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#14 君の涙

#14 君の涙

挿絵(By みてみん)


※この作品には暴力、流血、自傷、残酷描写など過激な表現が含まれます。苦手な方は閲覧をお控えください。


 玖美ちゃんが死んだあと、すぐ冬休みに入った。泉たちを殺すのは三学期が始まってからになってしまう。すぐに殺せないのは惜しいが、この冬休みの間に殺人の計画をじっくりと練ることにした。

 私一人で七人を同時に殺すのは現実的ではない。やはり一人か二人づつ確実に殺していくのがいいだろう。だがその場合、複数回殺人を行うことになる。殺人の回数が増えれば、証拠を残してしまうリスクが高まり、当然捕まるリスクも高まる。

 玖美ちゃんの遺書はあの七人の名前をあげつらっていた。あれはあの七人に制裁を加えてほしいという玖美ちゃんの最後のメッセージだ。

 玖美ちゃんは自殺とはいえ、あの七人のいじめが原因で自殺している。これは殺人と同じだ。殺人罪は死刑になる。殺人には殺人を、シンプルな理論で私は好きだ。

 だが、このままではあの七人は普通に高校を卒業し、大学、専門学校、就職と何事もなかったかのように幸せな人生を送るだろう。素敵な旦那さんと出会い、かわいい我が子と楽しく遊園地になど出かけるのだろう。一人の女の子の人生を台無しにした過去などすっかり忘れて。

 そんなこと許されていいはずがない。

 玖美ちゃんが落ちたあの瞬間の、玖美ちゃんの言葉、表情、その全てが頭から離れない。彼女の流した涙が頭から離れない。私はあの七人全員を確実に殺す。それまでは絶対に捕まるわけにはいかないのだ。


***


 まず、最初のターゲットは金子一人に絞ることにする。まず一人、確実に殺して成功法をマスターする。

 女子高生の私が同級生七人を殺すという壮大な目的を達成するための練習台といったところか。

 金子を選んだのはあの七人の中で一番小柄で弱そうだからだ。万が一取っ組み合いになって勝てる確率は他六人に比べれば高いだろう。包丁持っていけば、それもアドバンテージになる。

 それに、私がいじめのターゲットになる前は、金子が泉たちにいじめられていたと聞いたことがあった。最初の標的は彼女で決まりだ。

 場所は学校からも近いときわ台公園がいいだろう。あそこは周囲が過疎化した団地と高い木に囲まれているせいで昼でもかなり薄暗く、気味悪い雰囲気が漂っている。

 別名「おばけ公園」とも呼ばれるあの公園は人も滅多に見ないので誰かに見られるリスクはかなり低いだろう。

 殺害方法は刺殺にする。家にある包丁を使う。やつらは簡単に死なせはしない。できるだけ痛みを与えて、苦しんで死んでもらう。念の為、予備で父が持っているサバイバルナイフも持っていくことにする。

 刺殺する場合、おそらく大量の返り血を浴びることになるだろう。よって全身に雨具を着ることにする。殺害後は雨具を脱ぎ、凶器と一緒に持参したビニール袋に入れて何気ない顔をして家に帰る。雨具と包丁を海に投げ捨てれば証拠は残らない。

 ときわ台公園に行って何度も現地調査と殺人のシュミレーションをした。学校が終わった直後の15時半頃から19時くらいまで公園にいたが、誰も通らなかった。私の見立て通り、この公園であれば誰にも見られないだろう。

 雨具は私が以前父に買ってもらったのがあったが、派手な色のデザインだった。あまりに特徴的な色味の雨具だと公園に向かう道中で誰かに見られ、記憶に残ってしまう可能性はある。雨具は地味な色のを新たに買うことにする。

 包丁とサバイバルナイフはすぐに取り出せるほうが良い。ウエストポーチに入れておけば、すぐに取り出せるだろう。

 殺人の計画が徐々に現実味を帯びてくる。勉強も運動も無頓着で特にやりたいこともなかった私が、ここまで積極的に動けていることが自分でも意外だった。

 お陰で冬休みはあっという間に過ぎていった。自分にこんなに熱中できるものがあるとこが、驚きだった。


***


 冬休みが明け、三学期が始まった。ようやく計画を実行できる。しかしここで大きな問題に直面した。それは金子をどうやって公園に呼び出すか、だった。

 公園には金子一人だけに来てもらう必要がある。さらに「玉子に公園に呼ばれた」と誰かに言われてもまずい。それを聞いた直後に金子が死体になって見つかった場合、確実に私が疑われるだろう。

 誰にも私に呼び出されたことを知らせない状態で、かつ金子一人だけを公園に呼び出す方法、これはかなり難しい課題であり、なかなかいい方法が思いつかなかった。

 なんでこんな初歩的なことに気づけなかったのか、自分の愚かさを呪った。冬休みをこの方法を考える時間に使うべきだった。

 なにより失敗は許されない。一度彼女を呼びつけ、不審がられて公園に来なかった場合、もう二度と彼女を公園に呼び出すことはできない。公園に呼び出す以外の方法は、ここまで計画を決めた時点では変えられない。あの公園でなければ、そもそもの計画が破綻する。失敗できないという重圧からから、やはりいい案は浮かばず、時間だけが過ぎてしまった。もう殺すのは諦めようかなと思った程だった。

 そして、実際に行動に移せたのは三学期が始まってから一ヶ月ほどたったあとの二月八日のことであった。


***


昭和六十三年 二月八日


 私はときわ台公園で金子が来るのを待っていた。今朝、金子の下駄箱にこのような内容の手紙を入れた。


 私は玖美ちゃんの遺書を持っています。去年自殺した玖美ちゃんです。遺書にはクラス内でのいじめが自殺の原因だと書かれています。あなたを含め、泉美月など七人が名指しで書かれています。

 でも私は知っています。あなたもいいなりになるしかなかったんですよね?あなたもいじめられてたのではないのですか?

