『大葉刈』
戦闘は静かに、そして激しく激化する。
「シッ――!」
短い呼気と共にペインのレイピアによる突きがハクアの脇腹目掛けて放たれる。ハクアは難なく刀でレイピアを弾き、返す刀を振り下ろす。
ペインは身を回転させて避けつつ刺突を放つ。素早い身のこなしのためハクアの肩をレイピアは掠める事しかなかった。
すぐにペインは距離を取ろうとするが、逆に深い震脚と共に左手の掌底を腹に食らう。
「がっ……!?」
ペインは痛みを堪えながら数歩下がり、血をべっとりと付けられた腹部を押さえる。
その隙をハクアは見逃さない。一足でペインに近づくと鋭い突きを放つ。
ペインはギリギリのところでレイピアで受け流し、勢いを利用して円舞曲の如く背後に回り込み横凪ぎにハクアの背を切る。
「甘いな」
ニヤリと笑いながらハクアは小さく呟くと反転。振り払ったペインを一閃する。
数段階重い攻撃にペインは地面を足で掴み、削りながら後ろに弾かれる。
(……剣技においてはそれなりに使えるようだな)
ペインの剣技は純粋に強い。ハクアはそう認識を改めた。
「姫様ー!その調子で頑張って下さいませー!」
「その平民を見せしめにしてください!」
周りの観客の声援に答えるようなペインの動きがより速く鋭くなっていく。
最初よりも遥かに鋭い踏み込みと共にペインの突きが連続して放たれる。
雨のような突きをハクアは刀で迎撃し打ち落とし、受け流していく。
しかし、
「くっ――!」
突きの猛攻全てを防ぐ事はできず、ハクアの身体にレイピアが浅く突かれていく。
狙いを定め突きを放ち、レイピアを弾くと腹を足の裏で蹴る。大きく距離を取るとハクアは真っ赤に染まる左手を拳にして胸に置く。
「【癒しの拳 赤き命を焔に 聖なる浄化を】!!」
「ッ!?『朱雀炎』!?」
祝詞のごとき詠唱をペインの突きを弾きながら完了させ地面を蹴り大きく後ろに跳躍して距離をとる。
手を濡らす血が赤く燃え上がりハクアの身体を包み込む。ハクアの身体を覆う火が傷を癒してく。
着地と同時に火は消え、ハクアの身体にできていた傷は全て完治する。
(やはり、この魔法は相性が良い)
『朱雀炎』はあらゆる傷や病を治す事ができる魔法だが魔力以外に対象の新鮮な血を触媒に捧げなければならない。
しかし、戦場では傷がつくのは当たり前だ。そのため、新鮮な血は相手の流れる血を使えば簡単に手に入る。また、消費する魔力は少なく、【治癒】を得意とせずとも使える汎用性もある。その上、体力も回復するため使えば長時間戦う事ができる。
詠唱の少なさも相まって東側の国々の軍用魔法の一つとして数えられる魔法であり、西側の国々にとっては傷つけても炎と共に復活する訳だからそれは悪夢としか言えないだろう。
驚きから我に帰ったペインは接近し、レイピアの突きを真っ直ぐに放つ。白い彗星がハクアの腹に向けて突き進む。
きかし、
「なっ!?」
先程以上の速度を持つレイピアはハクアの逆袈裟の切り上げで弾かれる。ハクアが刀を振り下ろすがペインはギリギリのところで間合いから外れる。
その刹那、ハクアの回し蹴りがペインの脇腹に炸裂する。
「がっ!?」
ペインの身体は大きく吹き飛び地面をバウンドするがペインは受け身を取り、勢いを利用して起き上がる。
そして、不愉快そうな顔をするペインは指を指して怒りを洩らす。
「……刀を本気で振るいなさい。それは無作法というものですわ」
「生憎と、姫を殺す訳にはいかないからな」
青筋を立て、何かを吼えようとしたペインはハクアの瞳に写る殺意に気付く。
ペインは怒りの表情を解くと、先程とは違う驚きと共にレイピアを振るう。その速度にハクアはついていき、レイピアの突きを打ち落としていく。
地面が互いの切っ先に触れて傷ついていき、キィン!と金属がぶつかり合って高い音が鳴り響き、辺りの興奮は盛り上がっていく。
盛り上がっていく空気に呑まれることなく、ハクアは冷静にペインの状況を推察する。
