tranquility-2
一方、元々高杉に宛がわれていた部屋に母禮と高杉がいた。
本来ならば病院に搬送されるべきだが、根城の強襲は多大なる被害をもたらした。
交通関係から電気供給、さらには住人や通りかかっていた人達までもこの戦争の餌食となり、一般市民でも死傷者は出ている。ゆえに新宿近くの病院は全て厳戒態勢が引かれていた。
その最中で、この戦争の主犯が運ばれたとなれば、お上は騒然となるだけでは済まない。
樹戸は出頭したが、彼は面ではただの研究者と大学教授なため、『生命の樹』での立場や彼自身がした事はまだ世間には公表されていない。それは樹戸自身も知っているが故に自ら名乗り出たのだ。
(やっぱり……)
母禮は今は安らかに眠る高杉を見て、どうしても今後の事を考えていた。
昨日の夜の事が知れれば、きっと高杉は逮捕され、それこそ戦犯という扱いになるだろう。何せ『生命の樹』はやりすぎていたのである。
自身らはあくまで政府に協力的な姿勢は見せていたが、政府側も馬鹿ではない。いくら高杉達が隠ぺい工作をしようと、昨日の戦争で『生命の樹』が勝利しなかった以上、ボロだけしか出ない。
それは高杉本人も覚悟している。だから彼はその罪を受け入れた。しかし母禮はどうか?
例え高杉が戦犯になろうとも守ると、彼の笑顔を守ると宣言し、救うと決めた以上、これは果たさなければならない。
しかも置いてきぼりにしたままだったが、何より大鳥家の今後も問題だらけである。
当主である敬禮が失態を犯し、これはすぐに裏ルートを使って、大鳥家分家にも伝わってしまっている。
さらには敬禮が死んだ以上、次の当主についても話し合わなければならない。
この問題に関しては母禮だけでは荷が重すぎるし、女である母禮がまず当主になる可能性はほぼゼロと断言してもいい。
「……むしろ戦いはここから、か」
母禮は高杉の寝顔を見ながら、険しい顔で重く呟く。
ただ何がなんであれ、今は高杉の容体が第一なのは確かである。
高杉が霊脈を使った術式の影響で、彼だけが生き残るという加護はあったものの、何も無傷なわけではない。
紫電に焼かれ、胸を貫かれ、落下した。正直これだけでも3回は死ねるレベルである。
そのぶん「死なない」という絶対的なルールがあるため、これらの負荷はやはり高杉自身を苦しめた。
あの後、高杉はすぐに気を失ったが、やはり尋常ではない体への負荷は、すぐに彼の目を覚ますほどに彼の体を傷めつけた。
とにかく新撰組本部に運ばれてからは、アマンテスが回復術式を施したが、それでもかなり重症といえるほどだった。
アマンテスは医者ではないが、それでも魔術のスペシャリストだ。そんな彼が苦戦するのだから、ある意味土方以上に重傷といっても違いない。
そして回復術式がようやく安定してから、4時間。ようやく安らかな様子で一旦高杉は眠りについた。
母禮は高杉が運ばれてきてから今に至るまで、ずっと彼の様子を見ていた。その理由は2つ。心配と今後の事について話し合うためだ。
こんな過酷な事が立て続いた中、さらに面倒事が舞い込むのは病人にはよくないだろう。だが時間がないのだ。
なら、せめてアマンテスか花村達に相談に乗ってもらおうか、と妥当な案が母禮の脳裏に浮かぶ。
話は早い方がいい――そういって椅子から立ち上がった瞬間、服の袖をくい、と摘まれる。
無論、今ここには母禮と高杉しかいない。となると、こんな事をするのは高杉1人しかいないわけで。
「……高杉さん、もう少し寝てて。状態が悪化したら困るから」
先程の独り言で起こしてしまったのか、と母禮は自身の口の軽さに後悔しながら、高杉を諌める。すると高杉は先程の苦痛は晴れたかのように、あっけからんという。
しかし、まだ無理をしているのは自明。それでも尚、高杉はこう軽口を叩く。
「いいだろうが、もう十分に休んだ。後は傷口が勝手に塞がるのを待つだけだ」
「……全く。ほんとに困るんだから」
「杏子と同じ事言ってやがる……まぁいい。ちょっとした提案があるんだが、聞いてくれるか?」
「提案?」
杏子という名前を聞いた瞬間、また半日前の話をぶり返されるのかと思ったが、高杉は至って冷静にこう切り出す。