 悪いのは泉美月、一人です。

 私はこの遺書を先生に提出しますが、あなただけは泉に指示されたのだと伝えるつもりです。

 遺書の内容を確認したければ学校が終わった後にときわ台公園に来てください。

 一緒にいじめに立ち向かいましょう。


 玖美ちゃん自殺の加害者に自分が含まれており、この事実が露見するとなればこの話に乗らざるをえないだろう。

 そして、金子はいじめの加害者ではないと、金子を救うような文章にすることで、泉のグループを裏切るように誘導する。

 当然、泉たちのグループメンバーには私と会うことは言わないだろう。それに金子は泉たちのグループ以外に友達はいない。

 これで私と会うことを誰にも告げずに、金子一人を公園に呼び出すことができるはずだ。

 今朝、金子の様子を見たが、普段通りのように見えた。まさか、手紙を入れる下駄箱を間違えたかと思って確認しに行ったが、確かに金子の下駄箱だった。中を確認してみると手紙がなくなっている。ということは手紙には気づいて彼女が持っていったということか。 

 手紙を受け取ったという事実は私を安堵させた。金子は手紙を読んで、どういう気持ちになっただろうか。公園に来るだろうか。

 プレゼントの蓋を開ける時のようなワクワクした興奮を覚えながら学校が終わるのを待つ。

 十五時で授業が終わり、私は飛び出すようにときわ台公園へ向かった。壇ノ浦学園から歩いて十五分ほどの場所にある薄暗い公園に到着すると、周囲に人がいないことを確認して事前に茂みの中に隠しておいたビニール袋を取り出す。

 中には、雨具、ウエストポーチ、家にあった大きめの柳刃包丁、父から拝借したサバイバルナイフ、手袋、タオル数枚、黒いビニール袋数枚が入っている。

 制服の上から雨具を被る。

 ウエストポーチに、柳刃包丁、サバイバルナイフ、タオル、手袋を入れる。

 これで準備は万端。

 あとは金子が来るのを待つだけだ。

 ベンチに座り、深呼吸する。

 今日、私は人を殺す。

 気づけば、心臓が苦しくなるほどバクバクと激しく脈打っていた。

 本当にできるのだろうか。いやここまで入念に準備してきたじゃないか。きっと大丈夫だ。

 呼吸を整え、相変わらず落ち着きのない胸の高鳴りを感じながら私はターゲットが来るのを待った。

 

 その日、金子は現れなかった。十九時過ぎごろまで公園で待っていたが、彼女は来なかった。


***


昭和六十三年 ニ月九日


 翌日、学校に行った私はなんとなく金子とすれ違うのが気まずかった。

 金子に声をかけてみるか?

 でもなんて?

 いや焦るな。

 ここで焦っては元も子もない。

 その日の放課後も、昨日と同じように雨具に着替えてベンチで待っていた。

 昨日は十九時頃に私が帰ってしまったが、金子はその時間以降に来たのかもしれない。そう思い、この日は二十時半くらいまで公園で待ってみた。

 しかしこの日も金子は公園に現れなかった。


***


昭和六十三年 ニ月十日


 失敗だ。完全に。

 手紙を受け取ったことには間違いなさそうだから、やはりあの手紙の内容が良くなかったのだろうか。

 いま思えば遺書をネタに金子を引っ張り出すなんて少し無理があったのかもしれない。

 もう諦めるしかないのか。

 ときわ台公園のブランコにキイキイと揺られ、俯きながら考える。

 昨日は二十時半くらいまで待っていたが、なんだからアホらしくなってきた。

 時間はまだ十六時ごろだったが、どうせ今日も来ないのだろうと、帰ろうかと思ったそのとき、

 「———源さん‥?」

 俯いていた私の顔を遠慮がちに覗き込むように金子が声をかけてきた。

 来た‥‥!

 私は心の中でキャッと歓喜の声を上げた。

 天は私の味方をしてくれた。


 ———その殺人を成し遂げろ


 そう言われているようだった。


***


 遺書を読んだ金子は、第一声に「なんで私も?」と言った。

 最後の玖美ちゃんをいじめたメンバーを羅列してる箇所に、自分の名前が含まれていることに対して怒りを露わにしているようだった。

 その後も、「私は泉ちゃんに言われたことやっただけじゃん!これじゃあ私も泉ちゃんや他の女子たちと同じみたい!私なんてあのグループで一番下のパシリみたいなもんだよ?!私は‥‥」と、唾を飛ばしながら、ものすごい勢いで喋り続けた。

