Mudslinging-2
しかしそんな彼女の弱点は、重心と力点、筋肉への依存。些か筋肉の使い訳が出来るのは武器にはなるが、頼ってしまいすぎると時々力点を見誤る事がある。
例えばただ薪を割ろうとしても、重力を考えずに力だけで割ろうとすると、いずれ筋肉に支障が出る。
根城の場合だと、この時筋肉が限界でも問題ではないのだが、いくらなんでも人間は無限に動き回れる訳ではない。
そうなると持久戦になれば、圧倒的に不利。しかしそれでも彼女は正しい刀の構え型や振り下ろす方法を知らないから、更に筋肉への依存が加速する。
故に彼女の武器が打ち刀や大太刀でもなく異なるのも、それらに起因している。言ってしまえば棒をめちゃくちゃに振り回している様なものだ。
日本刀とは“振る”ものであって、“振るう”ものではないし、ましてや薙ぐ為の物でもない。
「そういう事。どこの誰の流派を見たか知らないけど、これじゃ子供と同じだよ」
「それが分かったから、私を倒せるとでも思ってんのかぁ?こっちは更に早く動く事もできるんだぜ?」
呆れる遊佐だが、まだ根城はそれでも精神だけは喰らいついていた。そう、速さだけならば根城の方が上であって、まだ彼女はこれよりもっと動ける。
故に誰も逃れられなかった。だからお前も逃がさない、この場で喰い殺す――そう再び宣言した瞬間に遊佐の声は低くなり、こう現実を突き付けた。
「だから、それがお前の弱点だよ」
「ゴチャゴチャ抜かすんなら……」
再び刀身が空気を薙ぐ。1度旋回させて遠心力を溜めた後、2度目に振り下ろされるのは死のギロチン。
「死んじまいなッ!」
「――ふっ」
軽く息を吐き出しては、遊佐もまた踏み込む。そのまま刀の力点を狙い、根城の武器の刀身を折っては同時に根城を間合いから弾き飛ばす。
「なッ……!」
「速さだけが剣の全てじゃない」
速さも確かに実戦に於いても重要なるファクターだが、それだけで同じ力量のそれらを淘汰する事は勿論出来ない。
ただ彼女がもっと強さを求めるだけでなく、剣術そのものの真意にさえ触れていれば、それこそ遊佐が敵う事などなかっただろう。だからこそ遊佐はこう言った。
「同じ狂気と腕と経験値を持っていても、頭を使わない時点でお前の負けだよ」
「――……」
遊佐の勝利宣言に対し、根城は至って無言。否、遊佐が勝利を口にしたその瞬間、根城の身が揺れては、そのまま地に伏せた。
まだ遊佐は止めなど刺しておらず、絶命する程の致命傷も与えていない。
なのに何故?――そう思って、周囲を警戒した瞬間に心臓の鼓動がやけに一瞬高まり、そしてそのまま握りつぶされる様な感覚に陥って、遊佐もまたその場に倒れた。
じくじく、ギリギリと増して行く痛みと血液の流れが徐々に早くなる感覚に、最早脳が対処しきれずに眩暈さえ起こす。
警戒したが、ここには遊佐と根城しかいない。そのはずなのに何故か男の声が夜闇に響いた。
「……やれやれ、帰りが遅いから様子を見て来いと頼まれたが、私は別に彼女の保護者でも何でもないんだ」
呆れ交じりの声音と灰色のスーツの上に白衣を纏った謎の男の姿――そう、彼こそがかの『生命の樹』の樹戸榊。
本来仲間であるはずの根城に対し、まるで塵屑でも見る様な視線を向けては、冷たくなりつつあるその身体をつま先で蹴った。この時、遊佐は思わず背筋に悪寒と恐怖を覚えるが、樹戸はこうも続けた。
「それにこのまま傾国の女だけを持ち帰っても、その真意を読めない程、私と灯影は馬鹿じゃない」
一見言い聞かせている様にも見えるが、彼の黒い瞳には光が宿っていない。つまり樹戸にとって自分らにとって言う事の聞かない駒に掛ける情けはないという事だ。
どこか餞別を兼ねて薄く笑うと、樹戸が続いて視線を向けたのは遊佐である。瞬間、遊佐は恐怖からではなく、異様に身体が冷めていく感覚を覚える。
「――ッ!?」
先程まで熱を持っていた身体から熱は冷め、血液の流れもゆっくりとなっていく。そしてあれほど煩かった心臓の鼓動さえ、徐々に弱くなっていくのを感じた。
これら全てが示す意味。それは死である。
今ここで死に逝く人間を前にして、樹戸は微塵も表情を崩さず淡々と遊佐を見下げながらこう言った。
「しかし運はよかったようだ、かの新選組最強の遊佐相似が相手をしているとは。ここで君を殺せば幾分か私達の脅威は減る」
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