うんこ
うんこ。
それはどこからどう見てもうんこであった。
俺は家を出て徒歩数分の歩道のど真ん中でそれを見つけてしまった。
時期は夏。それも七月が終わろうかというアチアチな日である。
それなのに、ここで放置されているうんこ。
うんこもこんな日に、こんな場所で放置されるとは思ってもみなかっただろう。
せめて俺が供養してやるかと思ったが、その思考は瞬く間に萎んでいった。
なぜなら、臭いからである。
いや、普通の人ならば臭くなくてもやらないだろうが。
このうんこ相当臭い。
もはや腐った魚並みに匂いが散っている。
うんことはここまで臭いものだっただろうか。
ふと自分のうんこを想像した。
今朝のうんこはとても快便で、においもそれほどきつくなかった。
ならばこのうんこはなぜここまで臭いのだろうか。
例えるならば今の時期に生ごみを外で放置させ、ハエとウジ虫の祭り状態の匂いだろうか。
私は道のど真ん中でうんこを前に熟考してしまう。
道行く人々は私とうんこを大きく避け、中にはわざわざ向かいの歩道に移動する人もいる。
このうんこが何をしたというのだろう。
否、においがひどい以外に何が悪いのだ。
そんなに避けて通ったら車道にはみ出るぞ。
あ、ほらクラクションならされてる。ざまあ。
うんこ様に敬意を払っていないからだ。
ああ、尊きうんこ。
この世にうんこによる幸あれ。
私は歩道のど真ん中でひざと手をつき勢いよく頭をアスファルトに打ち付けた。
それから先はよく覚えていない。
うんこに土下座をする体勢で頭から血を流しながら、
道行く人々の悲鳴をBGMに深く暗い海の底に沈んでいった。
気が付くとベッドに寝かされていた。
あれから間もなく救急車が来てくれたらしい。
なぜだろう体が震える。
頭を抱えて考えるが、まるで思い出せない。
覚えているのは鼻腔に残る強烈なにおい。
嗅いだことがあるはずなのに、なぜか思い出せない。
もやもやとした心を抱えながら病院食を食べていると、
ふととんでもない腹痛が俺を襲った。
冷や汗が顔と背中にブワッと吹き出る。
病院食を食べるのを中断すると、腕に刺さった点滴や、ちんこに刺さった管まで無理やり引き抜き、素早い動きでベッドから出た。
その瞬間体を支えられずに転んだ。
長い間寝ていたため体が意思についていかなかったのだ。
膝が痛い。
転んだ拍子に打ち付けたようだ。
それでも気合で立ち上がる。自分の名誉を守るために。
その様は不屈の戦士のようであった。
自分のいた病室の引き戸を開けると、幸いトイレが目の前にあった。
迷わず入り、即座に洋便器のある個室に入った。
鍵を閉め、病衣をはだけさせ、便器に尻を落ち着かせるまでわずか数秒。
流れるような一連の動作。
全日本トイレ早座り大会なんかあったら優勝していただろう。
そして俺は至福の時を迎える。
大腸から排出されるブツの存在を感じながらその瞬間をかみしめていた。
そしてそれと同時に鼻腔に運ばれる匂い。
うんこ。
そう。うんこの匂いだ。
その瞬間俺の頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が襲った。
頭がズキズキと痛み、視界には星が散っている。
そんな中脳裏に思い起こされるは道端のアレ。
その瞬間先ほどまでのモヤモヤとしていた心が吹き飛び、
同時に恐怖が全身を駆け巡った。
先ほどの腹痛の時とは違った汗が全身にびっしりと吹き出る。
私は恐る恐るお尻をふき、立ち上がった。
便器の中を見ると、目が合った。
否、そう感じたというべきか。
その茶色い物体はけつをふいたティッシュで隠されながらも、
前に見た時とおんなじ姿かたちをしていた。
私はすぐさまトイレのレバーを引くと、脱兎のごとくトイレから逃げ出した。
トイレからロケットのごとく飛び出してきた俺を、
周りの看護師や見舞に来た人、患者たちは怪訝な目で見た。
俺はそんな目も気にせず目の前の自分の病室の引き戸を開けた。
ドアを勢いよく閉めるとその場にへたり込んだ。
乱れた呼吸を整え、先ほどのことを思い出した。
ヤツだ。
全て思い出した。
なぜ今まで思い出せなかったのか。
これからどうすればいい。
永遠にうんこができないではないか。
私は絶望した。
果たしてそのうんこの正体が何だったのか知る人は誰もいない。
終わり