 保身だ。自分だけは悪くない、悪いのはあいつらだと。他人に罪をなすりつけ、ひたすらに自分の安全だけを最優先に考える醜い言葉の羅列に吐き気がした。

 「わかってるよ。金子さんは悪くない」

 自分の言ってる言葉に対して、喉に絡みつくような嫌悪感を抱いたが、ここは我慢するしかない。

 「金子さんもいじめられてたんでしょ?泉美月に従うしかなかった‥‥そうなんでしょ?」

 その言葉を聞いた金子は、まるで救世主に出会った可憐な少女のように、瞳にうるうると涙を浮かべて私を見つめていた。

 初めて自分を理解してくれる人に出会ったとでも言うような彼女の無垢な表情に、私は笑いを堪えるのが必死だった。これからこの私に殺されるとも知らずに———

 金子は黙ってブレザーのボタンを外し始めた。ワイシャツも脱ぎ、上半身のみ下着姿になると、背中を私に見せた。

 彼女の肩甲骨が浮き出た背中に、カッターで切ったような細い切り傷が無数に広がっていた。

 「ひどいね・・・」

 もしかしたら玖美ちゃんが死んで以降のいじめのターゲットはこいつだったのかもしれないと思った。

 口では同情してみせたがこいつへの殺意は消えなかった。こんな傷がなんだというのか。こいつは生きている。死んだ玖美ちゃんは戻ってこない。

 「これ、証拠になるよ。写真撮るからそのまま後ろ向いてて」

 「わかった」

 彼女はなんの疑いも持たず、後ろを向いている。私は指紋が残らないようにするためそっと手袋をはめる。金子の背後から持参した厚手のタオルを素早く彼女の口元に被せ、うなじ辺りでキツく締め上げる。これで大きな声は出せない。誰も通らない公園とはいえ、大声を出されたら人が来るかもしれない。

 金子がタオルを剥がそうとしたその隙に彼女の体制を崩すために上半身に飛びついた。思い切り体重を前にかけて飛びついたので、彼女は前屈みにたたらを踏む。いい調子だ。

 今度は思いっきり後ろに体重をかける。彼女の体制を崩し、地面に這いつくばらせることが目的だ。

 私が背中側に倒れると次の包丁で刺し殺す段になった時にやりにくいので、金子がうつ伏せで私が彼女に覆い被さる体制になるのがベストだ。その体制に持ち込むために前に体重をかける時にはより勢いをつける。

 次第に金子は体のバランスを崩し、結局横向きに倒れた。

 素早く金子の脇腹辺りに馬乗りになり、口元のタオルが解けないように縛った結び目の部分を左手で固定する。自由になった右手をウエストポーチに移動させ、包丁を握りしめた。

 ここで素早く首を掻っ切って殺すつもりだったが、金子が思わぬ反撃に出た。両手をブンブンと無造作に振り回し、私の腕や顔からを訳もわからずひっかきまわす。その力は意外にも強かった。火事場の馬鹿力というやつかと思った。

 タオルを押さえていた左手を私が離した一瞬の隙に金子はタオルを自分の手で引き剥がし、「きゃあぁぁあ!!!」と大声で叫んだ。

 こいつ‥今すぐ殺してやりたい‥‥っ!

 「助け‥っ」彼女がもう一度叫ぶ前に、さっき剥がされたタオルを拾って今度は彼女の口の中に押し込んだ。さらにその上からもう一枚のタオルを被せ、もう一度うなじ辺りで縛り上げる。

 彼女は苦しそうに白目を剥き、何度もオエッとえずきながらタオルを引き剥がそうともがいていた。さっきと違って口内がタオルで圧迫されているので呼吸ができなくなっているのだろう。

 念の為周囲を見渡す。誰もいない。さっきの金子の叫び声で誰かに気づかれてしまったかと思ったが、大丈夫そうだ。

 私は再び金子の上に馬乗りになった。予定にはなかったが、まずはこのくそいまいましい腕を切断しなければと考えた。包丁を振り上げ、右腕の前腕部あたり目掛けて振り下ろす。しかしあたりが外れ、刃は地面に突き刺さった。今度は金子の上腕あたりを目掛けて突き刺すようにして振り下ろした。グシャリと鈍い音がして、血が顔や手にピシャリとかかった。衝撃で手がジンジンと痛かった。

 感触的に、どうやら骨に傷を入れることができたようだった。タオル越しでも充分聞こえるほどの金子の怒号が飛ぶ。包丁を引き抜ぬこうとするが、なかなか抜けない。

 両手を使って一気に引き抜くと大量の血が壊れた蛇口のように吹き出て、あたり一面に血を撒き散らす。私は金子の腕を左手と足を使って押さえつけ、今度は前腕部の肘の付近に包丁を突き刺した。さらにもう一度、今度は手のひら、もう一度‥‥グシャグシャになった腕はやがてぴくぴくと動かなくなった。

 金子はもう先ほどのように抵抗することはなく、 反応も鈍くなってきた。

 これでもう反撃してくることはないだろう。

 私は一息ついて、今度は首の切断にとりかかった。金子の顔を下に向け、うなじあたりから包丁を入れると、まだこんなに血があったのかと驚くくらい大量の血潮が飛び出た。顔を下に向けたのは、目をかっと見開いた金子の死に顔が、不気味で見ていられなかったからだ。

 肉の部分はスパッと簡単に切れるが刃が骨に到達したところで切断が難しくなる。ノコギリの要領で包丁を前後に押したり引いたりしながらギコギコと切るが、まるで手応えがない。包丁を動かすたびに血が首から溢れ出て、手が大量の血でぐちゃぐちゃになって気持ち悪かった。首はたくさんの血管が通っているとは聞いたことがあったが、これほど大量の血が人間の体内に流れているのかと驚いた。

 これは想像以上に力仕事だ。二月なのに汗をかいてきた。額から金子の血か私の汗かもわからない液体が垂れてきて目に入る。鬱陶しくて乱暴に手で拭う。

 うなじからではなく、別の角度からも切ってみたが、なかなか切れない。

 もういいか、首を切断しなくても。

 首がこれだけ切れていて、血がこれだけ大量に出ていればもう死んでるだろう。

 死体はそのままにし、帰ろうとしたとき口の中に突っ込んだタオルがそのままになっていたことに気がついた。あれを取り出すのはかなり気持ち悪いが、証拠となり得るものは全て回収しなければならい。仕方なく、金子の顔を上に向け、口の中に入れたタオルを引っ張り出す。金子がかなり強い力で噛んでいたのか、口内に張り付いていてなかなか取れなかった。タオルの端を手袋をつけたままの手でつまんで口の中から引きずり出すと、金子の血と唾液が混ざった液体が糸を引いていた。

