memory
「……で、どこから話せばいい?つかお前から質問してくれてもいいんだぜ?」
一方、影踏と樹戸が外でやり取りをしている間、母禮達も本題を切り出していた。
高杉の方が歳が上とは言え、あくまでこの2人は初対面である。高杉の礼儀極まりない態度なら、樹戸や影踏だけでなく、過去に関わりのあった新撰組の幹部は知っている。
だがそれでも尚、母禮にここまで好意的なのはどうもおかしい。そんな疑問が拭えない中、母禮は椅子に腰を掛けると同時にこう返す。
「長話になると言ったのは貴方だろう?まぁ、聞くとすれば、何故裏切った?」
そう、まずはこの一言に尽きる。何故彼は新撰組を捨てて、『生命の樹』のリーダーとしているのか。
『生命の樹』が如何なる経緯で設立され、何をしているのかなど、母禮にとってはどうでもいい。
しかし土方や遊佐の態度を見ていて感じたのは、彼らは高杉灯影という男を信じていた。
彼ならば命を懸けられると、土方は不明だが、あの遊佐が新撰組に設けられた規律を守るなら、それこそその規律を立てた者に敬意を抱いているからこその事。
なのに何故と逸る気持ちを抑えていれば、低い声で呆気なく高杉はこう返す。
「裏切ったワケじゃねーよ」
ただ高杉は天井を見上げながら、ぽつぽつと何かを懐かしむ様に呟いていく。まるであまりにも長い夢を語るかの様に。
そう、彼は夢を見ているのだ。
仲間を裏切り、正義を折ってまでここにいるのは全て悲願を叶える為。だから、彼はまだこの夢から覚めきっていなからこそ、やや酔った調子で呟く。
「俺様はよ、ただ1人の女に笑って欲しかっただけだ」
「?」
夢とはいえ、呆気なさすぎる理由。別段高杉は思春期の男子の様に、青い夢を追っている訳ではない。しかしその中身は彼にしか知りえないのだ。
意味の分からないと母禮は首を傾げれば、ずいっと高杉は母禮に顔を近づけて笑う。
「やっぱ親子なだけあって似てるな」
「親子?」
「お前の母親、大鳥杏子にだ」
「母さんを知っているのか?」
高杉の口から出たのは、確かに母禮の実母である大鳥杏子という女の名前。
母禮自身、母である杏子がどんな過去を送って来たかは知らない。だがまさかここで高杉が杏子の事を知っているとなると話は別だ。
一体如何なる関係かと思えば、ただ穏やかな様子で高杉はこう返した。
「そりゃあな、俺様の初恋の相手で一生愛する女だからよ。無論、その娘であるお前も」
「……一体どういう事だ?」
「まぁ、そう急かすな」
この数分と言える短い時の中で聞かされたのは、突拍子のない話ばかり。
確かに高杉の初恋相手が杏子だったとして、何故娘である母禮までもを愛していると断言出来るのかが母禮には分からない。
それを分かり切っているからこそ、高杉は落ち付いた様子を崩さぬまま。顔を話せばカップを持っては紅茶を飲み干す。
ここからがようやく彼の言った長話。故に舌を湿らせておく必要があったから、母禮にも茶を出しただけ。カップをテーブルに置けば、いよいよ高杉は話し始める。
「昔な、お前の母親は警察庁の各部署に配置される人間を育成してたんだよ。当初俺様は新設される新撰組を任される立場にあったし、世話にもなった」
そう、過去大鳥杏子という女は警察庁の中でも、警官育成の為に警官学校の教官を務めていた。
そこでの渾名は「鬼女」で、正に生徒からすれば恐怖の対象。それ程恐れられたが、同時にとても優れた教官でもあった。
だからこそ嫌味交じりに鬼女などと名付けられたが、杏子自身それに文句を言う訳でもなく、ただ生徒には厳しく、けれども敬意を払って教官を務めていた。無論、高杉はその教え子にあたる。
「当然あの人の教育を受けてて、あの人は言ったんだよ。自分も世の中で大勢の人が笑って欲しくて大鳥家に嫁いだが、何の意味もねーって」
今の時代男尊女卑など笑えた話だろう、そう高杉は苦虫を噛んだ表情をしながらも複雑そうに笑う。そして明かされたのは高杉だけに明かされた杏子の本心。
「男尊女卑の問題で自分自身はただ家事を任されるだけで、政に関して何か物申せば生意気だと罵られ……結局、意味のねー結婚だった。だからその無念を俺様達に預けた」
しかし今の時代が認めても、古来より受け継がれるしきたりがそんな事も認めるはずもない。それが大鳥杏子の盲点。
母禮の頑固な性格や正義感の強さは、元来杏子譲りのもの。彼女もまた母禮の親であったから、いくら優秀でも、酷く不器用だったのだ。
母禮の知らない実母・杏子の過去。あまりにも長い追憶に高杉自身黄昏そうになる。しかし、これだけならば、まだ高杉は許せた。
それは彼が杏子に惚れていたからだとか、男としてという理由では断じてない。それこそ本当に彼がこの世界を憎む始点となってしまった。だが、まだ高杉はそれを語らず、ただ経緯だけを母禮に話していく。
果たしてそれは母禮の為か、それとも己の満足の為か――正直こればかりは高杉本人にも分からない。だから自然と吐き出していた。
「それで教官を辞めさせられ、俺様が新選組の頭になる頃にはあの人はいなかった。けれども俺様は惹かれたのよ。あの人の直向きさに、その葛藤に立ち向かう勇気に」
「……」
惚気の様でいて、長い追憶と高杉が胸中に秘めた想い。
思わず母禮は黙りこむが、少し次の瞬間、高杉は自嘲交じりにこう吐いた。
「もう教官を辞めた頃には杏子は結婚していたが、俺様はそれでも気があるのだと馬鹿みてーに伝えた。するとあの人は苦笑しながらこう言いやがった」
「なんと?」
瞬間、高杉の瞳が暗く淀む。
正直高杉自身、ここから思い出したくもない事で、事実これを語った者など誰もいない。たった1人の旧友を除いて。
だが、高杉はある意味自身の悲願を叶える訳ではなく、これを伝える為に母禮をここまで攫ったのだ。だから如何なる気を起こしても、彼女には伝えなくてはならない。
「この後の日本と私の娘を頼む、ってな」
短くも重い一言。それを聞いた瞬間、母禮もまた時が止まった様な気がした。
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