#10 Cross-Gender(クロスジェンダー)
#10 |Cross-Gender
先ほどから大きな変貌を遂げた霊否の姿に飛来は少し狼狽した。
大きな翼を広げ、手には巨大な鎌。悪魔のような禍々しい姿だった。彼女のウエーブのかかった長い髪は、大蛇がうごめいているように錯覚した。
何より大きく変わったのは精霊の姿だった。これまで幼女のような姿だったメドゥーサは妖艶さを纏った美しい大人の女性へと変わっていた。
神器の解放——
彼女が手にしているのは間違いなく礼装神器だろう。
自分やアイオロスが神器の存在を教えたことが覚醒の引き金になっていたかもしれないとあの時の行動を腹立たしく思ったが今となっては後の祭りだ。
とにかくこれまで通り距離をとり、目を見ないように霊否の視界から外れつつ様子をみていると突然彼女の姿が視界から消えた。と思った瞬間、目の前に現れた。
速すぎる———
信じがたいスピードで振りかぶられた鎌が飛来の頬をかすめた。だが、それだけでは終わらない。振りかぶった直後に瞬時に手首を返し、再び鎌の刃が目標を捉え続けざまに2、3攻撃が来る。
連撃から逃れなければと即座に距離を取った飛来は、場外ぎりぎりまで逃げた。
大きく距離を取らなければ、あの大鎌の間合いの外へ出ることができないと判断したが、余計に距離を取りすぎていたのではないかと思った。
まさか恐れているのか、この女を
俺は、プリームス・パールスだぞ、この学園最強の!!
この女・・・・!
霊否は明らかにさっきまでとはまるで別人のようだった。飛来が休む暇もなく、霊否は鎌をブンブン振り回す。その俊敏な動きには霊否自身が一番驚いていた。メドゥーサの過去を見てからというもの、自身の身体能力では考えられないほど素早く動けるし、全く疲れない。不思議な感覚だった。そしてアダマファルクスはまるで自分の体の一部のように自在に使うことができた。鎌を扱った経験など当然あるはずもないがまるで生まれた時から何年も使っていたことがあるような、自然と手に馴染む感じがあった。アダマファルクスが空を切り、怒号のような音とともに地面を抉る。破壊された地面がアダマファルクスが当たった時の衝撃を物語っている。
霊否の見事な立ち回りに観客が「おおおーーーーー!!」とどよめく。霊否の優勢。観客にもそう見えた。それは戦闘の当事者たちも同様であった。
アダマファルクスが体をかすめるたびに飛来に焦りが生じる。このままでは本当に負けるかもしれない。そう思った。
そんな、この俺がまさか初戦で負けるなんて・・・こんなところで負けていられるか。俺は必ず、この学園の生徒会長にならなきゃいけないんだ・・・・!
「お前が生徒会長になりたいってのは——」
心を読み取ったかのように霊否が突然喋りだしたので、一瞬何が起こったのかわからなかったが、さっきの言葉を声に出して言っていたことに飛来は気づいた。
「お前が男のフリしてることになんか関係があるのか?」
「は——?」
なにを言ってる。俺は男だ。
「教えてよ。お前がそんな必死になって戦うのは、なんか理由があるからなのか?」
戦いの最中に何を質問してるんだ。沸き上がるような焦燥感を感じ、「・・・・・誰がお前に話すか!!」と突き放すように答えた。
***
小さい頃からヒーローが大好きだった。特にスーパー戦隊シリーズがかっこよくて食い入るように見ていた。人々を守るために悪と戦う正義のヒーロー。最高にかっこいい。
小学生の頃、髪を思いっきり短くしてみた。戦隊シリーズのヒーローがやっていた髪型を真似てみたのだ。
襟足ともみあげを刈り上げて、トップとサイドはボリュームを残して毛先を遊ばせる。イメージとは少し違っていたが、鏡を見てめちゃくちゃかっこいい!と思った。
