月下の依頼
床に散らばった皿の破片や落ちた食べ物を拾い麻袋に詰めていく。溢れるギリギリまで詰め込むと、掛け声と共に白い青年はパンパンの麻袋を肩から提げるように持ち上げる。
「よいこらせ、と」
ハクアは扉を蹴り開け、外に出ると寮の外周を回り、庭の方に回り込む。果物が育てられる果樹園や花が咲き誇る花壇を抜け、庭の片隅にある建物に着く。
ハクアは建物の扉を開けて中に入る。中には、煙突と繋がった機械とごうごうと燃える炎があった。
酔っぱらい暴れまわる上級生たちを力業で押さえ込んだはよかったものの、そのあとに残ったのは食べ物や割れた皿の破片、調度品の欠片が散乱して荒れた広間だった。
流石にこれは、と思ったハクアたちと酔いが覚めた上級生たちは気絶して(させて)意識のない人たちを部屋に戻した後に広間の片付けを行っていた。
そして、ハクアの持ってきた袋で最後となった。
(さて、そろそろ良いかな)
ハクアは燃え盛る炎に背を向け、建物の隅に目をやり、口を開く。
「いい加減、話しかけても良いか?ヒエン」
「にゃはは~。やっぱりバレていたかにゃ~」
暗闇に溶け込んでいた影が動き、漆黒のマントを着た鼠の獣人の少女が現れる。
ヒエンはのんびりとした動きで建物から出て、ハクアも追うように建物から出る。
(やはり、あの視線はヒエンのものだったか)
パーティーの途中からヒエンは室外から室内の俺に敵意を込めた視線を送っていた。その視線に気づいたハクアは気を窺っていたのだ。
ハクアは帯刀した刀に左手を添えながらヒエンに問いかける。
「どうやって入った」
「そんなの、ちょちょいっとこの学院の使用人になって入ったのにゃ~」
そう言うと、マントを脱ぎ捨てメイド服をさらけ出す。
この学院の建物や庭園の維持、調度品の掃除、備品の調達と言った裏方を行っているのはメイドや執事と言った使用人たちだ。定期的に募集をかけているため、ヒエンはそれに紛れた。
正規のルートをたどり、正規の雇用がされれば足がつくことはない。貴族の屋敷への長期潜入の際はハクアも正規の雇用で使用人として入り込む事が多い。
ハクアはヒエンと共に庭の奥にある鬱蒼とした森の中に入り、進んでいく。
光源のない森を進むハクアとヒエンの足取りは迷いはない。どちらも、視覚以外の感覚で情報を入手しているためだ。
森を進み、開けた花園に出るとヒエンは月を背にハクアの方を振り返り、真剣な表情――仕事人の表情を向ける。それに呼応するようにハクアの目に剣呑な意志が宿る。
風が吹き、花弁が舞う中、ヒエンが短く言葉を冷徹に命じる。
「仕事だ。暗殺依頼。この学院の『ホド寮』に入ったゲイン・マッドレイを暗殺しろ。手法は問わない」
「報酬は?」
「三千万。かなりの大金だ」
「……生徒とは言え、相手はガキだ。それほどの大金を積むのは何故だ」
内側から溢れそうになる憤怒の感情を押さ、冷徹な声音でハクアは凍えるような視線を向けながら問いかける。
ヒエンは腰に装備したククリナイフの柄に手を当てる。その手は震え、表情は笑顔だが目には殺意と怒気が溢れている。
ヒエンはハクアに静かに答える。
「マッドレイ家と言うのは知っているでしょ?」
「ああ。……忘れるわけないだろ」
苦虫を潰したような怒りと共にハクアの脳裏焼き付いた地獄が思い出させられる。
(マッドレイ家。西側の国の中でも大きな勢力を持っているキザリア帝国の大貴族)
マッドレイ家は大戦時に軍事関連の研究所を支援し、戦線を大きく支えた功労者。少なくとも、西側の国々の多くはそう思っている。
事実、マッドレイ家が支援した研究所が作り上げた魔道具は多くの戦場で使われ、幾つもの戦場で勝利を納めることができた。それは紛れもない事実だと当事者であるハクアは知っている。
しかし、『傭兵』としての面以外に『暗殺者』としての面も持つハクアはマッドレイ家の裏の顔を知っている。
それは、
「禁忌に触れた最悪の貴族の事だろ」
一つ、彼らが引き起こした惨劇をハクアは語る。
戦力が拮抗していた戦場があった。東側の国々の抵抗は苛烈を極め、周囲一帯は爆撃の跡で草の一本を生えてない状況だった。
それを憂いだ皇帝は多くの優秀な研究者を抱えるマッドレイ家の当主を城に呼び出し、「何としてでも戦局を打開せよ」と命じた。
命令を受けたマッドレイ家の当主は抱えていた犯罪組織に十歳程度の少年少女たちを百人、拐わせて別邸の地下に作られた研究所に捕えた。
そして、彼らは古い遺跡から出土した『根』を捕えた子供達に埋め込んだ。埋め込んだ『根』は肉体の血管や神経、魔力に根を張っていった。
