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1話 霊術師

木綿の貫頭衣の上から麻の鎧下を着込んで岩トカゲの革のベルトを通し、腹の前に留め具で銀のダガーを差した鞘を取り付ける。

懐中時計で時間を確認し、ウェストバッグを手に取る。


ウェストバッグの中の二重隠しポケットの一重目には財布、領兵時代の懐中時計、トロール狩りギルドの認識票を入れる。


岩トカゲ革の二重目には行く先々で少しずつ集めた宝飾品を入れた小袋と、銀行の割り札、氏族の紋章の写し、モノクロの実家の前で家族と撮った光画を入れた。


隠しポケット以外には煙草道具とハンカチ、油紙で包んだちり紙、照明魔法が使える(ともしび)の指輪を入れた。


灯の指輪は高いが、すぐ使えないと意味が無いからリスクは割り切るしかない。

ウェストバッグは外側のカバーと留め具も岩トカゲ革で補強している。


他の装備は宿に預けているが、嵩張る上に代替えの利く物だ。形式的だが宿代に保証金も上乗せしている。


「行くか。・・おっと」


俺はテーブルの上に忘れていた氏族の家紋飾り(クレスト)をベルトの右側に付け、部屋を出て、部屋に貴重品は特に残していないが二重鍵を閉め、会場になってる広間のある3階へ向かった。

途中、顔見知りのトロール狩り数名と顔を合わせた。1人は仕事の話、1人は客を取ってるらしい風呂屋の女の話、1人は宿の飯への不満を言っていた。


会場には俺を含めてトロール狩り13名と魔法使い3人、宿の従業員2人がいる。

壇上には今回の討伐隊のリーダーのドワーフ族の男と魔法使い達。

部屋は換気用に網戸にした窓以外は窓も雨戸もカーテンも閉められている。


部屋の灯りは持久蝋燭(じきゅうろうそく)が7本、1本は壇上近く、あまり質は良くなく臭気が少し部屋に籠っていた。


用も無いのに宿の従業員が2人もいるのは荒くれ者が多いトロール狩り達が暴れて備品や壁等を壊さないように見張る為と、おそらくこの郷の長から協議の内容を報告するように命じられているんだろう。

小柄で童顔なフェザーフット族の従業員達は鉄面皮を作って彫像の様に立っていた。


「斥候に確認を取らせた。事前情報通り、森林種のレッサートロールが4体だ」


若手を中心にざわめきを起こる。俺も若手だが、一緒にはされたくない。黙っていた。


「だいぶ遠いが、北部のドリエン遺構周辺で過剰繁殖の傾向があり、そこから流れてきたんだろう」


「遠過ぎないか?」


「飢餓状態なのか?」


フェザーフット程ではないが小柄なドワーフだが、カリチュア画のように骨太で筋肉の塊のような体型のリーダーは質問攻めになりそうになるのを片手を上げて制した。


「間にオーク族のテリトリーとゴブリン族のテリトリーがある、それらと抗争するなり捕らえられるなりして数を減らしながらここまで来たと推測される。ゴブリンによる捕獲と使役は面倒の種になる、ギルドで調査隊を組むことにはなった」


「トロールの様子は?」


「手負いか?」


手負いか? の質問に失笑が上がった。トロールは再生能力がある。殺されない限り、死なない。

銀の武器なら再生を大きく遅らせられるが、オークやゴブリンも銀は苦手で使わない。


「少なくとも再生が追い付かない程の損耗の知らせはなかったな。・・今回、3級魔術師1名、4級治癒術(ちゆじゅつし)師1名の同行と、3級霊術師(れいじゅつし)1名の拠点待機の契約が叶った。この規模のトロール狩りでは好条件だぞ?」


また、今度はベテラン達もざわめきだす。待機とはいえ霊術師は珍しい。拠点まで死体を持ち帰れば蘇生魔法ですぐに生き返る機会に恵まれる。


死体は回収部位が多くても状態が悪かったり、魂が死体から離れると蘇生の成功率は下がる。魂を死体に縛る、鎖の札(くさりのふだ)、で無理に定着させても時間経過で魂は劣化し、後遺症は酷くなる。