家に帰って俺の姿を見た母は顔を真っ赤にして言った。「またそんな短くして!もっと女の子らしい髪型にしなさい!悠李は女の子なんだから!」
世間は、俺の好きを許してはくれない。
母は髪を切ることを禁止した。服装も戦隊シリーズのヒーローがプリントされているTシャツから女の子らしいピンク色のシャツとスカートに変えられた。
「いい?もう小学生の高学年になるんだから、俺っていうのもやめなさい。私か、あたしっていいなさい」
母からなんども言われていることだったが、直らなかった。なぜ直さなくてはいけないのかわからなかった。
いつまでも言うことを聞かない娘に母はついに怒らなくなったが、代わりに冷たく接するようになった。俺が少しでも髪を短くしてくると母は露骨に機嫌が悪かった。家でも緊張する時間が流れた。
違和感を抱きつつもスカートに足を通すようになったのは、これ以上母に嫌われたら家から追い出されてしまうかもしれないと思ったからだ。俺はここで暮らすしかないのだから
「似合う!とっても可愛いわ悠李!」母はそう言って俺を抱きしめた。母に愛されている。それだけで充分だった。これでもう怒られなくて済むのでこれでよかったのかもと思い始めていた。
私が中学生の時に転校してきた大門 綺羅との出会いは、衝撃的だった。
ツヤツヤで肩のあたりまで伸びた長い髪、陶器のような美しい肌。女の子のようなほっそりとした体格。細くてきれいな足。だが、少し低い声と首から隆起した喉仏が彼が男の子であることを物語っていた。
クラスの心無い男子生徒が「よう、生えてんのかよ、オカマ野郎」と声をかけた。
すると大門 綺羅は立ち上がり、その男子生徒を真っ直ぐ見据えてこう言った。、
「よく誤解されるんだけどね、ボクは別に女の子になりたいわけじゃないんだ。ただ可愛いものとか、きれいな物、メイクやファッションが好きなだけなんだ」
男子生徒は背も高く体格的にも綺羅とかなり差があった。しかし綺羅はまったくひるむことなく男子生徒を睨みつけながら続けた。
「男だからとか、女だからとか関係ない。 ボクは自分のなりたい姿になってるだけなんだ」
私は息を呑み、呆然と彼の姿を眺めていた。
周りからなんと言われようと自分の好きを貫こうとする彼はまっすぐで、勇敢で、とても眩しく見えた。
キラ君と仲良くなるのにそう時間はかからなかった。休み時間になるたびに彼の席にいって、メイクやファッションの話をした。とても楽しかった。
私は彼にこれまで自分が感じてきた周りと違うという孤独感の全てを吐き出した。
彼は黙って最後まで聞いてくれた。そして「辛かったね。よく頑張ったね」と言ってそっと私の肩に触れた。その瞬間、いままで我慢していたさまざまな感情が込み上げてきて、私は声をあげて泣いた。
キラ君はクラスにもすぐに馴染むことが出来ており、特に女子の人気者だった。女子中学生ともなれば興味は主にメイクやファッションやアイドルだ。キラ君はメイクやファッション、可愛いアクセサリーなど沢山知っていた。
”可愛いものが好きであること、そして好きなものに性別は関係ない”キラ君はその考えを心に強く持っていた。
そしてその考えをクラスに広め、自分を否定する人にも理解してもらえるよう働きかけていた。
クラスの女子の中で中心人物である伊藤さんはキラ君の考えにこう発言した。「私は柔道部なんだけど、女なのにそんな強くなってどうすんだって言われたことがあった。ムキムキの女なんて結婚してくれないよって‥‥でも私は柔道が好き。キラ君の言うとおり、自分の好きに素直になってよかった。心無い人の意見に従って、柔道やめなくてよかった」
彼女が共感したのを皮切りにクラス内でも徐々にキラ君の考えに同意する人が増えていった。
クラス以外でもキラ君の個性的な髪型と制服の着こなし方でかなり目立っていたので学校内でも結構な有名人だった。