 最後に包丁を回収し、証拠を残してしていないか、現場に残っているのは金子の死体だけであるかを確認する。

 金子のニキビ跡が残る青白い顔に血が付いている。正気を失った瞳はギョロリと今にも動きそうで、急に起き上がってわたしに襲いかかってきそうだった。

 急に怖くなり、再び包丁を取り出し、首の辺りを何度か突き刺した。それでも金子のひん剥いた目が私を見つめているようで、本当に死んだのか確信が持てず、今度は心臓のあたりを叫びながら狂ったように何度も突き刺した。

 それから数分ほど見つめていたが、一ミリも動かない。もうそれは人間ではなく、魂の抜けたただの人形のようだった。

 自分の手を見ると指を少し切ったようだった。

 くっそ!

 私の血が現場に残ったら痕跡が残る。

 血が垂れる前にここを去らなくては。いや、もうすでにどこかに残ってしまったかも。

 死体に向かって、もう起き上がるな。と何度も唱えた。首や心臓をあれだけ突き刺したんだ。血だってこんなに出てる。そうだ、生きてるはずがない。

 疲れた。

 もうへとへとだった。

 早く帰りたい。

 人を殺すのは想像以上に体力と精神をすり減らすものなのだと思い知った。これから同じことをあと六人もやらなきゃいけないのかと思うと気が遠くなりそうだった。

  手袋と雨具を脱ぎ、持ってきた黒いビニールへ突っ込む。新しいタオルを取り出して公園の水道から水を出して濡らし、顔についた血を入念に拭き取る。

 二月の水はかなり冷たかったが、我慢するしかなかった。

 制服姿に戻り、金子の口に入れていたタオルや包丁もビニール袋に入れる。

 そこで私はあることに気がついた。靴にも血がついていたのだ。靴の替えは用意していない。そこまで意識が回っていなかった。しょうがないので靴も脱いでビニール袋に入れる。

 最後に改めて自分の体に血がついてないことを確認した。雨具のお陰で血はまったくついてない。このまま帰って大丈夫そうだ。

 関門海峡のあたりまで歩いて行って、ビニール袋を海に投げ込んだ。靴下のまま歩いたので小石を踏んづけると痛かった。

 途中、数人の人とすれ違ったが、ほとんどこちらを見てる様子はなかった。


 人を殺した。

 初めて。

 ついにやった。


 それからは、家に帰って普段通りに振る舞っていた。


***


昭和六十三年 二月十一日


 次の日の朝、両親がニュースを見ながら朝食を取っていた。ニュースから「殺人」や「女子高生」と言ったワードが出るたびに体がビクッと震えた。

 しかし朝のニュースでは金子の死について報道されなかった。死体はまだ発見されていないのだろうか。

 あの公園は、人通りは少ないが近くに住宅街があるから朝になっても発見されないとは考えにくかった。その日は祝日で学校も休みだったので家でもんもんとした時間を過ごしていた。


***


昭和六十三年 二月十二日


 学校に行くと即座に異変を感じた。

 先生たちが慌ただしくしているし、生徒たちからも「うちの学校の生徒がなにかの事件に巻き込まれたらしい」「二年生の女の子らしいよ」「暴漢に襲われたんだって」

 と言った噂が聞こえてきた。中には「レイプされた上に殺された」などと言われていた。

 私はレイプなんてしてない。あまりの異常事態に情報が錯乱しているのだろうか。

 その日は朝の会で先生から

 「金子さんが事件に巻き込まれた。今日は休校。絶対に一人では帰らずに家の近い人同士で集団下校するように」

 学校に来て数時間も経たないうちにすぐに帰宅となった。避難訓練の時のように集団下校している様子はこの事件が災害に匹敵するほどの重大事件であることを物語っていた。

 これを私がやったんだ。

 私一人で!!

 みんなそんなに怖がらなくても大丈夫だよ。

 殺されるのは泉のグループの七人だけ。

 どうしてわからなかって?

 だって犯人はここにいるんだもの。


 私は家に帰ってすぐにニュースをみた。


  壇ノ浦学園に通う高校二年生の金子 愛さん 十七歳。

  金子さんは今月十日、学校から帰るのを最後に行方がわからなくなっており、

  十一日の朝、ときわ台公園にて遺体で発見されました。

  愛さんはわいせつ行為の上、殺害されたと見られており、警察が捜査を———


 ニュースキャスターの説明と共に、金子が学校で撮られたと思われる写真が画面に映し出された。

 友達とピースサインで写っている写真や、体育祭の時の写真。金子の隣に写っている人物はモザイクがかけられ誰だがわからないが、泉のグループの誰かだろう。

 そういえば学校でも金子はレイプされたと噂されていたことを思い出し、そういえばと思い当たる節があったことを思い出した。金子は私に殺される直前、背中の傷を見せるために上半身だけ下着姿になっていた。死体がそのような状態で発見されたから、わいせつ行為をされたと分析されたのだろうか。

 

  愛さんは非常に真面目な生徒で、友人も多く、同級生からは「アイちゃん」という愛称で親しまれていました。

  愛さんの通っていた学校では生徒たちの悲しみの声が上がっています。


 テレビの画面に自分が慣れ親しんだ学校の様子が映し出された。自分がいつも通っている学校なのに、テレビ越しに見るとどこか遠い場所の出来事のように思えた。

 それにしても金子が友人?悲しんでる生徒がいる?あいつと絡んでいたのは泉のグループのメンバーだけだ。そしてそのグループから金子はいじめを受けていた。あいつらが友人のはずがない。

