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貴族奇襲

「……ここか」

「そうだにゃ~」


新月の夜、ハクアは濡羽色の着物を着込み狐の面を着け門の奥にある屋敷を睨み付ける。その隣でヒエンは呂色の羽織りを羽ばたかせる。


人通りは既になく、多くの家には光は灯っていない。街灯と屋敷を除き、光源は既になく二人は暗闇の中に紛れている。


(赤は血や火を、青は水、緑は自然、本来そこに含まれる様々な色を省き人間は直感的に色を連想する。そこに明確な隙があるのにも関わらず、だ。そこに付け入る隙がある)


暗闇に乗じるのならより暗いものを身に着ける。森林での戦闘の際に土や木、草むらに擬態するために土や草、木の枝、葉、木の幹の皮を身体中に塗りたくり張り付けるのと同じである。擬態する色を身につければ一体化する。


元より、人間の目は猫のように暗闇を見ること長けている訳ではない。基本が日中に過ごすためそう進化したのだから。


最も身近で最もおぞましい暗闇の中をハクアとヒエンは音もなく疾走する。


門の前に立つ門番の喉元に引き抜かれた刀が真っ直ぐ突く。柔らかい肉も硬い骨もまとめて貫いていく。


「がっ!?き、きさ……」


ハクアを掴もうとする門番をハクアは蹴りながら刀を引き抜き肩から鎧ごと袈裟斬りにする。


悲鳴を出すことも絶命する門番が地面に倒れる。


血に濡れる門番を冷徹な目で見下ろしていると街灯の下に五人の死体が無造作に、それこそ食べ終えた菓子についたゴミを道に捨てるのと同じ感覚で投げ捨てられる。


投げられた方向から血に濡れたヒエンがククリナイフを回しながら暗闇から現れる。


(相変わらず、気配が紛れさせるのが上手いな)

「ま、ボクの方がこっちの手筈が上手いからにゃ~」

「この死体は」

「抜け道の門番。ま、抜け道に逃げるよりも速く皆殺しにしちゃうハクアには関係ないけど私からしたら見過ごせないのにゃ~」

「その抜け道は?」

「にゃはは~。塞いでおいたのにゃ~」

「……腕は鈍ってないようだな」

「当たり前だ。ボクとて裏の社会で平々凡々と生きてるわけじゃない」


ふざけるな、と言いたげな顔でククリナイフを腰のカバーに仕舞う。


ハクアはくすっ、と笑うと刀に付着した血を拭い突きをしやすい構えをとる。


手筈通りにヒエンは指と指を合わせ複雑な【式】を作る。


「【あらゆる音は凪となる あらゆる光は暗転に包まれる あらゆる物は偽りになる 罪はなく 罰もなく 無情の歌は紡がれる 悲劇を土をここに 全ての涙は血に染まる 無常の夜はここに落ちる】」


歌うように紡がれる呪文。全てが歌い終わると空気が揺らめき屋敷を包むように半円の壁が作られる。


(……『風凪の夜』か。まあ元『ヤマト』の斥候だったヒエンなら使えるか)

軍用魔法『風凪の夜』。魔力を染めた空気をドーム状に展開し範囲内の状況を張り付ける。また、魔力的な流れも遮断するため通信系の魔法や外部に繋がる魔法も凪いだかのように一切使えなくなる。そのため、内部の状況を知られたくない時――特に暗殺や奇襲に使われる。


(軍用魔法は応用力はないが戦闘にはとことん使えるからな。……さて、こっちもやるか)


刀を力強く握りしめる。魔力が刀の刃に赤黒いオーラが纏わりついていく。


「『天之逆鉾』」


力が臨界点に達した瞬間刀で門の網の隙間を貫く。その瞬間、屋敷の敷居を囲う結界が破壊される。


ヒエンが外で結界を張ったのはハクアの技によって破壊を防ぐためでもある。そして、拠点防衛において最も必要とされるのは結界系の魔法。それが破壊されればあらゆる防衛用の魔法が無力化される。潜入や奇襲を得意とするハクアだからこそ生み出せた『聖域崩し』の一つである。


ハクアは門を開けると脇からヒエンが中に入っていく。


「さあ、防御システムは破壊した。手筈通りに行くぞ」

「了解にゃ~」


ヒエンと二手に別れハクアは目の前の屋敷に向かっていく。


屋敷の正面の扉に手を掛けようとした瞬間目を鋭くし反転しながら刀を横凪に振るう。刀に矢が当たり弾かれ、暗闇の中から鎧姿の集団が現れる。


(……雇われた傭兵か。流石、上位貴族。金にものを言わせている。実力もあるし、一々相手をするのは)


