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3話 残光

急に森が開け、石畳に重なるように石の門が連なる場所に出た。直線距離としては街道からそう遠くない。よく隠し通せてるな、と。

門や石畳には異様に太い蔓の青い薔薇が絡みついていた。よく見ると時折蠢いている・・


「青薔薇型は初めて見たが、吸血草(きゅうけつそう)じゃないか?」


「ああ、ここで飼ってる物だ」


「飼ってんだ」


石門(せきもん)はそう傷んでない・・少量か」


大将はブツブツ言いながら、霊石、漬け物石、魔力(マナ)の籠った土や琥珀を程々の量、並べた。

呪文を唱え蛇の杖を振るうと、いくらかはあった石の門と石畳の破損が修復され、絡み付いて周囲にも拡がりだしていた青薔薇の吸血草も石の門にのみ絡み、余剰な分はただちに枯れて、石の根元に落ちていった。


「肥料にはなるな」


「不毛とまでは言わない」


杖の先で促すので、俺は先導して石畳に進みだした。吸血草達は大人しい物で、俺達が門を潜っても蠢くだけで何も手出しはしてこなかった。


意外と長い石畳だ。やがて連なっていた青薔薇の石の門がなくなっても続いてゆく。

ヴェスリヒは独り言のように話しだした。


「・・我らの祖先、ハイエルフは繁栄を極め、世界を支配した。陸の者も海の者、魔族さえ、ハイエルフに屈した。だがその驕りがトロール達の復権を招き、全ては瓦解した」


ハイエルフ文明の破滅はトロール達巨人族の活性化よりも他の種族の反乱によるところが大きかった、と史学では習ったけどな。

まぁ教会学校は中等部までしか出てないが。

進む内に徐々に石畳の通路に周囲に遺跡の残骸らしい物が目立ち始めた。

あちこち欠けた、大きな門が見えてくる。装飾がそこそこ残っていた。こりゃ、見付かったら大事になるぞ。


「1000年を越える寿命、膨大なマナと知性。古代技術、富・・消えていった。ザング、この門を見ろ、未練がましく残る宝飾の煌めきを。我らエルフは衰えた、かつての栄華はもう二度と戻らない。時は、過ぎたのだ」


俺達は門を潜り、遺跡の敷地内へと入った。



門の先は遺跡の前庭? と呼べそうな場所だった。遺跡建物本体は屋根も落ち、柱や壁の一部が輪郭を表し、あちこち廊下の石の隙間から草や細木の類いが露出していた。

ここには吸血草はなかったが、


「露骨過ぎるだろ?」


前庭近くに集中して、金銀財宝が投げ出されるように散らばっていた。どれも昨日棄てられように輝いている。

どれも思い切り、マナの強い生き物の気配がするっ。

俺は小石を拾い、なるべく離れた位置の金銀財宝に投げ付けた。

当たった途端、その箇所と周囲の金銀財宝が一斉に巻き上がって飛び回りだし、ガス状の物を吹いたりしだした。


宝物蟲(ほうもつちゅう)だ。前回の棺渡りの巡回から20年経ったとはいえ、雑だな。墓守を呼ぶ」


ヴェスリヒは足元の草の中に残っていた石畳の跡らしい物に蛇の杖の石突きをコツコツとぶつけて音を鳴らし、何か呪文も唱える。

すると崩れた建物本体の方から、2体の古風な貴族服のエルフらしい死霊の男女が、昼の日差しに顔をしかめながら飛来してきた。

俺が腹の前の鞘の銀のダガーの留め具を外して柄に手を掛けると、ヴェスリヒは片手を上げて制し、代わりに粉状の物が少し中から吹いた小袋を取り出した。


「これはこれはっ! その灰縄(はいなわ)の杖! 当代の棺渡り様ではございませんかぁ?! 花のように御美しい方ですねぇっ! そして聡明! 慈悲深い! 豪華なフードのとんがり!」


明後日の方を見ながら褒めまくりだす男のエルフの死霊。


「こちらのティアラ型の宝物蟲はいかがですかぁ? 甘くて美味しひぃいい~~っっ!!!」


女の方の死霊が持っていた冠の形をしていた宝物蟲に喰い付いたっ。蟲はギィギィ鳴いて、羽根を広げ、小さく火まで吹いたが女の死霊は構わず喰い千切り続け、そのまま喰い殺してしまった。


・・霊体のどこに入ったんだよ? 呼ばれたら昼日中に出てくるしっ。


「2人とも、だいぶ劣化しているな。落ち着け」


ヴェスリヒは粉っぽい小袋を灰らしい物を撒き、灰縄という名らしい杖を振るって操り、2体の死霊に絡め、呪文を唱えた。


灰が死霊達に吸収され、少し透けていた姿がはっきりすると、2人とも我に返った顔で、落ち着きを取り戻した。女の方は宝物蟲を汚ならしそうに放り棄て、男の方は軽く咳払いをした。


