表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約者の瞳

作者: みーたん
掲載日:2020/04/29

 星空のもと、数多のシャンパングラスがぶつかり、これまた、小さな星々のような音色を奏でていた、とても賑やかな夜のことです。

 娘は自らの幸福をかみしめていました。これから自分が結婚する青年のことが、好きでたまらなかったからです。青年はとても美しい風景画を描く、画家でもありましたが、一方で、娘は絵のことなど何も分かりませんでした。しかしながら、何となくであれ、その絵を美しいと感じていましたから、どんなときも、青年の瞳に、世界はどれだけ美しく映っているのだろう、と思いを巡らせずにはいられませんでした。

「それでは、誓いの口づけを!」

調子のいい声とアルコールの勢いに弾んで、娘は青年にキスをしようとしました。そうして、青年に顔を近づけると、図らずも、その瞳に何かが映っているのが分かりました。それは、誰もいない、既に廃墟となった、このパーティー会場でした。瞳に広がっている白黒の世界の中で、娘は必死に青年を探しました。へとへとになって街中を捜し歩き、ようやく青年の姿を認めましたが、それは亡霊のようにふらふらと、どこかへ歩いていくようでした。

「待ってください!」

娘が叫んで呼び止めようとしても、青年に聞こえている様子はありません。娘はそのまま、青年を追いかけました。良く知っているはずの、それでいて、変わり果てた姿をした街角でしたが、それらに気を留めることもなく、娘はただひたすら、一心不乱に、駆けていきました。すると、青年がぼろぼろになった自らの家へと、入っていくのが分かりました。

 娘も後を追って中に入りました。青年の家には、娘の知らない地下室がありました。青年はその入り口を開けると、部屋へと降りていきました。抑えきれない気持ちで、娘もまた、その部屋へ降りました。

 半ば朽ちてきしむ、階段を降りた先には、ベッドに横たわる死体がありました。すでに腐敗し、ただ、濃い灰色をしたドレスから、やっとそれが女であると分かる、亡骸でした。その屍を前にして、青年は、ただただ、立ちすくんでいるのでした。そうして、青年の瞳にずっと映っている風景が、一体どのようなものだったのか、娘はようやく悟りました。

「あなたはずっと、この人のことを想っていたのね……。いつも、いつまでも、廃墟の中、ひとりぼっちで、報われることのない愛を、捧げ続けているのね……。」

 すると、嫉妬とも、憐憫とも異なる、高貴で激しい感情が、娘の身体中を駆け巡り、気が付くと、青年へ熱烈なキスをしていました。

「一体、どうしたの?大丈夫?」

青年は、いつもと変わらない様子で、娘に問いました。

「何でもないわ。急に、ごめんなさい。」

娘は、ただ、それだけ答えました。その瞳には、清らかな涙が滲んでいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「婚約者の瞳」読みました。 作者さんはなかなかセンスがありますね、人間ドラマを書く。 感性が豊かなのだろうと思います。 今回の作品では結婚のパーティー会場が婚約者である彼の瞳の中で廃墟と…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