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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ウィッチクラフト・ハッピーライフ

作者: 大犬座

――――ジリリリッ!


枕元にある魔晶時計がけたたましい音を響かせる。


私は布団の中から手だけを出し、振り下ろしてそれを黙らせた。


「んふぅ〜……」


それからモゾモゾとベットから這い出すと立ち上がり、姿見の前に立つ。


「おはよ、今日も私はイケてるね」


鏡の中に映る私に朝の挨拶をする、髪はボサボサ、目はしっかり開いていないとどう考えてもイケてはないが、それでも元の素材の良さが隠せない自他共に認める可愛らしい美少女がそこにはいた。


私は着替えとトイレ、そしてメイクを手早く済ませると工房の扉を開いた。


全面ガラス張りで香草や薬草の類が鉢植えでひしめき合うその様は温室と言って差し支えない状態で、天井に吊るされた様々な色の魔晶が陽の光を着色して虹色の光が降り注いでいる。


私は奥のかまどまで行くと、小さなミルクパンに水を張って火にかけた。


「そういや、ここに来てからちょうど一年か……」


鍋の中で微かに揺れる水面を見つめながらここに来た時の事を思い出す。


私は元々、別の世界にある日本という国で日銭を稼いで生活していた、所謂フリーターというやつだった。


それもこんな可愛い女の子でもなく、元々の私は……いや俺は冴えない青年だった。


あの時のことは今でも鮮明に思い出す、またバイトをクビになり次の仕事先を探してた時あの張り紙を見つけたことを……



「魔法使いのお手伝いさん募集中!!

     もしかしたらあなたも魔法使いになれるかも!?」



…………正直ふざけてるとしか思えなかった、だがその時の俺は滞納してる家賃の足しにでもなればと変なバイトでもやろうとする無鉄砲人間だった。


入った時はおかしな雑貨屋としか思っていなかった、店長……今は師匠もほとんど留守にしていたし、客も通りすがりが冷やかしに来るくらいで何しても自由な、ある意味最高の空間だった。


だがある日、久しぶりに店に来た店長がご機嫌な表情で「魔女になってみない?」と聞いてきた。


俺は目も合わせず本を読みながら「何かメリットあるんですか?」とだけ聞いたら、「多分退屈しない素晴らしい日々になるよ!」というふわっとした答えが返ってきたのはよく覚えている。


俺は怪しい勧誘か何かと思ったが面白かったので「へー、じゃあなってみましょうか?」と何故か挑発的な返事をしてしまったのだ。


それを聞いた店長は有無を言わさず俺に魔法をかけて……私を少女の姿に変えてしまった。


それからの師匠の行動は恐ろしく手早かった。私を異世界に連れて行き、元々俺がいたという事実を世界の記憶と記録から消してしまったのだ。いや、邪悪すぎるでしょ。


でも、ここでの暮らしは確かに退屈しなかった。元の世界が恋しくなることもあったけど、師匠の教え方が良いのか魔法も調合もそれ以外の箒に乗る技術とか色々な魔女としての技量をなんでも習得していった。


今では一人で店番も任されている。それも雑貨屋時代とは違い、魔法薬を作り、箒に乗って配達をし、魔法で依頼をこなすなどの魔女としての仕事をしっかりと果たしているのだ。


私は小さい氷室に入れられていた猪の骨を一本取り出すと包丁の背で叩いてヒビを入れて野菜と共にミルクパンの中に放り込み、最後に薬味の棚からハーブを抽出した調味料として作られている香油を取り出して数滴落とす。豚に比べて猪は臭みが強いので臭いを消すための手間は欠かせないのだ。


