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ぼくのドラゴン

作者: あとり

「ゆいと、おはよう!」


 ある晴れた梅雨の日。遅刻ギリギリで走っていたらうしろから声をかけられた。この声は親友のそうまの声だ。


「そうま、おはよう!」


 半分ふりかえりながらもぼくは足を止めずに走り続ける。


「遅刻だ〜!」


 そうまは声をあげてぼくの横に並んだ。そうまはぼくより背が高い。運動神経もばつぐんだから、本気を出せばもっと早く走れるけれど、ぼくに合わせて走ってくれているんだと思う。優しいいいやつなんだ。


 息を切らしながら学校を目指す。「遅刻だぞ〜」と声をかける教頭先生にあいさつをしながら通り過ぎると、ぼくたちの横をピュンと何かが通り過ぎて行った。


「おい!ドラゴンに乗るのは禁止だ!」


 教頭先生が顔を真っ赤にして怒鳴る。頭から湯気がでそうだ。


「すみませ〜ん」


 全然反省してない顔でドラゴンから降りたのは6年生の田中けい太だった。


 けい太の乗っているドラゴンは大きさはゴールデンレトリバーくらい。2本足で走る”走竜”だ。体はキラキラした鱗に覆われていて、角度によっては草原の色にも見える。


「カッケー!」


 そうまが鼻の穴をふくらませて目をキラキラさせている。


「うん、めちゃくちゃかっこいい・・・!」


 そうつぶやいたぼくの鼻の穴もきっとふくらんでいる。


「早くドラゴン欲しいよな!」

「今日卵がもらえるはずだよ!楽しみだな!」


 校舎に駆け込んでいくけい太を見ながらぼくはワクワクする気持ちを抑えきれずに叫んだ!


「早くドラゴンが欲しい!」




 日本では全国民に等しくドラゴンが与えられることになっている。一生のうちに一匹ドラゴンを育てる義務がある。


 絶滅寸前だったドラゴンが発見されたのがおばあちゃんのおばあちゃんの時代。野生のドラゴンだったが意外と人にもよくなつき、国は「じゃあ国民に育てさせて数を増やそう」と思ったらしい。