彼に感化され、飛来は小さい頃のように髪を短くした。キラ君に教わってメイクも少しづつ勉強した。学校でメイクをしてくると先生に怒られるので下地とファンデーションと薄いアイブロウにブラウンのアイシャドウを入れる。
母は、私が再び髪を短くしていることに小言を言ったが、ここでめげているようではキラ君のようにはなれない。キラ君は同級生に何を言われようと自分の好きを貫いていた。彼のようになるのだ。
彼はへこんだりしないのだろうか。聞いてみると彼は大きな目をぱちぱちさせてこう答えた。本当に女の子のように可愛い顔をしているなと思った。
「ボクも最初は自分って変なのかなって思ってたよ。でもボクのママがさ、キラはキラのままでいいんだよ。って言ってくれたんだ。その言葉にすごく救われた。自分のたった一度きりの人生なんだ。好きなことをしようと思った。」
「お・・私の親はそんなこと言ってくれない。」
「そっか‥悠李君のお母さんは固定観念に縛られている側の人間なんだね‥そんな人の意見なんて気にしなくていいよ!それから悠李君!ボクの前では俺って言っても大丈夫だよ」
「‥うん!」
キラ君の言葉は嬉しかったが、一度も母に会ったこともないキラ君に母を否定されるのは少し気分が悪かった。
***
空を切る音と共にアダマファルクスが振り抜かれる。左手の甲手でそれを受け止めたが、雷に打たれたような衝撃に数メートルほど吹き飛ばされる。
ぜえぜえと荒い息を吐きながら左手を見ると甲手が粉々に破壊されていた。手はびりびりと衝撃が残り感覚が無い。
今度は蓮撃、手足にアダマファルクスが触れ、血が吹き飛ぶ。霊否のスピードに体が追いつかなくなってくる。もう避けきれない。
学園最強のこの俺が、この衆人環視の中で敗北するのか。
そうだ、思い出した。体育祭だ。あの日、体育祭を間近に控えた日。この時期特有のプールの塩素のような独特な香りがしたのを覚えている。
あの日、キラ君は俺の前から姿を消した——
***
「ボク、将来ファッションモデルになりたいんだ!」
ある日の休み時間に唐突にキラ君がそう言った。
「へえ、すごい!」
「一人一人が自由に自分を表現出来る。ボクが芸能人として表舞台に立つことで多くの人にこういう考えの人もいるってことを知ってほしい、理解してほしいんだ。悠李君、自分の好きなものは誰かに否定されたとしても自分が自分で守り抜くものだ。 認めあう心がない人もたくさんいる。 だけど固定観念にとらわれない生き方こそ、きっとこれからの時代に必要な考え方だと思う。
その第一歩としてボク、体育祭のチアリーダーに立候補したしようかと思うんだ」
「え?」
この中学では体育祭で希望者はチアとして体育祭に参加することが出来る。可愛らしい衣装とカラフルなポンポンを振りながら応援する姿は選手たちを大いに鼓舞する。
毎年百人くらいの生徒がチアに参加するが、ほとんど女子である。男子も参加可能であり、男子用の衣装も用意されているが、毎年男子の参加は一割にも満たない。その一割も大抵友達に勝手に参加させられたなどとふざけ半分で参加し、体育祭当日に友達に大いにバカにされるネタ枠担当と言った具合である。
その百人の中から、紅白二チームから一名づつ選出されるチアリーダーは全校生徒の注目の的となり、まさに体育祭の花である。多くの女子の憧れだ。
”チアは女性が担当するもの”という先入観からか、チアリーダーは年々女子が担当していた。男子がチアリーダーになることなど前例がないし、そもそも立候補の時点で男子が現れること自体が前代未聞だった。
その年はキラ君の他に同じクラスの海星さんという女の子がチアリーダに立候補していた。
