8月7日
8月7日、今日は東京に戻る日だ。だがそれは、8月9日の登校日のためだ。しばらくシゲとはお別れだが、すぐに戻る。
和夫は今日も空を見つめている。この澄んだ空気、空、そして友達ともしばらくお別れだ。だが、10日にまた会える。
昨日の夜に今日の支度は済ませた。忘れ物はない。いつでも出発できる準備はできている。あとは和子が来るのを待つだけだ。
和夫は1階に降りてきた。そろそろ朝食の用意ができる頃だ。シゲはちゃぶ台に座って和夫を待っている。和夫と一緒に朝食をするのは今日からしばらくない。今度は11日だ。寂しいけれど、また一緒にご飯を食べられる。
「おはよう」
シゲは笑顔で答えた。21日にここに来て、楽しい日々を送ってきた。少しお別れだけど、10日にまた会える。心配ない。だから、シゲはそんなに寂しくない表情だ。
「今日は一旦東京に帰るんだよね」
「うん」
和夫はちゃぶ台に座り、朝食を食べ始めた。おいしい朝食だけど、今日から11日まで食べられない。
「成長した姿、みんなに見せてあげてね」
「うん」
和夫は自信を持っていた。登校日までだけど、この夏休みで大きくなれた。いじめを起こして家族をめちゃくちゃにしてしまったけど、シゲと暮らしたことで自分を見直すことができた。きっとこの経験は2学期に生きてくるだろう。
朝食を食べ終えた和夫は田畑の様子を見ていた。この風景もしばらくお別れだ。東京に行けば、窓から見えるのは田畑ではなく家屋だ。こんな景色、東京では見れない。こんな景色もいいな。もっと見ていたいけど、10日まで見られない。
10時頃になって、シゲが家を出て行った。きっと和子を家まで迎えに行くと思われる。最近、よく出かけるのは不安になるけど、この日に出かけるのは不安にならない。もうすぐ和子に再会する。和子は成長した僕を見てどう思うんだろうか? 和夫は楽しみでたまらなかった。
和夫は部屋でじっとして、ここまでの夏休みを思い出した。シゲと過ごし、鈴木と登山に行き、バーベキューをした。そして何より、近所の人々と触れ合う事で、自分を見つめ直す事ができた。短いけど、いい思い出だった。だけど、まだ始まったばかり。10日に帰ったら、もっといい思い出を作っていこう。
11時近くになって、シゲの軽トラックが戻ってきた。よく見ると、和子が乗っている。久しぶりに見る和子の姿だ。成長した姿を見て、どんな反応をするんだろう。楽しみだ。
和夫は1階に降りてきた。玄関では和子が待っている。和子は嬉しそうな表情だ。久しぶりに和夫に会えたからだろう。
「和ちゃん?」
「あっ、お母さん」
和夫も嬉しそうな表情になった。久しぶりに和子に会えた。これから久しぶりに東京に戻れる。東京の友達と再会できる。今、どうしているんだろうか?
「和ちゃん、帰ろうか」
「うん」
和夫は元気そうだ。楽しい日々で、大きく成長できた。少し寂しいけど、しばしのお別れだ。
「あさっては登校日だね」
「うん」
和夫はあさっての登校日の事を考えた。友達に会える。優太や智也は元気にしているだろうか?
「10日にまた来るからね」
「ああ」
シゲは笑顔を見せた。心配する事はない。10日にまた帰ってくる。
「どう? 楽しかった?」
「うん」
和夫は軽トラックに乗り込んだ。目指すは森琴駅だ。森琴駅から東京に戻る。駅から続くレールは東京まで続いている。このレールをたどっていけば、東京に帰れる。そう考えると、嬉しくなった。
「まぁ、優太くんの両親があんなことになったけど、気にせず、優太くんの両親の分も生きようよ」
「そうだね」
和夫は優太の両親が自殺した事を思い出した。だが、あんまり気にしなくなった。その両親の分も生きようと考えると、少し勇気がわいてきた。
3人は森琴駅に着いた。森琴駅には誰もいない。昔はもっといたらしいが、どれぐらいいたんだろう。
数分後、ディーゼルカーがやって来た。数時間ぶりの上り列車だ。ディーゼルカーは単行で、乗客はいない。昔はどれぐらいの頻度で走っていたんだろうか?
列車のドアが開き、和夫と和子は列車に乗り込んだ。シゲはその様子を見ている。
「来月からまた頑張ろうね」
「うん」
扉が閉まり、大きなエンジン音を立ててディーゼルカーが動き出した。シゲは直立不動でディーゼルカーを見ている。和夫はその様子をデッキから見ていた。一体どんな事を考えているんだろうか? 10日にまた会えるのを楽しみにしているんだろうか? 和夫は気になった。
「みんなも和ちゃんの元気な姿、見たいと思ってるはずだよ」
和子は和夫の肩を叩いた。和子は和夫を励ましているようだ。その時、和夫は決意した。みんな応援してくれている。だから、みんなのためにも立ち直らなければ。
「うん」
和夫は流れる車窓を見ながら、改めて決意した。立ち直るだけではダメだ。この夏で変わろう。もっと他人を思いやれるようになろう。
トンネルに入り、シゲの家がある集落のある村は見えなくなった。和夫はデッキに戻った。とても寂しい。だけど10日にまた戻ってくる。だから寂しくない。
和夫はボックスシートに座った。客室には和夫と和子以外誰もいない。とても静かだ。しばらくすると和子がやって来た。和子はボックスシートの向かいに座った。
しばらく走ると、ディーゼルカーはトンネルを抜けた。だが、もう村は見えない。見えるのは渓谷に沿って走る道路だけだ。道路には多くの車が走っている。なのに、列車には全く人がいない。これがモータリゼーションの結果だろうか? こうして鉄道は廃止されていくんだろうか?
