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2話 棺渡り

所々破損してる箇所もあるが概ね魔除けの利いた森の街道を進む。

俺達が銀毛種の馬を進めるメブル森林帯はやや寒冷で、湿地と平原のしばしば混ざる森が続くこの大陸の北西部ではよくある地形と気候の地域だ。


「・・スー、スゥ」


我が主ヴェスリヒ・ブライアロード殿は2人乗り鞍の後部席で角穴、角袋(つのぶくろ)、とんがり等と呼ばれる形のフードをしたまま、静かな寝息で眠っていた。

後部席用の持ち手の他に古風な装飾の支え帯を取り付けて腰の辺りを軽く固定している。


「エルフはよく眠るのか??」


思わず呟く。初日は寝不足だと言っていたから午前中はそんな物かとも思ったが、結局馬での移動中ほぼ眠っていた。

今日もだ。ずっと眠っている。


何かの病気か、呪い? あるいは移動しながら何かの術を実行しているのか?? 見当つかなかった。

エルフ云々以前に、魔法使いとここまで近い距離で旅をしたこと等ない。


いずれにしても、今日はそろそろ起こさなくてはならなかった。


「おい、大将。ヴェスリヒ、ヴェスリヒ・ブライアロード!」


「ん・・朝か」


「昼だっ。寝ぼけてんな? あんたが言ってた魔除けの石像、アレだろ?」


「ああ」


道の先の右手に見える苔むして割れてしまっている石の構造物を、少し振り向いて指差してみせると、意識のハッキリとしてきたヴェスリヒはフードを取った。


「ザング、あの側に馬を止めてくれ。降りる必要はない」


「降りないのか?」


言われた通りに止めると、ヴェスリヒは側面の宙に出した魔方陣から奇妙な杖を1本取り出した。

続けて念力魔法で霊石1つと、ただの漬け物石のような石も取り出した。


杖は灰色の蛇がそのまま杖の形に固まったような物だった。鉤型の持ち手になる頭部には閉じた大きな目が3つあり、思わず凝視すると1つが開いてこちらを睨んできた。うえっ、


「魔法使いの杖の趣味はわからないが」


「・・私が育てた杖ではない。受けた役目から、預かった物だ」


役目? 俺が質問する前に、ヴェスリヒは馬の上から半ば壊れた魔除けの石像に蛇の杖を向け、霊石と漬け物石? も念力で操って近付けて何事か呪文を唱えた。


杖と霊石が光り、霊石と漬け物石は砕け塵となり、崩れた石像を包んで少し持ち上がって正しく組み直され隙間が塞がり、苔は付いたままだが完全に修復した。


「これが役目?」


ヴェスリヒは小さく溜め息をついた。


「これは雑用。この地方はエルフが少なく、エルフの錬金術師も足りない」


「ふん?」


「3時間程で済む。直した魔除けのある方に入っていってくれ、似た魔除けが先々に点在している。私といれば見付けられる」


「・・まぁ小袋入りの金貨分の仕事はするさ」


俺は馬を街道ではなく森に向けた。



果たして林道でもない森の中に、同じ形式の古びた魔除けが点在していた。

ヴェスリヒは程度に応じて1つずつ、手際よく補修していった。


「2人で魔除けの補修屋を始めたら儲かりそうだ」


「お前は馬で私を運ぶだけで率がいいな」


「違いないな! ははっ」


「・・・」


会話は弾まなかったが、仕事は順調。5つ目の古木の手前の魔除けの補修が済んだ。


「ここから先は銀毛種の馬でも恐れる。馬はここに繋いでゆけ」


「いや、だからどこ連れてくつもりだよ?」


「道々話す」


最初から一貫して怪しいぞ?