可愛らしい丸顔にぱっちりと大きな目に抜群のスタイル。長くて綺麗なサイドテイル髪が印象的な女の子だ。学校の中でも美人と噂の人で男女ともに人気者で、みんなからあの子ならチアリーダになるだろうと言われている子だった。
体育祭の紅白チームはクラス単位で決められる。同じクラスから候補者が二名出てしまったということはどちらか一人を選ばなくてはならない。
そんなわけでクラス三十人でキラ君と海星さんのどちらがチアリーダがよいか、投票ということになった。
先生は二人を教壇に立たせ、「じゃあ、投票の前に二人から一言づつ」と二人にみんなの前でアピールするよう指示した。
最初に海星さんが発言した。
「えっと……斎藤ちゃんからどうしてもチアリーダやってほしいって言われてぇ、正直私なんかがーって思うんですけどぉ…」
海星さんは話しながら斎藤ちゃんなる人物の方を向いて、クスクスと笑っている。斉藤ちゃんと思われる人物も笑っている。
「でも選ばれたら、みんなの思い出に残るような、最高の体育祭になるように精一杯頑張ります!」
両手を握りしめ、胸の前でガッツポーズをして締めくくった。自分は未熟者であるが、未熟者なりに精一杯頑張るという、自分の容姿を過信せず一生懸命な彼女の姿勢にクラス全員から拍手が巻き起こる。
魅力的な容姿にこの謙虚さとひたむきさ。おまけに自分からチアリーダに名乗り出たわけではなく、他推薦というアドバンテージ。自分から立候補するより、他人からの推薦の方が周囲からの印象は良いだろう。
本当に可愛い子というのは自分がかわいいという自覚がないと言うが、本当だろうか。
飛来にはこの子が他から推薦されるように仕向けたと思ってしまう。本当はチアリーダをやりたいが、自分から立候補すると自分が可愛いと思っているみたいであざとい。だから他から無理やりやらされている感を演出する。
例えば体育祭が近くなったタイミングで海星の方から「チアリーダってかわいいよねー。今年は誰がなるんだろう。やっぱり○○ちゃんかな。可愛いし。あたしもやってみたいけどあたしなんかができるわけないよね」「えー、萊夢、可愛いんだからできるじゃん」「えー、無理だよー」といった無意味な押し問答をしばらくやったのち、「でも斎藤ちゃんがそう言ってくれるなら、がんばってみようかな」みたいな具合に。
続いてキラ君が前に出る。
「えっと‥」
キラ君は少し緊張している様子だった。祈るようにがんばれと心の中で言う。
「初の男子のチアリーダーってことで、いろんな意見があるかと思います。でもいままで男子のチアリーダがいなかっただけで、この先男子がチアリーダをやってはいけないなんて決まりはない。可愛い男子がいちゃいけないなんてこともない!ボクは体育祭を一生懸命盛り上げたいと思います。よろしくお願いします!」
そう言って頭をさげると拍手が巻き起こった。キラ君がいつも言っている素直な思い。きっとクラスメイト達にも届いた。思えば海星さんも人気者ではあるが、キラ君だって結構な有名人だ。クラス内の女子の好感度だって海星さんに負けてない。これならいけるかもしれない。
「では投票します」
という先生の言葉で投票用紙が配られる。海星 萊夢か大門 綺羅のどちらかに丸を付けて投票するシステムだ。悠李は当然キラ君に丸を付ける。自分以外の誰にも投票用紙を見られないようにして用紙が集められる。しばらくして先生が結果を告げた。
「結果は、海星さんが31票、キラ君1票。チアリーダーは海星さんでいきます。」
「キャー、やった!!」
海星さんの甲高い声がクラスに響く。俺は思わず立ち上がった。まさか、自分が投票した1票だけとは。自分以外の誰もキラ君を選ばなかったのか。キラ君を可愛いと言っていた佐藤さんも、男とか女とか関係ないとキラ君の言葉に同意していた伊藤さんも、みんな海星さんに投票したのか。