早く処置できる、というのはあらゆる点で有利だった。


が、希少な霊術師を雇用は安くは済まない。今回、レッサートロール4体にしては報酬は少ないのは霊術師を雇ったからだろう。

この程度の仕事で死ぬつもりのないベテラン達はあからさまに不満を述べだしていた。


職業的に顔を晒すことを嫌う霊術師はフードを被ったままなんの反応もしていない。

フードの左右に角穴(つのあな)と呼ばれる膨らみが見えた。耳の長いエルフ族だ。

霊術師の時点で胡散臭いが、風変わりな者しかいないエルフ族ならさらに倍、扱い難い人物なのは間違いない。


うっかり狩りで死なない限り、関わらないのが賢明だ。


と思っていると、フード越しに霊術師がこちらを見ているのに気付いた。冷え冷えしたような視線だ。が、こちらから見返すと、エルフの霊術師はすぐに視線を外し、また無反応な様子に戻った。


「ん?」


なんだ? 俺はトロール狩りの家系ではあるが、平民の、元領兵のただの3級トロール狩りだ。

これまで特別な出来事は無く、バカバカしいので対人の争いもなるべく避けてきた。エルフや霊術師に関心を持たれる覚えはなかった。


益々得体が知れず、俺はまだ仕事も終わっていないのに早くもこの郷を立ち去りたくなっていた。



翌朝、朝靄の中、郷の簡素だが魔除けはそれなりに利いてる城門の近くで、後方支援の郷の自警団の連中と馬車で出発するという段で少し騒ぎが起きていた。


俺は既に幌の無い荷台の1つで胡座をかいていて、鎧下と頭巾もブーツの上から厚革の鎧と甲羅の兜と籠手と脛当を身に付け、鎧の上から銀のダガーとウェストバッグをを取り付け、フード付きマントを羽織った格好で、どちらも使い捨ての樫木の盾と銅の手斧を側に適当に置き、肩にギルドの汎用サーベルを立て掛け、短い煙管の煙草に火を点けたところだった。


「急に言われても困るっ」


「追加の報酬は必要無い。1体の足止めは私が受け持つ、魔術師の負担も減るだろう」


件の霊術師が隊のリーダーに突然、同行を申し出たらしい。


「私はありがたいが・・」


「蘇生役は拠点にいるから意味があるのだ。治癒術師の人も言ってやってくれっ」


「あ、いや、私は4級ですので、差し出がましいことは・・」


「オイっ、魔法使い同士で慣れ合ってんじゃないだろうな! 俺はこの隊の生存率の話をだなっ」


「追加の報酬は必要無いと言ってる。しつこいドワーフ族めっ」


「何をっ! エルフがドワーフを下に見たなっ」


「ああっ、やめて下さいっ」


小太りの人間族の4級治癒術師が間に入る。首から竜の聖印(ロザリオ)を提げている。治癒術師の中でも僧侶の類いなんだろう。


「時間の無駄だよ」


初老の魔術師はうんざり顔だった。

それから数分は揉めたが、結局隊リーダーが押し切られ、同行を認めることになった。

なんだかな・・


斥候との待ち合わせ場所まで馬車で移動し、馬車の見張り役の自警団員をいくらか残し、斥候の案内で今日のトロール達のねぐらに向かう。


「いた。早まるなよ?」


茂みに身を潜め、隊リーダーは特に4級以下の若い隊員を牽制した。


森の中、体長3メートル程の森林種のレッサートロール4体はまだ眠っていた。背から頭頂部辺りまで共生関係らしい草花や若木、苔等を生やしている。

手には形状様々な丸太のような棍棒を1本ずつ所持。


大抵のトロールは遭遇しなければ案外実害は少ない、負傷したり特段の事情がなければ物を食べることも少ない。それどころかトロールが歩き回ると森の魔力(マナ)が高まるので、有益ですらある。


だが、人里や森の中の魔除けの街道に近付き過ぎている。に郷の狩人や薬師、街道の旅人に被害が出ていた。

一度人肉を喰うと、数年か十数年、鎮静期間を置かないと積極的に狩りを行うようになる。

ギルドの見立て通りなら、繁殖地の縄張り争いに敗れ、オークやゴブリンとも抗争している。

身体のあちこちから角が露出していた。戦闘型だ。後戻りの利かない程の変質。


「進化する1歩か2歩、手前か・・3案で行く! 風上は外して配置に着き、ボウガン隊の攻撃を合図とする。遅れるヤツは田舎で母ちゃんの乳でも吸ってろ!」


田舎で母ちゃんの~はドワーフ的な言い回しで、男のドワーフ族は定型文なのか? という程、同じ台詞を吐く 。


とにかく俺達は万一の撤収補助と、俺達がトロールの残留物を持ち逃げしない為の監視として付いてきている郷の自警団の連中を潜んでいたその場に残し、最も守備的な作戦案だった3案通り、森の中で配置に付きに掛かった。


霊術師はなんのつもりか? 俺達の隊についてきている。1体足止めするんじゃないのか? 他の魔法使い達と動かないのか? 誰もワケがわからないので、相手にしないことにした。


配置に着き、霊術師が何か詠唱を小声で始めるのに全員でギョッとしていると、ボウガン隊がカシュッ、と銀の矢を放って、トロール達の片膝に命中させた!


