4話 トロール囲い
俺も眠るヴェスリヒも馬も土埃まみれにされたが、オットゥ郷の手前まで着いた。もう日は傾いている。
馬を繋いだ所から街道に戻って北に進むと魔除けの野営地で野宿になる。灰縄の杖を掴んだままいつまでも起きないヴェスリヒを宿で休ませたかった。
街道に戻らず森を抜け、簡易な魔除けの細い林道に出て、そこからさらに進んで到着、だ。
森を抜ける時に土煙を撒き散らす、土スライムの小集団に絡まれて酷い目に遭ったが癇癪玉2発と臭い玉1発でなんとかなった。
それにしても、土を被ろうが、癇癪玉が弾けようが、臭い玉で刺激臭が放たれようが、森を馬で駆けようが、ヴェスリヒは顔をしかめる程度で全く起きなかった。起きたら遺跡周りを含めて色々聞かないとな。
等と思っていると、
「うっ」
ヴェスリヒが目を覚ました。
「おはよう、大将。直にオットゥ郷だ。支え帯だけじゃ危ないから縄で腹周りと、あとは杖を手首に、結んでる。鬱血してないよな?」
「けほっ、土? なぜ? 郷に? 野営地、は?」
ヴェスリヒは戸惑いながらも、灰縄の杖の縄を念力魔法で解き、隠すように魔方陣の中に隠して代わりに鳥の羽根の飾りのある短杖を取り出した。
「ヴェスリヒの具合が悪そうだからさ。野宿よりいいだろ? 槍蛇の肉も料理してもらおうぜ?」
「ん・・この、郷はダメ、だ。良くない」
「え?」
積極的に交易をするような郷じゃないが、メブル森林帯のような辺境で、街道から1本外れたような郷は大体そんなもんだった。
「日暮れ・・仕方、ない」
ヴェスリヒは呪文を唱え、俺と自分に何か術を掛け、さらに念力魔法で自分の短剣類やポーチやローブのあちこちに入れていた品々と装飾品を全て魔方陣の中にしまい込み、羽根のワンドだけしっかり握ってガクンっ、と力を失いだした。
「ヴェスリヒっ」
「ザング、よ。朝一で、立つ。起きたら、抗議、する・・」
眠る、というより白眼を剥いて気絶してしまった。
「ヴェスリぃーーヒっ!!」
なんだよっ、なんの術掛けた? マズったのか、俺??
というワケで小一時間後、オットゥ郷の風呂屋の薬湯に俺は浸かっていた。
杖を手放さず、眠り続けるヴェスリヒは女のフェザーフット族の垢擦りを頼んで女風呂の方で面倒見てもらってる。垢擦りの女に「なんで寝てるの? このエルフ?」と凄い言われたが・・
俺達は馬借もやってる郷の共用厩舎に馬を預けてからまず宿屋に行ったんだが、土埃まみれの俺達は風呂屋と洗濯屋に行けと断れてしまった。
俺は宿に荷物と鎧兜と、銀のダガー以外の武器を預け、洗濯籠とヴェスリヒの分の簡単な着替えだけ借りて、風呂屋に来たワケだ。
「ふぅ~・・」
エルフを北の遺構まで連れてくって話から随分大掛かりなことになった。
「刺青っぽい」
心臓の上辺りに荊の紋様が付いていた。
先祖絡みで奇妙なことになったもんだ。
風呂の後は洗熊人族がやってる洗濯屋で土まみれの衣服と籠を綺麗にしてもらい、衣服は魔力式乾燥器で乾かし、さっぱりして、ようやく宿に泊めてもらえる姿になった。
もう夜になっていた。遺跡から運ぶ時に運び難くて懲りたので膝は紐で軽く固定した上で左手で、眠り続けるムクロジ石鹸の匂いのするヴェスリヒを支え、右手で乾かした衣類の入った籠を持ってる。
オットゥ郷は吊られたランタンの数が多く、そこそこ明るい所が多かった。
「・・おかしいな」
ここは寒村の類い。有力者の家か酒場に宿、城門や自警団の詰所の軒先等以外ではそんなに灯り使わないはず。