 報道と事実があまりに乖離しすぎていて、私が気味が悪くなった。

 それにしても先生も、警察もまったく見当違いのことをしていておかしかった。

 自分のようなごく普通の女子高生がやったことで、大の大人が一生懸命に走り回っているのが実に滑稽に思えた。

 自分が犯人だとバレないように証拠を残さないようにしたり、金子の動向を周囲に悟られないようにかなり気を遣ったが、思った以上にうまくいったようだ。犯人などすぐにバレてしまうのではと恐れていたが、肩透かしをくらったようだった。


***


 それからしばらく学校は集団下校となった。ニュースは毎日チェックし、警察がどう動いているか確認していた。

 集団下校が義務付けられたことで、今後の殺人は金子の時と違い、一人になるタイミングは限られてくる。殺人の難易度は金子の時とは段違いに高くなった。

 でも私は一人の人間を殺せたのだ。きっと最後まで成し遂げられるはずだ。

 そこで私は殺人の順番を決めることにした。

 安西、福島、伊東、羽田、近藤、泉

 この順番にしよう。いじめの主犯格の泉は最後に取っておく。安西、福島、伊東、羽田、近藤まで殺されたとなれば、殺人のターゲットがあのグループであり、次に殺されるのが自分かもしれないと恐怖するだろう。あの泉がこの私に殺されるかもしれないと戦慄する場面を想像すると全身の毛が逆立つように興奮した。

 次のターゲットは安西だ。学校帰りに彼女を尾行し、殺人の計画を立てる。安西と福島は家がかなり近く、同じ団地内の安西が十五棟、福島が十二棟だった。二人は学校から団地まで一緒に帰り、団地近くの公園でしばらく話したのち、それぞれの住む棟へ向かう。

 そこからは安西は一人だ。殺すタイミングはここしかない。


***


昭和六十三年 二月十六日


 下校の時間になり、私は寄るところがあるからと、安西・福島と同じ帰路についた。その日は七時間目まで授業があり、学校が終わったのは十六時半頃だった。

 途中、人気のない場所で持参した雨具を制服の上から被る。ウエストポーチに柳刃包丁とサバイバルナイフ、タオルを入れ、最後に手袋をはめる。

 安西と福島を追いかけると、二人はいつも通り団地近くの公園で話をしていた。私は近くの茂みに隠れ、二人が解散し、安西が一人になるタイミングを息を殺して待っていた。

 二人の会話は学校や最近見たテレビの話など他愛のないもので、辺りが暗くなる時間になってもまだ話し続けていた。つくづく話し好きの二人だなと呆れていると、次第に話題は金子の死になっていた。

 「アイちゃん、何があったんだろうね」

 「なんか、犯人、三十歳くらいの無職のおっさんらしいよ」

 「え!まさか引きこもりの太ったデブみたいな?」

 「いやそこまで知らんけど。そうなんじゃね」

 「そいつに犯されたってこと?最悪じゃん」

 「ね。てか犯人キモすぎ。早く捕まれよって感じ」

 レイプされたという噂から、話に尾ひれがついて犯人像まで虚偽の情報になっている。警察が本当に三十歳の引きこもりのおじさんが犯人であると推測しているのなら、私に辿り着くまでまだまだ時間がありそうだった。しかしその後二人は驚くべきことを話し始めた。

 「アイちゃんさ、十日の夜から行方不明になってたんだよね?」

 「確か先生たちがそう言ってたね」

 「私思い出したんだけどさ、十日の放課後にあいつカラオケに誘ったら、今日はちょっととか言ってて。なんか用事あんの?って聞いたら友達と約束あるからって言ってたんだよね」

 「へー、あいつうちら以外に友達いたんだ」

 「いや、いないでしょと思って。その時はなんか、本当の別の用事があって、それ隠すために友達って嘘ついてんのかなーって思ってスルーしてたんだけど」

 「エンコー?ってやつじゃね?」

 「いや、あいつにそんなことできないでしょ。だいたいブスだし。それでさ、うちらのグループ以外であいつと絡んでるやつ、一人思い出したんだよ」

 その時、私は自分の心臓を素手で鷲掴みにされたような緊張感を覚えた。

 「誰?」

 ごくりと喉を鳴らして息を飲む。この音が二人に聞こえてしまうのではないかと思うと恐ろしかった。

 「源」

 その言葉を聞いた瞬間、私の体は跳ね上がるように動揺した。そのせいで隠れていた茂みがガザガザと音を立てて揺れた。

 「‥‥誰?」

 福島のその言葉で、私の心臓は破裂するかと思うくらいバクバクと跳ね上がっていた。駄目だ。失敗だ。安西を一人にして殺すのは無理だ。でも二人はあの日の放課後、金子と私が会っていたかも知れない可能性に気づき始めていた。

 ———この場で、二人とも殺すしかない。

 「いこ」

 怖くなったのか、公園を去ろうとする二人の後ろ姿を捉えた。私は茂みから勢いよく飛び出す。一丁の包丁を両手に構えて持ち、そのまま福島の背後から体当たりするように脇腹辺りを突き刺した。叫ばれたら面倒なので、一撃で殺さなくてはと考えた。

 安西は私の存在に気づいたのか、全速力で逃げようとしていた。その背後から上半身に飛びかかってまず口を押さえる。頬に爪が食い込むほど強く口を圧迫すると安西は私の手を剥がそうともがく。その隙に包丁を素早く首筋に当てる。