 義務教育でドラゴンの育て方を教えたらいいんじゃないかということになり、そのまま一人一匹ずつ育てることになったのだそうだ。


 小学校4年生の夏休み1ヶ月前になると卵がもらえてそれをふかさせる。学校にいる時も家にいる時もずっと一緒だ。

 今日は卵をもらえる日だ。楽しみで昨日眠れなくて寝坊してしまったのだ。




「みなさん卵は行き渡りましたか?」


 担任の先生が黒板の前に立って教室を見回した。ぼくたちは「は〜い」と返事をする。みんな先生より配られた卵に夢中で教室はざわざわとさわがしい。

 卵は大きかったり小さかったりピンクだったり黒かったりマダラだったり、全部ちがう。ぼくはピンポン球くらいの大きさの真っ白いやつを選んだ。


「小さいの選んだんだな」


 前の席に座っているそうまがぼくの卵の横に自分の卵をおいた。そうまの卵は手を広げたくらいの大きさで赤と白のまだら模様だ。


「小さい卵からは飛竜が生まれやすいらしい」


 空を飛ぶドラゴンが欲しくて小学校1年生の頃から図書館で調べていたんだ。そうまは「へー、俺はデカイのがいいな」と言いながら自分の卵をなでた。

 クラスのみんなは自分がもらった卵について好き勝手に話している。


「寝るときにつぶさないように、一緒に寝るのはやめましょうね」


 先生がそんな注意をしていた。一緒に寝て潰してしまった上級生がいるらしい。そのほかにも卵をかえすための注意点を説明している。


 卵ごとに注意点のプリントが渡されたので、それを読んでみる。

 ぼくのもらった卵は温める必要も冷やす必要もなくて、一日三回布で拭くと書いてあった。しげきをあたえてふかをうながすらしい。


「かっこいいドラゴンがうまれますように!」


 ぼくは小さい卵に向かってパンパンと手を鳴らしておがんだ。




 夏休みの二日前に、事件は起きた。


「お、お、おお〜〜〜!?」


 そうまが鼻の穴を膨らませて変な声を出す。その目の前にはぼくの卵がある。さわっていないのにグラグラと揺れて、時々ミシミシと小さな音を立てていた。

 ぼくの卵のふかが始まったのだ。


「クラスで一番最初だな!さすがゆいと!」

「さすがなのはぼくじゃなくてこいつだよ」

「あっ、穴が開いた!」


 いつの間にか卵のヒビは大きくなっていて、五ミリくらいの小さな穴が開いていた。

 ミシミシ、ペキペキという音は大きくなって卵はグラグラと何度も揺れる。


「がんばれ!」


 いつの間にか声を出して応援していた。


 バキッ!


 卵から足が出た!鳥の足のような見た目で色は黒っぽい。白い卵なのに足は黒いんだな、なんて考えていたら、二本目の足が出た。


「がんばれ!がんばれ!」


 ぼくもそうまも夢中になって応援する。教室に残っていたクラスメイトが何事かと寄ってきた。ドラゴンのふかだとわかるとぼくたちと一緒に応援してくれた。


 卵から両足が出たドラゴンはしばらくゆらゆら揺れていたけれど、突然二本足で立ち上がった。それを見た周りからは「おお〜」と声が上がる。

 足の生えた卵は周りが見えているみたいにキョロキョロと中を見回すような動きをした。


「どうしたんだろう」


 と、ぼくが言いかけた瞬間、卵はピョンと窓から飛び出してしまった。


「…………。」

「…………。」


 何が起きたのかわからなくてそうまと顔を見合わせる。周りのみんなも目を丸くしてドラゴンが飛び出して行った窓を見つめていた。


「う、うわあ〜〜〜っ!!!」


 ぼくは悲鳴をあげた。


「そうま、ど、どうしよう!!」

「追いかけよう!」


 ぼくはすっかり慌ててしまっていた。そうまはぼくの腕を掴むと一緒に廊下に飛び出した。教室からは「校庭を走ってる!」という声が聞こえる。クラスメイトがぼくのドラゴンのゆくえを見張っていてくれるみたいだ。


 大急ぎでくつをはきかえて外に出ると教室から「あっちに行った!」とドラゴンが行った方向を指差して教えてくれた。


「校庭の外に出たよ!」

「わかった!」


 クラスメイトにお礼を言ってドラゴンが行った方角に向かう。




「どっちに行ったのかな」


 左に行くと大きい道路に出て、まっすぐ行くと住宅地だ。右に行くと校庭をぐるりと回ることになる。


「大きい道路に出てたら、どうしよう。車にひかれちゃう」


 情けないけれどぼくは泣きそうになっていた。そうまも困った顔をしてあちこち見回していた。

 手分けして探そうかと相談していたら、声をかけられた。


「どうかしたの?」


 朝見かけた6年生のけい太だ。けい太の横にはドラゴンが大人しくしている。


「ぼくのドラゴンが逃げたんです」


 ぼくは急いで卵のまま逃げ出したことを詳しく話した。


「なるほど」


 けい太は腕を組んでにやりと笑った。


「知ってるか?ドラゴンどうしは離れてても話ができるんだ」


 けい太はそう言うと自分のドラゴンに「探せるか?」と話しかけた。ドラゴンはコクコクとうなずくと上に伸びて「ピィー!」と高い声を出した。


「…………?」


 けい太のドラゴンはしばらくふんふんと空中の匂いをかいでいたけれど、ピクリと体をふるわせると走りはじめた。


「見つけたみたいだな。行こう!」




 ドラゴンのあとを必死についていく。さすが走竜だけあって足が早い。運動が得意ではないぼくは必死に走った。


 住宅地をしばらく走ると小さな公園があった。小さなベンチがあるだけでぼくはあまりきたことはない。公園の奥に小さなしげみがある。そのしげみの奥に古い小さな階段があった。


