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推薦状

 右手に持つ刀を軽く数回振るう。


 日が昇るにはまだ早く、まだ辺りは暗闇に包まれている。人々もまだ眠りについている時間帯だ。


 夜が明けるまでにはまだもう少し時間がかかる。


 その間にハクアは肉体の調子を確かめておかなくてはならない。


(……不便な身体だよ、本当に)


 ハクアは三十分ほど刀を振るい、汗が頬を伝ってきたところで振るのを止める。


 刀を鞘に収めると壁に立て掛け汗を近くに置いておいた拭う。


 吹き終えたら腰ほどまである雪のように白い髪を赤と黒が降り混ざる組紐を解いて長い髪の汗を拭う。


 ハクアの顔立ちはそこまで目立つようなものではない。せいぜい、中性的と言われるような顔立ちだ。だが、髪や目は違う。


 生まれつきハクアは髪や瞳、肌から色が抜け落ちている。髪や肌は白磁のように白く、目は血の色が強く紅い。


 この白さが問題で日光を浴びて日焼けをすれば水ぶくれとなる。また、光が目に入ってきすぎるため普通の人よりも眩しく感じてしまう。


 今でこそ症状を抑える方法を確立させているが、昔はそれが出来ず、常に夜に行動するしかなかった。


 その結果、ハクアは朝早く、それも日が昇りきる前に活動を始める事が多くなってしまった。


 水筒に入れた水を飲んでいると日が明けてくる。


(そろそろあの娘も出てくる頃合いか)


 あの娘、というのはハクアが滞在している宿の一人娘である。今年で一六になるハクアと同い年でアナスタシア魔法学院に入るために必死に勉強している。


 その一環として剣術の稽古もしており元兵士の父親から教えを受けている。


「カアッ」

「む……?」


 カラスの鳴き声が聞こえてハクアは振り返る。


 後ろの樽にカラスが停まっておりその足に紙が丁寧に結ばれていた。


(……何だろうか)


 不思議と興味が湧き足に結ばれた紙をほどいて手に取る。


 すると、カラスは満足そうに鳴いて飛び立っていく。


(……この紙を渡すのが目的だったか)


 周りを見渡し辺りに誰もいないことを確認すると物陰に隠れながら紙を開ける。


『拝啓 親愛なるハクア・アマツキ様

 貴殿は本校の入学を許可されました事をお伝えします。

 本校は『アナスタシア魔法学院』。千年の歴史を持つ叡智の学舎です。

 学費は国が出費します。

 教科書の類いは学校で支給します。

 副教材はこの紙をガルダ商店に持っていくと無料で買えます。

 貴殿の登校をお待ちしています。


 ――アナスタシア魔法学院理事長 メギト・サウダージより』


 内容を読んだハクアは眉間に皺を寄せる。


『アナスタシア魔法学院』というのはこの街より西にある『ティンジェル王国』にある名門校である。魔法研究が盛んで学生の中には何かしらの魔法の研究を行っている者もおり成果を挙げている。国営のため学費はほぼゼロだ。


 だが、ハクアが気にしている事はそこではない。


(受験はまだ先の筈だ)


 ここの宿の娘はこの学院に入るために必要な勉強や剣術を学習している。気紛れで受験日を聞いた事があるが、それでも一ヶ月は先だった。


 それなのに、いきなりアナスタシア魔法学院の入学許可証が来るなんて可笑しな話だ。


 それでは偽物か、と問われると違うと答えれる。


(この紙……貴族が使う紙だな)


 貴族が使う紙は一般に出回っている紙よりも手触りが良くインクの滲みが殆んどない。この紙は手触りがよく、インクで書かれた文字は滲みが殆んどない。貴族が使う紙である事がハクアは一目みて分かった。


 となれば、手の込んだ貴族の悪戯か、と答えるとそれも違うと答えれる。


(そんな事をするメリットがない)


 貴族が平民に悪戯をするメリットは一切ない。逆にデメリットしかない。貴族は基本的に高慢な者が多く平民を見下しているからだ。


 尚、ハクアが殺してきた貴族の多くがその傾向が強いだけである。


(全てを加味すると本物と判断とするしかないか)