 前回の金子の殺人で包丁の使い方が少し慣れてきた。強い力は必要ない。なるべく包丁の刃全体を使って、刃の根本から切先までを首筋にスライドさせるイメージでスパッと切る。

 安西の首が、口が空いたようにパックリと割れ、そこから血が噴水のように噴き出た。

 安西も福島ももう動いていない。念の為、二人の首をもう二、三回づつ包丁で突き刺して、その場を後にした。

 前回同様、血のついた雨具と手袋、包丁は黒いビニール袋に入れ、海に投げ入れた。

 今回の殺人は全く予定通りに行かなかった。

 玖美ちゃんをいじめたあの七人にはできるだけ苦しんで死んでもらう予定だったのに。あれでは痛みなど少ししか感じなかっただろう。本当にもったいないことをしたと思った。

 次の殺人はもっと計画的にやらなければ。痛みも苦しみも感じさせずに殺すなど何の復讐にもならない。


***


 安西と福島の死は次の日には壇ノ浦市中の人たちが知るところとなった。金子の時と違い、住宅街のど真ん中に死体を置きざりにしてきたので、発見も早かったのだろう。

 金子の死と安西・福島の死はすぐに関連づけられ、間違いなく同一犯の犯行であり、壇ノ浦学園の女子生徒をターゲットにしているらしいという結論に至るのは、そう時間のかかることではなかった。


 ある日の休み時間、平等院が私に話しかけてきた。思えば玖美ちゃんが死んでからこいつとほとんど話していなかったと思い出した。

 「なっ‥‥なっ‥‥なんか大変なことになっちゃったね」

 「そうだね」

 私は次のターゲットである伊東をどう殺害するか考えるのに忙しかったので、正直鬱陶しかった。

 「で、で、でも、正直さ。亡くなってるのあのいじめっ子メンバーだし。正直ざまあ見ろって感じだよね。こっ、こっ、このまま七人とも殺されちゃえばいいのに‥‥」

 私は平等院のこの言葉が何だが自分を応援してくれるように感じて少し嬉しかった。

 「そうなるよ。きっとね」

 少し笑いながらそう言った。すると平等院の表情に懐疑の色が浮かんだ。

 「ま、まさかさ‥‥み、みみ源さんがやったの?」

 私は答えなかった。答えず、じっと平等院の目を見ていた。

 「平等院くん」

 平等院は私の視線が怖いのか、目を逸らしている。

 「‥‥そんなわけないじゃん」

 ニコッと笑いながらそう答えた。

 「そっか」

 平等院はどこか察したように答えると、続けてこう言った。

 「ぼ、僕は、あいつらを殺した奴を称賛するな。かっ、かっ、必ず、さっ、最後まで成し遂げてほしい」

 その言葉を聞いて、私と平等院はどこか通じ合った気がした。同じ女の子を好きになり、そして失った。私たちは同志だ。全てが終わったら、こいつとも友達になれるかも知れない。

 「———私もそう思うよ」

 

***


 だが、正直もうあまり時間はない。

 安西・福島の殺人は完全犯罪とは言い難かった。現場に私の証拠となるようなものは残していないはずだが、事件発生時刻に私の姿を誰かに見られている可能性もある。

 次の殺人で全てけりをつける。残りの四人を全員殺す。


 決行日は二月二十四日に決めた。

 私の長い戦いもこれで全て完遂する。四人を殺すことができれば最後に私が犯人で捕まったとしても別に構わないと思った。むしろその方がいい。「私は自殺した玖美ちゃんの復讐を果たすために七人を殺した」そう、大声で叫んでやりたかった。

 最後の殺人の前に玖美ちゃんの遺書を確認しようと学校のロッカーを確認した。

 あれ、おかしい。

 遺書がない。

 そんなバカな。

 あれがなければ、玖美ちゃんの強い憎悪があったことの証明にならない。

 ひょっとして家に持ち帰ったのか?そう思い家に帰ってからあちこち探し回ったが、玖美ちゃんの遺書はどこにも見当たらなかった。

 無くしてしまったのだろうか。

 なんてことだ。

 家中の引き出しや家具をひっくり返したがやはり見つからない。

 そもそも遺書なんて最初からあったのだろうか。

 あの七人を殺す動機づけのために玖美ちゃんが遺書を残したという妄想を、私が自分ででっちあげたのではないかという気さえしてきた。

 

***


昭和六十三年 二月二十四日


 ついにその日がやってきた。

 しかし早速想定外のことが起こった。ターゲットの一人、近藤がいないのだ。

 聞くと彼女は休みとのことだった。

 遺書を無くしてしまった件といい、うまくいかないことばかりだクソ!

 もう準備はすべてしてしまった。別日にすることはできない。

 伊東、羽田、泉の三人だけにするしかない。

 昼休みになると、伊東、羽田、泉の三人はそろってトイレに行った。私もそのタイミングでトイレに向かう。

 扉を閉めて掃除用具入れから箒を取り出して扉につかっえ棒のようにして立てかける。これで外側から扉は開かない。

 「は‥?なんだよ源」

 私の存在に気づいた羽田が、少し動揺したように言った。残りの二人も少したじろいているように見える。

 最後の殺人には、私がいつもいじめられているこの時間と場所をあえて選んだ。

 三人の怯えた顔がおかしくて、笑いを堪えるので必死だった。

 私は調理自習の包丁を取り出してわざとらしく見せびらかした。

 「ねぇねぇ‥‥」

 笑いを堪えていたが、喋り出すと我慢ができなくなり思わず笑ってしまった。

 「うちの生徒が殺されてる事件あるじゃん?」

 普段から人を見下し、余裕に満ちている三人の整った顔立ちが、包丁の刃を見てみるみる歪んでいくのがわかった。

 あぁ———、なんて最高の瞬間なんだ。

 「あれ、私がやったんだぁ」

 この三人の命はいま、私の手のひらの上にあるのだ。私は恍惚とした表情を浮かべ、この場所まで来れたこと、三人を強迫のどん底に突き落とすことに成功したことに人生最高の喜びを感じていた。