そしてキラ君の方を見る。彼は頭を殴られたようにただ呆然と地面のタイルを眺めている。そして老人のようなおぼつかない足取りで教室を出ていった。俺の方を一度も見ることなく——
翌日、キラ君は転校した。そしてもう二度と会うことはなかった。
***
「この学園から始めるんだ——」
飛来はそうつぶやくと、力強く右手を掲げる。手には礼装神器・ケリュケイオンが握りしめられており、手首には残ったもう一つの甲手がある。甲手が先ほどのように分解し、溝が空気を吸いあげ螺旋状の空気の渦がケリュケイオンの銃口、その一点に集められる。風塵 黒雷波とはくらべものにならない高エネルギーがフィールドを破壊しかねない勢いで蓄積されていく。
この土壇場での大規模攻撃。決着をつける気だ。
「俺が生徒会長になって、キラ君の思いを引き継ぐ!誰もが自分の好きなものを自由に表現したり発言できる世界。性別も年齢の関係ない、そんな世界を‥‥‥この学園から広めていって、そしていずれは日本全国に!そして世界に!」
キラ君がいなくなった後の中学はとても退屈で、卒業まで息を潜めるように過ごしていた。
高校生になってから、男子の制服を着た。だが、この学園は火影刹那という絶対的な存在がいた。そんなとき、玖源から声をかけられ、自分には特別な能力があることを知らされた。風を自由に操れる能力、”風の異能”。まるで漫画の世界のような話に、最初はにわかには信じがたかったが、玖源に声をかけられた直後から背中から翼が生え、空気を自由に扱えるようになった。服装もこの能力を最大限に活かせる軽量なデザインとなり、髪は金髪になった。
困っている人がいれば空を飛んで助けに行く。小さい頃憧れたスーパーヒーローになれた気がした。
異能は神の力の一部を借りている状態らしい。神の力の一部、風を操る異能は風の精霊・アイオロスの力の一部だと言う。
その人智を超えた強大な力を使いこなすために血の滲むような努力をした。最初は異能の使い方がわからず何度もオーバーワークをしてしまった。
玖源が連れてきた七海入鹿という女と3人でバトルフレームという競技に参加した。
バトルフレームとは、3人1組のチームが2チーム、計6人が長方形のフィールドの中で戦う。お互いの陣地にある旗を取るという競技だ。
七海も俺と同じ異能をもっており、俺たち3人は異能を駆使して連戦連勝だった。そして、学園最強のプリームスパールスになった。
***
強大な圧力が渦を巻きながら圧縮されていく。いまにも破裂しそうな勢いでそれでもなお極限まで圧縮された巨大な渦。それがケリュケイオンの先端に浮かぶ。霊否と飛来の戦いに今まさにピリオドを打とうとしていた。
「霊否ちゃん!逃げて!」
メドゥーサが叫ぶ。
「いや、」霊否は飛来をまっすぐ見据える。震える足を力強く地面に叩きつけ、自分を鼓舞するように「あたしは逃げねえ」と小さく呟いた。
「だから俺は生徒会長にならなきゃいけないんだ!平等院霊否!お前ごときに止められてたまるか!」
「あたしもだよ飛来悠李!」
飛来がケリュケイオンの引き金を引くと蓄積された空気が一気に放たれた。ケリュケイオンの銃口が爆ぜ、飛来は衝撃で後ろにひっくり返った。その大砲のような衝撃に大地が揺れる。
暴風の渦は巨大な球体と化し地面を抉りながら霊否めがけて突っ込んでくる。闘技場そのものが破裂しそうなほどの爆風が圧縮された一つの球となっている。霊否はアダマファルクスで真っ正面からそれを受け止めた。
球とアダマファルクスがぶつかると怒号のような音とともに地面に亀裂が走る。超人達の激闘にフィールドの方が耐えきれなくなっている。
霊否の靴がガリガリと地面を抉りながら後ろへ押される。飛来がにやりと笑みを浮かべた。
真正面の力比べならこっちが勝てる、このまま押し込む!!