12時頃、2人は路線の終点に着いた。その駅は2面3線で、島式ホームと対向式ホームがある。構内は広いが、そのほとんどは雑草が生えている。昔は多くの列車や機関車が停泊したんだろうか? それがまるで夢のように、駅は静まり返っている。昔はどれぐらいの人が乗り降りしたんだろうか? この路線もやがて消えていくんだろうか?
2人は駅に降り立った。だが、この先も本数が少なく、2時間待たなければならない。2人は踏切を渡って、対向式のホームにやって来た。駅舎は対向式ホームにある。駅舎には駅員以外誰もいない。列車が来るまで2時間ぐらいあるからだろうか? 時間が近づいたらやって来るんだろうか?
乗り換え時間を利用して、2人は昼食を食べる事にした。和子はシゲの家に行く途中でキヨスクでおにぎりを買っていたらしく、和子は和夫におにぎりを差し出した。
「ありがとう。いただきまーす」
和夫はおにぎりをほおばった。とてもおいしい。いつもと同じおにぎりなのに、特別においしい。どうしてだろう。和子に久しぶりに会えたからだろうか?
1時間半ぐらい経って、ディーゼルカーがやって来た。発車まであと30分ぐらいあるのに。おそらく、ここで数十分停まると思われる。ディーゼルカーは2両で、ほとんど乗客がいない。
ディーゼルカーが停まり、ドアが開いた。2人は車内に入った。車内には何人かの乗客がいる。彼らは乗り鉄と思われる。
車内は冷房が効いている。ボックスシートに座った和夫は気持ちよさそうな表情だ。
数十分停まった後、ディーゼルカーは動き出した。この駅で乗ったのは、和夫と和子だけだった。ディーゼルカーが駅を去ると、再び駅は静まり返った。
和夫は車窓を見ながら、シゲと過ごしたここまでの夏休みの事を思い出していた。それと共に、あの薬の事を考えていた。一体あの薬は何だろう。シゲは病気だろうか? あと何年、一緒に夏を迎える事ができるんだろうか?
「どうしたの?」
突然、和子の声が聞こえた。何か悩んでいる和夫が気になったと思われる。
「何でもないよ」
またしても和夫は言えなかった。言いたいことはわかっているのに。本当に言っていいんだろうかと思って言えなくなってしまう。
ディーゼルカーは山間の中を走っていく。和夫はその様子をじっと見ていた。車窓を見ながら、ここまでの夏休みを思い出していた。いろんな経験をしたけど、また帰ってきたらもっといろんな経験をするだろう。どんな経験をするんだろう。そして、どれだけ成長できるんだろう。
終点が近づくごとに、乗客が多くなっていく。そして、話し声が大きくなってくる。徐々に都会が近づいてきたようだ。
17時頃、2人は比較的大きな駅に着いた。駅には多くの列車が行き交っているが、東京よりも少ないし、編成が短い。
和夫は時計を見た。2人はここから夜行急行に乗り換える。まだ夜行急行が来るまで1時間ぐらいはある。夜行急行には食堂車がない。2人は駅構内のキヨスクで駅弁を買う事にした。
発車30分前になって、夜行急行がやって来た。行先は上野。これから乗るのはB寝台で、3段ベッドだ。少し狭いが我慢しよう。
2人は車内に入った。まだ乗客は来ていない。車内は静かだ。車内の寝台はまだ折りたたまれていて、3列のボックスシートになっている。
30分後、夜行急行は定刻通り駅を出発した。行先は上野だ。乗客は少なく、多少乗っている程度だ。とても静かだが、これから乗ってくると思われる。
和夫は車窓から山を見ていた。鈴木と登った山が見える。和夫は鈴木と山に登った事を思い出した。頂上の風景は何とも言えない絶景だ。友達にもそれを伝えたいな。
夜遅く、和夫は夜の車窓を見ていた。車内は少し人が多くなってきたが、夜遅くなり、静かになっていた。車窓からは明かりが見えない。山里か山間部を走っているんだろうか?
「眠れないの?」
和夫は後ろを振り向いた。和子だ。
「うん」
和夫は不安げな表情をしている。何があったんだろうか? 和子は不安になった。
「おじいちゃんの家のある路線、廃止になっちゃうのかな?」
和夫は廃止反対運動が気になっていた。あの路線は、廃止になってしまうんだろうか? そして、シゲの住んでいる集落はなくなり、自然に帰ってしまうんだろうか?
「わからないよ。でも、廃止になってほしくないね」
和子もその事を気になっていた。ここ最近、国鉄の赤字ローカル線が廃止になるニュースをよく聞く。最終日になると多くの沿線住民や鉄道ファンが集まり、まるで全盛期あるいはそれ以上の賑わいを見せる。そして、翌日には列車が全く来なくなり、やがて線路は元の原野に戻る。あの路線も、やがてこうなるんだろうか?
和夫はベッドに横になった。もう3段ベッドは準備ができていて、上段のベッドに入った。和子はその下だ。和子はもう寝ている。
和夫はベッドから顔を出して、通路を見た。就寝の妨げにならないように、通路は照明を落としている。通る人は誰もいない。もうみんな寝ているんだろうか?
和夫は顔をベッドに引っ込め、再びベッドに横になった。明日の朝、東京に戻ってくる。早く友達と再会したいな。




