暗殺と逆襲
深夜、街灯の灯り以外を暗闇に包まれた中、草履の音が駆け抜ける。
ハクアは今、この街に来て最初の暗殺の依頼を受けていた。
(……不愉快な依頼だ)
舌打ちをしながらハクアは街を駆け抜け街の一画、運河に面した倉庫街に入る。
煉瓦造りの倉庫の一つの扉の前に立ち刀を引き抜き鎖を扉を切り裂く。
既に廃棄された倉庫の中には酒盛りをしている男たちがいた。
「おい、何もん」
近くにいた男が睨み付けながら近寄ってくる。
男が言葉を言い切るよりも速く、ハクアは刀を振るう。
「だ……?」
胸と同時に心臓まで袈裟斬りにされた男が地面に倒れる。
血溜まりが広がる中、ハクアは刀を両手に持ち、刀を構える。
「『草薙』」
技名を呟き地面を蹴り刀を振るう。
たったそれだけで男たちは抵抗できないまま血だらけとなり倒れる。
『草薙』――ハクアの剣術の基礎的な技である。
肉体にある安全装置――リミッターを破壊し常人の反射速度を越えた動きを可能とさせる。
数々の英雄が生まれ、死んでいったかの大戦の中で生き残るために生み出した修羅の技である。
「ッ……!」
全員の息が無くなった事を確認し『草薙』を解除して動こうとした時、脚に鋭い激痛が走る。
ハクアは冷静に褄下を広げる。見える脚からは赤い液体が地面に垂れていた。
「……まあ、このくらいなら再生も早いか」
血が噴き出す脚はみるみるうちに癒えていく。痛みが完全に引いたところで歩き始める。
奥の方に置かれた木箱に手を当て刀を斜めに振るう。
破壊された木箱の中には大量の袋が敷き詰められている。ハクアはその一つを開けて中身を確認する。
袋の中には大量の白い粉が入っていた。
それを見た瞬間、ハクアは目を細める。
「……『ビストロ』か」
触ったり匂いを嗅いだりとしたハクアの冷静な分析の中にどす黒い怒りが込められていた。
『ビストロ』はかの大戦時に造られた興奮剤の一種で現在ではその異常なまでの興奮作用や凶暴化、依存性を危険視され製薬禁止とされた。
ハクア自身は実際に使った事はないがかつての戦友が使用し壊れた事を知っているためこの麻薬を極めて嫌悪している。
立ち上がったハクアは鋭い目付きで呟く。
「……依頼者、殺すか」
その言葉は憤怒以外の感情はない。ハクアは理性がありながら怒り狂っていた。
(今回の依頼者はガルダ商店の取締役。内容は裏で行っている犯罪の証拠を全て抹消しろ、というものだった)
そういった内容自体は暗殺の中でも比較的多い方だ。後ろめたい事をやってる商会がよく暗殺者に依頼している。
だがそれでも、とハクアは呟き刀を振るう。
地面に斬撃が走り建物や木箱といった物全てが切り刻まれる。
倉庫が倒壊する中ハクアは切るのを止め落ちる瓦礫を蹴って外に出る。
ハクアは別の倉庫の屋根に飛び乗り、崩れた倉庫を冷徹に見下す。
商店の建物――昼間、セッカと共に買い物をした建物のある方向に身体を向ける。
その瞬間、矢が飛来しセッカの頬を掠める。
(……用済みになった俺を殺しにきたか)
妥当な判断だ、とハクアは呟き刀を抜く。
頬から垂れる血を拭い二本目を刀で打ち落とす。
次々に放たれる矢を気配と音を頼りに屋根の上を走りながら全て打ち落としていく。
(人数は五人、動きと狙いからしてそれなりのベテランのようだな)
音と気配で敵を把握しながら飛来する矢を弾いてく。
(おおよそ、ガルダ商店お抱えの暗殺者と言ったところか。遠距離攻撃の手段がないからもどかしい)
建物を移動しながら矢を打ち落としていく。
背後に気配が感じたと同時に親指を支点に反転し同じ屋根に乗った暗殺者に肉薄する。
「遅いな」
屋根を蹴り離脱しようとする暗殺者にハクアの凶刃が振るわれる。
血飛沫と共に暗殺者の身体が屋根から落ちる。
それと同時にハクアに向け四方から矢が放たれる。
(味方が死ぬのは折り込み済みの戦い方……傭兵らしい、手慣れた手法だな)
完全な同時射ちにハクアは少し称賛する笑みを浮かべる。
(だが……遅いな)
間合いに入ると同時に刀を振るい矢を全て落とす。
『草薙』の剣技は僅かな時間を引き伸ばす。そのため、ほぼ同時の攻撃にすら対応可能とする。
(動揺が洩れてるぞ)
強化された脚で屋根を蹴り暗殺者の一人に近づき横に刀を振るう。
暗殺者の首が宙を舞うのと同時に屋根を蹴り別の暗殺者を両断する。
「ば、バカな……!」
「連携は見事だった。が……相性が悪すぎた」
恐怖しながらボウガンを向ける暗殺者に近づき腹を割く。
致命傷を負った暗殺者を屋根から蹴落とし鞘に刀を収めるとハクアは屋根を蹴り建物の間を跳躍しながら疾走する。
(暗殺者の気配がない……恐らく、商会の建物で閉じ籠っているのだろう)
商会の見取り図は一階から四階までは一般でも入れるが五階は取締役のプライベートルームとなっている。