飛来の分析通り、霊否は徐々に場外へと押し出され、アダマファルクスは爆風の球の力に耐えきれずひん曲がり、ミシミシと音を立ててる。
「霊否ちゃん!このままじゃアダマファルクスがへし折れる!!」
「わかってる!」
でも、どうすれば。力に力で対抗してもあたしは勝てない、あたしは力が無いからだ。なら強い力は受け流せ。力にはそれをいなすような柔軟さでかわすしかない。
ふと自分の肩の辺りを見ると赤い血のような液体がふよふよと宙に浮いているのが見えた。飛び散った血だ。あたしの血。でもなぜ浮いている?その時、霊否にある考えが閃いた。
飛び散った血を糸のように繋ぎ合わせ、幾千もの血の束が重なり、やがて一本の鮮血の鞭が出来上がった。霊否はその鞭を掴むと体を捻り、爆風の球を横に受け流すと鞭でそれをしっかりと捉える。
即興捕縛縄 ブラットウィップ
「こんなもの‥!」
ただの血で作った鞭だ。引きちぎってやる!
そう思った飛来の考えとは相反し、鞭はゴムのような伸縮性で爆風の球を柔らかく受け止める。勢いを殺された球は徐々にその攻撃性を緩め、やがて鞭に弾き返される。
なんだ?いまの力は?次の瞬間、血の鞭は飛来の体に巻き付いてきた。
メドゥーサの能力は”血を操る”。発動条件は対象をルビーのような美しい右目に見ることで対象の血液を操り、結果として動きを止めることができる。
だが、能力者自身の血液にいたっては単に動きを止めるだけに留まらない。血を体外に出して凝固させたり、1本の縄を作ったり、自在に操ることが出来る。
霊否の血液によって作られた縄は、血の一滴一滴が霊否の意思に従って動く。霊否の筋力によって縄を動かしているわけではない。
つまり、ブラットウィップによって捕獲された物体が仮に4tトラックであっても、縄を持っている霊否の筋力は必要ない。霊否の意思によってそれは枯葉の如くいとも簡単に持ち上がる。
メドゥーサとの共鳴により、覚醒したこの能力は
この世の物理法則を超越する力を持つ————
巨人の手に握られているかのような強力なパワーで引っ張られた飛来はされるがままに二、三回空中を旋回した後に縄の力に遠心力を上乗せした超音速で地面に叩きつけられた。落雷のような凄まじい轟音が闘技場のフィールドに響きわたる。
「ひ・・・飛来 悠李、場外」
海星 萊夢が小さく呟いた。電光掲示板の表示が無機質に16-1に変わる。霊否達、赤チームの初めての得点である。
会場全体が異様な雰囲気に包まれていた。学園最強のプリ―ムスパールス・飛来悠李が、バトルフレーム初心者の霊否にほとんど一方的とも言っていいほど打ち負かされている。誰もが予想だにしなかった展開に全員がまだ状況をつかめず動揺していた。
「あああああああああ!!」
飛来が砂埃から抜け出し叫びながら突っ込んでくる。
霊否はアダマファルクスの柄の方を飛来に向け、距離を取ろうとするが、飛来は構わず突っ込んでくる。飛来の腹あたりにアダマファルクスがめり込み、それ以上霊否に近づけなくなると、飛来はめいいっぱい腕を伸ばして霊否の腕につかみかかろうとしたり髪を引っ張って抵抗した。
さっきの剣の衝撃と、重力無効化の計2回、飛来は地面に叩きつけられている。相当な衝撃のはずだ。もう立っていられるはずもない。
だか、彼はまだ動き、抵抗してくる。今もなお、アダマファルクスの柄は飛来のみぞおちにめり込んでいる。彼の腹部には杭がうちこまれたような激痛が走っているはずだった。それなのに、こいつの行動原理はどこから湧いてくる!
「いい加減倒れろよ!!」
霊否の体力的もかなり限界に近い。アダマファルクスを握る手を絶対に離さないよう、強く握りしめる。が、いつまで耐えられるかわからない。
飛来は唸り声をあげ、無我夢中で抵抗を続ける。
負けない、負けたくない。動け動け。諦めるな、最後まで!悔しさが、憎悪が痛みを凌駕しているうちに!!