風呂屋と洗濯屋もしっかりしたもんだった。
建物全般そう傷んでなく、住人の血色もいい。3年前に更新されてるギルドの資料にはオットゥ郷の貧しい様子が記されていた。
だが、実際の郷はそれなりに経済の回ってる中規模郷のようだった。
小型だが広場に時計台まであった。
違和感も感じる。ヴェスリヒが警戒していたから気にし過ぎているのか? それとも契約の効果でマナが強まっているからか? 集中すると、居心地の悪い感覚がジワジワくる。
「ギルド支部のある郷に行ったら調査を進言してみるかな?」
俺は取り敢えず、閉まってはいたが夜でも人がいた魔法道具屋で点火の指輪を買って、金貨を1枚崩し、嵩張らないようになるべく銀貨に変えておいた。
嫌な予感を感じた時は、正体不明でも対策法をなるべく増やすか強化する、ってのはヤシマ家の家訓の1つだ。
ドワーフの女が経営している宿の部屋は同室にして、ベッドの横に衝立を立てた。宿もみすぼらしい物じゃない。
手続きの際、さりげなく最近の郷の景気を女将に聞いてみたが、はぐらかされだけだった。
俺は荷物や装備は借りた洗い桶と一緒に全て部屋に持ち込み、鎧兜等の汚れを落とし、料理を頼む気にはならなかったので携帯食と革袋のワインで簡単に済ませた。
鎧下を着てトイレを済ませ、俺は結局、装備を全て身に付け、荷物と乾いたヴェスリヒの衣服も近くに置き、自前のランタンを絶やさず、ベッドに座って腕を組んで眠ることにした。
・・夢だな。子供の俺が、実家の書庫に暇を潰しにゆくと、灰色の三つ目の大蛇が先客としていて、茸の図鑑を読んでいた。
子供の俺は特に驚きもせず、側に座って蛇の一緒に図鑑を読みだした。
その内窓から宝物蟲達がやってきて俺達の周りに止まり、部屋の陰から青薔薇の吸血草まで生えてきたが、子供の俺は特に構わなかった。
ただ蛇と図鑑を読み続ける、そんな夢。
だったのだが不意に暗転し、俺は大人になり、暗闇の中に放り出された。不満を感じた。
見覚えのある羽根の首飾りをしていたが、こんな物は俺は持っていない。
「・・ちゃん、お兄、ちゃん、・・お兄ちゃん!」
「んん?」
暗闇の中で顔を上げると、貴族って程じゃないが小綺麗な格好をした中性的な人間族の少年がいた。身体がぼんやり光ってる。
「僕はレコラ! この郷の長に殺されてしまったんだっ」
唐突だな。
「・・言い分は聞こうか」
俺は闇の中で胡座をかいて、レコラという少年に向き直った。
「この郷はトロール囲いをしてるんだっ!」
「なるほど」
確かに、実際トロール囲いをしているならヴェスリヒが忌避し、俺が違和感を感じたのも納得。
ただこれは俺の夢だから、感覚を説明できる手持ち材料だけで断定してるのかもしれない。
この謎少年は意味不明だが? 俺の自己認識はこんなに癖強い感じで美化した物じゃないと思うが??
それはそれとして、トロール囲いは禁忌だ。文字通り生け捕りにしたトロールを1ヵ所に封じて、その地のマナを活用して、無尽蔵にマナの籠った霊石や土を造り続けて富とする邪法だ。
儲かるが、リスクがある。
「長く魔法に触れたトロールは知性とマナを高めてしまう」
「そう! 僕はそれをたまに郷に巡回にくる竜教会の僧侶様に告発しようたして・・」
俺の想像力を凄いな。
「このままだとお姉ちゃんまで殺されちゃうよ!」
「いやいやっ、まだ登場人物増えるのかっ?!」
お姉ちゃんはどういう自己認識だ??
