるしな! 皆、色々あるさっ」


「・・お前の、ヤシマのクレストを見付けた時は正直ホッとした」


「そうか? へへ」


照れるぜ。ヤシマ、ですけど? へへっ、


「お前の人となりを見極めようと、実は10日程、お前の後をつけていた」


「怖いよっ?! なんだ! 普通に来いよっ」


急に身の危険を感じさせんなよっ。


「うむ・・とにかく、今後ともよろしく頼む」


「おう、こちらこそな」


「・・では、寝る」


ヴェスリヒは念力魔法で手早く撥水敷き布を敷き、枕を置き、ポプリを置き、マントの上から防寒布にくるまって眠りに入ろうとした。


「待て待て待て待てっ、ヴェスリヒ! 色々情報足りてないぞっ、その寝る、のも、すぐ起きないヤツじゃないか? 解説求むっ!」


「ん~?」


解説の結果、眠りに関しては了解した。ヴェスリヒが棺渡りの役目で使う灰縄の杖は強力で凄く疲れるらしい。本来昏倒して4~5日目覚めない所を術で一晩起きない程度に抑えているそうだ。

普段、よく眠っているのは魔力(マナ)の寝溜めの術なんだとか。

マナ、寝溜めできるんだ・・



街道を北に、タタルカ郷に着いた。まぁ街道によくある中規模郷だ。

辺境のメブル森林帯では貴族のいない郷もザラだが、これくらいの規模だと男爵位の貴族や、子爵で食いっぱぐれそうなのがチラホラいる。

時計台、というより時計塔があったりもするな。

馬より強く速い走竜(そうりゅう)も乗用や運搬にチラホラ使われるのが目立つ。

獣人系種族も多くなってくる感じだな。


「私は職業的な細々とした買い物等がある。日暮れに草の冠(くさのかんむり)亭の酒場で落ち合おう。エルフの血を引く人間族がやってる宿で、茸料理が美味い」


「お、茸やっぱり好きなんだ」


「やっぱり?」


「いや、なんでもない。草の冠亭な! じゃ」


「うむ・・」


茸、好きだったかぁ~、ふふん。


やっとまともに金が使える。まずは金貨の始末だ。オットゥ郷の復興に結局1枚寄付することになったから、残りは8枚だ。


2枚を実家に仕送りする。ヴェスリヒのことは秘密にするとして、手紙は書く。届かないこともあるから一応光画も撮っておく。

1枚をトロール狩りギルドに寄付する。どっちにしろ2級試験には一定額の寄付が必要だから払える時に払う。

1枚を退役領兵会に寄付。ま、義理だ。運の悪いヤツもいるからさ。

1枚を・・銀行に預けとくか。さらに1枚は旅費の足し。

残り2枚が自由に使える金だ。旅費にした1枚共々、使い易い銀貨等に崩しておいた。


「さてと」


取り敢えず同じ馬の使用を延長した銀毛種の馬に、マンドレイクと掛け合わされた高価な野菜のマンドラ(かぶ)という、蕪という名だが人参の一種らしい物を2本買って、食べさせた。

馬はこれが好きらしく結構な勢いで食べたな。マナが高まるそうだから銀毛種にはいいだろう。

馬の機嫌も好くなり、預けた馬借の厩舎を後にした。

こっから本番!


防具屋で、槍蛇の外骨格を加工してもらい盾を作ってもらった。軽く、頑丈だ。樫木の盾は下取り。

槍蛇の角は武器屋で手槍に加工してもらった。これも軽く、強い槍だ。携帯し辛いがヴェスリヒが収納魔法で預かってくれるそうだから持ち運び問題は解決してる。


他にも色々欲しかったが、持ち道具類や旅の必需品を色々補充すると金貨2枚分の資金は幻のように消えてしまった。


貯めるに険しく、使うに儚い。おお金貨、お前は真夏の夜の遊び女のごとし!!


