moment-3
高杉影踏はいつも兄の影だった。いくら勉学や運動で成績を挙げようとも、どうしても兄がその上を行く。
影踏自身は目の前でそんな優秀と担がれる兄の姿を見た事などない。何せ影踏は兄が成人してまもなくに産まれた子供なのだから。
確かに直接的に差別を受けていたら、更に影踏の心は歪んでいたのだろう。だが、現実は影踏に対して甘くもなく、幸福も与えなかった。
常に何かあれば、間接的に祖母や叔母らを始めとした親戚一同はこう言った。
「灯影ちゃんは本当にすごいわよねぇ」
彼の家は周囲と変わらない一般家庭。確かに父親が警察官であったから、多少両親は厳しくあった。
周囲と何も変わらない家庭環境のはずなのに、同じ兄弟であるはずなのに1番優先されて、評価をされるのはいないはずの兄。
所詮影踏自身がどう足掻いても「ああ、そう」と素っ気なく返されるだけ。
その声音には、影踏に対する興味さえない。そう、影踏は産まれてから誰かに期待された事も、興味を持たれる事もなかった。
「ごめんなさいね、影踏」
小学1年生の秋頃に、影踏の母が彼に告げた言葉。
それは悲しげではあったが、贖罪の意味などない。何せこの後、自分を唯一守ってくれていた母が目の前から消えたのだから。
「なん、で……」
彼の“真実”を知ったその時、影踏は悟った。
母はもう自分を抱き締める事も、声を掛ける事すらない。否、母も守ってはくれたが、自分に対してそう期待などしていなかったのだろうとも悟った。
なら、何故自身は産まれたのか――その苦痛だけが彼の中で疼いている。
足りない愛情。満たされない承認欲求。胸の内を腐らせていく自己顕示欲。これら全てが痛くて、憎くて仕方が無い。
ただどんな結果を残しても、灯影の方が凄かったと比較されるだけこの苦渋も止まらない。
挙句止めには彼が警官学校に入る前、大学を首席で卒業されたと聞かされた時の事。普段ならば、親戚一同だけのはずが、今度は影踏に関わる人間全てが彼を否定した。
近所の住人も、学校の教師も、灯影と関係のあった人間全員が影踏を劣等生と嗤う。
これも影踏がかなり遅くに産まれたからこそ、起因してしまった苦痛で、親戚の叔母はこう言った。
「何で意味もないのに、影踏君なんて産んだのかしら?」
この言葉を初めてを聞いたのは、影踏の母と兄の高杉のみ。まだこの時は影踏が産まれてまだ2ヶ月も経たない頃だった。
恐らくこの言葉で兄である彼もいよいよ耐えきれなくなったのか、家族を捨てる様に家を出ていった。
そしてこの言葉を2度目に聞かされた時には母もおらず、彼が中学に入る前にその今まで受けて来た傷を抉るかの様に聞かされたのだ。
だからこそ、真っ当な人間として生きる事を諦めたのが中2の冬。魔術というオカルトに手を染めて、ひたすら現実を覆す術の習得に時間を費やした。
しかしある程度の魔術の知識を得ると、影踏は「足りない」とひたすらその最果てを望んだ。
これでは、灯影に敵わない。
まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、マダダ、マダダ、マダダ、まだまだまだまだまだまだまだ――と故障したメリーゴーランドの様に、渇望だけが脳を精神を蝕んでいく。
どこまでも自分のスタイルの術式を完成させる為に、日々努力し、無論学校での成績も上位をキープし何もかも怠らなかった。
そして、高校に入る前に『生命の樹』へと入り、そこで構成員である樹戸と出会った時にふと彼の運命は変わる。
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