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Will I change the Fate?  作者: 織坂一
5.Beyond the truth
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whereabouts



「でも?」


「いくら思い出があっても、やっぱり嘘は吐けない」



斎藤が聞き返せば、母禮は率直にこう返した。ただこの『嘘』という単語に斎藤だけでなく、高杉も疑問を抱いていた。


この言い合いに対し、黙っていた高杉であったが、話の流れ的に嫌なものを感じた。


恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に一瞬寒気を感じ、不安さに喉から胃液がこみ上げるがそれを呑む。そして落ち着いた様子でこう母禮に聞き返した。



「嘘ってなんだ?」


「この中できっと1番自分の思いを決められないのは私だと思う……斎藤さんの事は好きだよ。でも、どうしても高杉さんを見捨てられない」


「……」



母禮の素直な言葉に、高杉は黙る事しかできなかった。無論、これは斎藤もだ。


斎藤からすれば、先程まで自身に好意を寄せている素振りを見せていたのに、急に「高杉も見捨てられない」などといわれれば、それこそ男としての面子は丸潰れである。


しかし、それに関しては斎藤も覚悟の上であった。だから斎藤は黙ったまま、母禮の言葉を聞き遂げようとする。


そして母禮は深刻そうな顔を上げて、どこか複雑そうな表情を高杉へと向ける。


それは笑っているが、酷く苦々しい表情(かお)


あまりにも複雑すぎて、母禮自身も上手く理解出来ていないような。そこから滲んだ恐怖も混じっている。そしてそんな複雑な表情なままこういった。



「まだ、貴方の事を完全に理解した訳ではないけれど、出会ってからずっと守ってくれた……愛してくれた。その気持ちをどうしても無下にはできない」


「……おいおい、なんだそりゃ」



斎藤も面目ないだろうが、これでは高杉もまた面目ない。正直今この場で行われているのは、杏子への報告よりも、母禮の親である杏子の前で、娘が連れてきた婚約相手を散々貶すようなものだ。こんなはずでは、と高杉は素直に心の底から悪態をつく。


しかし、なのに表情は柔らかく、薄く笑っていた。


そこには恥も屈辱もなく、どこか納得したような顔で、心地よく落ち着いたように。ただそれでも口から出るのはもちろん不満だ。



「俺様は両手に華生活なんて懲り懲りだよ。こりゃー杏子にフられた時より酷いな」


「高杉さん……」



高杉の様子を見て、母禮は一瞬言い過ぎたかと焦った。しかし当の高杉は余裕そうな素振りで、母禮と斎藤に背を向けてはひらひらと手を振り返す。



「もういい、お前ら先に霊園出てろ。俺様はもう暫く杏子に話があるからよ」


「? じゃあ、先に行ってるからね?」


「おう。片付けはお前らに頼んだわ」


「……えー、まぁいいけど」



そういわれると、母禮は(ひしゃく)を持ち線香などを片付けて、杏子の墓を斎藤と共に後にする。


高杉はその様子を見送る事なく、ただ杏子の墓に向かい合わせになっては、墓の下に眠る彼女へとこう話しかけた。



「……見てるかよ、杏子。俺様は負けちまったよ。この国に、お前の娘に、俺様自身に。カッコ悪いだろ?」



もちろん、既に死人である杏子からの返事はない。しかし、高杉の目には墓石に寄りかかり、あの頃のように静かに高杉の話を聞いている杏子の姿が映っている。


無論、これは幻覚。過去に置いてきた産物でしかないのも知っているし、何より高杉の嫌な予感は的中してしまった。


その嫌な予感というのは、母禮が斎藤と高杉の間で心が揺れ動いているという事態だ。


確かに母禮の立場を考えれば、そうなってしまうのも頷ける。しかし自分達が先に進むには、母禮が高杉に想いを寄せる事は断じて許されない。


何故か? 理由は簡単だ。


『この物語』はただ大鳥母禮という希望が、高杉灯影という男を理解し、救う事で終わる。そう、既に『この物語』は終わっている。


だからこそ母禮を含め、斎藤や残された新撰組の隊員はもちろん、樹戸や高杉自身さえ『これから』を歩まなければならない。


ただ、あのときの母禮の表情で望みの先は見えた。


だからここで、得た望みを、何より自分が伝えたい事を、自身を育ててくれた恩師へとこう告げる。



「だが、もういいんだ。この先何があろうと、お前の娘は挫けない、転ばない……まぁ泣くだろうが、2、3日すれば機嫌は直るさ。もう誰も恨んじゃいない。なら俺様はそんなアイツを長い目で見守るだけよ」