なんてね。



ギルドの支部にも顔を出してる内に日が暮れ、草の冠亭の酒場に向かうとヴェスリヒがまだいなかった。


「民芸品か・・」


併設されていた民芸品売り場を見に行こうと間にある人気の無いトイレに続く廊下に出ると、迷彩魔法を解除してヴェスリヒが現れた。


「うおぃっ? なんだよ??」


「・・小一時間前に来たが、酔っ払いに絡まれたので暫く消えることにした」


「極端だなっ、わかった。飯にしよう。茸な」


「異論は無い」


茸料理は薄味だが、確かに物が良く、手を加え過ぎない調理で美味しかった。



2日後の昼前、タタルカ郷を出て北に向かった俺達は例によってエルフ式の魔除けの石像だか石柱だかを修復しながら街道を外れた森の中を進み、例によって固定で魔物巣くう場所に来ていた。狩り場なんだろう。

なんだかんだでエルフ達は野蛮だと思う。


今度の岩の多い場所だ、魔物は馬喰い烏(うまくいがらす)3体! 名の通り馬を掴めるくらいの大きさの茶色い毛並みで単眼の烏型の魔物。


「供物には1体で十分だ。不要な分は順次追い払う」


「了解!」


ヴェスリヒは動物霊をけし掛け1体を追い払いだした。

俺は角の手槍を持つ右手の指には灯の指輪と点火の指輪を嵌めている。だいぶ慣れてきた。2つ同時にも使えるっ。残り2体に狙いを定める。


俺は1体の顔の前で光の玉を炸裂させ、もう1体の左の翼を炎上させたっ。


「ガァっ?!」


「クゥアッッ!」


1体は高度を保てなくなり、下がった所を岩から跳んで撃ち掛かるっ。


左の翼を燃された馬喰い烏は蹴り付けてきたが、外骨格の盾で受け切り、宙で角の槍を投げ付けて胸を貫いてやった。


もう1体の方には最初の1体を追い払い終えた動物霊が集りだしている。


俺は仕止めた馬喰い烏の下敷きにならないように身を翻し、着地した。

最後の1体も動物霊によって追い払われていった。


「器用な戦い方をしたな」


「領兵時代に鳥型の魔物の駆除の任務が多かったんだ」


鳥型は移動範囲が広過ぎることが多いから、トロール以外の魔物を退治してる傭兵達は面倒がって報酬が悪いとやりたがらない傾向があったからさ。


「ほう・・血を抜いておくか」


ヴェスリヒは念力魔法で、見た目より体力に物が入る小さな壺に、馬喰い烏の死骸から血を抜いて詰めだした。


「槍蛇の時もだが、血が高値で売れる魔物でもないと思うが? 血入りのソーセージでも作るのか?」


「作らない。この鳥等は腐肉を好んで喰らうしな。・・あまり効率的ではないが、霊薬(エリクサー)のベースに使う」


「自作できるのか!」


高級品だぜ?


「材料が揃えば。棺渡りはどうしてもマナが足りなくなる場面が多い。いちいち買ってるとすぐ破産する。すぐ劣化する強壮な魔物の血以外の素材はある程度持ち込んでいるから、基本的には自作して何本かストックしている」


「そんな用途だったのか・・腐肉を喰う鳥でもいいのか?」


「念入りに精製する。これだけ集めても1本分だな。ザング、心臓が潰れてしまったから、目玉、肝臓、舌を集めてくれ。それで供物の閾値に足りる。解体道具ももうお前が持っててくれ」


ミスリルの解体道具を念力魔法で渡された。


「嘴と羽根のいいとこも売れたよな? へへ」


「手早くな」


「了解了解」


俺は血抜きの済んだ死骸をサクっと解体した。慣れたもんよ。引退したら肉料理の店でもやるかな?



この遺跡の石門は1つだけで、絡み付いてる青薔薇の吸血草も細く、あまり動いていなかった。


「吸血草、元気ないな」


「ここの遺跡はもうすぐ完全に滅びる。呼応しているのだ。全て終われば魔法が解け、ただの在来種の薔薇に変わるだろう・・」


コイツらにも終わりはあったか。


俺達は殆んど風化したり草に埋もれた石畳を抜け、ハイエルフの遺跡の敷地へと入っていった。


「あれま・・」


森の中に、忽然と野原が広がっていた。所々に遺跡の残骸もないではない。

蝶が多く飛んでいる、ような?