「フゴフッ?!」


「ゴフフッッ!!」


痛覚の鈍いトロールだが、銀の武器ならば激痛を与えられるっ。

慌てて起きるが、片膝の損傷に体勢を崩し、1体は転倒した。

霊術師はその転んだ1体に森の動物霊達をけし掛け、魔術師は残る3体に照明魔法の光の玉を炸裂させる形で掛けて目眩ましとした。


ベテラン組と俺達若手組に別れた近接戦隊は突進し、2人だけいた鉄砲撃ちも狙撃の準備に入ったはず。

トロールは五感が発達しているので、撃つ前から音を立てて煙を上げる火縄銃による先制は高所から低所への超遠距離射撃等の特殊条件以外では成立しない。


「オオォーっっ!!!」


倒れて動物霊達に集られて半狂乱になってる1体に接近するっ。

同時に銃撃音が鳴り響き、別の1体の腕を銀の弾丸で撃って棍棒を取り落とさせた。

どっちも2射目から金が掛かり過ぎるから鉄と鉛の弾と矢になるが1体は鉄砲撃ち、さらに1体をボウガン隊が釘付けにし、残り2体を近接戦隊が仕止めるっ。


俺は棍棒が振り抜かれた瞬間に合わせて手斧を投げつけ、トロールの指を1本落として棍棒を取り落とさせた。

再生するといっても、くっ付ければ落ちた指がすぐ付く、といった程度! 生え直すには暫く掛かる。


「動物霊が剥がれてきてるっ、よく見ろよ!」


俺以外は4級以下だから指示したが、聞きゃしない! 1人がやみくもに突っ込んで裏拳1発で近くの木の幹に激突して動かなくなった。


「今、言ったろ?」


死んでたら蘇生費用でこの仕事はトントンだな・・


俺は盾で隠して、既にウェストバッグから取り出していた癇癪玉(かんしゃくだま)のピンを盾の柄を持つ指に掛けて引きて抜き、指が1本欠けた手で掴んできたのを避けながら右の耳に投げつけて炸裂させたっ。


「ゴフッ??」


今の光と熱と音で、動物霊達は完全に散ってしまったが、代わりにトロールの三半規管を乱してよろめかせた。

他の2人が脚を攻撃し、俺は左の腰に差したサーベルを抜きながら相手の肘から駆け登り、レッサートロールの眉間を深々を叩き割った。汎用サーベルはただの鉄製だが、トロールは死ねば再生しない。

脳を割られて絶命したトロールは倒れ込み、身体の7割は魔力の籠った土と石に代わり、後はただの無闇に大きい死骸と背中に生えていた草花と若木と苔だけの物となった。


見れば、ベテラン組は既に担当した1体を仕止めて2体目に取り掛かっていた。ボウガン隊は鉄砲撃ちの受け持ちの個体への支援攻撃に移ってる。よし、後は順に詰めてゆくだけだ。

と、


「ヂィーーッッ!!!」


吠えて飛び掛かってくるっ。完全に失念していた。盾を持たない右手側の、トロールの背中に生えていた草木の茂みの残骸から兎型の魔物『首狩り兎』が飛び出してきた。

小型の魔物まで棲み着いていたとはっ、無いことではないがここまで派手にトロールが動いていたから完全に可能性から排除してしまっていた。

この角度と距離はマズいっ。右手が上手く回らない! 首っ。身を捻って兜に食い付かせるか? 飛び退けないか? クソっ、トロールを倒して野犬と大差無い脆弱な魔物に詰められるなんて!

俺が腹を括り、治癒術師の世話になる前提で顔面をズタズタにされるのは確定で首を庇う為に身を捻り掛けると、


ヒュッ、軽い音がして、細みの短剣(ピンナイフ)が首狩り兎の横腹に突き刺さり、横方向に吹っ飛ばした。

地面に落ちた首狩り兎は泡を吹いて痙攣してすぐに死んだ。毒だな。


ナイフの飛んできた先には誰もいなかっが、すぐに景色が揺らぎ、霊術師が投擲した姿勢のまま姿を表した。迷彩魔法だ。近い。前衛に出てきていたのか??