「ああもう! 一回起きてっ。お兄ちゃん」
急に闇の天井が落ちてきて、それはベチャっと冷たくて、なんか土臭い・・
「ぶはっ?!」
慌てて起きると、装備の手入れ使って桶の縁に置いてたはずの濡れた手拭いが顔に欠けられていた。危なっ、
「なんだ? どんな夢だよっ」
(夢じゃないよ)
見ると半透明の、夢で見た少年が部屋の宙に浮いていた。
約20後、俺は人気の無いオットゥ郷の地下牢の隠し部屋に来ていた。少年の死霊、レコラの案内だ。
「これはっ!」
そこには銀の鎖と杭の魔方陣で縛られたレッサートロールが封じられていた。
(2年前、飛蝗の害や作物の病気で郷がどうしようもなくなった時、たまたま近くの谷に落ちて上手く再生できなくなってるトロールを郷の狩人が見付けたんだ。トロールの死骸から得られる素材だけじゃ足りなくて、皆、魔が差したんだと思う)
「そうか・・で、そのお姉ちゃん、てのは?」
(郷の長の娘だよ! 僕のことを哀しんで、僕の代わりに告発しようとして、郷の長に捕まったんだ。命までは取られてないけど、ずっと長の家の部屋に閉じ込められてる。お兄ちゃんが告発して、騒ぎなったら危ないよっ、その前に助けてあげてほしい)
厄介なことになってんなっ。
「連れ出すなら夜だが、今夜は俺の相棒も具合悪くてな・・」
(竜教会の僧侶様が今はちょうど教会に来てらっしゃるよ? そこに匿ってもらって、あとは明日お兄ちゃん達が近くの郷に知らせてくれたら)
「なんだ僧侶が来てたのか。なら具合がいい、なんなら僧侶に直に頼めば早かったんじゃないか?」
(僕、死霊だから・・)
「あ、ごめん。レコラのことを含めきっちり処理する。トロールその物はこうなっちまうと、ちょっと専門家を呼ばなきゃならないから、すぐには無理だな」
(わかった。お兄ちゃんが見える人でよかった)
「まぁちょっとな。ほんとは相棒が本職なんだけどなっ」
この後、俺は郷の長の2階の座敷牢に囚われていた長の娘をこっそり救出し、寝静まってるらしいオットゥ郷の質素な竜教会の裏庭まで長の娘を送った。
「ありがとうございました。レコラもありがとう」
(うん、これで僕も・・さよなら)
レコラは掻き消えていった。
「レコラは、私のたった1人の友達だったんです」
「そ、そうか」
泣いてる長の娘だったが、急な展開に俺は正直、気持ちや状況把握が追い付かなかった。まず特殊な、トロール囲いに対処するのが初めてだった。
俺は長の娘と段取りの確認をして別れ、宿に戻った。
夜が明けたら忙しくなるっ。ヴェスリヒも起きてくれたら助かるんだけどな・・
夜明けまでまだ7時間はあった。俺はヴェスリヒの様子を確認してからベッドに腰掛け、とにかく休むことにした。
だが、座って10分もしない内にっ、
ズゥウウンッッ!!!!
地響きだ! なんだっ、いや、この気配っ! 知ってるっ!!
窓を開けると、郷は騒然としていて、地下牢のあった方から火の橙色の明かりと煙が見えたっ。
トロールだ! なぜっ? 娘がいないことに気付いた長がヤケを起こした? 短絡的過ぎないか??
俺は荷物から望遠鏡を引っ張り出し、ベランダの柵から屋根に跳び移り、改めて地下牢に通じた建屋の方を望遠鏡で見た。
「っ?!」
身体が5メートルに膨張し、両腕の付け根辺りに目玉を発生させた暴れるトロールの肩に郷の長の娘が乗って、髪を解き、別人のように興奮しているようだった。
その側を霊体・・レコラだ! が楽しげに漂っていて、こちらに気付いて嗤ってきやがったっ!
やられた! 娘はトロール憑き、トロールに魅入られた者かっ。あの霊体のレコラはなんだ? トロールの分霊? 人型の? あんな巧妙に立ち回るのか?? 知性を取り戻したトロールはこんな真似ができるのかっ??
