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「さてどうするよ、大鳥沈姫」
「く……っ!」
背後にいたアマンテスを斬り伏せ、そのまま言葉を掛ける高杉に対して再び向き直る母禮。
母禮はこのとき、いよいよ自身の危機を察知する。
何故か? 理由は至極簡単。そしてあまりにも単純明快すぎる理由を高杉は母禮に言い聞かせるように告げる。
「魔術サイドでの希望は潰えたぜ? それに下もようやく静かになったしな。恐らく俺様達の勝ちだ。それでもまだ戦うか? その出血の止まらない傷を抱えてよ」
既にスカイツリー下での闘いは、乱戦から静観となり得ていた。
というのも、『生命の樹』と新撰組の戦力の差は歴然。圧倒的に新撰組の方が劣勢である。
いくら銃器を使えど、囲まれればそれで終わる。ゆえに残された隊員達が取った戦法はとにかく固まる事。
負傷した土方はアマンテスの移動系魔術によって、安全な領域まで運ばれたが、新撰組の隊員らは土方がまだこの場にいるかのように見せかけていた。
そしてその土方がいた場所を囲う形で、ここから動かず、ただ前から迫りくる敵をひたすら薙ぎ払う――正に泥濘の中を必死に耐えるような耐久作戦。
ゆえに悲鳴は彼らが耐えている以上、上がる事はない。
何より、空が哭いている。
その哭き声を聴いた者は皆、等しくそのまま静止した。まるでただ起こりうると決まった世界の終末を見守るかのように。
外の状況はさておき、この中は最悪であるのに変わりない。
圧倒的な戦力差と迫り来る絶望。
しかし、母禮はいくら恐怖に襲われようとも、諦めてはならない。
なぜなら
(まだなんだ)
自分はここで死ぬかもしれない。けれども大鳥沈姫は何も高杉灯影に伝えてはいないのだ。
「ここで死んでたまるかッ!」
高杉の顔は今、ただ死蝋のようなものが張りついている。
しかし、それでも彼の冷たい顔の裏は、いつだって泣きそうな高杉がいる。
本人が気づいているかどうかは分からないが、母禮は確信していた。きっと彼は今を嘆く自分に気づいていると。
ただこの世のためなどではなく、先程言った冷酷すぎる一言と圧倒的な力に戸惑い混乱している。そしてその恐怖と現実から目を背けている――と。
しかし、逃げ続ける高杉はそれに構う余裕などない。
母禮の慟哭に対し、とうとう高杉の顔から情の面は消え失せる。
「……まだ分からねーか。だったら死んじまいな、最後の希望。あの世で杏子に会ったらよろしく言ってくれ」
瞬間、ただガン・ホーが真上から振り降ろされる。
避ける事は可能なはずなのに、母禮の脳裏には、数歩前には血に沈んだアマンテスの姿が在る。
たった一振りで死に至る恐怖に耐えきれるなど、遊佐や花村のように常に闘いと身を傍に置いたものだけだ。
本当はただの小娘である『大鳥沈姫』は、このような恐怖など味わった事がない。
ゆえに振りかざされる槍を見た瞬間、『大鳥沈姫』は思わず目を瞑ってしまう。
あくまでここは戦場――そうだと分かっていても、結局小娘である彼女には無理だった。
高杉灯影を救う、などといっておきながら、彼が樹戸から奪った超能力と神槍ガン・ホーはあまりにも恐怖といえるものだった。
しかし、助けてなどとは言わない。
ただそれでも彼女の頭の片隅にあるのは、恐怖に屈しない仲間の姿。
そしてその中でも、死の恐怖には耐えられるが失う恐怖に耐えきれない、『彼』の姿が思い浮かんだその刹那、金属音がこの場に鳴り響く。
「それはアンタが自分で伝えろ、最後の希望は捨てさせはしない」
金属音と同時に聞こえたのは、あまりにも怜悧すぎて感情のない聴き慣れた声。
瞑った目を開ければ、母禮の目の前には細く黒い背中が目の前にある。
そして、その黒い背中と突如向き合った高杉もまた、驚愕の声を上げる。
「お前……ッ、どこから……!?」
「部屋の入り口からだ。生憎俺は影が薄いんでな、気づかれる事がまずない」
そう、それが彼の十八番。
今まで数々の離反者を、多くの害をその気づかれぬ姿で彼らの背後から襲った。だが今は違う。強大な敵に対し、真正面から正々堂々と挑む。
そしてそれらを払うべく、斎藤所以という男は宣言する。
「ようやくたどり着いたぞ、高杉灯影。ここからは俺とアンタの一騎打ちだ」
『最後の希望』は恐怖に屈した。
そもそも『最後の希望』は、自分だけで何かが出来るほど大層な人間でもない。
しかし、高杉にとっても、彼女を信じた仲間にとっても、何より斎藤所以という男にとっては、唯一の希望であるから――だから、道を切り開き、彼らを照らしてくれればそれでいい。
残り全て大鳥沈姫の恐怖になる障害物は、同じ兇刃が払う――斎藤は一瞬、母禮へと視線を寄越すと、そう伝えた。
そして今、いよいよこの高く希望の潰えた場所で、『英雄』と『愚者』の一騎打ちが始まった。
◆
どうして? と胸中で母禮は呟いた。
斎藤が高杉の前に向き合った瞬間、彼は一瞬だけ母禮に視線を遣った。そのときの意味は漠然としていたが、唯一分かったのは、「お前を守る」という一念。
あの人は、斎藤所以は自分を免罪符と呼んだ。母禮こそ自分を殺せる唯一の人間だと言った。
確かに斎藤が、母禮を失ってしまえば、彼はこれからの人生を生きる上で大きな障害となる。
何より母禮が見てきた斎藤所以の姿は樹戸に蹴りを食らい、無様に蹲った姿や影踏を前に容易く屈した姿ばかり。しかし今はどうだろう?