「失礼。お呼びですかな? 墓渡り殿」


「私はヴェスリヒ・ブライアロード。3代前の棺渡り、ヴェスシール・ブライアロードの曾孫だ。蟲の管理、それから既に直したが入り口の薔薇の管理をもう少し慎重にしてくれ。後は特にはない」


「承知しました。蟲どもは少し共喰いでもさせましょう」


男の方は振り返って片手を振るい宝物蟲達を遺跡本体の奥へと追い払い、自分も遺跡本体の方へと浮遊していった。女の方もうやうやしくスカートの裾摘まんでヴェスリヒに一礼すると、チラっと蟲を見るのと同じく目で俺を見て、男の死霊の後を追っていった。


「・・あんなヤツらに任せて大丈夫なのか?」


「普通の死霊や魔物はこの遺跡に近寄れない。守護に置いてる魔物の管理くらいはしてもらう。行こう、ザング。あっちだ」


俺は促され、前庭の先せと歩きだした。


前庭の先に扉で閉ざされた地下への階段があり、それをヴェスリヒの魔法で解錠して進み、ただ付いてゆくだけなのもなんだから、嵌め直した灯の指輪で俺が灯りを点け、通路を進み、廟のような広間に出た。そこには、


「トロール?!」


俺は思わずギルドの汎用サーベルを抜いた。広間の端に下位ではない、おそらく中位種の体長7メートルはあるトロールがミイラ化してさらに結晶化した物が置かれていた。肩に同じようにミイラ化して結晶化した頭に王冠を乗せたゴブリンを乗せている。


「700年程前に遺跡内に押し入って蟲ではない本物のハイエルフの財宝いくらか、あのゴブリンの一党に強奪された。多くの災いを振り撒き、未だ回収できてない物もある。・・討伐後に教訓としてここに置かれている」


「700年前もヴェスリヒの先祖が対応したのか?」


「・・・」


ヴェスリヒは、いらない料理をどんどん注文された、といった顔をした。


「ハイエルフが滅びて2000年。我らブライアロード氏が棺渡りの役目をしたのは私を含めて11期だ。少ない回数ではないが、常時先祖の墓に張り付いて暮らしてきていない。700年前だと安い魔力人参(マンドレイク)を使った家畜化した魔物用の餌の量産に成功して、氏族がかなり羽振りが良かった頃の時代だ。いい身分だった」


エルフなんて寿命が短くなっても自分達の共同体に大体引き籠って、ずっと変わらない者達って印象だったが、それなりに変遷はあるんだな。


「色々あるさ。700年前だと古文書通りなら、ヤシマ氏は東方で漁師なんかをしてたらしいぜ」


「真っ当に働いていたんだな」


「今も真っ当だっ。というか、封印かなんかするんだろ? むにゃむにゃ唱えて、さっさと片そうぜっ」


「むにゃむにゃではない」


若干不穏になったが、ヴェスリヒは仕事に掛かり直した。


広間の正面奥には台座と抽象的な構造物があった。

大将はその台座に槍蛇の心臓を置き、呪文を唱え、周囲に描かれていた魔方陣を起動させる。

徐々に抽象的な構造物にマナが満ち、ヴェスリヒの周りに光の多重魔方陣が組み上がり始める。


「おお~?」


広間が鳴動し、その力がさらに遠くに拡がってゆくのを感じた。

契約のお陰か? 前よりマナに対する感度も上がってる気がする。


台座の槍蛇の心臓が緑色の炎で燃え上がり、魔方陣の力が増し、ヴェスリヒが何事が呪文を叫んで灰縄の杖を振り上げると、抽象的な構造物が激しく輝いた。


「?!」


一瞬だが、光の中、かつての繁栄の様子が見えた。この遺跡は飛行する島にある街の主の館だった。


圧倒的な魔法文明、工学も発達している。

ハイエルフ以外の種族は労働者階級で、オーク族は奴隷。ゴブリン達は闘技場で捕獲かれて支配された竜族との無謀な戦いを強いられ、ゴミのように死に続けていた。

墓守の2人は館の主とその愛人らしい。


最後の時、反乱が起き、ハイエルフ達は労働者階級の他種族達に水晶のような道具で魔法を封じられ、愛人はオークに生きたまま喰い殺され、館の主はゴブリン達に囃し立てられながら竜と決闘させられて惨殺された。


