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白き激情

「おい、聞いたか?公爵が殺されちまったらしい」

「ああ。公爵様は色々と黒い噂が絶えなかったしそれ関連なのかねぇ……」

「しかも、聞いた話じゃお抱えの傭兵団たちが皆殺しにされてたそうだ。どんな化け物がやったんだか」


(その化け物はここに居ますよーだ)


明朝の食堂の隅で食事を取っているハクアの耳に二日前に起こした惨劇の情報が入ってくる。


出されたスープに舌鼓を打ちながらヒエンから流して貰った情報が書かれた羊皮紙を確認する。


(あの後、助けた連中は兵士たちに保護され今は王都の騎士宿舎で寝泊まりしている。準男爵の娘二人は学院に入るため院長たちに話を通し寮の方で住まわせている。……色々とあれな院長だが仕事はしているようだな)


ハクアの脳裏に戦闘狂の笑みが過るがスルーして朝食を食べ終え代金を置くと何時もの笠を被り荷物の入った風呂敷を持って食堂を出る。


陽の光を笠で防ぎながら眩しさに目を細め、他の新入生たちに紛れて学院の中に入る。


(明日の入学式に備えるために前日の内に色々とやっておきたいのだろう)


前日、ハクアの元に届いた手紙に書かれた通りに学院の中を歩いてく。本校舎に入るための玄関に人だかりが出来ているのを見たハクアは興味を持って見に行く。


(……うん?嫌な視線が感じるな)


敵意や害意を籠った視線を感じとり、背後を見る。しかし、人混みに紛れているせいで正確な対象までは分からない。


気のせいとしてハクアは片付けると玄関に立て掛けられたボードを見る。ボードにはクラスと名前、所属する寮が書かれていた。


(えっと……俺の名前は……と、あった)


ハクアの名前は簡単に見つかった。名前の隣に『ダアト』と『コクマー寮』と書かれているのを確認すると人混みから抜ける。『ケテル』が教室、『コクマー』が寮の名前である。


(それにしても、『ダアト』に『コクマー』……【式】における【大樹】か)


一般的には【生命の木】と呼ばれる【大樹】は体内の魔力の流れを表しそこのパスが一つでも切れると多大な悪影響が発生する。西側の魔法はこれらの流れを重視しており、西側の魔法がこれを起点とする。


(まあ、西側の魔法に対して俺の魔法は切り札(ジョーカー)足り得るがな)


僅かに笑いながら整備された道に足を進めながら通りすぎる新入生を見ていく。


(手は傷ついておらず、肌は色白。貴族のボンボンか)


単純な試験で入学できるのは三十名。通常推薦で入学できるのは百名。そして、特権推薦で入学するのが二十名。計百五十名で学院は構成される。

特権推薦は王族か、それに準ずる爵位を持つ者を無条件で入れる制度であり十年近く前に指定されたものだ。


地獄を経験したハクアからすれば家柄や血筋で優遇されるのは「下らない」としか言えない。

何せ、


(どんな地位の人間も同じ殺し方で殺せる。家柄で自分の命が守られる訳ではないのに、それに固執する連中の気が知れない)


故に、ハクアは多くの貴族をそこまで好ましく思ってない。何の苦労もせずにのうのうと生きる事を許される連中は命懸けで生きあがくハクアとは相性が最悪なのだ。


貴族と平民の差に心底イラついているハクアの耳が黄色い声が聞こえてくるのを察知する。

興味半分でそちらを向くと新入生たちの間を豪勢な馬車が走っているのが見えた。


(あれが特権推薦者か……。教室が地位や身分で左右されるのなら、対応するのは『王冠(ケテル)』かな)