「・・兎に勝てないとは、ヤシマ氏のトロール狩りにしては間が抜けている。反省を促すところだ」


「くっっ」


嫌味なヤツ! クレストを見て家名を出すとはっ。


「借りは返すっ!」


俺はいきり立って、他の若手に出遅れて、残り2体のトロールを狩りに向かった。



トロール達の残留物の売却益の2割は討伐隊や斥候役に支払われ、残り7割は依頼主の物になり、そこからさらに討伐隊や斥候、ギルドへの報酬が支払われる。

戦果や状況によっては無い場合もあるが、今回は郷で一番大きな酒場を貸し切り、祝勝会が開かれた。


俺は仏頂面で端の席にいた。噂の風呂屋の女が粉を掛けてきたが、相手しない。くっそ~っ。

煙管で煙草をスパスパ吸い、合間に酒を飲み、通り掛かった隊リーダーだったドワーフに、


「早死にするから煙草をツマミに飲むのはやめておけ」


と小言を言われたりもした。くっそ~~っっ。

ずっとフードを被ったままの霊術師のエルフはカウンター席の端で、申し訳程度に酒と料理に手を付け、暫くして席を立ち、それきり会場に戻らなかった。


この郷はやはりゲンが悪い。

昨日の内に装備や持ち道具の買い足しや補修を済ませ、奮発して、普通の馬より強い銀毛(ぎんもう)種の馬を馬借で借り、俺は夜明け早々に郷を立つことにした。

北側の魔除けの城門を出る。


「・・北のドリエン遺構で過剰繁殖が起きてるなら、北へ行けば仕事に困らないだろうさ」


我ながら大雑把なことを言って、馬を進めようとした。のだが、


「っ!」


魔除けの森の街道の先に、迷彩魔法を解除して霊術師のエルフが再び姿を現した!

フードと取る。まぁ・・美人ではあるが陰気な目付きだった。霊術師だしな。昨日も1人蘇生していたが、


「借金させるよりマシだろう」


といって、ロクに鎮痛処置をせずに簡単に蘇生させて、絶叫させて生き返らせた途端気絶させていた。


「なんだ? 俺は死人じゃないぜ?」


「・・・借りを、返すと言っていたが?」


覚えてやがったかっ。三白眼でこちらを見ている。


「なんだよ? 金か?」


「私はヴェスリヒ・ブライアロード。ドリエン遺構へ行かねばならない」


「んん?」


「そちらも名乗れ」


「うっ、俺はザング。ザング・ヤシマ。トロール狩りのザングだ」


「北へ行くんだろう? 私も連れてゆけ。護衛として雇おう」


ヴェスリヒは自分の右手側に魔方陣を出し、そこから硬貨が入っているらしい小袋と2人乗り用の鞍を念力魔法で引き出して、そのまま念力で騎乗の俺の胸元に寄越した。馬に乗る気だなっ。


「強引だぞっ。昨日から恩を売るつもりで付きまとっていたなっ。大体小袋入りの銀貨くらいでな」


と言いつつ確認してみると、中は黄金っ!!


「ぉおおぅっ?? 金貨っっ! ・・・よ~し、そうか。なるほど」


俺の中で、昨日の家名への侮辱や、全体的な胡散臭さ、欲しい装備、旅費の計算、領兵時代は毎月していた実家への仕送りを今は1度もできていないこと、等が駆け廻った。


「・・わかった。俺も兼ねてからエルフ族と交流してみたいとは思って」


「忠告する。金銭に惑うようでは先が思いやられる」


「なんだよ?! どうしたいんだよっ!」


「早く2人乗りの鞍を付けろ。お前が無駄に早起きするから私は寝不足だ」


鞍の後ろで寝る気だな・・


「はいはい、雇い主様だもんな! 仰せのままにっ」


俺は鞍を手に銀毛種の馬から降りて、鞍を付け直すことをした。

というか、2人用鞍用意したんだよな? いつからそのつもりだった??

作業に取り掛かりながらチラッと見ると、同じ位置で、変わらず三白眼でこちらを見ていた。怖い。

なんだ? 引き受けてよかったのか???

懐は温まったが、俺は何やら背筋がゾクゾクとしてきていた。

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