wolf
ここで仲間を捨てて母禮だけ救うか。それとも応援が来るまで持ちこたえるか――その二択。しかしどちらに転んでも状況は何も変わらない。
母禮だけを救えば、仲間を見捨てる事となる。
だが斎藤がどれだけ身を呈しても全滅は免れない。精々どれだけ全滅するまで持つか程度に過ぎないのだから。
(どうする……)
激しく剣戟を浴びる中で、脳内を犯す逡巡。卑劣でしかない己の唇を恥と共に噛みしめたその刹那、暗闇の中で声が響く。
「しめて今ので10合。これで少しは詰められたかな?」
斎藤の背後から響いた声に振り向けば、そこにいた姿に斎藤は思わず愕然とする。
そしてこの一瞬、隙だらけとなった斎藤の懐に繰り出された一撃を代わりに割って入ると、軽々と根城の剣筋を弾いた。
「遊佐……さん?」
一方、この一瞬にして行われた激動を見て呆気にとられる母禮。
すると剣筋を弾き、1歩下がっては遊佐は母禮の方へ顔を向ける。しかしこの時、根城は何も反撃などしなかった。故に更に恐怖だけがこの場に加速していく。
だが遊佐はその恐怖をなんという訳でもなく、あっけからんといつもと変わらない声音でこう呟く。
「待たせてごめんね、れいちゃん。こっからは僕がこいつの相手をするから」
「しかし!」
しかし、そうしかしだ。今遊佐は確かに根城の一筋を弾き返したが、彼の姿を見れば、これが如何に奇跡だったか容易く感じ取れる。
ここまで走ってきたから、息は上がっているのは当然。だが問題はそれだけではない。
まだ遊佐はあの爆発に巻き込まれてから、およそ半日と数時間しか経っていない。全身の痛みもそうだが、点滴さえ無理に外した。
つまり、自分の命を繋ぐそれら全てを捨ててここまで来た。その代償はあまりにも大きすぎる。
顔色も夕方と比べると当然悪い。しかし今や遊佐の目の前にいる根城だけは遊佐に対し、別の感情を抱いていた。
たった一瞬であれだけの距離を詰めるだけでなく、自分が得意とする剣の結界へといとも容易く入って自身の一撃を弾いた。
これだけであれば正に異様。否、最強。なのだが、どれだけ彼女の皮膚がその異様を感じても、目に映る様はこうだ。
「あ?なんだこのボロクズ野郎」
そう、まるで屑。だがそんな屑と比喩された遊佐は笑いながらこう返す。
「ボロクズ?まぁ確かに今はそうかもしれないけど、こう見えても僕は新選組の第1部隊の隊長なんだけどな」
遊佐の正体を聞いた根城は、この時最も嬉しそうにその口端を歪ませる。それもそうだ、あの実力はその肩書きに見合い過ぎている。
「って事は、あの遊佐相似か。さっきのは確かに立派だが、今の状態じゃ5合でテメェは死ぬぜ?」
「そんなに怖いのかなぁ?」
「あ?」
根城は確かに遊佐に「死ぬ」と嘲笑ったが、それもここから先ある愉悦を愉しみにしたからこその冗談。
だが遊佐はこの冗談に対し、本音を返す。だからこそ一瞬、根城の声が曇った。しかし如何にその声音に怒気が含まれようと、遊佐は揺るがない。
「確かに所以さんは強い。でもそれ以上の僕と戦うのがそんなに怖いかよヘタレ女」
「……何言ってやがる?死にてぇのかぁッ!?」
突然の根城の振りかざし。しかしそれは風を受け止める様な軽さで遊佐が受け止めては、そのまま文字の通り流す。
闇夜に怒りと呼応した甲高い剣戟音が響くも、その暗がりに紛れて遊佐はただ笑う。
「正直ぶっちゃけ言えばこれはハンデだからさ、今すぐ後悔させてあげる。僕の大事な物に手を出した事に」
正直、根城が何故新撰組本部を襲撃したのか、否、その前に誰がこんな事を企てたのか自体すら遊佐は興味など抱いていない。
文字の通りそうなのだ。今、根城は遊佐の大事な新撰組を壊そうとした。だからただ遊佐はそれを許せないだけ。
そして、だからこそハンデと称しても、全力を以てお前を排除すると、ここに宣言する。
「けど後悔させる時間さえ与えない、だから死んでから後悔しろヘタレ女。お前のそのトリックなんてとっくに読めてるし……じゃ、そこの2人は比企さんを連れて土方さんの所に急行ね?こいつだけは必ず殺す」
怪我人とは言え、今嗤ったその目は母禮は新選組にきたあの日に見たおぞましい瞳と同じもの。否、そんな筈がない。
寧ろ眼光だけで、その恐ろしさは形容出来ない。そもそも遊佐の内側に秘める彼本来の強さに蓋などない。
だからこそその理論に則り、きっと今後こそこの男は獲物を逃さないだろう。
それを分かったのもあるが、母禮はどこか遊佐を恐ろしく感じていたから焦り気味にこう返す。
「わ、分かった。但し死ぬなよ!」
「誰に物言ってんだか」
ふぅ、と態と呆れを見せた嘆息。その刹那に目を伏せ、顔を上げて剣鬼は笑う。
「じゃあ始めようか、命知らずさん」
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