Consciousness ambiguity
母禮に、あの時罪の意識も何もなかった。
無論何も見えてなどいない。故に『新撰組』の本部が一部損傷したどころか、斎藤と呼ばれた青年の左足が膾切りにされた惨状さえ知らない。
全ては無意識下の中での事。
確かに裏切りや拒絶は母禮の胸中にはあった。だが、何よりも大鳥の血が母禮を支配し、この惨状を生み出した。
上がる叫び声に、ハッ、と意識が戻れば、そこには膝を抑えている斎藤の姿を見ては生物としての本能が、今の危機的な状況を悟った。
多大な出血量。だがそれはあくまで左足に広がる無数の傷からによるもの。すぐに縫合は無理だが、止血さえすればまだ間に合うかは五分五分。
そして斎藤自身も猛烈な痛みなのか、それとも最早神経さえ感覚麻痺をしているのか、出血する足を抑えている。
「この程度……」
「バカ言ってんじゃねぇ!!」
「待って、今すぐ医療班を呼んでくる!」
「平気だ……」
弱々しく聞こえる声に慌てて母禮は部屋の隅に置いた鞄から、布タオルとクリームようなものが入った缶を取り出し、それを布タオルに塗っては斎藤の太股に当てては言う。
「会津にある薬草から出来た血止め薬だ。傷は浅いが出血量がこれだから、大人しくしてろ」
「……かたじけない」
ようやく意識をはっきりとさせた母禮は、斎藤の言葉を他所にてきぱきと手当を済ませ、最後に包帯を巻けば一息吐く。
「これでどうにかなる。それと済まない、途中で意識が途切れ……」
「別に構うな」
母禮の言葉につん、とする斎藤。もちろんこの状況からして、如何なる人間でもにこやかに対応出来る者はいないだろう。
罪悪感から僅かに顔色を曇らせる母禮を他所に「ねぇ、所以さん」と遊佐が軽快に声を投げた。
「所以さんには見えた?」
見えた――とは、先程の母禮の動作によって起きた事の詳細である。確かにあのたったひと振りで、マンションを陥没させるその仕組みが不明瞭である。
しかしあのたった1つの動作から、遊佐と斎藤の2人はあの時一瞬である程度は予測していた。
「ああ。あの時あの剣は柄を地面に叩きつけたが、地割れを起こす強力な力点となったのはわずか30センチだっただろう」
確かに母禮は十字架と言っても剣なのだが、斎藤の言う通りに柄で床を叩いた。しかしそれはあくまで上辺だけの事。
それらの本質を全て裏返せば、本命はマンションの地下に対して干渉をしていたのだ。後は斎藤の言う通りである。
「あの時、俺自身で床を叩き、威力を相殺させてみたものの、足1本は犠牲になったか……」
どこか落胆を感じさせる声色。だが事細かに見抜いたその観察眼に、遊佐はヒュゥと口笛を吹いた。
「へぇ、床叩いてたんだ? 通りで少し床が斜めってる訳だ。相変わらず判断力の早さだけはすごい早いね」
にこにこと遊佐は笑うが、先程の言動といい今の笑みといい、それを現すのは皮肉なのか、それらが不明な上、一切無視をして土方が「とにかく」と横から口出す。
「とにかく今さっきテメェはテメェ自身で意識が途切れたと言った事と安全性を考慮し、斎藤を監視役にあてる」
「は…?」
土方の言葉に思わず、母禮は呆気ない声を漏らす。
意識が途切れたのは確かだが、母禮が聞いたのは兄である敬禮が『新撰組』に入隊して1ヶ月足らずで脱走した事。
『新撰組』の規律がどうなっているかは不明だが、あの口ぶりからしてこのまま放置して見逃されるとは思えない。それにまるで今の土方の発言は、母禮の身柄を『新撰組』が預かるという様なものだ。
「俺らがテメェに求めてんのは、テメェの兄貴探しの為。だから巡回には出てもらうぞ。但し戦闘になったら下がれ、こちらで捕縛する」
土方はすっぱりと母禮へと決定事項だと言い放った。確かに母禮自身も敬禮を探してここまで来た訳なのだから、ある意味これは好都合ではある。
ここで断ってもいいだろう――などと、そんな恩情など存在しない。ただでさえ向こうは国家権力を持っており、更にはこの様な事態を起こした以上、このまま大人しく帰される訳がない。
ならどちらにせよ、このまま『新撰組』に留まる事こそ最適解。故に母禮は首を縦に振って頷いた。
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