そうしてこの飛行する島は狂乱の中、雲の中から現れた島よりも巨大なトロールの棍棒の一撃で砕かれ、地に墜ちていった。


幻視が解け、遺跡全体に掛かった魔法的な何がしかの効果が更新されたのがわかった。


「・・はぁはぁはぁ」


ヴェスリヒは灰縄の杖に寄り掛かり、息も絶え絶えだった。


「大丈夫か? 3級の霊術師の仕事じゃないだろ? なんか凄いもん見せられたぞ?」


「問題、無い・・」


ヴェスリヒはいつもの宙の魔方陣ではなく、ポーチから装飾された小瓶を手で引き抜いて取り出し、俺に差し出した。


霊薬(エリクサー)だ。飲ませてくれ。この鎮魂の石柱と廟の補修も必要だ。仕事はまだある」


「わかった」


ちょっとした家が買えるくらいの薬でもあった。俺は慎重に蓋を開け、慎重にヴェスリヒに飲ませた。


「んぐ、んぐ・・ふぅ」


少し間を置いて、ヴェスリヒのマナが高まり、顔色が良くなった。


「ありがとう。前任者は別の入り口周辺の補修を重点的にやっていて、ここはあまり対応してない。広間の補修は規模が大きい。少しバタバタする。そこのトロールの所は触らないから、暫くそこにいるといい」


「おう」


俺は大人しく結晶化したトロールとゴブリンの所にゆき、


「ごめんなすって」


と一言断って、トロール像の足元に腰掛け、結晶化した棍棒にもたれた。子孫を散々狩ってすまねぇな、と。


ヴェスリヒ魔法陣から出した素材を自在に灰縄の杖で操ってそこら中を直していた。物がわりと高速で飛び交う。こりゃ避難して正解だ。


「・・棺渡りは、遺跡を隠し、保全して魔物や死霊を閉じ込めているだけではない。ここに眠る無数の死霊達と、強過ぎる力の財宝を劣化させ、やがては滅ぼす術を何代にも渡って掛け続けている。結果的に器である遺跡の劣化も早く、管理に四苦八苦するハメになっているが」


「20年ごとに管理してるにしちゃ後付けの魔除けまでやたら破損してるな、とは思ってたよ」


「人手も足りないからな・・それはいい。ザング、それよりも、お前も見ただろう? 過去の有り様を」


「ああ、まぁ酷いもんだな。あそこから今の時代まで復興させた先祖には感服するよ」


まずハイエルフが滅びた後にあの規模のトロール達を倒しきったんだろ? 今の俺達の仕事からするとお手上げだぜ。


「術を掛ける私には、ヤツらは直に干渉してくる。取り戻せと、栄光を、他種族を根絶やしにし、報復しろと。故に、棺渡りには適性が必要なんだ」


「・・肝試しが得意、とか?」


「茶化すな。必要なのは、忘れる適性だ。栄光を忘れる。復讐を忘れる。万能を忘れる。全て忘れ去るのだ。それが」


ヴェスリヒは最後に鎮魂の石柱と呼んだ霊術装置を補修した。


「棺渡りに必要な才だ」


「・・殊勝なんだな。見習いたいよな?」


俺はトロールとゴブリンの像を見上げて言った。



作業を終えると大将は眠気に抗えない状態になり、広間への通路の扉を閉じ直すとへたり込んでしまい、俺が背負うことになった。


「西側に、回れ、槍蛇のいた辺りを避け、馬を繋いだ辺りまで、魔除けの、利いた道を、通れる。墓守には、構うな、無視、しろ・・」


「わかった。もう眠りな」


「・・嫌に、なったらいつでも、言え、ヤシマ氏であっても、これは、元来、エルフ族の、不始、末・・」


ヴェスリヒは杖はしっかり握ったまま眠ってしまった。深い眠りだ。


「お疲れ、大将」


俺は大人しく、遺跡の西側に回った。一度、懐中時計を見ると、存外2時間程度しか時間は経っていなかった。

確かに3時間以内に戻れそうだな。


西側の門付近には若干宝物蟲が目立ったが、寄らなきゃ問題無いだろ。俺はさっさと抜けようとした。が、異様な気配っ、


「お前っ、見たことがあるぞっ!」


「人間!!」


墓守の2人だ。遺跡の残骸をすり抜けて纏わり付いてきた。どうもヴェスリヒの杖を恐れて、触れはしないが、寄られるだけで体温は奪われ寒い。


「ヴェスシール! あの陰気な女に付いていたなっ。また我らを滅ぼす企てに手を貸したっ! 呪われろ! 呪われろ!!」


「人間めっ、人間めっ、その杖を渡せ!!」


「・・不良従業員だな」


俺は左手でヴェスリヒを支え、右手で灯の指輪にマナを込め、2人の墓守の顔面に向けて2つの光の玉を激しく発光させた。


「ぎゃっ?!」


「ひぃーっっ!!」


2人は悲鳴を上げて、宝物蟲達を驚かせながら遺跡の奥へと飛び去っていった。


「曾孫だっつーの」


俺は眠るヴェスリヒを背負い直し、西の門から出ていった。

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