「くっそ!」
俺のせいだが、眠るヴェスリヒがいるっ。俺は一旦部屋に戻った。そこへ、
「お客さんっ、トロールが暴れてる! 避難をっ」
宿の女将だ。
「女将っ、これで俺の連れ合いと厩舎の銀毛種の馬の面倒を見てやってくれ!」
俺は銀貨を一掴み女将に握らせ、また窓に向かった。
「馬? ちょっとっ、困るよっ!」
道に飛び降りるっ! 装備は悪くない。街中は明るく、火災も起きてる。俺は買ったばかりの点火の指輪を右手の指に嵌めた。
「トロール狩りがトロールにかつがれるなんてっ、冗談じゃないぜ!」
大混乱の郷を走り抜け、変異したトロールの前まで来た。
自警団が右往左往し、郷の長らしい、成金風の夜着を着た男もいた。ランタンが原因だろう、火事も起きていた。
トロールは棍棒は持っていないが、いかにも強壮。腕の付け根の目が飾りってこともないだろう。
郷の長の娘が挑戦的に見下ろしてくる。
「お兄ちゃん、いらっしゃい。因みに教会の僧侶が来るのは月末だよ? ちゃんと裏取りしないと? キャフフフっっ」
「・・お前は、なんだ?」
「僕はトロールだよ? 彼女と契約して、彼女の心の友達の名前をもらったんだ。レコラ、いい名前。お父さんに変なことされてもいつも彼女と一緒だった子」
「デタラメだ!」
郷の長は喚いたが、今度は長の娘がけたたましく嗤った。
「アハハッ! 私はお母さんの代わりじゃないっ、レコラ!! 全部壊して!」
「はーい。やれ! 僕の身体っ!」
命じられた変異トロールは吠えて襲い掛かろうとしたが、ゴォウッッ!!! 俺が点火の指輪で起こした火炎で両腕の目を焼かれて仰け反って苦しんだ。
レコラも顔を歪め、勢いに吹っ飛ばされた長の娘は自警団に受け止められ、取り押さえられた。獣ように吠えて暴れる。
「はしゃぐなよ?」
俺は動作を盾で隠し、銀ダガーを抜いてレコラに投げ付け、胸に突き刺した。
「ああぁーーーっっっ!!!」
レコラは絶叫し、今度こそ炸裂して消えた。
「フゴォオフゥッッッ!!!!」
知性の部位? を失い、益々暴れる変異トロールは近くの荷車を粉砕し、破片が郷の長に刺さって絶命させた。
「だぁっ、手が付けられねーな! 飛び道具持ち以外の自警団は娘さんと長の死体回収して下がってくれっ。連れが霊術師だ!」
「蘇生してくれるのかっ?」
「後だ後っ! ボウガンと火縄は左膝狙ってくれ!」
俺は転げ回って避けつつ、トロールが左膝を損傷し、体勢を崩した隙に聖水を垂らした銅の手斧を右膝に投げ付け、完全に両膝を付かせた。
「よしっ」
残りの聖水を振り掛け、盾を捨て、サーベルを手に駆け込み、殴り付けてきた拳を跳んで躱し、そのまま左肩で跳ね、頭頂部に柄頭に左手を沿えて振り下ろし、根元まで突き刺した!
「ヴォオオ・・・」
変異トロールは3割の死骸と7割の土や石の素材に変わって力尽きた。
自警団は歓声を上げてくれたが、
「ちょっと自作自演みたいになってんな、報酬は辞退しとこ・・っ?!」
俺が立っていた変異トロールの残留物の中から数十人の土や石のレコラの上半身が噴出し、俺に掴み掛かってきた!
「お兄ちゃああーーーんっっ!!!!」
「くっ、しつこいぞっ?!」
俺がレコラ達に取り込まれ掛けた所で、
カッッッッ!!!!
突然の俺の全身から数十の光の鳥が噴出して、レコラ達を打ち砕いて滅ぼしていった。
光の鳥は集まり、エルフのような輪郭を取った。
「ヴェスリヒ?」
(説教せざるを得ない)
「了解した・・」
説教宣言しつつ、光のヴェスリヒは光の羽根だけ残し、消えていった。
トロール囲いの経緯は概ねレコラの言った通りだった。郷の長の娘は母が亡くなってから実際虐待されていたようだ。蘇生された郷の長は仮設された郷の牢に容れられたが、トロール囲いの罪の所在は、領主と竜教会とトロール狩りギルドとの交渉次第となるようだった。
食うためってのは仕方無いが、娘云々は全く別の話だとは、思ったかな?
郷の長の娘が俺のことを何も話さなかったこともありいくつかボヤかしつつ、念入りに聴取され、報告書を書かされ、起きたヴェスリヒに出立の遅れについても散々怒られ、楽しみにしていた槍蛇の背肉と、あとは肝臓も炊き出しに提供させられ、2日後に放免となって銀毛の馬の後ろに大将を乗せて出発する頃には、それなりにゲッソリしていた。
「遺跡修復後の流れついて詳しく話さなかった私にも落ち度はあったが、反省を強く促す」
「というか、一回どっかの温泉とかで休まないか? どっと疲れたんだが・・」
「却下。遅れ過ぎだ」
「はぁ~・・」
随分なことになったが、俺達は街道に戻り、北を目指すことになった。
どっか巧妙に、温泉を通るルート取れないかな? ぬぅ~