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ウンヨウ

(それにしても、この学院は本当に広いな)


地図を広げて確認しながら歩きながらハクアは心の底から思う。

五つのクラスがある建物は回り終え、ハクアたちは細かい建物を確認している。細かい建物は研究の資料保管庫だったり魔法の実験場、使用人たちの寄宿舎だったりと様々でありハクアを除いたメンバーはかなり興奮していた。


(全く……これだけあると覚えるのが大変だ)


ハクアは内心飽々していると強い気配を察知する。それと同時に辺りを見回す。


(……あそこか?)


クラスのある建物以上に大きな円形闘技場から気配が飛んできているのを確認する。


(確かあそこは……コロッセオか)


円形闘技場は入学したばかりのハクアが風の噂で聞いた事がある場所だと察する。それと同時に、まだ一年生は限定的にしか行けない場所だと言うこともハクアは判断できた。


そのため、ハクアは他のメンバーに声をかける。


「すまない、少しばかり急用があって外れる」

「何の用事なんだい?」

「いや、さっき使用人の中に俺の友人がいた気がしたから声をかけに行きたいんだ」

「ふーん……分かった。それじゃあさようならかな?」


ハクアはエミールや他のメンバーが納得したのを確認すると別れを告げてそそくさと歩きはじめる。


セッカたちの視線が途切れたところで建物と建物の間にある物陰に入り、背中を建物に持たれ掛ける。


(エイトの事は少し心配だが……まあ、そこら辺は良いか)


他のメンバーに責任を丸投げしハクアは少し笑うと教室で貰ったスクロールを広げる。スクロールにはこの学校の校則が書かれている。


(条件を踏満たした場合罰を与える類いの【契約】か。学生レベルの代物ではないし、かなり高名な魔導師……魔法の研究者が開発したものを更にアレンジした、と言ったところか?)

スクロールを一目見て魔法を看破すると、ハクアは靴を脱ぎ靴底を外す。その中から一本の針を取り出す。

(馬鹿だ。あまりにも馬鹿馬鹿しい。傭兵相手に【契約】をする何て、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる)


ハクアは右手に持った針の先っぽを左手の人差し指に刺す。開かれた傷から僅かに血が出てくる。

ハクアはそれをスクロールに擦りつける。その瞬間、スクロールに龍を象った紋様が現れ、ガラスが割れたように破壊される。


(【契約】は他の魔法よりも繊細だ。そのため、魔力の媒介となるもの……一般的には血液が付着するだけで効果が霧散してしまう。だからこそ、こういったスクロールには細心の注意を行う必要がある)


無論殆んどの連中が知らないがな、とハクアは笑いスクロールを丸めてバックに仕舞う。

知られてないから【契約】が強力な魔法の一種として使われている。


(他にも色々と抜け穴はあるが……まさか、一番手っ取り早い手法で解除できるとは拍子抜けも良いところだな)


ハクアは依頼者の殺害のためにそう言った抜け穴を多く知っている。


(この【契約】の都合の良い部分はこっちが解除しても相手には伝えられない。相手は【契約】を履行しなければならないと言うことになる)


通常、【契約】は条件を満たせば自動で解除される。一方的な解除なんてそうそうできるものでもなく、普通はあり得ないことだ。


それを出来るようになっているのはハクアが戦場や裏の仕事で培った経験と生きるために培わなければならない環境がそう言った技術を作らせたのだ。


抜け穴、裏技は当たり前。騙し、化かし合いが横行する潜入調査。

暗殺業では口封じのために始末後命を狙われる可能性もあり反抗するための手段を入手しなければならない。


【契約】の一方的な解除はハクアにとって持っている技術の一つに過ぎないのだ。


「さて……と、それじゃあ行く……」


脇道から出ようとした瞬間、気配を察知し刀に手を置く。ハクアは反転すると同時に刀を引き抜き振るう。それと同時に三節根が刃とぶつかり合う。


「やっぱり解除してるか、白亜(ハクア)

