森での戦い
「……で?これで全てか?」
「は、はいぃ……そうれふ……」
縛り上げられ顔が元の形状が分からないほどに腫れ上がった上級生を木にくくりつける。
固定が完了すると上級生が語った事を頭の中で順序だてする。
(第一、これは事件ではなく仕組まれたものである)
学院の制服についたバッジは装着者をランダムに転送する魔法が施されており、これによってハクアは転送された。
(第二、これは事件ではなくクラス決めのための試験である)
上級生を学院内に配備し戦闘を発生させる。そこで発生する様々な判断を総合的に統合し学院のクラスを決める。
(第三、一部教師も生徒に混ざって戦闘をする)
アンラッキー要素として戦闘技術を教える教師陣は自分の目で新入生を振るいにかけるため、生徒に紛れて戦闘に参加する。
(合理的と言えば合理的と言えるが……まあ、別に構わないか。そっちの方が俺向きだ)
森の中をハクアは音一つ立てずに歩く。その間も気配の索敵に力を注ぐ。
(……どうやら、向こうでも戦闘が起こっているようだな)
森の中で放たれる戦意を感じとりながらハクアは刀を引き抜き様に振るう。
金属音がすると同時に長い針が腐葉土の地面に落ちる。
ハクアは刀を鞘に収め抜刀の構えとると、木の影から執事服を着た初老の男が姿を表す。
「どうやら、お出ましのようだな」
「ほっほっ、まさか私の針がこうも弾かれるとは」
ハクアは話を無視し地面を蹴って男が隠れる木に向けて刀を引き抜いて切り裂く。
幹の半分以上を切り裂かれた木を蹴り飛ばし、男に向けて倒す。
「なんと……!?」
咄嗟に男は木の影から飛び退く。
空中で身動きが限定される男に向けハクアの刃が振るわれる。
男は袖からナイフを取り出しギリギリのところで刀を防ぐ。
(流石に防がれるか。……なら)
ハクアは魔法で身体の筋力を『強化』し、力業で男は薙ぎ払う。
男は木に叩きつけられ、簡単に気絶する。
(……まあ、戦闘に長けた連中と言ってもこの程度か)
刀を鞘に収めたハクアは男の身体を仰向けにして腰に倒した木を置く。
骨が折れる音がしたがハクアは気にせずに立ち去る。
(見た目や得物から考えて護身術や礼儀作法の教師と見て良いか。……この程度で俺を倒せると思っていたのだろうか)
イラつく。
ハクアはかなり怒っていた。
戦場を駆け抜け、暗殺者としても生きていたハクアにとってこの程度の敵を始末する事は容易かった。
あの戦いもハクアは最初から気づいていた。相手に先手を譲らせ、尚且つ身体強化以外に魔法を使わなかった。それでも負けたのならそれは相手の実力が圧倒的に下ということになる。
(そして、それを分かっていた上でやっているのだからたちが悪い)
見知った気配を感じる方向に身体を向け、好戦的な笑みを向ける。
すると、木の影から学院長――スワロウが現れる。しかし、講堂で見たときのような冷徹な目ではなくどこか好戦的で威圧的雰囲気を出していた。
「久々に見たな、その格好」
「ええ、私も貴方のためにこれを取り出したのだから」
数年振りの会話をしながら、空気がピリつく。
ハクアは刀に右手をかけ一瞬で敵に肉薄する。
「『韋駄天』」
音が木霊となる中絶技の名が告げられる。
「くうっ!?」
その刹那、スワロウの身体に十の刀傷が刻まれる。
スワロウは反転しながら身の丈ほどの大きさの剣を振るう。ハクアは剣の腹で両手持ちをした直剣を受け流す。
返す刀を振るうがスワロウが身体を逸らしてギリギリのところで避ける。
崩れた体勢の中、スワロウは剣を横に振るう。ハクアは刀を逆手に持ち防ぎ、少し距離を開ける。
緊迫する戦闘の中、スワロウは愉快そうに笑い声をあげる。
「ハハハ……やっぱり、戦いはこうでなくちゃ。命を食らう事でしかこの空気は味わえない……!」
「やれやれ……また悪癖が出てるな」
心の底から楽しそうに笑うにハクアは呆れ果てた呟きを洩らす。
ハクアがスワロウを戦闘狂と表現したのはこれが原因である。
「さあ、久しぶりの闘いよ。存分に楽しみましょ!!」
「やれやれ……まあ、久しぶりに本気でやってやるよ」
◇
「はあ……はあ……!!」
「息を隠して、ウリュウさん」