(まあ、恐怖に耐性のある方が異常だし、その反応が普通だよな)
その様子をハクアは当然を思いながら大きく踏み込み疾走する。
ハクアは殺意を隠すと同時に大きく弧を描くようにペインに接近し刀の棟を向けて振るう。
意識の隙を突かれ反応が遅れたペインはレイピアを持たない左手で刀を防ぐ。ハクアの刀が触れると骨の折れる感触がハクアに伝わり、ペインは顔をしかめる。
「くっ……!」
痛みに堪えながらペインはレイピアを指揮棒のように振るう。ハクアはレイピアの動きを目で追いながら身体を逸らして躱す。
続く攻撃もハクアは避けていく。理由は簡単、ペインの動きが鈍く、ハクアにとって躱しやすい攻撃だからだ。
(やはり、危機的状況になったら最初の技が出るよな)
あらゆる武術でも、どんなに応用を重ねてもその土台となる基礎はしっかりと教え込まれる。それが出来なければ上達しないからだ。
骨を折られる何て事がなかったペインは通常時の頭の良さを失いかなり焦っている。そのため、使う技は一番手慣れた技になってしまう。そして、そういった基礎に頼った時点でハクアには勝てない。
(まあ、基礎をとことん極めた連中には負けるけどな)
攻撃、防御の要所要所にハクアの刀が差し込まれ、行動を失敗していくペインの身体を刀が傷つけていく。
「おい、姫様が押されてるぞ……?」
「平民にか?」
「姫様ー!頑張ってー!」
その様子を見ていた観客は驚愕を露にして声援を送る。しかし、そうしている間にもペインは押し込まれていく。
とうとう、ペインが持っていた剣が大きく弾かれレイピアを離してしまう。
「シッ――!」
すぐさまペインは拳を構え殴りかかる。ハクアは咄嗟に左腕で防ぐ。
ピシリッ、という音をハクアは自分の中から聞こえた。骨の皹が入ったと察知したハクアはすぐさま拳の間合いから外れる。
それを見たペインは口角を上げ、艶かしくも好戦的な笑みをハクアに向け、
「残念ね。私は――こちらの方が強いのですわ!」
身体を傾け一気にハクアに接近する。
その瞬間、
「……え?」
ペインの身体を斜めに切る傷ができる。
脳に走る痛みにペインは意識を落とし、目の前で振り抜いた体勢をしていたハクアは小さく呟く。
「『大葉刈』」
技名を言い終えると共に刀を鞘に収め、地面に置いた風呂敷を持ち上げて石を払う。
(レイピアの腕前は中々。だが、判断を誤ったな。この程度の裏技、レイピアを使えば何とかなっただろうに)
得意分野を安易にメインに据えなかった事にハクアは評価し、切り替えのはタイミングを批評する。
『大葉刈』は他の技とは違い『草薙』を使わなくても使える。その正体は意識の隙間に入り込み意識外から攻撃を仕掛ける、というものだ。
人間はどんなに集中していても無意識に切り替わる瞬間が出来てしまう。それを無拍子――極限のリラックスに加え、気配の隠蔽を使い相手の脳を欺くことで意識の外からの攻撃を可能にする。
しかし、対処は簡単で面の攻撃をしたり常に集中し続ける状況では一切使えない。理論さえ分かれば簡単に無力化されるのだ。
しかし、ペインはレイピアを弾かれると拳を握り攻めてきた。自分が最も得意とするもので闘える、それがペインの慢心であり心の隙になった。そこをハクアが突いたのだ。
(お、服が直ってる)
傷ついた制服を見れば開いた穴がどんどん縫い目がないほどに修繕されていく。
特殊な魔法でも使われているのだろうとハクアは思いながら地面に倒れるペインに目を向ける。
(……仕方ないか)
自嘲気味に小さくため息をつくと、左手の中指と人差し指を立てる。
「【癒しの花 傷を癒せ】」
静かに呪文が唱えられ、ペインの周りに花が咲き誇るとハクアはペインに背中を向け、人混みを避けながら歩いていく。
(さて、さっさと寮の方に行かないとな)
前をしっかりと見据えながら、ハクアは広い校内を歩き始めるのだった。