飛来は、キラ君と最後に交わした話を思い出していた。チアリーダーの投票の直後に交わした話だ。
***
教室を飛び出したキラ君を追っていくと、彼は階段の隅でうずくまっていた。 膝を立てて体育座りの格好で、膝に顔を埋めている。
「キラく‥」
「全然気にしてないよ」
キラ君は下を向いたまま俺の声を遮るように答えた。声が震えている。泣いているのを必死に隠しているように見えた。
「自分をさらけ出すことで信頼されるのか、はたまたこんな風に全てが壊れる可能性もある。 だから自分を出すのは怖い。怖い中、勇気を出したのになぁ‥」
今度は顔をあげ、頬に伝う涙を拭いながら言った。
「きっと僕たちは社会にでても居場所がない。魚が陸で生活するためには、魚であることを諦めないといけない」
なぜ、日本の教育はなにごとも平均を追い求めるのだろうか。
同じ服を着せ、同じ部屋に同じ時間に集まるよう指示され、同じ方向を向いて同じ授業を受ける。体育祭や文化祭、合唱コンクールでは同じ目標をかかげ、それにむかって一致団結する。
そんな同調圧力的な言葉が、飛来は吐き気がするほど大嫌いだった。
勉強は苦手だけどサッカーがものすごく得意な人もいる。数学は苦手だけど国語はものすごく得意な人もいる。理解するのに早い人もいれば、じっくり集中して深く考えられる人もいる。生徒の数だけ違いがあると言っていい。
それなのにみんなと同じになること、普通の人間になることを求められるのは、社会がそうなっているからだ。同じルール、秩序が社会には必要だからだ。
みんなと同じにならなれば、普通にならなければ。秩序に従わなければ。じゃあ、普通じゃない俺は、どうすればいい?
教えてよ———
***
自分が社会から阻害される異常者であるという事実は飛来を絶望の渦へと引き摺り込んだ。自分が大人になろうと、社会からは煙たがられるという孤独感。自分の未来に希望が持てない無力感が込み上げた。あの時は泣きたくなる気持ちをぐっと堪え、歯を食いしばっていた。いま悲しくてたまらないのはキラ君だ。俺が泣くわけにはいかないと思っていた。
あの時感じた悲痛が、フラッシュバックした。するとあの時流れなかった涙が今頃になって自然とこぼれた。その時、飛来の頬に優しく白い手が触れ、伝う涙をそっと拭った。
「なんのつもりだ・・・・・」
霊否が眉尻を下げ、悲しそうな顔で自分の目をまっすぐ見つめてる。
「いや・・・なんか・・・・」
いつのまにか霊否も泣いていた。涙をながしながら「なんでかわかんないけど・・・」と言う。なぜお前が泣く。と、飛来は思った。
「お前とはもう戦いたくない・・・・戦いたくないよ・・・・・」
なんだよそれ。さっきまで戦ってた奴に言うセリフじゃないだろ
張りつめていた空気が一瞬にして弛緩するのがわかった。全身の力が一気に抜け、とたんにぐらりと視界が歪む。気がつくと目の前に真っ青な空があった。
「ひ、飛来悠李、戦闘不能‥」
海星の声が、フィールドに響く。大の字になって倒れている飛来のすぐそばで、霊否はアダマファルクスを杖にして、何とか立っていた。
「赤チーム、20点!」
16-21
電光掲示板が、霊否達の逆点を短く告げた。
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【次回予告】
大宗だ。言えばわかってくれる、話し合えば必ずわかりあえるなんてのは傲慢だよ。
そういう奴に限って自分の正しさを押し付けたがるんだ。人の意思を甘く見るな、人に期待するな。
話し合って分かり合えるのなら、人は争いなどしない——
次回、|AstiMaitrise #11「Claw Strike」
すべては、AstiMaitriseの名のもとに——