「怪我が完全に治ったらよ、会津に行かねーか? 杏子の墓参りに。杏子も大きくなったお前の姿を見たいだろうしよ」
「別に構わないけど、隊務とかは……」
母禮は「構わない」と気を遣うが、そんな悠長な事を言っていられないのは高杉も同じである。母禮は仕事があるからと逃げたが、高杉はそれを許さないといわんばかりにこう返す。
「適当に有給申請してこい。無理なら勝手に行くぞ」
「またまた強引な……」
「悪いかよ?」
そういうと、高杉は不遜な表情でそういった。まだ母禮は高杉の全てを理解したわけではないが、なぜか本能で、「これは何をしてもだめだ」と悟る。そして深く溜息を吐いた。
「分かった、分かったから。着いていくよ。私も随分と行ってないからね、お墓参り。ごめん、私もまだ全快とは言えないから部屋に――……」
「待てよ」
椅子から立ち上がり、高杉に背を向けた瞬間、彼は母禮を呼びとめる。突然呼び止める声に振り向けば、あの時、自分と対峙した時と同じ顔で高杉は口を開く。
「初めて話した時に聞き忘れた挙句、昨日一昨日にあんな光景を見たから一応聞いておきたいんだが」
「何?」
「あの野郎……斎藤の事はどう思ってる? 奴も俺様と同じ免罪符とか言っていたが」
そういえば、と母禮はもう1つの大きな問題を思い出す。
高杉の件も問題だが、斎藤の事についても未だ解決はしていない。
ただ斎藤自身、もう母禮に縋るのは止めると宣言した以上、もう今までの関係ではいられない。だとしたら、自分達はどうなるのだろうか――と。
今までうやむやにしていたが、母禮自身、影踏に誘拐された後に斎藤と会った時点で確信していた。これはきっと恋なのだと。
しかし、今まで裁く者と裁かれる者の関係であった以上、突然こんな話を切り出すのも億劫になる。
(けど、これもどうにかしないと、私は前には進めない)
そう、結局前に進むには、今の関係をどうにかせねばならない。
ただ、ようやくあの歪な関係は終わるわけで、どちらにどう転ぼうと覚悟を決めた母禮は、2度目の重い溜息と同時に本心を述べた。
「そうだよ、私はあの人の免罪符。だけど、ただ少し思う所があるなら、私はあの人が好き。最初は本当に許せなかったけれど、あの時のあの人の言葉に嘘偽りはなかったと確信してるから」
それが、大鳥母禮のあのときのもう1つの答え。しかし、その答えを聞いて、高杉はどこか落ち込んだように俯く。
高杉がなぜこうも落胆するのかというと、彼自身まだ錯覚している面もあるのだ。それが母禮に対する愛情がどちらかだ。
男としてか、それとも父のように守るべき存在としてなのか――まだこの辺りがもやもやしている。
未だ高杉が杏子を好きなのであれば、落胆などしなくてもいい。ただ彼女の遺言通り、母禮を見守ってやればいいだけ。しかしそれを複雑に思う高杉ももちろんいた。
そのため、彼自身も『答え』を出さなければならない。
しかし、それを今出す事はできないから、たった一言でこう雑念を払う。
「……そうか」
母禮もそうだが、高杉自身も答えが出ず、この部屋には沈黙と宙ぶらりんなうやむやな感情だけが残る。けれども、母禮は高杉に1つだけ伝えていない事があった。
「でも、心残りは1つだけ」
「心残り?」
高杉がそう疑問で返すと同時に、彼は俯いていた顔を上げた。そしてそれを見た母禮は苦笑しながら、高杉に伝えていなかった事を伝える。
「あの日、あの時私が刃を向けた時、全て受け入れて受け止めて守ってくれたのは、紛れもない貴方だから。ありがとね、ヒーローさん」
そう一言、言い残しては母禮は部屋から出ていく。
「……ヒーロー、か」
母禮自身、別段嫌味でこんな事をいった訳ではない。
確かに自分は高杉灯影という男を救うといったが、結局肝心なところで守られたのは母禮である。
高杉があのとき母禮を庇っていなければ、今頃母禮は胸を貫かれて死んでいただろう。
彼自身少し遠くに感じてしまう記憶を呼び戻し、さらに「ヒーロー」という一言にさらに奥へ奥へと進んでいく。
ただ異様に白いこの部屋で、ぽつりと彼の独り言だけが響いた。