「おそらく私の次の代の浄化でこの遺跡は完全に消え、やがてメブル森林帯の森に呑まれ、正しく忘れられるだろう。もう墓守も形を成さず、宝物蟲や箱蟹(ミミック)はただの昆虫や陸棲の蟹の類いに戻ってしまった」


ヴェスリヒはこの間も使っていた小袋入りの灰を周囲に撒いた。

棺渡りと契約した今の俺ならわかる、形を成さなくても、そこかしかこにいる霊達が灰に反応し、ざわめき、鎮められていた。


「特別な霊木(れいぼく)の灰だ。私が担当する遺跡の数だけ持ち込んでる」


「最後の段ではこうなるんだな」


「ああ」


俺達は野原になりつつある遺跡の敷地の中にもあった、地下へと通じる階段へと歩きだした。


「・・・」


蝶が目立つ。ガラス細工のような造形だった。


「これも守護の魔物か?」


送り蝶(おくりちょう)だ。未練を無くした霊を冥府まで水先案内してくれる」


「随分働き者の虫だ」


ヴェスリヒは珍しく少し笑みを見せて、フードを取った。


「・・実は、この蝶は冥府で産卵する。自力では冥府にゆく程の力はないから、この世を去る霊達を利用しているのだ」


「へぇ~、変わった生態だな」


「産まれて育ち、生存淘汰で残った送り蝶はまたこの世に戻ってきて、しかし帰る力はそれで使いきってしまう」


「ふん?」


なんの為にそんなことを??


「送り蝶には雌しかいない。この世で様々な蝶の雄と交配して、その血統を冥府に持ち帰る循環を繰り返している。送り蝶と交配したこの世の雄の蝶は死ぬので、エルフの研究者は、送り蝶は淫魔(サキュバス)の一種と結論づけてる」


「マジかよっ?!」


綺麗に見えていたが、バリバリの魔物じゃねーかっ。男の敵!


「・・ふっ。遺跡がこの段階まで来ると、他の守護の魔物の代わりに呼び寄せるのだ。ハイエルフの死霊達が効率よくこの世を去ってくれるからな」


戦々恐々とさせられたが、地下へと入っていった。


廟と鎮魂の石柱、その周辺の施設だけはしっかり保全されていた。そもそもこれらは後付けで今のエルフ達が造り足した物だろう。


前回と同じ手順で石柱を起動させ、また光が放たれたが、今回は柔らかい光だ。


見える。傲慢なハイエルフ達にも平穏な日々や良心的な者達もいた。

子を育て、友と語らい、恋人や家族と過ごし、特段に悪徳とは無縁の趣味や仕事に打ち込み、多種族と対等に交流する者もいた・・


起動を終え、修復を済ますと、ヴェスリヒは灰縄の杖を支えに屈み込んだ。駆け寄って渡されていたエリクサーを飲ませた。


「ありがとう、ザング・・」


「この間とは随分違ったな」


「・・遺跡もこの段階まで来ると、違う記憶を見せる。愚かなハイエルフ達が見失った、真の富(まことのとみ)の光景だ」


俺はヴェスリヒがいくらか持ち直して落ち着くと、背負って、断ってから膝を紐で固定して、地下から出た。


廟への扉をヴェスリヒが封じ直し、地上への階段を昇ると、


「おおっ?」


送り蝶達が発光し一斉に、朧気な灯りの塊を抱えるようにして、天に昇り始めていた。


「今回の浄化と補修で、地上を離れることを、受け入れた者達だ。皆、正しく、忘れられる」


「綺麗だな、ヴェスリヒ」


「およそ、2000年、掛けている。間が、抜けている、よ・・・」


ヴェスリヒは灰縄の杖を持ったまま眠ってしまった。


俺達は地上を去る送り蝶達に背を向けて、もうすぐ消え去るらしい遺跡を後にした。

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