「こんなところに階段があったんだな」


 けい太も知らなかったみたいだ。


「行こう」


 ぼくは小さい声で言うと階段をのぼりはじめた。一人で歩くのがギリギリの狭さだ。古びた石の間から草が生えていて時々足を滑らせてしまった。

 階段を上りきるとさっきと同じような公園があって、周りは住宅地になっていた。目の前は急な坂道になっている。


「ここを登って行ったのかな」


 けい太のドラゴンはピィっと小さく鳴くと軽い足取りで坂を上りはじめた。まって、と言ってぼくたちもあとを追う。ぼくのドラゴンはどこまで行ってしまったんだろう。


 坂の途中から古くて大きい家が増えはじめた。大きな木が生えていて影になっているので少し涼しい感じがする。

 もう少しで頂上だ、と思ったその時、かすかに「ピィ」と言う声が聞こえた。


「今の聞いた!?ぼくのドラゴンかな!?」

「聞こえた!あっちだ!」


 声のした方に向かってぼくたちは走った。もう一度「ピィ」と声がする。ずいぶん上の方から聞こえた気がした。


「ねえもしかして木の上にいるんじゃないかな」


 ぼくがそう言うとそうまとけい太も「そんな気がする」とうなずいた。


「どこにいるの」


 声がした方に向かって呼んでみる。ピィ、と声が返ってきた。その時、体が後ろから押されてぼくは「うわっ」と悲鳴をあげた。


「ゆいと!」


 そうまの声がする。

 ぼくは何が起きたのかわからず「うわあああ」と大きな声を出し続けた。

 風が顔に当たって目が開けていられない。体はジェットコースターに乗ったみたいにふわふわする。


「な、なに?」


 手を振り回すとゴツゴツした鱗が当たったのを感じた。うす目を開けて振り返ると、ぼくはけい太のドラゴンに押されて空中に浮いていた。


「ひ〜!」


 悲鳴をあげると、体がくるりと一回転してドラゴンにまたがっていた。ぼくは振り落とされないように必死でドラゴンにしがみついた。

 ドラゴンは時々木をけって勢いをつけて上に登って行った。そして一番高い杉の木の枝に止まった。

 ぼくはドラゴンが止まったのを確認して恐る恐る周りを見回した。


「うわぁ」


 空が近い!街全体が見渡せた。学校も小さく見えるし、夏の盛りも近い空は高く遠くの方には海が見える。反対側には緑の山が見えた。


「すごい、すごい!」


 ぼくの家はどこだろうと探しはじめた時、近くでピィと言う声が聞こえた。慌てて見回すと、枝の先の方にぼくのドラゴンがいるのが見えた。

 卵から出した小さな足で必死に松にしがみついている。卵からは足のほかに羽も見えていた。コウモリみたいな羽で淡い水色をしている。


「前が見えないから、飛んできちゃったんだな」


 ぼくはドラゴンを捕まえると優しく羽を撫でた。すると、ドラゴンはピィと鳴いて卵から頭を突き出した。シワシワのドラゴンの目がゆっくりと開いてぼくを見る。


「ピィ」


 もう一度鳴くと体を震わせて卵のからから抜け出した。


「やったぁ!」


 ぼくのドラゴンが卵からかえった!薄い空色の羽毛におおわれた綺麗な色のドラゴンだ。


「おまえの名前は、ソラにする!」


 空の近くで生まれたからソラ。空色だからソラ。けい太のドラゴンがぼくのドラゴンのほっぺをなめた。


「早く大きくなれよ、ソラ」

「ピィ」


 ぼくはソラの頭をなでて肩に乗せると遠くの空を眺めた。ソラと一緒にあそこまで行く日はきっとすぐに来るだろう。

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