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寮の同居人

「これが寮で良いよな……?」


学院の中心から西に離れた場所にある四階建ての木造家屋の前でハクアは目を見開いて静かに呟く。


入り口には質素に『コクマー寮』と立て掛けられており、中からは談笑が聞こえてくる。学院内の他の建物と比べても極めて安価で作られたものだと分かる。


しかし、ハクアは建物については文句は一切ない。傭兵であるハクアは最悪野宿でも生きていけるからだ。


ハクアが驚いているのは建物やその周辺に刻まれた【式】である。


(【大樹】で言うところの第二、第四、第七、第八、第五、第三、そして第二へと戻る循環の仕方をしている。これ自体は防御系の魔法の循環によくあるものだ。だが、その精度は完璧だ。これなら魔法の爆撃を耐える事ができるだろう。その上、別の魔力がある。【四元素】を加えてあるのか?)


【四元素】は火、水、風、土を属性とすることで無色の魔力を染め上げ、様々な現象を発生させる、【大樹】よりも新しい魔力理論である。


例えるなら、透明な水に絵の具を落とすようなものだ、と思いながら寮の建物を囲う柵に備え付けられた青い竜の彫り物に手を触れる。


(【四元素】を極東の四神、都市の守りを表す守り神と対応させているのか。四つの神に囲まれた場所は都であり、中は六つのセフィラの循環が円を作り異物が付け入る隙を与えない。小規模ながらあらゆる攻撃を防ぐ結界か。名付けるなら『六門四神』と名付けるべきか。強度は……神殿クラスか……!!)


寮と言う皮を被った『神殿』にハクアは驚きを隠せずに魔力の流れを感じ取っていく。


『神殿』は結界系の魔法における最高峰の領域。その力はかの大戦時に東側の国々が『神殿』の力を起動させ、発動した魔法で一つの国が消すほどだ。その殆んどが国が管理し封印するほど強力かつ危険な魔法である。


(まあ、大地に流れる魔力――竜脈は使っていない。というか繋がっている回路が封印されている。流石に危険だと考えられたか)


ハクアは少しだけ残念そうにため息を洩らす。

寮の状況を確認したところでハクアは荷物を持って建物の中に入る。


中は広間になっており、暖炉には火が焚かれ、掃除が行き届いているのか埃の一つも被ってない。また、広間と食堂は共有しているのか奥に幾つかテーブルが置かれている。食器もまた、綺麗に片付けられている。


ハクアは目線を動かさずに辺りの気配を探り、少しだけ口角を上げる。


「そろそろ出てきたらどうだ、先輩方」


「――あっちゃあ!十秒で見つかっちゃったよ」

「だから言っただろうが……」


ソファの陰から栗鼠を彷彿させる小柄な少女と疲労が積もっている青年が現れる。


ハクアは二人に近づき、興味本位で尋ねる。


「他の先輩方は?」

「あー、今は街に出とる。今日の夜には戻ってくるよ」

「俺たちは新入生に寮の事を教えるのが仕事だ……。君で最後だ」


二人はハクアに説明するためにボードを取り出す。ボードにはこの寮の間取りが書かれている。


「まず、ウチらの自己紹介からやな。ウチはクラリス・ディベール。ディーベと読んどくれ。この寮の監督生の一人や。んで、隣のはベルゼ・ビーイン。こっちも監督生やな」

「君はハクア君だね。セッカ君から話は聞いてるよ」

「そりゃどうも。説明が省ける」


ハクアは肩を上下に動かして鼻で笑う。


「この寮は四階建てになっとって、上から三年、二年、一年となっておる。つまり、あんたは二階の部屋のどれかが自室となっとる」

「食堂、風呂、洗濯は共有。自室にシャワーがあるから同居人と相談してくれ」

「同居人……?」

「ああ、この寮は二人一部屋なんや。ま、他の寮やと一人一部屋や五人一部屋、中には雑魚寝何てあるから、まあボチボチと言ったところやな」

「そして、ここからが問題だ」


二人がボードを裏返すと裏には『交尾絶対禁止!!』と書かれていた。

ハクアは言葉も出ずに唖然としていると二人はバツの悪そうな顔をして説明する。


「この寮は基本二人部屋なんやけど……男女で区別しとらんのよ」

「密室の中に男女が二人、何も起こるわけもなく……何て事はここではよくあってな。恋人を作るところまでは良いが流石に盛るのは禁止にしている」


(それなら男女別に……て、それは出来ないのか)