 「私がこれからなにするか、わかる?」


***


 泉、伊東、羽田の三人を並べてトイレの床に正座させる。

 安西、福島のようにいきなり殺すのではもったいない。私は伊東のあらわになった太ももに優しく触れた。そしてゆっくりと包丁の刃を押し付ける。

 「うぅ〜〜〜っっ!」

 表面の皮膚がプツッと弾ける感覚がして、中から血がゆっくりと滴り落ちる。

 次に羽田の太ももに触れる。羽田は恐怖のあまり膝がガタガタと震えてまるでそういう動きをするおもちゃみたいで滑稽だった。

 羽田の太ももも、ゆっくり時間をかけて傷をつけ、痛みを味わってもらう。

 そう、こいつらは安全ピンに繋がれたアリだ。

 すぐ殺すのではもったいない。溺れさせたり、火をつけたりして痛みにもがき、苦しむ様子を見せてくれなければ死んでも何も楽しみがない。

 泉は次は自分の番だと察したのか、さっきから歯をガチガチと音を立てて震わせていた。

 「あ、あ、アイちゃんも‥!カズちゃんもヤスエちゃんも‥‥みんなあなたが殺したの?」

 泉はそう言って私を見た。涙を浮かべた目は真っ赤に腫れ上がっていた。

 私は泉の長く綺麗な髪を乱暴に掴む。顔を思いっきり近づけて

 「100回ごめんなさいって言え」

 と言った。

 「ああ、一息でね。息継ぎしたら最初からやり直しだから」

 泉は啜り泣きながらも、息をゆっくりと吸い、震える声で言った。

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな‥‥‥‥」

 私は泉の太ももに包丁を突き刺した。

 「い゛っ‥‥〜!う゛う゛っ!!っ〜〜‥‥」

 「はいー、最初から」

 深めに刺さった包丁をそのままにし、再び命令する。

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん‥‥‥」

 突き刺した包丁を太ももに捩じ込むように捻る。泉から獣の咆哮のような叫び声が上がる。

 「はいもう一回っ!」

 泉がごめんなさいを数回言ったあとに私は刺さっていた太ももの包丁を引き抜き反対側の足に突き刺す。

 「ごめ‥‥」

 泉はガタガタと唇を振るわせ、それ以上言葉を話せなくなってきていた。次言ったらまた刺されると思っているのだろう。

 「早く謝れよ。おら」

 泉の整った頬骨を潰すように、頬をむんずと鷲掴みにして、トイレの壁に頭をガンガンと打ちつけた。乱れた彼女の黒い髪が顔にだらしなくまとわりつく。

 「源さん‥‥ごめん‥許して‥」

 「ウヒッ」

 あぁ、もう駄目だ。堪えられない。

 「くくくくく‥‥」

 さっきまでなんとか我慢してたけどもう無理だ。笑いが止まらない

 「あはははははは!あーっははははは!!!」

 だって、いままで私を奴隷のように扱ってきたこいつらが、クラスメイトを見下し、自分だけは特別だと勘違いしているカス集団が。いまは私に殺される恐怖に怯え、痛みに苦しみ、叫び声を上げる。

 「うひひひひひひ‥‥フフフフ‥」

 アリなんか殺すより遥かに面白い。私は泉の顔の近くで包丁を弄んだ。どこを切ってやろうかな。その高い鼻を削ぎ落とそうか、目玉をくり抜くのもいいだろう。

 「嫌‥、やめて‥」

 ニヤリと笑うと私は泉の右耳を掴んで包丁でゆっくりと削ぎ落とした。

 泉の顔から引き剥がされた耳を、羽田の膝の上に放り投げた。

 それから包丁を口の中に突っ込んでくるくると回してみたりする。唇の端から血がダラダラと垂れてきた。

 「う゛う゛〜〜‥‥っ」

 口から包丁を抜くと、泉は今度は叫び声というより、呻き声をあげて地面に横たわった。

 反応が弱くなってきたな。反応がないと面白くない。

 その時、ちょろちょろと水のようなものが流れる音と共に、生臭い、アンモニア臭が鼻をついた。羽田の小水が、彼女のスカートを濡らし、足元に水溜まりを作っていた。

 「うーわ、きっしょ お前」

 泉が蹂躙されているのを目の前でみていたせいで、次は自分が同じ目に遭うと思うと震えが止まらないようだった。私がさっき投げた泉の耳は、まだ彼女の膝の上にあった。

 そうだ、いいことを思いついた。

 私は今度は伊東の髪を鷲掴みにし、羽田の尿の水溜りに頭を近づけさせて「飲め」と言った。

 伊東は私の力に抵抗し、小水から離れようとする。

 「早く飲めってんだよ!!」

 私は無理やり小水の水溜りに伊東の顔を突っ込ませた。

 「なに嫌がってんだよ!いままでお前らが私にやってきたことだろうが!!」

 伊東の髪を引っ張りあげ、水溜りから顔を上げさせてやると、顔についた尿がポタポタと滴り落ちた。

 「ごめんなさい!許して!お願い!殺さないで!」

 「私に謝るな!玖美ちゃんに謝れ!玖美ちゃんを返せ!お前らの価値なんて、お前全員合わせたって玖美ちゃん一人に匹敵しない!謝らなくていいから私の大好きだった玖美ちゃんを返せ!!」