そんな風に私が朝食を作っていると、入口のドアが開きベルがなった。


「はぁ゛〜〜〜〜疲れた!」


入ってきたのは師匠だった。実年齢は不明だが、見た目は若々しくこの一年で何度もプロポーズされるくらいには麗しい人だ。


そんな人が汚い声で疲れを訴えながら、店の中央にあるソファにダイブする。


「リゼラミナ、何か作って〜」


師匠が私の名を呼ぶ、この世界に来た時、師匠が私にリゼラミナ・スパーという名を付けた。正直舌を噛みそうな名前で最初聞いた時は不安しかなかった。


「はいはい、いつも通りボタンラーメンでいいですね」


私は香草漬けの猪肉を取り出すと厚めに切って加熱した鉄板に乗せる。激しい音を立てて油が弾け、食欲をそそる香りが店に充満した。


焼いてる間にミルクパンの様子を見ると、香油に使っているこの世界のハーブ「バリベル」の効果で十分にダシが取れたスープになっていた。


私は既に水を張って火にかけていた別の鍋に麺を入れると、焼けた猪肉と葱、ゆで卵を皿に用意する。


「もうすぐ出来ますよー!」私はソファに沈む師匠に大声で伝える。


「はーい、あと丼出さなくていいからね、スープの鍋に麺と具入れてくれたらいいから、食器洗うの面倒でしょ?」


師匠の言葉を聞いて私はお湯を切った麺をミルクパンの放り込み、その上に具材を適当に乗せて師匠の元まで持っていく。


「出来ましたよ」


その言葉を聞いた師匠がもそもそと起き上がり、食べ始める。


「いただきますを言ってください」


「はーい、いただきます」


師匠はだらしのない人だ、何度もいろんな人からアタックされているがこんな師匠の姿を見たら男はみんな逃げてしまうだろう。


「だらしないですね、ちゃんとしないと結婚出来ませんよ」


「大丈夫、半人前の弟子を育て上げるまで身を固める気はないから」


「そういう問題じゃ……」


いきなり隣に座る私を師匠が抱き寄せる。


「なに?男の子だったくせに私と一緒にいたくないの〜?」


「いきなりなんですか、いたくない訳じゃなくそれじゃ他の男が……」


師匠が私を抱きしめる、豊満な胸に顔が埋まり、どうしても鼓動が速くなる。


私だって元々男だ、やっぱり付き合うなら女性がいいと思ってしまう。


「ご機嫌よう、お二人とも朝からお熱いことで」


まだ店も開けてないのにまた一人、入口から入ってくる人物がいた。この店の常連で私の友達のアヌマスだ。


「あ、アヌマスちゃん!今日も獣避けを買いに来たの?」


師匠の拘束を振り解き、接客をする。師匠が後ろで何かを言ってるが気にしない。


「いえ、兎の干し肉を一つ……とそちらの魔女様が食べているボタンラーメンをいただこうと思いまして」


アヌマスちゃんの視線が師匠のラーメンに移る。このボタンラーメンはまだ元の世界にいた時にお腹がすいたと言う師匠に豚骨ラーメンを奢ったのがきっかけで生まれたものだ。


師匠は向こうの世界には疎くて買い物や食事などはほとんどこっちの世界で済ませていた。


そんな状態で私がこんなものを食べさせてしまったのだから大変だ、師匠はその味に感動したらしく、なんとかこっちの世界で再現出来ないかと研究をしてついに猪を使ったボタンラーメンを作り上げたのだ。


それからの師匠は私が色々手伝ったりアドバイスしたりしながら向こうの世界の物品をこっちで再現する事に情熱を燃やしている。


ちなみに再現されたこのボタンラーメンや炭酸飲料などはウチの売れ筋商品だ。


「今まで料理の注文とかしなかったのに、どうしたの?」


「いえ、なんとなく……これってリゼちゃんが作っているんですよね?」


「そうだよー、でも残念、まだ仕込みも始めてないんだ」


「そうですか……では出来上がるまで待ちます」


「いや、結構時間かかるしそれ以外の準備もあるから……申し訳ありませんが出直して来てください」


私が丁寧語で対応しながら出入り口まで促す仕草をすると、アヌマスちゃんは残念そうな顔をしながら店を出ていった。


「ふう……ご馳走様、リゼラミナも酷いことするねー、シェトラルは執着心が強いから気をつけなさいよ」


シェトラル、この世界にいる種族の一つで高い適応力と繁殖力で世界の人口の3割を占めている種族だ、性格は温和だが執着心が強く、背は平均150センチ前後と低いけど力が結構強くて知能も高い。


何より最大の特徴は性別が存在せず、両性で繁殖はお互いがお互いを孕ませるというある意味平等を極めた種族だ。アヌマスちゃんもそのシェトラルだけど気をつけろとはどういう事だろうか?


