37.全自動浄化装置
あの得体のしれない何とか王子とその仲間達から這い出てきた異形の存在は、再び咆哮をあげた後、一度飛鳥をチラ見してから俺におそいかかってきた。なんだ今のチラ見。まるで飛鳥に何かあるような気がしてきた。
だけどそれについて思考するよりも悪魔の方が早く、俺はのじゃロリを構えて何とか応戦する。一撃が重い。手がしびれてきた。
この悪魔は、俺が今まで戦ってきたどの鬼よりも強い。おそらく、俺の両親を殺した鬼よりも、この世界で初めて戦った強敵であるアッシュよりも、全然強い。感じる圧がケタ違いだ。こんなのどうやって倒せば……。
『諸刃よ……今回ばかりはあきらめるんじゃなっ!』
「ふざけんなくそ刀。てめえも何か考えやがれ」
『と言われてものう。あんな化け物に勝つ方法なんてあるわけなかろうに。始解程度しか解放していな諸刃なんてなっ』
「つまり、その先に進めれば勝てる見込みがあるわけだな」
『ちょっと反応が面白くない気がするが、そうなのじゃ』
「だったらここで限界を超えてやるぞ、桜花っ」
俺はのじゃロリの力を開放する。鬼伐刀は鬼を狩るために作られた特殊な刀。この力を開放することによって鬼狩りは更なる力を得ることができる。
俺はまだのじゃロリの、桜花の力も一部しか解放できていない。だが、それでも、俺には守るべきものがいるから今ここでその限界を超えてやるっ。
だけど物語のように都合のいいことなんて起きるわけがなかった。
「っく、なんで限界突破できないっ! 物語的にこういう展開は出来るもんだろう! アッシュ戦の時は出来た」
『諸刃、前から言おうと思っていたのじゃが、お前馬鹿じゃろう』
ちょっとネタ的な意味合いを込めてやった部分もあるので、反論しずらい……。
荒れ狂う暴風、悪魔の猛攻を何とかしのぎつつ、俺はどうすればいいのかを常に考えていた。さっきまでのネタ行動でどうにかなるとも思えないし、アッシュとジェネはいまだに戦っている。
ミーとシンシアは……なんかゲームの終盤的な感じの会話がされていた。これから戦うぞって感じはビシビシと伝わってくる。あいつらに何も期待できない。ということは、この場で唯一動ける飛鳥と協力してこの化け物を狩らなければならないのだが、当の本人が物陰に隠れて縮こまっていた。
「飛鳥、頼む、手伝ってくれ。俺だけじゃこの化け物を倒すことはできない」
俺の掛け声にちょっとだけ反応した飛鳥は、首を大きく横に振って物陰に隠れた。ちょっと待て、お前勇者だろう。こういうべきこそ戦うべきである勇者なのだが、目の前で暴れ狂う悪魔に心が折れてしまった様子だ。
振り上げられた腕が真っすぐ俺に向かって振り下ろされる。俺はその攻撃をシンシアやアッシュに影響がないようのじゃロリで何とか反らした。この勢い、真正面から受け止められるものじゃない。畜生、飛鳥が手伝ってくれたら……。そう思ったところで俺はあることに気が付いた。
あの悪魔の影響は幅広い。悪魔のもとに集まる得体のしれない気持ち悪さを感じさせる黒い靄が揺らめいて、悪魔の体を包み込もうとしていた。
あの黒い靄のようなものはあいつの体の一部なのかもしれない。
それを示すかのように……
「ーーッシ」
一閃、俺が悪魔の視界に潜り込んで繰り出した一撃は、刀同士がぶつかった時のような甲高い音を響かせながら受け止められた。その時の悪魔の顔はこちらに向いていなかったことを見るに、目以外の方法で俺の存在を確認しているのだろう。その方法にこの靄が関係しているのだとしたら頷ける。
この靄の揺らめきによって俺の位置を把握しているのだ。そんな目の代わりのような機能を持つ靄が、なぜか飛鳥から逃げるように距離を取っていた。
悪魔ってゲームだと闇属性的なイメージがある。そして大抵ゲームでは光属性が弱点と決まっているのだ。そして勇者もゲームでは光属性であることが定番……ということは。
俺は即行動に出た。物陰に隠れている飛鳥の首根っこを掴んで、思いっきり悪魔に向かって投げつけた。
「ちょ、ま、諸刃っ! いったい何するのよぉぉぉぉぉぉ」
『やっぱり鬼畜の諸刃さんなのじゃ……』