「ハクアさん!」


【大樹】との相関を考えながら歩いていると背後から名前を呼ばれる。ハクアが頭を掻いて振り返るとセッカがはにかんだ笑顔で立っていた。


「セッカか。どうかしたのか?」

「ハクアさんは教室と寮はどこになりましたか?」

「俺か?俺は『ダアト』と『コクマー寮』だ」

「ッ……!よっしゃあ!!」


感極まってガッツポーズをとるセッカにハクアは驚きながら苦笑いをしてしまう。


「ハクアさん、私も同じなんです!」

「お、おお。そうか」


ハクアの手を握り跳び跳ねる程に喜ぶセッカにハクアも苦言を言うことはできない。


「ウリュウさんも一緒ですし、他の獣人の人たちもみんな同じなんです」

「そうか」


(……みんな?獣人たちを全員一つの教室に集めたのか?まあ、貴族が大半の学院で危害を加えにくくするために取り計らったと見て良いだろう)


最悪の事実でもそれは事実。回避できるのならする手段をとる。スワロウなら確実にやる。戦闘狂の性質を理解するハクアには分かる。スワロウは獣人たちを守るために行っていることだと。


(だが、獣人たちの心はどんな屈辱にも侮蔑にも快楽にも屈しない。そう設定されてる(・・・・・・・・)。問題ないと思うが……まあ、流石に知らないか)


禁忌を犯し産み落とされた『獣人』と呼ばれる生態兵器は元となった動物に応じた特性とは別に共通の特性を保有している。禁忌を犯した咎人が何よりも高潔な精神を持っていることだ。

そんな咎人がいじめや迫害に耐えれない訳がない。


(まあ、それでもツラいのは変わらないと思うけどな)


幼さの残る笑顔と共にハクアを引っ張るセッカ。彼女を見ながらハクアは同情と憐憫の眼差しを向ける。


(彼女だって獣人だからと差別を受けてきた身だ、苦痛の涙を流すことだろう)


どんなに心が気高くても、人の心はそう強くはない。感情がある以上人の醜い悪意や欲望に晒され続ければ心が壊れる。誇り高く、気高い人間だってそうなのだ、それ以上に純白な獣人たちは壊れるのが早い。ハクアはそう言った悲劇を何度も見てきた。


(……流石にこれを言わないでおこう)


開きかけた口を閉じる。もう戦争は終わった。彼女たちは殺し合う以外の道があって良いだろう。そうハクアは考える。


ハクアは別に獣人の味方ではない。普通の人間と変わらない扱いをしているだけだ。だからこそ、普通の人間が他の人と接している時に気を遣うのと同じく彼女の笑顔を曇らせたくないハクアは現実に蓋をした。


人通りが多くなり、貴族の連中も見え始めた辺りでセッカはハクアの手を離し、後ろの方に下がり制服の裾を掴む。


その手は微かに震えていた。


(気遣っている……いや、これは怯えてるのか)


無理もない、とハクアは同情する。『夢幻結界』が外傷を無くなしても内の傷は治らない。記憶に起因するそれを治すのは忘却だけだ。そして、ハクアはそれの仕方を知らない。ハクアの手では治せない。


(これは全て無意識だろうし、本人も気づいていないだろう。なら、放置しても構わない……)


「――エルフごときが、この校舎に足を踏み入れるな!!」


(……どうやら、向こうで何かが起きてるようだな)


つんざめく怒声と新入生のどよめきを聞き取り、ハクアは思考を切り替え足を止め聞こえた方向を向く。


「ハクアさん……?」


後ろから聞こえる怯えた声を無視する。既にハクアの目には既に剣呑な感情が浮かんでいた。


(俺として無視しても構わない。騒ぎを起こすような貴族との関わり何てただ面倒な事になるだけだ。だが、獣人に機会が与えられたのなら異種同族である(・・・・・・・)エルフもこの学院に入学する機会を与えないと道理に合わない)


メリットとデメリット。二つを天秤にかけ計り、デメリットが大きいとハクアは頭の中で判断する。


(……無視するのは簡単だ。だが、それが正しいとは限らない。……仕方ないか)

「セッカ、先に寮に行っててくれ」

「えっ?……うん、分かった」


少し残念そうな顔をするがすぐに明るい顔となり立ち去っていくセッカを見送ると、ハクアは怒声が響いた方向を再び向く。


僅かに怒りを洩らすが、すぐにハクアの気配が薄くなる。暗殺者の基礎的な技能だ。


(……柄にはない行動だと思うがな)


そして、ハクアは人混みの中に紛れて行った。



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