「……そのニュアンスはお前か、ウンヨウ」


三節根を持った根岸色の髪を三つ編みにしたウンヨウを見て呆れながら刀を収める。

ウンヨウはハクアの友人……『極東戦役』で共に戦った一人である。


「久しぶりだな、ウンヨウ。お前もこの学院に入学していたのか」

「まあな。オレは身分的には将軍の家だしな。親父はお前を気に入ってたしお前にオレの妹を与えようとしていたしな」

「嫌だよ。友人の事をお義兄さん何て言いたくない」

「ははっ、確かにそれは少し嫌だな」


ハクアとウンヨウは気心を知れた友人のような柔らかい声音で会話をする。


しかし、互いに武器に手を置いている。互いに僅かな気の緩みで互いの命を奪えると知っているならだ。


「それで、俺を咎めるつもりか?」

「いんや。校則には【契約】の一方的な解除をする一文は無いし、咎める訳がないだろ。……おおよそ、コロッセオに潜入するつもりだったろ?」

「よく分かったな」

「やれやれ……それじゃあついてきてくれ」


ウンヨウが少し呆れながら三節根を改造された制服の裏側に仕舞う。それを見たハクアも刀から手を離す。


ウンヨウと共にハクアは脇道を出てコロッセオの方に歩いてく。


「それにしても、あのハクアに友人が出来るとはな。オレに教えてくれれば案内したのによ」

「お前がいるとは予想外だった。それだけの話だ。……そういえば、サザールとメルセに子供が産まれたぞ?」

「マジか。それじゃあお祝いの品を持っていかないとな」

「……青竜刀とか三節根とか、武器以外にしろよ?あいつらはのんびりと田舎で生活を送ってるんだしよ」


軽口を叩き合いながらハクアはコロッセオの下にくる。遠目から見た時よりも遥かに肉厚な造りにハクアは少し圧倒される。


それを見たウンヨウは悪戯小僧のような笑顔を浮かべる。


「中々凄い建物だろ。『楊』にある『太極殿』にも勝るに劣らないだろ」

「美しさの方向性が違う気がする」

「そこかよ!?……まあ、ハクアはそっちのセンスが優れてるからそこら辺は分かるか」

「お前がそっちのセンスが無いだけだろ。少なくとも服くらい一人で作れるようになれ」

「いや、機材と道具があればヤマトの和服を自作するお前と一緒にされたくない」

「あ?」

「お、やるか?」


ハクアとウンヨウが拳を鳴らしていると三十人前後の生徒がやってくる。それを見たウンヨウは苦虫を潰したような表情をする。


「あれは……『マルクト』の一年じゃねぇか」

「知ってるのか?」

「そりゃ、オレは『マルクト』の二年だしな」


興が覚めたハクアとウンヨウはパレードのような列を適当に眺める。


(クラス毎に学院の見回りが違うのか。……まあ、当然か。生徒の特性が違う訳だしな)


列が中に入るのを見送った後、ハクアとウンヨウはコロッセオの中に入る。コロッセオの中は重そうな石が積み上げられアーチを作っている。


それを通り抜け、ハクアとウンヨウは階段を登って二階に上がる。二階に上がり、外に出るとハクアは少し面白そうに笑みを浮かべる。


「へぇ……これが風の噂で聞いていたコロッセオか」


コロッセオは中央の広場を囲うように階段状に観客席が作られている。吹き抜けのようにも見える天井はよく目を凝らして見てみると天幕が張られてる。また、中央の広場を囲うように何十にも重ねられた魔法が常時発動されている。


その中央では生徒が武器を持って稽古をしている。それは先程入った『マルクト』の生徒である。


それを見たハクアは少し戸惑いを滲ませる声音でウンヨウに問い正す。


「『マルクト』では初日からああなのか?」

「いや、オレの時はそんなんじゃなかったが……今の一年は担任はシネビー教官なんだよな」


ウンヨウは生徒に指示を出している白髪が目立つ初老の男を指差す。


「シネビー教官は『極東戦役』で西側の北方軍の現場指揮官を任せられる程の人なんだけど……ただ、教えが武力一辺倒なんだよね」

「成る程な。……ていうか、ウンヨウは問題ないだろ」

「まあオレらの担当教官じゃないしね」


ハクアとウンヨウが訓練を見ているとすぐ近くの中と繋がる入り口から人がやってくる。


「あれ、ハクアさん?」

「あ、用事はここの事だったんだ」


人混みの中から現れたセッカやエミールたちがハクアの回りを囲うように座る。それを見たウンヨウは目を細めて挨拶する。


「へぇ、君たちがハクアの友人か。オレはウンヨウ・コウだ」

「私はセッカ・モノノベ、こっちの優男はエミール・コンスタンツさんです。こちらのエルフはミーティア・オメガさん、私のペアです。そしてこちらはペイン・フォン・ティンジェル、エミールさんのペアです。そしてこちらがエイト・フューズさん、ハクアさんのペアです」

「へえ……よろしくね」


ウンヨウはそれぞれに笑顔で手を握る。そしたら、セッカが真剣な表情でウンヨウに、

「ウンヨウさんは……その、女性なんですか?」

と尋ねる。


ウンヨウは少し戸惑った後閃いたような表情をすると笑い気味に答える。


「一応女だよ。ま、家が武門の家柄のせいで女扱いされた事はないけどな」

「そのせいで服も作れないは簡単な料理も出来ないは、残念な奴だよ」

「そこら辺はハクアに任せておけば大丈夫だったしな!今も作れないぜ」

「いや、直ってないのかよ」


ウンヨウとハクアのやり取りに少しムッとするセッカはハクアに強い口調で、

「『マルクト』の人たちの訓練を見ないんですか?」

と言う。ハクアは言い返すのも面倒だったので前の方を見る。


(……ん?)

『マルクト』のペアの中で一つ気になるペアを見つけ、目を細める。

(あの少女の動き……少し過激し過ぎやしないか?)

ハクアが目をつけたのは男女のペアである。凛々しい騎士然とした女が男を一方的にねじ伏せているのだ。


普通なら致命傷にならないよう僅かに躊躇いがあるが少女には躊躇いがない。その上、その目には憎しみが宿っている事にハクアは気がついく。

直ぐ様ハクアは会場を覆う結界を視認し魔法を看破する。


(……衝撃緩和のための結界に魔法の流れ弾を弾く結界、『夢幻結界』をキチンと設置されているな)


ハクアはホッとしてると隣に座っているウンヨウがハクアの肩をつつく。


何事かとハクアはウンヨウの方を見るとウンヨウはハクアが目を付けた女に視線を送り、なるべく周りに聞こえない小さめの声で、


「彼女の事を調べてくれ。……少しあの動きは過剰過ぎる。そっち系の情報屋を抱えているだろ?」

「分かった。俺も気になっていたところだ。……金は五万でどうだ」

「……半分にしてくれないか?ギャンブルで負けて金が無くてね」

「四万」

「三万はどうかな?」

「三万五千、これが限度だな」

「乗った」


交渉を終えるとハクアとウンヨウは拳を合わせ、共に悪友に向ける笑顔を浮かべるのだった。

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