The worst fact
事実彼は新撰組の隊長代理であり、現在では彼が組織を統率し、日々指令を出しては様々な出来事に対する対応の他にも、政府との話し合いにも参加している。
元々口も悪ければ、隊員の間では「鬼」とまで呼ばれる彼だが、少し棘のある八つ当たり兼注意を受けても、遊佐は態度を改めない。そして土方は母禮の姿を見ては、さらに顔を顰める。
「知るか、阿呆。んで、報告は?」
「上野にて強奪犯と遭遇。捕縛に入ろうとしましたが、第1部隊のミスで奇しくもその場では逃がしましたが、後に第3部隊で回収しました」
突然聞こえた室内に響いた声に、遊佐は「わっ」と驚いてはサッと何かを避ける。その声を発したのは、あの遊佐に「所以」と呼ばれていた青年。そして気付いていなかったのか、遊佐は驚きを隠せないままこう呟く。
「所以さん、いつの間にいたの!? …というか、貴方いつもいいとこ取りだよねー。本気で殺したくなるよ…じゃなくて」
「んで?そこの小娘は?」
「強奪犯を追っている最中、『大鳥』と名乗った為、ここに連れてきた次第です」
明らかに手柄を横取りする様な青年の態度に、遊佐はいよいよ態度こそ不機嫌になるが、もう付き合い切れなくなったといわんばかりに、報告を終えた後に盛大な溜息を吐く。
「もういいや…という訳で連れてきたんだけど、まだ名前も聞いてなくて」
遊佐の発言に思わずズッこけそうになる土方。しかしなんとか机から肘が滑り落ちる事はなく、土方は母禮へと視線を向ける。
「名前は?」
「大鳥家193代当主・大鳥敬禮の妹、大鳥母禮と言えばよろしいか」
「妹だと?」
『大鳥敬禮』という名前が出た瞬間、この場の空気が凍る。それだけでなく、土方の眉を顰め、強張った顔が怪訝そうな顔色へと変わる。
母禮は、この様子が如何なる事態なのか理解出来ないのは当然。そこで仕切り直しと言わんばかりに、土方は煙草ケースから1本煙草を咥えると静かに火を点ける。
と同時に今度は母禮の疑問へ答えてやると言わんばかりに、顎を僅かにクイ、と動かした。
「で?聞きたい事は何だ?ガキ」
「兄が東京へ下ると3月中旬に会津を出たのだが、何か心当たりとかはないだろうか?」
という問いかけに対し、土方は無言を貫く。一方遊佐はソファーに寝転がると、その母禮の問い掛けにスローな声音でこう返す。
「いたよ、でもすぐに脱退」
「よいしょっと」と声を漏らし、今度はローテーブルにある茶菓子に手をつけながらも、淡々と話しを続けて行く。まるで何かしらの書類を淡々と読み上げる様に。
「あの人は今年の4月頭に入隊したよ。けど5月中旬に脱走。だから今こうして探してるんだよ。あ、『母禮』って響きがしっくりこないから、れいちゃんって呼ぶね」
その瞬間、母禮の心臓は何かを拒むかの様に強く跳ねる。確かに敬禮が『新撰組』に入隊すると3月辺りに会津を旅立ったのは確か。だがその後がおかしい。
そう、敬禮はあの時、母禮に対して「お前はここに残れ」と言った。更に彼が何故家を捨てて『新撰組』に入隊したのかさえ母禮は知っている。それは全て、この国に住まう民の安寧を願う為。
大鳥家はそもそも古くから会津へと身を置き、およそ200年近くに渡って影ながらでも政には積極的に携わってきた。だが、とある事を一件にその権威はほぼ失墜する。
だから今自分らに政に関われる術はない。なら治安維持に務める『新撰組』にわざわざ赴く事でまた別の角度からこの国の民を守る――そう敬禮は誓ったのだ。
しかし遊佐の口から出たのは、それを否定するだけの一言。
母禮の背に嫌な汗が伝うも、事の真偽を確かめるべく勇気を振り絞り、やけにうるさい心臓の鼓動を抑えながら、遊佐の話を黙って聞く事しか出来ない。
「でも事あって尻尾を掴んでもすぐ逃げる」
逃げる?――次々に吐き出される信じたくもない事実。 ドクン、と心臓の嫌な響きは相変わらず収まらない。そして止めと言わんばかりに出たのはこの一言。
「正直言えば、死者も腐る程出てるんだ」
「嘘、だ」
胸の内から流れ出すのは、形容できない汚泥の様な醜悪な何か。そして悲しみと拒絶。本当に、母禮にとってこれは信じがたい話だった。
大鳥家は代々、政に対して一言申すだけの高尚な一族ではない。いざとなれば、自ら手を汚し、1度正義であると決めた事は決して曲げずに最後までその命が尽きるまで尽くすというのを信条としている。
当然そこに人を殺めるという過程はあってもおかしくない。だが、母禮の中では否定したい言葉ばかりだった。
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