少し遠い話になるが、母禮は大鳥本家に産まれた者としての『呪い』を所有している。そしてそれは生涯消える事などない。


だからこそ、下手をすれば敬禮のような存在になってもおかしくはないのだ。しかし、それは決してない。


自身の抱えた『呪い』と見つけた『真実』の先にあったのは、愛する人との幸せな未来だ。


とても青臭いものだが、こればかりはあれぐらいの年頃の2人なら今のうちに堪能しておくのも悪くはない。例え先にある未来が暗いものだったとしても。


だから高杉はもう自身の感情に清算が出来た。先程の笑みはそれへの安堵ゆえのものである。そして最後にこう杏子へと報告する。



「そんなカッコ悪い俺様は今でもお前の事が忘れられねーけど、少し前を見て歩こうと思うんだ。お前の残した希望を追って。……それと、これは内緒なんだが、国の立て直しを政府が秘密裏に発表してな。俺様はそこで特別に役職を任された」



これで高杉が恩師に、初恋の相手に、大事な存在の母に対して報告すべき事はした。これ以上、伝える事は何もない。


そういうと高杉は墓石に背を向けて、石段を下りて行く。そんな中、手をあげてはぽつりとこう呟いた。



「あばよ、俺様が過去に愛した唯一の(ひと)



杏子からの返事はないが、今日この日ついに彼は過去と決別する。当然愛おしかった人にも。短くともぶっきらぼうに高杉は大鳥杏子へと別れを告げた。







「……本当に、よかったのか?」


 

一方、霊園の出口で高杉を待つ斎藤は共に高杉を待つ母禮に向けて一言告げた。その言葉を聞いた母禮は至極落ち着いたままである。


この「よかったのか?」という意味を今更聞くのも無粋だし、何より母禮はそこまで鈍くはない。だからこそ母禮は平然としたままこう返す。



「これでいいの。斎藤さんは嫌かもしれないけど」


「いや、俺も別に構わない」


「へぇ? じゃあ、いつ高杉さんに鞍替えしてもいいって事?」


「そういう訳じゃ……!」


「大丈夫だから」



母禮のからかいに焦る斎藤。しかし母禮はそんな斎藤に寄り添い、ぎゅっ、と斎藤の服の裾を軽く握りしめる。


そして高杉の前ではいえなかった、斎藤に対し思う事を、遅くはなったが静かに伝えていく。



「私にはもう何もかも見えた。この国の行く末の答えも、自分の想いや愛してる人の気持ちも真実も掴めた。今はこれ以上望む事は何もないよ」


「沈姫……」



彼女が知ったこの国の行く末は、血の雨が降り、肉の塊が地に転がって人が嘆く未来ではない。その未来は自分達が防げた。


ただ彼女の見据えた未来とは、今自分の目の前に広がっていた穏やかで澄み切った世界。まるでこの会津の地のような緑葉に満ち、心地良い日差しが頬を撫で、澄んだ空気が肺を満たすような。


そしてあの戦争の先にあった真実とは、「力では人を救えない」という事。


力は必要ではあるが、ときとして人を傷付け、畏れさせ変貌していくモノ。それに溺れてしまえば、誰もが恐怖で子どもへと還り、ただ哂いながらその強大さを振りかざすだけだ。


なにより、『ヒーロー』というものは、自分でなるしかない。


例えどれだけ他人に助けを求めても、絶対に誰かが自分を救ってくれるわけではない。


高杉の場合、たまたま母禮という楔があったからこそ救済されたが、この残酷な世の中では救われぬまま地の底に転がされる者達がいる。


それゆえに、自分こそが変わり続け、前へ進めばきっと何かが掴めるかもしれない――そんな幼稚で青臭いモノ(真実)だ。


無論、あの場にいた斎藤はなんとなくではあるが、母禮のいう『真実』を理解する事ができる。


そして確証は出来ないが、母禮のいうこれからの未来というのもなんとなく分かる。


なんとなくばかりだが、それでもこれは不確かで構わない。何せこれらは今後自分達が叶えさせるものであって、いわば『夢』だ。


だから結局なにもかもは、自分達の手で引き寄せる――これもまた斎藤はよく知っている。


今まで18年間、彼はずっと起こりうる事にその身を任せて流れてきた。しかしそうした結果、ただの愚者にしかなれなかったが、今は違う。


これも青臭いが、『愛する人を守る』という誓いがある今、斎藤は今までのように無駄な死人を出す事はない。


新撰組に身を置く以上、規律を破り脱走した者などの粛清はきっと彼がするのは確かだ。しかしそうだとしても今までのように罪に潰されるのではなく、数ミリでもいいから弔いを込め、命の重さを以てその刃を振り降ろす事こそ、彼にとっての1番の変化となる。


ここまで理解できたところで、斎藤は少しだけ気が重くなった。


しかし、今度こそは――と、やっとの想いで母禮の身体を自身の方へと抱き寄せる。それは硝子細工を扱うようでいて、けれども母禮は自身を抱きしめる斎藤の矛盾する腕の強さを感じていた。



「……愛してる」



こんな言葉で全てを締めるなど、本当に青臭い。


既に夏は過ぎたし、徐々に寒さに染まりつつあり、やや低くなった陽が地を照らす中で、乾いた風が彼らの頬を撫でては通り去っていった。


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