だが、とハクアは好戦的に獰猛な笑顔を作りじりじりと迫る傭兵たちの顔を見る。


(ふむ……これなら問題なさそうだ。少しカードを切れば良いだけだからな)

「『白き厄災は血の海と惨劇を好む』」

「「「ッ!?」」」


それは、最悪の隠語であり禁忌の呪詛だった。


ハクアの告げた言葉はベテランの傭兵たちを恐れさせ、近づこうとする若手の足を止めさせる。ハクアが刀の切っ先で地面を削りながら近づくと傭兵たちは後退りする。


獰猛な笑みを向けながら、ハクアは言葉を紡ぐ。

「退け。もしあの惨劇を再現されたくなければ金に糸目をつけるな」

ハクアの死刑宣告にも等しい命令に傭兵たちは頷き一目散に門に向かって駆け出す。


ハクアは目を鋭く細めながら刀を一度振るい鞘に納めると反転しながら静かに呟く。

「『天之尾羽張』」


その瞬間、傭兵たちの身体が分かたれる。腰から先が地面に落ち、噴水の如く血を吹き出す。


刀の間合いから出れば届くことはない。その安心感を突く絶技であり魔法。武器や魔法の間合いに対する知識を必須とする傭兵や兵士にとってはよく刺さる。


(使い方によってはより凶悪な使い方も出来るが、今回は使わなくても良いだろう)


暗闇の奥から放たれる風の玉を抜刀と共に切り落とす。間合いの外にいた魔法に長けた傭兵が放ったのだろう、とハクアは推察しながら二発目も難なく切り裂く。


気配が微かに変わるのを察知したハクアは放たれる氷の矢を身を空中で回転して躱す。氷の矢が地面に触れ砕けると同時に突風が吹き荒れハクアは地面に叩きつけられる。


(氷の中に魔法を込めたのか。存外、やるな)


受け身を取り衝撃を受け流していたハクアはすぐさま立ち上がり、懐から魔鉱石を取り出し背後の屋敷に向け後ろを見ることなく投げる。


弧を描きながら魔鉱石が屋敷に当たった瞬間、屋敷全体が火の海に包まれる。


中から聞こえる悲鳴と絶叫をハクアは一切無視し刀の柄に手を置く。


(気配でおおよその位置は把握済み。それだけ分かってれば『調整』は容易い)

「『天之尾羽張』」


刀を引き抜くと同時に不可視の刃が扇状に振るわれる。先程以上の間合いの刃に何も抵抗できずに傭兵を切断する。


気配から辺りの人間が全員死んだことを確認するとハクアは鞘に刀を戻す。


(さて、ヒエンの方は……と、来たな)


二人の少女と意識のある女性たちを連れてきたヒエンに向けて手を振るとヒエンも振り返してくる。


とてとてと跳ねるように走ってくるヒエンは血のついたククリナイフを回転させ血を払い元に戻す。


「説明が出来る人たちは連れてきたにゃ~」


何事もないように笑うヒエンの頬には返り血がこびりついている。


ヒエンは捕まっている人たちの救出。この数日の間に精査した情報の中にあった不自然な地下空間に目を付け、そこに潜入し捕まっていた人たちを解放したのだ。


その際に守っていたであろう傭兵たちを皆殺しにしたのだろう。


「後は予定どおり兵士どもに任せるか」

「そうだねにゃ~。あ、この子たち頼める?」


ヒエンはボロボロの傷を負った二人の少女を他の娘たちに押し付ける。ハクアはため息を洩らしながら門に向かって歩いてき、それにヒエンもついていく。


門から出る直前で気配が近づいてくるのを感じたハクアとヒエンは振り返る。振り返るとハクアと同い年くらいの少女が息を整えながら立っている。


「あ、あの!私達を助けてくれてありがとうございます!この恩、一生忘れません!」

「そうか」

「ま、恩はとっておいて損はないからにゃ~」


ハクアは短く呟き、ヒエンはチャシャ猫のように笑うと門を出て結界を破壊する。そして、暗闇の中に再び戻っていく。


二人は、俗世での感謝には一切興味がないのだ。

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