moment-4
「君は本当に優秀だね」
樹戸と初めて会ったのは、影踏が『生命の樹』に入って間もなく経った頃。
『生命の樹』に入ってから、影踏は先頭に立って破壊行動に身を投じ、その時人間を蹂躙する際には自身が極めた術式で圧倒的な差を見せつけてきた。
時に牽制と威嚇を。更に進めば命を奪う事さえ、彼にはそんな事に躊躇もしない。
そして何故か偶然に樹戸と会った際、樹戸は影踏を見てすぐにこう言ったのだ。
樹戸は社交的だが、世辞は基本言わないタイプだ。それを影踏は分かっていたし、何せ樹戸は影踏と高杉が血縁関係がある事さえ知っている。
言ってしまえば、この時影踏は初めて兄と比較をされなかったのだ。
それだけでなく、きちんと優れていると評価をしたのも樹戸が初めてだった。だからこの時初めて自分は優れているのだと、乾いた心が満たされた気がした気がした。
だが現実は残酷で、影踏が灯影の弟と知られれば、一気に周りの人間は影踏に後ろ指を指した。
「あの高杉灯影の弟だからこそ、特別なんだ」
ようやく掴んだ己の居場所でもまた指を指される事に、影踏はもう耐えられなかった。
何より自身よりも劣る人間がそう指を指す事が、その屈辱は更に彼の破壊衝動と破壊行動へと向けられていく。
確かに自分は『生命の樹』では最年少だが、年齢がどうではなく、兄と比較される事――それがただただ恨めしい。
いくら兄を超えようと努力してもその手は届かない。彼のほんのわずかな影に触れる事さえ影踏には叶わないのだ。
その言葉と事実をどうしても受け止めたくなくて、とうとう影踏は唯一自分を優秀と評価した樹戸へと願い出た。
「無理なのは承知です、ですが俺にも超能力使用の演算方法をご享受いただけませんか?」
まだ、まだだと自身の内側が疼く。そう、魔術だけでは到底足りないから、もう1つの超人錬成への入り口へ足を踏み出さなければと、影踏の内にある劣等感だけがそう命じた。しかし樹戸はこの時、複雑な胸中に苛まれた。
これは樹戸本人の談だが、いくら学業やその他が優秀とて、こればかりはどうしようもない。超能力と一口で言っても、数が多すぎる上に全てを学ぶ事はまず不可能。
さらには超能力使用にも適性はある為、適性が低いと何を努力しても出来る事はさらに狭まってしまう。
だから樹戸自身が研究した会得した演算を扱えるように、彼は影踏に自身が精製した腕時計を渡したのだ。それを通じて自分の脳内で演算させる事で、影踏に足りない分の脳の容量と知識を与えた。
そうして来るべき戦争の日までに繰り返したテロなどで影踏は、根城が入る前までは更に先頭に立って行動してきた。
魔術と樹戸の集めたデータと演算能力を兼ね備えたスプリクトだけでなく、魔術師としても負ける事はなかった。なのに、今自身は負けようとしている。それこそ自分より幼い少年に。
「成程、そういう事か」
突然の崩壊に一瞬アマンテスは戸惑ったが、自身を縛る鎖さえ断ち切り、身体の自由を取り戻してはアマンテスは頷く。
「それは誰かの脳の演算を利用していたとはな。そして、そのマスターのキャパシティオーバーで、貴様自身も道連れ……か」
そう、結果これが高杉影踏の末路。
あれだけ努力し、あらゆる屈辱に耐えて、胸を抉る痛みにさえ声を上げなかったのに。なら、何でと影踏は破壊された脳へと訴え続ける。だが、アマンテスは苦痛に苛まれる影踏へこう告げた。
「哀れなモノだよ、最初から頼らずに自身の武器だけで戦えば貴様は強かっただろうに」
自身の武器――それはもちろん影踏の魔術師としての実力の事である。あれだけでも相当だというのに、初めて欲をかいてしまったからこそ、今こうして自爆へと陥った。
ただあの時の評価の声を留められれば、あそこで縋らなければまた違う結果は見えていたのだと。
「あ、ぐ……ッ、えfdjp /Eroer」
もはやアマンテスの言葉を返す事も出来ない上、未だ影踏はキャパシティオーバーの呪縛から逃れられない。だが、ここから通常の人間に戻る事さえももう出来ない。
「安心しろ、止めならば刺してやる」
「おおおおおオレは、tttとえとはははは、tyhf」
「終わりだ」
スッ、とアカンテスがカードを飛ばすと、そのカードは黒い人影と具現化される。
人影は剣で影踏の顎を呆気なく斬り捨てた。まるで周りが影踏と灯影を比較した時の様に。
今にでも泣きだしそうな影踏の表情を、アマンテスは見届けて境内を過ぎ、神社を出ると同時に杖を軽く振っては神社ごと燃やす。
ここで生きている上で手出しをされたら溜まったモノじゃない。むしろ背を向けてから相手の攻撃がなかっただけマシとも言える。
背後で起こる大爆発の中で、アマンテスは死に向かうだけの影踏へと小さく呟いた。
「もう『生命の樹』は終わりだよ、もう兄と比べられる事もなかろうに。安らかに眠れ」
しかし、この呟きが本人に聞こえる訳でもなく、まだ濃くもありつつある夜空にぽつりと消えた。
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