(閉じ籠るには最適か)
商店の建物の近づき脚を強化し力強く屋根を蹴る。
視界が変わり大空を舞う。一瞬の浮遊感の後ハクアは商会の屋根に着地する。
その瞬間、両方の脚から鈍い痛みが響く。
(……脚に皹が入ったな)
状況を確認したハクアは膝を突きそっと手を脚に翳す。それだけで痛みは引く。
脚の状態が元に戻ったのを確認し刀を抜刀様に吹き抜けのガラスを切り裂く。
ガラスが割れる音と共に刀を収めハクアは侵入する。
中央の噴水の彫刻を破壊して着地する。
その瞬間、四方八方から矢の雨が降る。
(……やはりか)
すぐさま抜刀し噴水に三閃、切りつける。
衝撃で水が撒き散らされその中でハクアが矢が放たれた場所に向けて突進する。
強化した刀の突きで対応し切れなかった暗殺者の心臓を穿ちすぐ様引き抜き柱の影に身を移す。
そのコンマ数秒後、ハクアがいた場所に矢が通る。
柱を基軸に回り込み暗殺者の首をはねる。その流れで返す刀で別の暗殺者を袈裟斬りにする。
(数は二十前後か。それなりに多いが先程よりも質は落ちてるか。おおよそ、予備だからそこまで育成させきれてなかったと言ったところか)
飛来する矢を弾きながら近くの暗殺者の喉元に刀を刺しそのまま腹を割く。
背後から気配がしたと同時に刀を引き抜きながら反転しつつ振るう。
金属音が鳴り響き、ハクアの前にナイフを持った黒装束の男たちに視線を向ける。
(黒装束は三人……気配は薄いが実力はそう大したものではない)
こめかみに向けて飛来する矢を鍔で弾き、黒装束に切りかかる。
ハクアの刀を受け流しながら振るわれるナイフを避ける。直ぐ様立ち直す刀を振るうが別の黒装束のナイフで受け止められる。
ハクアは後ろに跳びながら刀を鞘に収め、着地と同時に床を蹴る。
三人を間合いに捉えると同時に抜刀し一人を切り捨てる。
返す刀で二人目の首をはね、身体を大きく捻り三人目を逆袈裟斬りにする。
瞬時に三人を始末した余韻に浸るよりも速く柱の影に身を隠す。
(矢の量が減った……上の階の連中がナイフに持ち変えて迫ってきてると考えるべきか)
思考を整えハクアはニヤリと笑う。それは好戦的でもありどこかおぞましさを感じさせる笑みだった。
(勝ち筋は見えた)
ハクアは柱の影から出ると小走り気味に中央に出る。
直ぐ様矢が放たれるが引き金が引かれるよりも速く床を蹴り大きく跳躍する。
三階に着地すると直ぐ様階段に向かい、一気に駆け上がる。
(矢が放たれた場所は四階までだった。しかも、階段の位置と時間から考えると四階にいた暗殺者はもう一階に言ってしまっている。そこに速力を強化した俺に追い付けない)
数秒で階段を駆け上がったハクアは天井を切り穴を開け、跳躍力を強化し垂直跳びで五階に上がる。
(……悪趣味)
赤いカーペットに甘ったるい香、廊下は調度品の類いが殆んどなく全体的に金色が強い。
少なくとも、ハクアにとっては下四階よりも遥かに趣味が悪いと判断してしまう。
ハクアは廊下を歩きながら刀を鞘に仕舞い目蓋を閉じ音と気配を探る。
(……見つけた)
見つけた瞬間、ハクアは目蓋を開け一気に駆け抜ける。
幾つもの壁を抜刀した刀で穴を開けて強行突破し最短ルートで突き進む。
扉を蹴り開け取締役の部屋に侵入する。
「な、何だきさ」
お盛ん中だった取締役の太りきった首をハクアの刀がはねる。
流れるような動作で心臓を穿ち下にいた女の心臓を貫く。
(……終わったな)
刀についた血と脂を払い鞘に収める。
(このまま私兵たちを勝手にさせておいても良いが……ここは焼却しなければならないか)
ハクアは懐から拳大の石を取り出す。
鞘を左手に持ち吹き抜けに面したガラスを割り石を投げ捨てる。
反転した瞬間、日が上がったかと思わせる程の熱波がハクアの背中を焼く。
(奥の手の一つ、魔鉱石。ここで使う羽目になるとはな)
魔鉱石とは永い年月の果てに魔力が物質化した特殊な鉱石の事を示す。それに【式】を刻み指向性を持たせることで魔法を携帯できる。規模や出力は魔鉱石の大きさによって変わり、その価値も変動する。
遠距離攻撃や後処理の手段が限られるハクアにとって魔鉱石は重要な道具足り得る。
(あー……でも、使うためのものをミスったか?)
背後で広がり続ける火柱を見ながら駆け抜けて抜刀し壁を切り穴を空け脱出する。
その瞬間、建物全てを火柱が覆う。
別の建物に乗り移ったハクアはギリギリ火の手に呑まれる事はなかった、
(魔鉱石は大きさが一ミリ違うだけで規模が違ってくる。また、原産地の土壌に含まれる魔力の質にも影響してくる。今回はそれが吉と出すぎたと言ったところか)
魔鉱石が殆んど出回っていないのには不確定要素が大きすぎる事もあるしな、とハクアは呟き立ち去る。
見てない事にしておけば、後が楽になる。そう考えたが故の判断だった。