 となれば、とハクアは呟き立て掛けていた刀を腰に戻して扉を開け宿に入る。


 木で作られた落ち着きのある食堂から良い匂いがしてハクアが厨房を覗くと同い年くらいの少女がフライパンを握って料理を作っている。


「カトレアさん、少し良いか?」

「はーい!ちょっと待ってねー!」


 少女が答えると手早く料理を作り終えハクアの元にくる。


「どうかしましたか、ハクアさん」

「少し気になるものを手に入れてな」


 そう言って先程の手紙をカトレアと挟んだカウンターに出す。


 カトレアはそれを手に取り明るい紫色の目を見開く。


「これ……推薦ですよ!?」

「いや、俺は学院への受験をした覚えがないのだが……」


「とりあえず説明を聞いてください!」


 興奮気味のカトレアに有無を言わずに席に座らされ説明を受ける。


 カトレアの説明によると、アナスタシア魔法学院の入学は主に二つ。推薦と対面試験があるらしい。


 対面試験は筆記試験と実技試験を行う、ハクアも容易に連想できた試験となっている。


 だが、推薦は違う。


 推薦は学校が保有する魔導具によって算出された百人に無条件で合格を言い渡される。これは一学年の三分の二に当たる。


 そして、これによって入学した人たちの殆んどが大成しているため、出世への第一歩とされている。


(……不愉快だ)


 説明を受けたハクアは紙を懐に仕舞う。


 ハクアは勉強が嫌いだとか学校が嫌いだとかではない。むしろ、興味がある方だ。


 だが、この推薦という手法が気にくわない。上から押しつけられる事をハクアはあまり好ましく思っていないからだ。


 一度、あまりにも高慢な依頼主にハクアはぶちギレた事があり、依頼主とその家族を皆殺しにしたことがある程だ。


(だが、ちょうど良い機会なのかもしれない)


 朝食のトーストを食べながらハクアは思う。


 ハクアの仕事は常に命懸けだ。それ自体にハクアは文句を言うつもりは一切ない。だが、もし仕事がなくなった時に新たな職に就く必要が出てくる。そうなった時に学歴というのは良い方向に持っていける。


(それに、繋がりがあれば仕事になった時に殺り易くなる)


 信頼というのは時に甘い毒へと変わる。


 信頼をすればするほど心に隙が生まれる。


 無防備な背中に刀を突き立てるのは容易い事だ。


「でも、珍しいですね。平民が推薦で合格する何て」

「どういうことだ?」


 山盛りの焼きたてパンを頬張るカトレアの方をハクアは見る。


「ここ最近の傾向だと推薦で入るのは殆んど貴族なんです。もう何年も平民の推薦者が出てません」

「へぇ……」


 実際に出ているのに、という言葉が口から洩れそうになるがハクアは口を閉じる。


(貴族の方が優秀である事は認めるがな)


 上流階級の方が学問に励んだり才能を開花させれる環境がある。それだけの話だ。


「それに、今年は他の年と少し違うと思います」

「へえ、それはどうして」

「ティンジェル王家の姫君……『赤蠍』様が入学さられる可能性が高いからです」


 ハクアはトーストを食べる手を止めフォークを持ってサラダを食べる。


(『赤蠍』……たしか、王族剣術の名手だった筈だ)


 レイピアによる刺突を得意としその鋭さと正確さ、多くの剣士を屠り地に膝を付けた事で『赤蠍』という異名が付けられた。


 噂だとかの大戦にも参加し多くの兵士たちを殺したとも言われるが真偽は定かではない。


 ハクアが知っている事と言えばこの程度でしかない。


(だが、剣術の才に溢れてる訳だし推薦で入ってきそうだが)


 それに、とハクアは付け加える。


(王家の人間なんだ、繋がりがあればそれ相応に使えるかもな)


 ハクアは仕事に関しては真面目で真摯だ。使えるものは何だって使うし使えなければ切り捨てる事に抵抗はない。


 王家という肩書きは他の貴族たちにも友好的に接する事ができる、言うてしまえば便利な駒以外の何物でもない。


 そこに人の感情はない。ハクアは仕事に感情を持ち込む事は例外を除いて滅多にないを


「ティンジェル王国……次の目的地はここにするか」


 そうハクアは呟くとトーストの残りを頬張り上の階に借りた自室に戻る。


 白い浴衣を脱ぎ部屋の壁に立て掛けられている若芽色の着物を着て鳶色の羽織りを羽織る。


 浴衣や携帯食、刀の整備用具を桜色の風呂敷に包みベッドに置かれた笠を被ると部屋を出る。


 気配を消し金と鍵をカウンターに置いてハクアは外に出る。朝焼けが顔に当たるがまだ湿気てる石畳の歩く。


 軽い足運びでハクアの旅は再開するのだった。

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