俺に投げられた飛鳥は悪魔に向かって一直線に進む。その飛鳥を嫌うかのように黒い靄が飛鳥を避けた。ビンゴ。あの得体のしれない悪魔の弱点は飛鳥、もといい勇者の超パワーだ。
そこを見つけたところまではよかったが、飛鳥を投げつけた程度じゃあの悪魔を倒せなかった。悪魔にぶつかった飛鳥は頭を押さえていたそうにしていたが、ぶつかられた悪魔の方はもっと痛そうに悶えていた。たとえで言うなら、靴の中にとがった石が入り込み、足が瞬間的に痛く……いや、悪魔のリアクションがそれよりも大きいぞ。どちらかというとタンスの角に小指をぶつけたようなイメージだな。
痛がる悪魔の方向に飛鳥がびくっと体を震わせた後、急いで俺の元まで走ってきた。
「ちょっと、本当にどういうことよ。とても怖かったんだからねっ!」
「そう言われても……。お前が弱点なのか見たかっただけだ」
「私が弱点っていったいどういうことよ」
「ほら、あれを見ろよ。デカい悪魔みたいなのがいるだろう」
「そ、そうね。怖くてちびりそうになったわ」
そういう飛鳥は、股に手を当ててもじもじしている。実はトイレに行きたいのを我慢しているんじゃないかとすら思えてきたがあえて突っ込まない。
「ちびりそうはともかくとして、あいつの弱点が勇者なんじゃないかと思ってな。とりあえず投げてみた」
「とりあえずって何よっ」
飛鳥はぷりぷりと怒ったが、悪魔が再び叫んでこちらをにらんだので、手で頭を抑えて縮こまってしまう。そんな飛鳥を護るように俺は前に出た。
あの悪魔が再び黒い靄を展開するが、俺の周りまでやってきた靄が急に霧散して消えてなくなった。なんとなくだが、この周りだけ空気がきれいになっているような気がする。
ま、まさか、な。
「飛鳥、ちょっと前に出ろ」
「え、嫌よ。あれ怖いもの」
「いいからいけって。多分大丈夫だから」
「も、諸刃がそこまで言うなら言ってあげないこともないんだからね」
と言いながら、飛鳥が少しずつ悪魔の方に近づいた。悪魔は嫌がるそぶりを見せながら飛鳥から距離を取る。飛鳥の近くにあった黒い靄は霧散して消えた。
間違いない、飛鳥が浄化しているんだ。そこでとある仮説が頭に浮かんだ。
「そっか、飛鳥は全自動浄化装置なんだ」
「なんかすごい変なことを言われている気がするんですけどっ!」
勇者とか聖女って、聖なる力で悪しきものを浄化するイメージがある。悪しきものを不浄な空気的なもので考えるなら、勇者や聖女の役割って空気清浄機のそれと同じなのではないだろうか。
あんな体に悪そうな黒い靄に近づいただけでクリーンな空気に換えてくれる。飛鳥の近くだけ少し空気がおいしいような気がした。
「ねえ、変なこと考えてるでしょうっ! 絶対に変なこと考えているでしょう!」
「いや、そんなことないよ。空気清浄機君」
「空気清浄機君ってなに! もー、本当に何なのよー」
ふと見られているような気配を感じたので後ろを見くと、戦いながらアッシュやシンシア達がこちらの様子を見ていた。何だろう、あいつら真面目に戦っていない様に見える。だったらこっちを手伝ってほしいのだが……。
そうやって少し戦闘から意識を外してしまうから、敵から不意打ちを食らう羽目になる。
まあ、のじゃロリでガードしたから問題ないのだが。
あいつを倒す方法というか、浄化する方法は分かった。この全自動浄化装置飛鳥ちゃんがいればいずれあの悪魔も浄化することができるだろう。
それにどれだけ時間を要するか分からない。
『むほほほほ、困っているようじゃのう。ほれ、儂のいう通りにしてみ。すべて解決するじゃろうて』
なんというか、のじゃロリの声が悪魔のささやきに聞こえた。
勇者の役割が全自動浄化装置であることだった件について。あれ、そういう役割って聖女じゃ……。
という訳で、読んでいただきありがとうございます。
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次回更新は3月21日!!
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