意識を飛ばすことも出来ない激痛が子供達の身体に走り、多くの子供達が痛みに耐えかねて絶命していく。しかし、最後の一人は激痛に耐え、『種子』と完全な融合を果たす事ができた。
融合した子供を皇帝は大層喜び、『融合大樹』というコードネームを与え、命じられるまま、数多の戦場で東側の国々の軍を壊滅させていった。
その後、何度も『根』を用いての禁忌に手を染めていき、多くの命を消耗品のように使い捨てていった。
その一片をハクアは実際に知っている。
(……あれは、戦場とは全く別の地獄だ)
技術大国の『ヤマト』が『融合大樹』の一人を生け捕りにして体内を調べたところ、心臓に『根』のようなものが融合している事を発見した。
しかし、それが何か分からなかったため当時十歳だったハクアに諜報の依頼が舞い込んできた。まだ子供の傭兵が適任だろうという判断だったらしかった。
しかし、仕事に真摯なハクアはそれを承諾し帝国に潜入、情報収集を通して『融合大樹』を生産しているのがマッドレイ家である事を知った。そして、研究所に潜入し、地獄を見た。
研究所の部屋の多くがハクアと同い年くらいの少年少女たちの死体が並べられ、その胸からは肉や骨を砕き木の根のようなものが生えていたのだ。
流石のハクアも普通ではあり得ない死に様に言葉が出せなかった。それは今もハクアは鮮明に思い出せる。
(だが、今は関係ない)
悲壮な記憶を振り切り、ただの事実としての惨劇を静かに言い終えると、ヒエンが説明を重ねる。
「その子息の暗殺。依頼人は娼婦よ」
「……娼婦?」
依頼人を聞いた瞬間、ハクアの頭上で疑問符が踊る。
娼婦は儲かるような仕事ではない。手に入れた金の殆どを自身の借金の返済へと充てられるからだ。そのため、少なくとも花魁のような高級娼婦を除けば資産と呼べるものはない。当然、三千万という大金を払える訳がない。
やり手ババアが金を出したりする可能性もなくはないが、それでも三千万は大金。一つの店で出せる訳がない。
(少なくとも、裏がある)
最初から払う気がないか、何かしらの訳ありなのか。そのどちらかだとハクアは顎に手を当てながら考える。
前者の場合、ハクアはその依頼人たちを皆殺しに向かう。少なくとも、ハクアの『異名と功績』を知り、尚且つそれを信じていれば、罠に嵌めるような依頼を出すことはあり得ないに等しい。
何せ、娼婦だろうと何だろうと自分の命は惜しい。裏切れば殺される事を知っているのならそれを回避するのが常道なのだ。
そして、後者の場合は少し特殊なケースだ。ハクアですら、かなり慎重とならざるをえない。
ヒエンは月を背に目に憤怒を光らせながら語気を荒げながら真実を話す。
「あのクソガキは気に入った娼婦を拐っては薬を打って使い回し、ボロボロになったり厭きたらそこら辺の川で溺死させている。そして、数日前にこの街の色街の高級娼婦に手を出し、使い潰しやがった。色街の面に泥を塗りつけた上に跪かせ、その頭に脱糞したようなものだ。色街側も本腰を入れて潰すしかない。その代表がとある娼婦なんだ」
しかし、と状況を察したハクアが繋げるとヒエンはこくり、と首肯し、続ける。
「あのクソガキは貴族、しかも大国の上位貴族だ。色街内で暗殺すれば色街の権威やら地位が大きく下落してしまい、経営が困難となる娼館が出ることが確約されている」
「だから、俺の出番なんだな」
ハクアがそう繋げるとヒエンは笑顔の表情を作る。
「その通り。この学院は学期の最初にレクリエーションとして少し離れた場所にある森林で二泊三日のキャンプを行い、夜営に必要となる技術の基礎を教える手筈になっている。そのタイミングでなら、死んでも暗殺だとは気づかれにくい」
「まあ、そこ以外に内部の人間を殺せるタイミングは無いに等しいからな」
ポケットから折り畳まれた紙を出し、ヒエンに見せる。そこには、この学院の一年間のスケジュールが書かれている。
(年一回ある大規模な学習のための旅行以外で学院の行事として外に出る事は極めて少ない。その数少ない外に出る行事、内部の人間を暗殺が出来る条件が整っている)
正規の手段を用いた潜入はこうした中の人間しか知らない情報を簡単に入手できる。便利なものだとハクアはほくそ笑む。
「殺し方に条件は?」
「なるべく自然な方法で殺しておいた方が良いらしいにゃ~。それじゃあ、ボクは使用人寮に戻ってるにゃ~」
猫のような笑顔を向けると、ヒエンは森に広がる闇の中に身をくらます。一人残ったハクアは木の枝や草を踏みながら森の中を歩いていく。
(クズを殺すのは楽で良い。何せ、躊躇いもなく殺せるのだから)
月の光さえ届かない森の中で、ハクアは静かに宣言する。
「ふざけんなよ、クズ野郎。貴様には地獄がお似合いだ」