多少は迷ったが、毒を食らわば皿までもと、俺は馬から降りて、ヴェスリヒが降りるのも手伝い、馬は木に縄で繋いだ。

魔除けのすぐ側だから魔物には襲われないし、野生動物も銀毛種の馬には弱らない限りちょっかい出さないだろう。


ヴェスリヒは縄に呪文を唱え、何か術を掛けた。


「24時間後に自然と縄は解ける。万一戻らなかった時、馬まで道連れにすることはない」


「そんなヤバいのか?」


「安全な霊術師の仕事は無い」


そりゃそうだろうけどさ。

荷物は全ては持ってゆけない。大将からは特に何もなかったが、俺は樫木の盾と手斧、銅の投擲ナイフ8本。後は携帯食糧をやや多目にウェストバッグに詰めた。


暫く進むと、嫌な感じだ。魔力(マナ)が強く、澱んでいる。

こういう場所は魔物がいる。


「意図的に魔除けを配置していない。20年前は数体程度の槍蛇(やりへび)の縄張りだったそうだ。ザング・ヤシマ。改めて手際を確認したい」


「俺はトロール狩りで、蛇狩りじゃないぜ?」


「・・蛇は兎より手強いから注意することだ」


ヴェスリヒ大将は先に歩きだし、すれ違い様に杖で俺のヤシマ氏のクレストをチョイ、と持ち上げていった。


「あんたそれ一生言うつもりじゃないだろうな? それから俺が前衛で、あんたが後衛だっ」


「そうか、前と後ろを間違えた」


結構、言うなコイツ。


歩きだしてそう間も経たない内においでなすった。傾斜の上だ。位置が悪い。2体の槍蛇が耳障りな声で威嚇しながら滑るように迫ってくるっ。


槍蛇は頭の上部と尻尾の先に外骨格を持つ大蛇の魔物。体長は4メートル程度で今来てるのもそうだ。頭の大きさが犬並みで、眉間から槍状に発達した角がある。

牙には毒もあった。種類は多いが、今のところ友好的な槍蛇は発見されていないな。


ヴェスリヒは杖を掲げて森の動物霊を呼び出し、1体は錯乱させて追い払った。

杖を持つ分、トロールの時よりも余裕がある風で、1体残したのはわざとだろう。

改めて確認とかいうのは本気らしい。


「ワリに合ったかなっ、と!」


俺は銅の投擲ナイフ2本を口に目掛けて投げ付け、角と頭の外骨格で弾かせ、勢いを若干を削ぎ、頭の位置をいくらかは固定させ、素早く灯りの指輪を付けてマナを込め、鼻先で閃光を小さく炸裂させてやった。


「ジャッ!」


小規模でもあれだけ近いとそれなりに高熱だ。蛇は視覚に加えて熱で物を見る。熱湯でも被ったように鎌首を持ち上げて滑り降りるのを止めて混乱した。よしっ、


手斧の方が当て易いが、ウエストバッグの上に留め具で取り付けた斧はやや抜き難い。剣の方は抜き動作でそのまま投げられる。

俺はギルドの汎用サーベルを抜き打ちで投げ付けて、槍蛇の外骨格も硬い鱗もない喉に突き刺して仕止めた。

自分の重さで槍蛇は傾斜を滑り落ちてきた。


「・・魔法と投擲が得意なんだな」


「投擲は実家で叩き込まれた。魔法は指輪を使っただけだ」


「いや、下手な者はああは使わない。ヤシマ氏は魔法も得意な家系であるはずだ」


ん?


「そりゃ先祖や親類に得意な人もいるだろうけど、俺の家のこと知ってるのか? 特に有名な氏族でもないと思うが??」


「私の母方の曾祖母が、ヤシマ氏の戦士に世話になった」


「ええ?」


大昔にいたハイエルフはともかく、今のエルフは見た目がいつまでも若く魔力と座学に秀でてはいても、寿命は人間族と変わらない。70年程度だ。

ヤシマ氏、俺の曾祖父、父方だよな? 母方は薬師の家系でフツミノ氏だ。むしろそっちの家の方がエルフと知り合う機会は多そうだが??


「そんな話は伝わってないよ。曾祖父は確かに若い頃、メブル森林帯にいた伝記や記録を読んだことがあるが、メブル森林帯の頃の記述にエルフなんて出てこないぞ? ゴブリン族との大規模抗争に巻き込まれたりはしていたみたいだが・・」


そもそも、その頃の記述は少なかった。ゴブリン族との抗争後は記述が2年も飛んでいる。


「何も伝わってないのは当然だ。ふっ」


フード越しに珍しく笑顔を少し見せたが、すぐに表情の薄い三白眼に戻ってしまい、槍蛇の死骸に向き直った。


「そう時間は掛けられ無いが、角は売れる。心臓はこの後使いたい」


使いたい?


「血と肝臓も今後の為に取っておきたい。角はやるから解体を頼む」


「ええ? 手早くだろ? 槍蛇の外骨格は固い、道具がないよ」


今、俺、金は別に・・


「ある。真鋼(ミスリル)製だ」


大将は当然のように宙に出した魔方陣からノミ等のミスリル製の解体道具をバラバラと念力魔法で取り出した。


「・・・」


俺は、何屋として雇われたんだろな?



大工道具でもあるらしいミスリル製の解体道具は、恐ろしい程の切れ味で、根菜かカボチャでも処理するかのようにサクサクと解体できた。

面白くなってきた俺は角と心臓と肝臓と血液だけでなく、頭部の外骨格全てと、確か珍味の背の中程の肉を切り分け、さらに尻尾の解体をしようとしたら、


「クドい。遅い。他の魔物が死臭に寄りつつある。しつこい」


等と大将に怒られ、尻尾は断念することにした。


しかし、ミスリル製の刃物はやっぱ凄いんだな。銀以上にトロールや死霊の類いにも利くはずだし、俺もナイフ1本くらいは買ってみるか?


