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学院召集

「んぎぎぎぎぎ……」


ハクアは大きく伸びをしながら巨大な門をくぐる。


仕事をこなしながら十数日、ハクアはアナスタシア魔法学院の中に入る事となった。


(それにしても、この服……違和感が凄いな)


制服を着たハクアは改めて違和感を感じる。


制服は黒を基調としており、貴族のような無駄に豪華な装飾はされておらず胸には双頭の鷲がついたバッジがされている。


着物や浴衣以外滅多に着ないハクアにとって制服は新鮮であると同時に強い違和感を感じてしまう。


(だが……ここまで見事な建物だとはな)


魔法学院の本校舎はシンメトリーでそれに続く道には様々な花が咲き誇っている。春のためか風が吹くと花吹雪が舞い散る。


本校舎に向かう者たちもまた、百人百色。不安そうな顔をする者、自信がある者、様々な顔がある。


(それにしても……それなりの数の獣人がいるな)


通りすぎる人たちの中には一人二人と獣人の姿が見える。


(セッカだけならまだしも、こうもいると少し作為的なものを感じる。貴族の鬱憤をぶつけるための要員とか、そんな感じか?)


ある意味、間違っていない筈だ、ハクアは心の底からそう思っている。


事実、かの大戦時に東の国の兵士や傭兵は獣人たちに自分の醜い欲をぶつけていた。それは製造理由の一つとも言えた。それをするために多くの獣人が女性で、生まれる子供も女性になりやすいように造られた。


まだ幼かったハクアはそれによって涙を流す獣人たちの世話をする事が多かった。


それが理由か分からないが、ハクアが獣人たちを普通の人間だと思っているのも獣人たちと心から親しくする機会が他よりも多かった為とも言える。


ハクアの脳裏にセッカの笑顔が過る。それと同時に形容し難い感情に襲われる。


ハクアは自身の内から沸き上がる感情を抑え込みながら指定された建物の中に入る。


(講堂か。それにしても、見事なものだ)


講堂の中は劇場のように三階に別れておりメインのホールには天井や壁には神を称える絵や彫刻が作られていた。


ハクアは一階の適当な席に座ると腰の刀を取り立て掛ける。


「やあ、十数日ぶりだね」

「……確か、エミールだったか」


右隣の席に座る優男の挨拶にハクアは無愛想に反応する。


「他の連中のところには行かないのか?流れ者の俺と一緒に居ても面白い事なんてないぞ」

「私は君と友になりたいだけだからね」

「……友、か」


優男の言葉にハクアはかつての盟友たちを思い出す。


それを見たエミールは爽やかな笑みを陰らせ不思議そうな顔をする。


「どうかしたのかい?」

「……いや、昔の友を思い出しただけだ」

「昔の友?どんな人なんだい?」

「……様々な奴らがいたよ。だけど、みんな気が良くて面白い連中だった」


そう言いながらハクアは己の得物を手に持つ。


「かけがないのない人たちだったんだね」

「……もう、何人生きてるか分からないがな。あいつらが出会った場所は生きるか死ぬかの地獄だったからな」

「生きるか死ぬかの……?まさか、君は『極東大戦』に……!?」

「……それ以上は言わなくて良い」

「ッ!?」


鍔を指で押して刀の刃を見せて脅すとエミールは下がる。


だが、それは肯定とも取れる反応であった。


少しの静寂の後、エミールが質問を投げ掛ける。


「……どんな戦場だったんだ?」

「殺さなければ生きる事は出来ず、友の死体を弔う事すら出来ない、正しく地獄というべき場所だな」

「…………」

「面倒見の良い姉貴分は目の前で槍に心臓を穿たれた、酒好きで女好きだが礼節は弁えていた男は目の前で爆殺した、よく世話をしていたガキどもは敵の拠点もろとも自爆した」

「……そんな、事が……」

「この手で何人もの人間を殺し、何人もの友を看取ってきた」


多くの友が散っていった。

その中で生き残ってしまった者の一人、それこそがハクアだ。


「お前はなぜ剣をとった」

「……私は剣を振るのが好きだったからだ」


まあ、そうだろうなとハクアは静かに呟き、自分の事を話す。


「俺の場合は生きるため。地獄の中で生きるためには相手を殺すしかなかった。だから剣を手に取った」

まあ、それが性に合ってしまったが、と付け加えるとエミールは少し悲しそうな顔をして呟く。

「君は……本当は剣を手に取りたくなかったのかい?」

「……さあな。運命というものがあるのなら、俺が刀を手に取ったのまた運命だったろうよ」


それを最後に、エミールとハクアは会話をする事はなかった。


(あの地獄を生き抜いた連中は今頃どうしているのだろうか。……いや、一年くらい前に二人と会ってるか)


再開したのは偶然だった。


ハクアが仕事の途中で訪れた居酒屋の店主がかつて共に剣を振るった剣士と支援してくれていた魔法師だった。


その時、二人は結婚して子供を産んでいた。名前はハクアの見た目からとってシロというガキだった。


多くの友が死んでいったが、残った友から新しい命が生まれる。ハクアはその時に世界の真理の一端に触れたような感じがした。


(……皮肉だよな、あれほど友の生と死を見続け、涙を流した俺が刀を振るう事でしか生きる事が出来なくなってしまうとは)