私は深く考えるのを諦め、鍋を流しに持っていく。


そして、懐からタクトタイプの杖を出して呪文を唱えた。


「『擬似命』《ベリッテン・ダルヌ》」


魔法を受けた鍋や皿とブラシが自分達で洗い物を始める。


それを確認し、今度は料理の仕込みを始める。今度は大きな調合釜に材料を大量に入れて火にかけ、あとは擬似命をかけた調理器具たちにやってもらう。


その間に商品の最終確認し、師匠を奥の部屋のベッドに放り込んで、私は店の扉を開けて看板を切り替える。


「よーし、開店したよ!アヌマスちゃーん!」


私が大声で呼ぶがアヌマスちゃんは来ない、周囲を見渡してもそれらしい人影もなく、おそらく帰ったのだろうと解釈して店の中に戻った。


店は開店と同時にウィッチクラフトの店とは思えないほど繁盛する。特にお昼ごろとかは戦場だ、擬似命で働かせている道具たちも心なしか疲れているように見えるほどだ。


ーーーー夕方、配達と出張依頼を終えて帰ってくるとほとんど客は捌けており、まばらな人を道具たちがどこか余裕そうに悠々と接客していた。


私は裏のかまどに行き、釜の様子を見る。釜の中のスープは四分の一ほどまで減っており、他の料理の食材もほとんどなくなっていた。


「うん、今日も盛況ね!」


私は満足して頷くとカウンターに立ち、残りの接客を行う。

と、ドアが勢いよく開いてアヌマスの妹(という表現は適切ではないが)のビビトレが入ってきた。


「すみません!ここにお姉ちゃんがきませんでしたか!?」


その慌てように驚き、私はビビトレちゃんに急いで近づく。


「どうしたのビビトレちゃん?アヌマスちゃんは今朝は来たけどそれからは見てないよ?」


それを聞いたビビトレちゃんが青ざめる。


「お姉ちゃん今朝、森に行ってくるねって言ったっきり行方が分からないんです!」


「え!?嘘でしょ!」


「おい、それって例の盗賊団の仕業じゃないのか?」


「ああ、昼頃に村のやつが見かけたっていうやたらでかい盗賊の一団か、明日騎士団が調査するとかいう……」


私たちの会話を耳にした食事中の村人が話に割って入る、それを聞いて私とビビトレちゃんが顔を見合わせた。


「『擬似命』《ベリッテン・ダルヌ》!」


私は魔法で素早く箒を手元に引き寄せて外に飛び出し、そのまま飛び立った。


「ちょっと!リゼラミナさん!」


「明日じゃ間に合わないかもしれない!ビビトレちゃんは騎士団を呼んで!お姉ちゃんの事はまかせて!」


それだけ言うと猛スピードで森に向かって飛ぶ。


「ここの森は広大だ、普通に探してたら見つけるのは無理だよ……」


村の近くの森は危険な生物と言ったら猪くらいでそれも奥地に行かなければ遭遇しないくらいには安全な場所だ、だが盗賊などのならず者が隠れるのに最適な場所なので私たちが定期的に見回りをしていたけど……最近は何も起きなかったし店の忙しさにかまけて見回りを怠っていたのだ。


「私のせいだ……ごめん、アヌマス」


私は後悔を感じながら杖を取り出す。


「『翼眼』《ティピール》」


求めているものを探知して強調表示してくれる魔法、私はそれを使って森を隅々まで確かめる。


「いた!ここがアジトだ!」


見ると切り立った崖のような場所に大きな洞窟があり、そこから出入りして馬車に荷を積んでいる男たちが見える。予想通りここから離れるつもりのようだ。


「『掌撃』《チバラ》!」


私は箒に乗ったまま急降下で集団に突っ込みながら、衝撃呪文で外にいた盗賊たちを吹っ飛ばした。


変な名前の呪文だがなんでも魔法は呪文からのイメージが大事らしく、何も持ってない素手のような単純で殺傷力のない呪文という事でこの名前になったとか。


……でも正直なところ素手でも人は殺せるしこの呪文も普通に殺傷力あると思う、実際これで猪狩ってるし。


「この野郎!」盗賊の一人が起き上がり武器を抜く。


「……ッ!!『掌撃』《チバラ》!」


私は素早く魔法を唱え盗賊を吹っ飛ばす、岩壁にぶつかったが大丈夫だろう、たぶん。


私は擬似命で縄を動かして盗賊を縛り上げると魔法で近くにある松明を集めて一つに束ねた。


「『浮巻』《ユシュバル》」


それを高く舞い上げて目標の代わりにする、これで騎士団も迷わないだろう。もっとも空を眺めた時に見える星の光くらいの光量なので分かりにくいが、まだ星の出てない今なら見つけられるはず。