 私は伊東の髪を引っ張り、水溜りに顔を押しつけては引っ張り上げ、押しつけては引っ張り上げてを繰り返した。

 「返せないなら死ね!!できるだけ苦しんで死ね!!」

 「ごめんなさい、ごめんなぁぁ」

 次に水溜りから顔を引っ張り上げた時に、伊東はその高い鼻から血を流していた。何度もトイレの地面に顔を押しつけたせいで鼻が折れたのだろう。

 彼女の美しい顔が歪み、尿と血と涙に汚れていくのは気味が良かった。

 そうだ、こいつらの顔の皮膚を全部剥いでやろう。目玉をくり抜いて、それを飴玉みたいに舐めさせるのもいい。やりたいこと全部やろう!

 その時、トイレの扉が勢いよく開いた。弾かれたように振り返ると、つっかえ棒にしていた箒が折れて地面に転がっていた。

 「キャーーーー!!!」

 悲鳴が聞こえ、女子生徒が何人か入ってきている。

 「なになに?」

 「やばいってこれ!」

 「喧嘩?」

 「誰か先生呼んできて!」

 やめろ。勝手に入ってくるな。

 ここは私の空間だぞ!

 私は一人の女子生徒に切り掛かった。その女子生徒は悲鳴を上げ、腕から血を流し、ガタガタと震えていた。

 その女子生徒を庇うように別の女子生徒が立ち塞がり、「ミカ、先生呼んできて!!」と叫んだ。

 私は立ち塞がった女子生徒の腹に包丁を突き刺した。腹を刺された女子生徒は、どくどくと血が流れる腹を押さえ、うめき声を上げながら倒れた。

 もう終わりだ。

 じきに先生や警察がやってきて、私は捕まる。

 もう遊びは終わりだ。当初の目的を、この三人を殺さなくては!

 私は泉の髪を引っ掴んで首に包丁を当てる。

 「やめて‥殺さないで‥!!」

 泉の声も聞かずに、首を真一文字に引き裂いた。パックリと開いた断面から血が吹きでて、私の顔にかかった。

 よし、次は羽田を———

 そう思った瞬間、トイレのドアが勢いよく開かれる。

 振り返るとそこには、まるで猛獣でも見るような目で私を見ている先生が立っていた。

 確か三年の担任をしてる。歴史とかを教えてる先生だったか———

 

 ここで、私の夢は終わった。


***


 そこから私はどうなったのか、あまり覚えていない。

 あれから二十六年。永遠にも感じられるあまりに長い時間を私はこの学園で過ごした。

 だが、その日々も今日で終わりだ。

 我々風紀委員が主催する体育祭。


 ———今日、全てが変わる


 玖源は、自身の悪魔の異能のキャパオーバーで苦しむ平等院(びょうどういん) 霊否(れいな)と、彼女に寄り添う上星(うえぼし) 和成(かずなり)を一瞥し、霊否が父親から貰ったという剣を拾い上げた。

 「これは三種の神器と呼ばれる、神への供物として捧げる三つの神器のうちの一つだ」

 剣を鞘から引き抜くと、銀色の美しい刀身があらわになった。光を反射し、かがやく刀身を眺めながら玖源は続けた。

 「武力の象徴、宝剣・”草薙(くさなぎ)(つるぎ)”」

 さらに自身の首から下げていた勾玉を取り出した。

 「そして火影刹那が持っていたこの勾玉。これも三種の神器の一つ。心の象徴、宝玉・”八尺瓊(やさかに)勾玉(まがたま)”」

 草薙ノ剣、八尺瓊ノ勾玉の二つを、全校生徒に見えるように掲げてみせる。

 「精霊との同調を高める媒体である礼装神器とちがって、三種の神器は神器そのものに強力な霊力、すなわち精霊の力に匹敵する力を持っている。いわゆる礼装神器の上位互換だな。礼装神器は三種の神器を元に作られたとも言われている」

 玖源は草薙ノ剣の鍔のあたりにある溝に八尺瓊ノ勾玉をはめ込んだ。草薙ノ剣の刀身が、一瞬、青白い光を放った。

 「こいつの威力はよく知ってるだろ?」

 そう言った玖源は剣を振りかざす。その切先にはバトルフレームを見にきた大勢の観客、生徒たちがいる。

 「おい‥‥っ!」

 玖源がなにをしようとしてるのか、上星はわかってしまった。

 「やめろぉ!!」

 玖源が剣を勢いよく振り下ろした。

 その時彼女は、歯を見せて笑っているように見えた。

 

 ドオオオオオオォォォォォォン


 地震のような地響きが校舎をガタガタを揺らした。

 二年A組の教室で一人、机に突っ伏していた縞井(しまい) 螺々子(ららこ)は、腕に埋めていた顔を上げた。

 「何‥‥?」

 音のする方の窓を見ると、つい先ほどまで体育祭で盛り上がっていた闘技場から黒煙が上がっていた。



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    【次回予告】

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 縞井螺良子です。

 ついに明らかになった20年前の事件の真相、そして玖源はこれから何をしようとしてるでしょう・・・・?

 生徒を、この学園を守らなきゃ。だって私は壇ノ浦学園生徒会・副会長だもの。

 次回、|AstiMaitriseアスティメトライズ #15 I could stand up again


 すべては、AstiMaitriseの名のもとに

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