ハクアはツッコミを入れようと口を開きかけたが口を閉じる。しない理由があるのだろう、そうハクアは理解して思考を止めた。


「これさえ守れば基本的には自由だ。それじゃあ、ここからが本題。何故君がこの寮に入る事になったのかについて説明しよう」


真剣な表情でソファに座るベルゼは剣呑な眼差しをハクアに向け、ハクアは少し身構える。


「この寮は他の寮と比べて少し特殊な事情を持つ生徒が中心に入る。亡国の姫や犯罪者の子供、獣人、エルフ、暗殺者……まあ、色々だ。俺やディーベはその中ではまだ軽い。中には、想像絶する程に悲惨な過去を持つ者もいるし、彼ら彼女らを恨むものだっている」

「……それがどうかしたのか?」

「簡単な話や。この寮は色々と事件に巻き込まれやすい。命に危険が及ぶかもしれへん。それでも住むか?」

「勿論」


ハクアの答えは当たり前の事と言うように即決だった。ハクアの答えを聞いた監督生は口角を大きく上げ、鍵を渡す。


(124号室か)


鍵に彫られた番号を確認するとハクアは階段を上がり、廊下の奥にある部屋の鍵穴に鍵を入れ、捻るとガチャリ!と音がする。


「失礼しまーす、と」


扉を開け中に入る。部屋の中は外見と変わらず質素で勉強机に二段ベッドが置かれ、二段ベッドの下の方には既に荷物が置かれている。

部屋に入ってすぐのところのある扉の奥から水の音が聞こえ、ハクアは「シャワーでも浴びてるかな」と呟き、二段ベッドの上に荷物を置く。


タンスはベッドのすぐ近くに置かれているため取り出した着物類をハンガーで立て掛けていく。


(着物は型崩れしやすいからな)


着物を全て掛け終えたところで被っていた笠を外して帽子立てに被せる。


「貴方が同室の人?」

「ああ、そうだが……」


背後から話しかけられ振り向くとシャワーを浴び終えたのか水滴が滴るエルフの少女がいた。


菫色の色の薄い紫髪を水滴が滴り、豊かな乳房にタオルが巻かれており肉付きの良さが全面に出されている。シャワーを浴びたばかりで火照った身体は赤みを帯び、少女と女性の中間というべ背徳的な顔立ちをしている。


もし、ハクア以外の男が見ていたら押し倒していたかもしれない。


「とりあえず、早く身体を拭いて服を着ろ」


しかし、ハクアはそんな事よりは気にする素振りを一切見せずに少女に近づくと部屋に置かれていたタオルで腰まである少女の髪から水滴を吸っていく。

幼少期の頃から獣人に世話をされたり、逆に手伝いをしたりした経験からか、ハクアは性欲が極めて鈍くなってしまった。つまり、色を好みにくくなっていた。


水滴を吸い終えると少女はベッドに置いてあった私服に着替える。


「私はミーティア・オメガ。三年間よろしくお願いします」

「ああ。俺はハクア・アマツキだ」


ミーティアが差し出す手をハクアは躊躇いなく握る。ミーティアは少し驚いた表情をするがすぐに優しそうな笑顔を見せる。


手を離すとハクアは二段ベッドの上に上がり置いておいた千草色の着物に着替える。ハクアの着物姿を見たミーティアは疑問符を頭に浮かべながら質問してくる。


「ハクアさんは東の国の人ですか?」

「ん?ああ、生まれはな。そういうミーティアはどこ出身だ?」

「私は第一研究所『バチカル』の『プロジェクト:オメガ』で製造されました」

「そうか。……製造か」


ハクアは小さく呟いて答えると気づかれないようにしながらミーティアを見る。


(戦力の『質』を求めた西側諸国は積極的にエルフの改造を行っていた。その中でも第一研究所は人体実験用のエルフの研究をメインとしていた筈だ。……しかし、あそこは終戦と同時に閉鎖された。となれば、彼女は第一研究所の最終番号(ラストナンバー)か)