ともかくその後さらに進むと、森が暗くなり、マナの濃度が益々濃くなり、足が重く感じ、進路を変えたくなってきた。いや! それどころじゃないっ、進もうとしていることを俺は忘れつつあるようだった。


「ヴェスリヒ! これは、人避(ひとよ)けじゃないかっ?」


「・・これだけ近付くと同行しているだけではダメか。一旦止まるんだ、ザング」


ヴェスリヒは蛇の杖で俺の厚革の鎧の鳩尾の辺りと一度、トンっ、マナを込めて打ち、呪文を唱えた。


「っ!」


忌避感と、認識が書き変えられる感覚が消えた。冷や汗が出る。


「ふぅ・・いい加減教えてくれ。どこに向かっているんだ?」


ヴェスリヒはフードを取った。陰気な美人だ。木陰に綺麗に生えた珍しいキノコ、って感じだな。


「この先に、ハイエルフの遺跡がある」


俺は息を飲んだ。この辺りに? 聞いたことがなかった。


「遺構以外の遺跡はほとんど滅びたんじゃないのか?」


「確かに半数は既に消えたな。だが、残り半数は、我々が隠し、お前達が忘れただけだ」


「え~・・」


娯楽本の類いや噂話でそんな話は、確かにあった。


曰く、隠された宝物と秘術の眠る遺跡は世界中にあると、試練迷宮(ダンジョン)に潜るよりも余程簡単に富を得られると。


「私は、このメブル森林帯に散らばるハイエルフの遺跡を封じ直す、棺渡(ひつぎわた)りの役目を与えられた者だ」


「棺渡り?! ちょっと待ってくれっ、それは知ってるぞっ? 怪談で」


「ほう・・博識、だな」


三白眼を細めるヴェスリヒ。持ってる三つ目の蛇の杖まで睨んでくるっ。


「それは、夜な夜なエルフの墓を荒らし回る。黒魔術の生け贄に人間の子供を拐う。悪さをする子供を汲み取りの下に引き摺り込む。といった話だろう?」


「うっ」


大体そんな感じだ。


「確かにハイエルフ遺跡は墓でもある。が、棺渡りはあくまで遺跡を補修している。荒らしてない。再封印には対価が必要だが、強壮な魔物の心臓等で問題無い。が、確かに初期の棺渡りは人間の子供を捕まえて対価として使用していた。この点に関しては非があった。遺憾である。汲み取り云々に関しては、濡れ衣だっ。我々は人間族の子供の躾になんら責任が無く、あるいは躾るにしても、汲み取りに引き込む必然性は無い。そんな辛い活動を強いられるのであれば、私は命を賭してもこの役割を固辞していた!」


杖の蛇と一緒に眼を剥くヴェスリヒ。


「・・あ~、よし。風評だった。悪い。話の腰も折ったな、続けてくれ」


「ふん・・とにかく、お前が期待した程ではないかもしれないがっ、私は棺渡りだ」


根に持たれそうな予感。


「ザング・ヤシマ。お前の曾祖父ゼルジン・ヤシマは、私と同じくこの地域の棺渡りをしていた曾祖母ヴェスシール・ブライアロードの護衛役を引き受けていた。お前にもそれを担い、遺跡に関する秘密も守ってもらいたい」


なるほど、念入りに検分していたと、


「断ることはできるのか? そうしたら俺はどうなる?」


俺はマナの強い森とヴェスリヒの杖をざっと見回して言った。


「それはお前の自由だ。私と遺跡に関する記憶は消させてもらうが、先に渡した金貨は返さなくていい。ただし、今後、エルフ族がヤシマ氏の戦士に頼ることはない」


「俺個人の話が、家の話になるのか?」


「家名とはそういう物だろう」


そうきたか。俺は記憶を辿って幼い頃に見た、曾祖父の伝記の元になったボロボロの手記の、トロール狩りを引退して故郷に帰ることを決めた最後の項の、


良き友、良き旅、良き眠り


という走り書きを思い出した。


「・・いいぜ。改めて護衛を引き受ける。秘密も守る」


「わかった。ありがとう・・正式に契約する」


ヴェスリヒは腰の後ろの鞘に3本差してる毒塗りのピンナイフではなく、左の腰の鞘に差してるミスリル製らしい装飾ナイフで自分の左の掌を浅く切り、呪文を唱えて血を操り、杖の蛇に与えるっ。

蛇は力を増し、三つ目を光らせ、俺の革鎧越しに心臓の上に荊をモチーフにしたような紋様を印した。


「熱っ」


光が収まると鎧には何も跡はなく、痛みも消えた。

だが、身体に何かのマナが宿ったことはわかった。


「私の力を分け、私と繋がった状態になった。マナも強まったが、魔法や霊に関する災いへの耐性は高まる」


「おおっ、何か代償はあるのか?」


「ん? 代償という程ではないが、術を解かない限りお前の位置が私にわかる。他には特に無い」


手の傷に回復薬を掛けた上で治癒術を掛け、完全に治しながらヴェスリヒが答えた。

血が減ったからか、残った回復薬は飲んでいた。


「・・それくらいならいいか」


地味にやり辛い感じはするかな?


「では、ゆこう」


「もう蛇は出ないだろな?」


「私が持ってるのだけだ」


マナの濃い薄暗い森の中を俺達は歩きだした。

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