怪物と戦闘狂
木々の間を縫うようにハクアとスワロウの剣戟が森の中で繰り広げられる。
「あはははははははははは!やっぱり戦闘はこうでなくちゃ!」
スワロウは身の丈程の剣を振るっているが重さを感じさせない程に速い。それでいて非常に重い。
ハクアが身を反らして躱け、スワロウの剣が木に直撃する。重くくぐもった音と共に繊維が千切れ木が倒れる。
その隙にハクアは鋭く突くが剣を力業で横にして 腹で受ける。
(流石にこの程度では通じないか)
冷淡にハクアは思考を切り替えスワロウの腹を蹴り飛ばし距離を開ける。
開いた距離を一足で駆け抜け流れるように刀を振るう。スワロウは滝のような連撃を剣で受け止め、大きく振り払いハクアを弾く。
地面を抉りながら滑るハクアにスワロウが接近する。
竹を割るように振り下ろされる剣をハクアは刀の切っ先で力の流れを逸らし地面を叩かせる。
返しでハクアは刀を逆袈裟で振り抜きスワロウの胸を切り裂く。
「くっ……!」
痛みの中に快感があるのか強気の笑みを浮かべるスワロウの反撃をハクアは身体を逸らして躱す。
(この程度では動きに支障は出ないか)
支障が出ているのであればスワロウは既に生きていない。
続く突きを刀で受け流し、力を利用して身体を一回転させて回り込み、背中を斬る。
「はああっ!!」
スワロウの振り向き様の一閃をハクアは地面を跳躍して躱し、太めの木の枝に乗る。
そして木の枝を力強く蹴り跳ぶと同時に刀を両手に持ち力を込め、一気に魔力を迸らせて魔法を発動させる。
「『建御雷』」
「ッ!!」
スワロウは息を呑むと同時に全力で魔力の障壁を張る。
張った瞬間、大振りの振り下ろしが障壁を直撃。一撃で破壊される。咄嗟にスワロウは剣で受け止めるが衝撃で大きく吹き飛ばされる。
刀の切っ先が地面に触れた瞬間、衝撃波が撒き散らされ辺りの木々はへし折れ地面は捲り上がりクレーター状の陥没が生まれる。
その中心でハクアは刀を鞘に収め左足を半歩後ろに下げる。
(この程度で気を失うような奴ではない。すぐに攻撃が来る)
「『クーロン』!!」
「『韋駄天』」
弾丸のごとき速度で肉薄するスワロウに向けてハクアもまた地面を蹴り疾走し交錯する。
その刹那、ハクアの身体に大きな傷が作られスワロウの身体に十もの刀傷ができる。
「流石、無茶苦茶な剣には定評があるわね!!」
「生憎と、お前ほど筋肉バカではない」
斬り結び、鍔迫り合いながらスワロウとハクアは軽口を叩く。
互いに実力を確認しあい、身体の調整が済み、軽口を挟み相手の隙を狙うためだ。
「俺は無駄な筋肉が嫌いだからな」
(『クーロン』を使ったスワロウを相手にするのはなかなか厄介だ。確かとある剣術流派の禁忌の技だしな)
挑発交じりの軽口を言いながらハクアは冷静に相手を分析する。
(『クーロン』の正体は意識的に魔力を暴走させそのエネルギーを全て『強化』につぎ込むというもの。本来使えない魔力を使うからここまでの力が使える)
本来、魔力というのは呼吸のように常に無意識に制御されており、滅多な場合でなければ暴走しない。暴走すれば、有り余る力が身体を壊し、最悪死に至るからだ。だが、その際に魔法を使えばその効果は通常時よりも数千倍以上にまで跳ね上がる。とある国はこれを常に引き出せる生物兵器を作り出した程にその特性は絶大だ。それこそ、ただの一兵卒が敵の拠点を叩ける程の力を得るのだから。
とある国がこれに目を付けたのは数百年前、魔力の暴走の特性を知ったとある剣士が自己研鑽の結果、魔力の暴走を制御し有り余る程の力を使い、たった一人で城を一つ落とした事に端を発する。
剣士の周りには剣士の技を学びたく多くの戦士が集った。剣士は多くの弟子たちの事が嬉しく、弟子たち全員に己の技を教えた。
その結果、弟子たちは全員死亡した。魔力の暴走に耐えれなかったためだ。
門下生たちを全員死に追いやってしまった剣士は己の罪を書に記し、罪悪感から自らの腹に刀を突き刺した。
しかし、門下生の中でただ一人、たまたま買い物に出かけていた男が生き残る事となった。
男は道場の惨劇を目の当たりにし、剣士が生み出した普通に使えそうな技を選び、それ以外を封印した。
その封印された技こそ――『クーロン』。城落としの剣士が生み出した禁断にして最悪の技である。
(『クーロン』は俺とは完全に反対の【強化】の終着点。その力は凄まじいものだ)
『強化』はある起点を一としてそこに二倍、三倍……と魔力で能力を向上させていく魔法。かける物によって倍加にも上限があり、それを越えるとかける物が魔力に耐えきれず自壊する。
『クーロン』はそれを丸っきり無視し起点の一を千にも万にも跳ねあげる。通常の人間はその膨大な力に耐えきれない。
「はああっ!」
スワロウの剣の腹がハクアの腹に当たる。見た目以上に重い一撃が腹に響くと同時にハクアは大きく凪払われる。