西側諸国の『エルフ』の研究は終戦と同時に厳しく禁止されている。しかし、十ある研究所は自分達の最後の個体に自分達の技術の全てを押し込んだ。それこそが『最終番号』と呼ばれるエルフたちだ。


ハクアは一度、大量生産をテーマにした研究所(ケムダー)の『最終番号』のエルフと対峙したことがある。


それは想像絶する戦闘だった。森は焼け、湖は干上がり、思考を共有した何千、何万というエルフたちが数多の傭兵たちを血祭りにあげていった。目の前の少女もまた、人間が触れてしまった禁忌の集大成なのだと、ハクアは理解した。


(まあ、流石に依頼ではないし殺しはしないが)


下のベッドに潜り込むミーティアはハクアに対して一切の警戒を払っていない。同室に男であるハクアがいるにも関わらず、無防備過ぎるのだ。


それは、彼女が実験動物(モルモット)として作られた事を意味していた。実験動物が研究者たちに歯向かわないよう、犬歯を抜かれている証拠でもかる。


(無防備過ぎるのは流石に悪いな。……一応、注意だけはしておくか)


そんな事を考えているとドアがノックされる。

二段ベッドから飛び降りたハクアが扉を開けると赤い髪の少女が立っていた。


「あれ?貴方は……」

「お前は、さっきの……」


その少女にハクアは見覚えがあった。先程、貴族と揉めていた少女だ。


少女は尻尾のような髪を揺らしながら中を見てくる。


「ミーティアちゃんのルームメイトなの?」

「ああ。そういうお前は?」

「私はうーん……ミーティアちゃんの幼なじみかな。あ、ウチの名前はクローリー。クローリー・エルフェンね。クラスは『イェソド』だよ」

「俺はハクアだ。クラスは『ダアト』だ」


互いに自己紹介するとクローリーは少し安心したような顔で、


「そっかー。それじゃあ、ミーティアちゃんの面倒を見てくれないかな。あの子、かなり無防備だから男の人に襲われないか心配で」

「……一応、俺も男なんだが」

「あの時、ウチやコメットを助けてくれた人がそんな事しないでしょ?それじゃあ、ミーティアちゃんをよろしくねー」

ケラケラと少女は笑い、ハクアは困ったような表情で後頭部を掻く。

言うとこを言い終えたのか、自室に戻るクローリーをハクアは真剣な眼差しで見送る。


(エルフェン。エルフォン公爵家の分家筋か?)


エルフォン公爵家は『エルフ』の研究に熱心で、今でも多くのエルフを抱えるキザリア帝国の重鎮だ。

そして、ハクアは一年前にその分家筋を暗殺した事があった。


(だが、彼女は平民だ。少なくとも、先程のあれを見ればそれが分かる。……ああ、そういうことか)


察しがついたハクアは扉を閉めるとベッドの上に上がろうとして、チラリと下の段のミーティアを見る。


「くー……」

「無防備過ぎるだろ……」


ミーティアは寝息を立てて眠っていた。


布団を蹴り、腹をさらけ出し、あまりにも無防備な表情に普通の男なら生唾を飲み、情欲を引き出して手を出しているだろう。


しかし、ハクアは少女をスルーしてベッドを登る。


(俺をこの部屋にしたのは無防備過ぎるこいつに手を出されるのを回避するためか?)


ハクアはため息を洩らし、ベッドに置かれていた教科書を読み始めるのだった。

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