「これならちゃんとした攻撃魔法も覚えとけばよかったな」


私は後悔を口にしながらアジトになっている洞窟を突き進む。


ーーーーおそらく最奥と思われる場所まで来た、途中で出会った盗賊は素早く拘束して無力化してるので気づかれてはいないだろう。


「いやー流石だな魔術師さんはよ!」


「全くですぜ!支配の魔法でこれだけ集められるんですから!」


「おうよ!お前ら!あとはさっさとトンズラして遠くで売れば良い金になる!うわっはっはっはっ」


「……見事な高笑いだねー、聞いてて惚れ惚れするよ」


私は物陰から盗賊団の様子を観察しながら小さくつぶやく、子分たちに囲まれて高笑いしているのが親分で、その横には他の連中とは違う身なりの良い奴がいる。


「盗賊たちの言葉的にあれが魔術師?なんでこんな事やってるんだろう?」


魔術師が盗賊の手伝いをしていることに私が疑問を浮かべていると魔術師の男がこちらを見てナイフを投げてきた。


「!?」


私は素早く避けるとそのまま姿を晒す。


「なっ!誰だテメェは!?」


「な、なんだガキですよ、こいつもとっ捕まえて売っちまいましょう!」


盗賊たちが武器を抜く。


「……リゼちゃん!?なんでここに!?」


奥の牢屋には攫われたと思しき人たちが詰められており、その中にアヌマスちゃんがいた。


「ビビトレちゃんが心配して店に来たんだよ、それで騎士団が調査するって噂の盗賊団が怪しいんじゃないかと思って探しに来たんだ」


私はここに至るまでの全てを話した、もし私が朝の時点で気がついていたらアヌマスはこんな目にあってなかったかもしれないと思うと胸が締め付けられる。


「騎士団だと!?それを聞いたらここにいる理由はねぇですよ親分!」


「おう!だがまずは……そこのガキをとっ捕まえてからだ!」


盗賊たちが武器構えて私を睨む。


「……残念だけど、とっ捕まるのはお前たちの方だよ」


私は右手に持っている箒を向ける。説明してなかったけど、私が使っている箒は普通の箒じゃない、元いた世界で普及していたハンディータイプの掃除機を再現してさらに改造したものを「箒」と呼んでいるだけだ。


「その武器……お前は魔女リゼラミナ!」


魔術師の男が叫ぶ。


「へぇ、私を知ってるってことはどこかで会った事ある?でも残念、私は男の顔を覚えられないからさ、知り合いならもう一回自己紹介してくれる?」


「軽口を叩くな!貴様が安価で魔法薬を売り捌いてしまったせいで、それを転用してイタズラに使う奴らを取り締まる時に魔法薬の効果を解除出来ずに俺はクビになったのだぞ!」


「それは……本当に申し訳ないと思うけど、それはそうとして勉強しなさいよ。アレって初級と中級の魔法薬をアレンジしただけなのよ?」


ご丁寧に事情を説明してくれた魔術師に対して、私は可哀想という気持ちより呆れの方が上回ってしまいそれが口調にありありと出てしまった。


「うるさい!ここで消えてもらう!」


魔術師の合図で盗賊が押し寄せる。


「リゼーー!!!」


アヌマスちゃんの叫ぶ声が聞こえてくる……私はそれに意識を持っていきながら目を瞑る。


「大丈夫、私は負けないよ……だって」


盗賊たちが盛大に吹っ飛び、その中心に立つ私はさっきまでの幼い少女ではなく、身長が伸びて出るところが出た大人の女性の姿だ。


「リゼちゃん……?」


「くっ……!」


「私はこの世界に魔法を伝えた『次元渡る偉大な(グランウォーカー)魔女』(ウィッチ)の一番弟子なんだから!」


私と一緒に姿を変え、巨大な大砲か棍棒のようになった箒を構え、ポーズを決める。


(決まった……!)