セッカは兎の獣人の少女の口を手で塞ぎながら岩場の影に隠れる。
教師と上級生たちと新入生が始まって三十分が経過した。殆んどの新入生は格上の上級生たちや教師たちに敗北した。
(残っているのは私たち獣人たちと『赤蠍』さん、ハクアさん、そして数名だけ……)
セッカは教師たちの連絡を耳に挟みながら自衛用の爪を見る。
鋭く尖った鉤爪を装備し気配が無くなったところで一気に駆け出す。
(ハクアさんは学院長と戦闘中で合流は難しい。となれば、他の獣人たちと合流した方が良いですね)
ウリュウとセッカは森の中で風となり疾走する。
背後から風の矢が放たれるのを肌で感じとりセッカは身を翻して避ける。
足を止め振り返ると矢が頬を掠める。
「走りなさい!」
「う、うん!セッカちゃんも速く逃げてね!」
ウリュウがセッカを置いて走り去って行くのを確認すると爪を構える。
木々の間から学院の上級生たちが十人程出てくる。
その顔は、どこか好戦的で嗜虐的な顔をしており、セッカはより強く戦意を高める。
「シッ!!」
短い呼気と共にセッカは地面を蹴り駆け出す。
獣人の身体能力で一気にトップスピードとなり上級生を間合いに入れ蹴りを放つ。
上級生は剣でセッカの蹴りを防ぐ。セッカは剣を蹴り、木の幹に足の裏を合わせ再び跳躍し踵落としを上級生に叩きつける。
倒れかける上級生を踏み台にして跳躍し攻撃を避けながら幹を蹴り近くの上級生に爪を振るうが回避される。
地面に倒れながら手をつき体勢を立て直し再び跳躍する。
「ちょこまかと……!」
セッカは三次元の立体的な動きで次々に振るわれる剣を回避していく。
「ちっ……!やれ!」
痺れを切らした上級生の一人が後方に何かを命じる。
その瞬間、凄まじい閃光と熱がセッカを覆う。
咄嗟にセッカは腕を楯にするが服は焼け肌が焦げる。
生じた隙に上級生の凶刃が差し込まれる。セッカの脇腹をナイフが肉を切り裂く。
「くっ……!」
焼けた痛みと熱を帯びた傷に僅かに顔を歪めたところで、セッカは大きな槌に直撃してしまう。
セッカの華奢な身体に悲鳴が上がる。
木に叩きつけられ、少女の口から血が漏れる。
「カハッ……!」
木に凭れながらズルズルと落ちるセッカを上級生の一人が髪を掴んで持ち上げる。
「縛り付けろ」
加虐的な笑みを意識が朦朧とするセッカに向けた上級生に手足を縛られ木にくくり付けられる。
「オラアッ!!」
最初は、一人の上級生がセッカの腹を殴る。
確かな痛みでセッカの顔が歪むがすぐに他の上級生が顔を殴打する。そこからは楽しそうにセッカの身体が殴られていく。
「少し物足りないな」
痛みで意識が朦朧とするセッカの腕を毒を塗りたくったナイフで薄く切る。
「アアッ!!」
毒で腫れ上がる傷口に再び傷が付けられセッカの意識は無理矢理覚醒させられる。
それを見た上級生たちが次々に少女の身体を毒を塗ったナイフで傷つけていく。
出血多量で死なないように時折火で炙られ、それでもセッカは悲鳴をあげる。
身体を弄ばれながらセッカは上級生の身体の隙間から教師の姿を見る。
しかし、教師は目を背けどこかに立ち去ってしまう。
「あっ……」
「誰も助けねぇよ、てめぇみたいな亜人をよぉ!!」
期待が裏切られた少女の顔を上級生の拳が直撃する。
(……誰も、助けない?)
朦朧とする意識の中、セッカの中で形容し難く、それでいて自分でも想像絶する怒りが沸き上がる。
それは、すぐに行動に反映される。
「取り消せ……」
「あん?何を取り消せだ?」
「取り消せ!!」
セッカの怒りが溢れかえる。
純粋な力業で少女の手足をくくりつけていた縄が千切れ辺りにいた上級生たちに拳が振るわれる。
薙ぎ払われる上級生たちを尻目にセッカは立ち上がり吠える。
(私たち獣人が嫌悪されている事は知っています。それでも、それでも――!)
少女の脳裏には自分を助けた白髪の少年が思い浮かぶ。
(あの人は私を助けてくれた。それを、それを――!!)
「否定するな!!」
振るわれる剣を爪で受け流し上級生の胸を引き裂く。
背中に衝撃が当たり痛みが広がるがセッカは無視し目の前にいる上級生に爪を振るう。
「あの人を否定させて……たまるか!!ここで貴方たちは倒させて貰います!!」