刀を鞘に戻す。その瞬間、殺気を感じとり目線だけ舞台の方を見る。


すると、既に十数人の男女が立っていた。


(……どうやら、この学院の教師は殆んどがただ者ではないようだな)


立ち並ぶ全員の纏う気配の薄さを感じながら他の推薦者の気配を感じる。


(気がついているのは獣人の連中に隣のエミール、『赤蠍』、それと貴族連中数人か。……流石にこれを見抜くのは難し過ぎると思うのだが)


呆れ半分面白半分でハクアは教師陣を見ているとその中の一人の女と目が合う。その女はハクアと目が合うと少しニヤケながら手を振ってくる。


ハクアも笑みを浮かべ、それに答えるように手を左右に動かす。


「(知り合いか?)」

「(まあな。……だが、あの戦闘狂が学院の教師をやっているとは予想外だが)」

「(戦闘狂……一度手合わせ願いたい)」


小声でエミールと話しているとその女が前に出る。そこには先程よりも濃密な殺気を放っていた。


「耳を防げ!」

「ッ!?あ、ああ!!」


強烈な殺気を感じ取ったハクアは耳を塞いで踞る。


ハクアの行動に危機感を示したエミールも耳を塞ぎ踞る。


「【静まりなさい】」


脳に響く音が聞こえた瞬間、辺りの声が一斉に静まる。


(いきなり【魔言】を使うか、普通!?それ、お前の武器の中でもエグい武器の一つだろうが!!)


【魔言】は言葉に魔力を与える事でその言葉通りの事象を引き起こす魔法である。


その特性から一度使えば警戒されるが、一度使って殺してしまえば良いとされ、魔法の中でも一、二を争う程の血を吸ってきて魔法でもある。


「……避けたのは数人のようですね」


穏やかで柔和な笑顔と裏腹に、女の声は冷徹そのものだった。


(彼女の魔法を避けたのが数人いるのかよ……まあ、この程度じゃ彼女の【魔言】を十全には防げないか)


「【呪い調よ、祓いえたまへ】」


ハクアが耳から手を外し呪文を呟く。

その瞬間、辺りに魔力で紋様が描かれ講堂内の重苦しい空気が霧散する。


(【魔言】やらのデメリット系の魔法の対抗魔法を覚えておいて正解だった……。てか、これも『治癒』の分類になるよな)


【魔言】は魔法の分類だと『呪詛』の分類であり、その対抗魔法は『治癒』の分類に入る。この二つは致命的に相性が悪く、互いに互いの効果を打ち消し合う『対抗魔法』と呼ばれる魔法を保有している。


(これのせいで『強化』と違って『治癒』はまだ使い物になる認定されている。……『強化』の不遇さ)


自分の魔法を内心自嘲していると鋭い殺気を向けられる事にハクアは気がつく。


そちらに顔を向けると、壇上に立つ女が鋭い視線で睨み付けていた。


(あ、解除してはいけない流れだったぽい。……まあ、それなら【魔言】を使うなって話だけどな)


そんなことを考えていると女は筒に向けて話し始める。


「皆さん、初めまして。私はアナスタシア魔法学院の院長を務めます、スワロウ・ルートスフィアと申します。皆さんの事は前より知っておりました。

ですが……多くが遥かに弱いです。

一部の例外を除き、貴方たちは私の気配を気づくことすら出来なかった。そして、その者たちの大半も私の【魔言】に対抗出来ずに静まる事しか出来なかった。

これが実力です。貴方たちと私には絶対的な差がある」


女の演説に場の空気が怒りに包み込まれていくのをハクアは感じる。


感じながらハクアは興味深そうに女の演説に耳を傾ける。


「実力は即ち経験。経験とは即ち知識。

この学院はそれを育む場であり、全ての者に平等に機会が与えられる。

騎士になる?良いでしょう。

文官になる?良いでしょう。

この学院は貴方たちの才能を、力を育みましょう」


女の演説が終え下がる頃には辺りの空気は一変し、好感を感じさせる空気に変わっていた。


ハクアはその中で一人冷静に女を目で追っていた。


(……上面だけだな。まあ、あの戦闘狂が戦場に生徒を叩き落とす訳ではないのは幸いか)


ハクアのようなタイプは稀有だ。多くの者がそれを実行しようとしても生き残る事に精一杯となる。


ハクアは戦場に無理矢理落として生き残れた者に地獄のような訓練を施すと思っていたため宛が外れたと肩を透かした。


「どうかしたのかい?」


内心安心したハクアは席を立ち講堂を出ようとする。


「……いや、なんでもな」


その瞬間、辺りの景色が白い光に包まれる。


光から抜けると、ハクアは森の中にいた。


「……は?」


呆けたハクアはすぐに顔を叩いて気を戻し、辺りの景色を確認する。


(……他の連中の気配がしない。だが、喧騒は微かに聴こえてくる。学院から離れていないと考えていいか)


状況を整理したハクアは静かに森の中を歩く。


すると、気配を感じとり木の影に隠れる。


(学院の連中のようだが……上級生か)


森の中を彷徨く制服姿の男女がこちらに歩いてくる。


(……仕方ない、ここは彼らに情報源となって貰おう)


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