空中で体勢を整え受け身をとるハクアに向けてスワロウの剣が飛来する。
「おっと」
ハクアは地面を手で押して横に転がり剣を避け、勢いを利用して起き上がる。それと同時に刀で肉薄したスワロウの剣を防ぐ。
「ぐっ……!」
力業で大きく弾かれ、スラッシュを書くように振るわれる剣をハクアはムーンサルトをして避ける。
着地と同時にハクアは地面を蹴り一足でスワロウに接近する。
「がっ!?」
その瞬間、ハクアの尾てい骨にスワロウの鋭い蹴りが叩き込まれる。
痛みを噛み締めて耐えたハクアにスワロウの猛攻が始まる。一つの行動が別の行動に繋がる連撃がハクアに襲いかかる。
(そろそろかな)
反撃の隙が一切ないなか、ハクアは内心ほくそ笑む。
「ごふっ……!」
辺りの地面を削りながら剣を振るっていたスワロウの動きが止まる。その瞬間、口から血を吐き目から血を流す。
ハクアはそれを「当然の結果だ」と呟き、冷徹な目をしながら刀を鞘に収め抜刀の構えをとる。
「『クーロン』は反動で身体を内部から自壊させる。それこそ、身体の中で九つの龍が暴れまわるように。だからこそ、その技は封印された」
九龍は使用者を使用者の力で殺す。ハクアはその危険性を理解していたからこそ、その方向性で魔法を鍛えなかった。
その危険性を理解していれば、『クーロン』に対する対応は単純だ。ただ、耐えれば良い。攻撃を耐えきれば相手は勝手に自滅する。
(元より、『呪詛』を得意とするスワロウが『強化』を使う時点でその効果も下がる。それを無理矢理カバーしている訳だからより早く自滅する)
せいぜい持って三十秒だろう、とハクアは呟き剣を杖のように地面に刺して立っていたスワロウに瞬きする間も無く肉薄する。
引き抜かれた刀の腹で首元に叩き込み気絶させると、スワロウの身体は大の字で地面に倒れる。
刀を鞘に収めたハクアは地面に倒れるスワロウを見てため息をつく。
(問題ないだろうが、万が一に備えておくか。……やれやれ、ここまで手を焼かないといけないとはな)
「【癒しの花、傷を癒せ】」
右手の人差し指と中指を合わせて立て、呪文を呟いた瞬間、スワロウの周りに小さな花弁の白い花が幾つも咲く。
花弁が赤く染まっていくと同時に傷が塞がっていく。それを確認し終えたハクアはスワロウに背を向け歩き始める。
(さて、こっちとしては後残り何人か気になるところだが……流石に知らなくても良いか)
体感時間一時間にも及ぶ激戦をしたハクアの身体は既に疲れきっている。
(となれば、さっさとこの試験を終わらせる手法を考えないといけない……)
「た、たしゅけて下さい!」
「がっ!?」
森の中に戻り適当に歩きながら考えるハクアの背中から突然のタックルを食らう。
あまりにも突然の出来事にハクアと誰かはそのまま前のめりに倒れ、頭から地面に倒れる。
「いってぇ……一体だれだよ」
「ひうぅ……」
ハクアは頭を擦りながら起き上がり、後ろの方を向く。
後ろでは女の子座りをした兎の獣人が泣きべそをかいていた。
(……これをどうしろと?)
女性らしい肉付きの身体、さらさらとした黒髪に怪しく艶かしい紅い瞳、整った顔立ちをしているが泣きべそをかいているせいで、その全てを台無しにしている。
つまるところ、残念な美少女だ。
「名前は?」
「う、ウリュウ。ウリュウ・ミズキといいます」
「俺はハクアだ。それで、何のようだ」
「――セッカちゃんを助けて!」
「おわっ!?」
ウリュウは肩を掴み揺らしながら涙声で話す。
「セッカちゃんに逃がされたけど、途中でセッカちゃんが心配で戻ったの。そしたらセッカちゃんが木にくくりつけられて痛め付けられてたの。それで……それで……」
「いや、もう言わなくていい」
ハクアの胸の中で泣くウリュウの頭を撫でる。優しい手つきにウリュウは涙を流すのを止め、ハクアを見上げる。
「お前はセッカを助けるために走り回り、助けを頼み続けた。だが、その結果がその状態か」
「うん……」
ウリュウの身体はハクア以上の満身創痍だ。制服の多くが剣で傷つけられように切られ、柔らかそうな肌には血が流れる傷が刻まれている。頬や手は擦り傷がつき、指には土が挟まってる。
(何度も転び、他者から拒否されても必死に助けを求めて彷徨ったのだろう)
ハクアは優しい人間を知っている。誰かのために自分の命を差し出せる人間を知っている。
この友を思う少女にハクアはそれを見いだした。
(なら、やることは一つだな)
「任せろ、俺が助けてやる」
「はい……!」
安堵の表情を浮かべたウリュウはそのままハクアの身体に凭れかかる。
どうやら、気絶したようだ。
ハクアはウリュウの傷を魔法で癒し木に凭れかけ、鞘を力強く握り、駆け出す。
(必ず、助けてやる。……セッカやウリュウのような善人が地獄を見る羽目になるなんて許さない)