私は心の中でガッツポーズを決める。


「リゼちゃんそのポーズなんの意味があるの……?」


なんか思ったより評判は悪いみたいでちょっとショックだ。


「クソッ!役に立たん盗賊どもめ、所詮はクズか!」


魔術師がこちらに向けて魔法やナイフを乱射する、その行動はやぶれかぶれの抵抗にしか見えない。


「そんな雑な攻撃じゃ、意味ないよ!」


私は箒……名前は「バドレナグ」を構えて吸引口から掌撃を放つ。


バドレナグは魔法の威力を段階的に強化出来る、全部で十段。それを三の目盛に設定して発射された掌撃は魔術師の無尽蔵な攻撃を一気に吹き飛ばした。


「なあぁぁぁぁ!?」


魔術師が動揺している隙に素早く近づくと、バドレナグを大きく振りかぶる。


「はぶぇ!」


バドレナグは見事顔面に命中し、攻撃をもろに喰らった魔術師は盛大に吹っ飛んで壁にぶつかるとそのままのびてしまった。


私は牢屋の鍵を開けて攫われた人たちを外に誘導するとちょうど騎士団が到着していた。


「お、思ったより早かったね」


「アルドヴィダ様の弟子か、事件の解決に尽力してくれたこと感謝する、あとその言葉は褒め言葉として受け取っておこう」


団長らしき人物が前に出て私に礼をする。


私は軽く挨拶すると傷の手当てを受けているアヌマスちゃんの元に駆け寄る。


「リゼちゃん……」


アヌマスちゃんはこちらを見て泣きそうな顔になっている……その姿を見た私は申し訳なさで一杯になり頭を下げた。


「ごめんなさい、私あなたのこと心配しなかった……こんな最低な奴、嫌いになったよね」


昔からそうだった、面倒くさいことから逃げ続けて気がつけば一人だ。


だから……私は魔女の口車に乗ったのかもしれない、また新しくやり直せると、でも人は簡単には変われなかった。


どれだけ世界が変わろうと、どれだけ容姿が可愛い少女になろうと、どれだけ優秀な師匠の元で魔法を習得しようと本質は変わらない、どれだけリゼラミナ・スパーを演じても俺は未だに成長することから逃げ続けている金光(かねみつ) 弘賀(ひろが)なんだ……


「……そんなことないよ、たしかにリゼラミナちゃんってだらけ癖があるけど、こうやって助けに来てくれたでしょ?」


アヌマスの言葉にハッとして顔を上げる。


「それに嫌いになんてならないよ……私ね、ずっと嘘ついてたんだ……あなたの前ではお淑やかな態度でいたけど、実はずっとあなたの師匠が憎くて仕方がなかったの」


「えっ!?」


アヌマスの意外な言葉に俺は驚きを隠せず、声が出てしまう。


「私ね、ずっとあなたのことが好きだったんだ、あなたの魔法のに対する一生懸命な姿、接客の時の真面目な姿勢、そして私に向けてくれる真っ直ぐな笑顔……全てが私の為だけにあって欲しい、そう思ってたんだ……気持ち悪いでしょ?」


アヌマスは語りの途中から涙声になり、最後にこちらに向けた顔には一筋の涙が溢れていた。


「ううん、それだけ私のこと想ってたんだね、嬉しいよ……それなら私もほんとのことを言わないといけないね」


今度はアヌマスが驚きの表情をした。


「黙っていようと思ってたけど、やっぱり伝えるね。嫌いになるかもしれないけど、これは私なりのケジメだから!」


俺はアヌマスの目を真っ直ぐに見る、圧倒されたアヌマスは黙って首を縦に振る。


「実はね、私は元々男なんだ、師匠に女の子に変えられて別の世界から連れてこられたんだよ!」


言った……言ってしまった……言った後でこれ必要あったのか?という思考が溢れ出る。


「…………プッ、アハハハハッ!」


しばしの沈黙の後、アヌマスが吹き出してそのまま腹を抱えて笑い出した。


「ハハハッそんなことで……イヒヒ……あんな真剣な顔を……クフッ……したの?」


それが意味することが理解できず呆然とする俺に対し、アヌマスが笑いを堪えきらぬままに問いかけてくる。


「な、なんだよ、その態度!せっかく勇気を出して告白したのに!」


「だって、私はその昔の姿も別の世界も知らないし、そんなこと言われても実感なんて湧かないよぉ、それより今の大人の姿の方がよっぽど驚いたよ」


俺は今になって変化したままだったことを思い出す。魔力を使い続けるから終わったらさっさと解けと言われていたのに、これじゃまた怒られる。


「でもその姿も私は好きだよ、いつもと違うカッコいいリゼラミナさんって感じでさ」


それならまだ解かないでおこう。


「もう何も隠し事ないよ、私は魔女を好きになった弱いくせに嫉妬深いシェトラル」


「私も、先に進めない自堕落な元男の魔女、これが私だよ」


私とアヌマスは手を取り見つめ合う。


「ねぇ、私と一緒に前に進んでくれない?あなたがいなくなった時、私さ自分の気持ちに気がついたんだ、今度は離さないから」


「ええ、もちろん」


ーーーー私はその日、大切なものと自分自身を改めて認識した。


それから、私は元の世界の両親には海外で活躍しているということにしてくれと師匠に頼んで仕送りを送っている。親不孝者になった私の唯一の恩返しだ。


「はーいリゼラミナ、今日も来たよ!」


「もお、まだ開店前だよ」


「ふぁ〜あ、全くお二人とも朝からお熱いことで」


師匠に茶化されながら、私は大切な人がそばにいる幸せを噛み締めている。


これが正しい生き方なのかはわからないけど、私は魔女になって後悔はしていない。


今の私は胸を張って言える、「幸せだ」と。

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