無様どころか、その頼りない背中はめいいっぱい、自身の希望を救うと母禮に訴えている。
もう屈する必要も、恐れる必要もない――恐れるばかりではもう前には進めないから、そう先程から母禮に煩く伝えている。
「お前が沈姫に蔓延った邪魔な虫か」
「蔓延るも何も、俺はあの人を守りきる義務がある。それを果たさずしてなんと言う?」
無論、高杉にとっては邪魔な虫だ。数年以上も前から新撰組から失踪した高杉は、斎藤と直に話したのは今が初めてである。
しかも数時間前に母禮を誘拐したときは、影踏に無様に打ち破られた事も知っている。
そして何より、母禮の心を巣食っているのもこの男だと直感で分かる。だからこそ、高杉は斎藤を虫と称した。しかし斎藤にとってそんな事はどうでもいい。
なら、お前はなんのために彼女を守るのだ? 高杉はそれを問う。
「お前も沈姫も守って欲しいと言われたクチか?」
「いいや、俺が自分で決めた道だ。アンタと同じようにな」
短い問答の直後、お互いに得物を弾きあったところから、また斬り結び、そして鍔競り合いへと運ぶ。そこから斎藤は、思い切り力で押し切っては、高杉をそのまま後方へと押し飛ばす。
(どうして?)
罪に苛まれるが故に、手を握り締めた仮初めの強さなど塵に等しい。けれども逆の強さ――人の為と守り抜く強さが何故今負けたのか?
(まさか、斎藤さんは)
そう。罪人である彼は、ようやくその罪を抱える自身から脱したのだ。そしてその元罪人は語る。
「俺は樹戸に言われたさ。断罪を求め女に縋る男と、たった1人の女の笑顔見たさに戦う男、どちらが強い覚悟を持っているか……もし、沈姫を脅威から守るのを選べと言われたらアンタを選ぶってな」
樹戸の論を乗っ取れば、善悪など関係なく、寧ろどういった覚悟の差こそ目の前の脅威を掃えるのかなど、斎藤は身を以て聞かされた。
そして、自身で考えた結果、結局辿りつけた答えはただ1つ。
「……だから俺はもう止めた。女1人に罪を押し付けて縛る事を」
「この……ッ!」
そして言ってしまえば、今の高杉は現実から逃げている。この事態が如何なる結果になるなど、先程の論を当てはめて考えれば、高杉は圧倒に不利だ。それは早くも彼の行動に出た。
粒子が空中に浮かび上がり、光線となってそのまま斎藤を射抜こうとするが、斎藤はそれを回避ながら距離を縮める。そして今度は横薙ぎに払い、柄を弾く。
「高杉、俺はようやくアンタに追いついたぞ」
瞬間、ガン・ホーは落とせなかったが、それでも尚、今の衝撃はあまりにも高杉にとって痛手となった。
それを視認した瞬間、斎藤は逃がさないといわんばかりに追撃を図る。そして喉奥から自身の覚悟を振り絞る。
「今の俺は自分の罪に押し潰される俺じゃない。惚れた女の笑顔を絶やさないように、今こうして刃を握っている。……国の行く末などもはやどうでもいい。知った事じゃない。だが、残してきたあいつらならきっとこの国を守れる。俺はそう確信してるんだよッ!」




