ahead-3
「何してんだ?折角歓迎してんだ、こっちに来いよ」
相も変わらず傲岸不遜なその態度。だが母禮もそれに怯えてなどはいられない。
「今向かうさ」
息を吸っては、ゆっくりと息と共に言葉を吐き出す。何せ母禮も高杉には聞きたい事が山程あるのだ。
そう心に覚悟を決めては、目の前の大きな階段を昇り、昇りきったその先の光景に思わず呆気に取られた。
何せ、この広すぎる部屋にぽつんと小さな白いテーブルと同じく白い木製の椅子、小さな箪笥があるだけだった。
呆気ない様子の母禮に、高杉は「くっ」と小さく喉で笑って吐き出すと母禮にこう投げかける。
「味気ねーか?」
「いや……」
味気ないと言えばそうなのかもしれない。だが母禮の中で今感じたのは、遊佐と会話したときに覚えた様な気持ちだった。
この人も、彼らと同じくこんな道しか選べなかったんだ――と。
高杉はそう哀愁に耽る母禮を見て、気になったのか一拍置いてはこう呟く。
「あまり派手なのは好きじゃねーんだ、何事も。ここも樹戸さんから場所の取りすぎだって言われるが、俺様はこれでいいと思ってる」
「……」
「そんなに聞きてーか?俺様が新撰組を抜けた事」
「ああ」
重くそう頷く母禮。すると高杉は横に合った小さなタンスの上に置いてあるカップを母禮の元に置いては、紅茶を注ぐ。
「かなりの長話だ。退屈だろうから、茶は受け取って置きな」
この白い広大な空間に広がるのは、渋いアールグレイの匂い。母禮にはこの匂いには少し覚えがあった。
そう言えば、あの人もこれを好んで飲んでいた――と。
◆
「樹戸さん」
母禮を高杉の部屋へと送り出した後の事。樹戸が扉を閉め、廊下を歩く先には、何故か影踏の姿があった。
影踏自身、どこか不満気そうな表情で顔を顰めている。
すると樹戸も影踏の表情で言いたい事を理解したらしく、声を掛けられても別段驚く事なかった。しかし影踏は深刻そうにこう続ける。
「あれで良かったんですか?」
あれで良かったのか――影踏は数時間前からこの疑念と葛藤していた。
確かに兄である彼から指令を受けて、母禮を回収しに行ったのは紛れもない影踏だ。だが彼にはあの時から不安しかなかったのだ。
置いてきた斎藤が新撰組本部で、この事を報告しているから? 否。
もしかしたら新撰組がここに襲撃しにくるから? 否。
彼の不安の全ては、彼の兄である高杉灯影に対してのもの。しかし樹戸は些事だと影踏の言葉を受け流すように答える。
「構わないさ、逆に君は灯影と違って用心深すぎる。今の大鳥母禮には何もできないし、そして助けさえも来やしないだろう」
しかしこんな言葉など建て前、そんな事など樹戸は知っている。
もし、そう、例えばこんな事が起きたとしよう、と樹戸は仮定を口にする。
「我々の居場所が割れていたとしてもね。もし部下5000人を踏破した所で、構成員である我々は一筋縄では行かない事も分かっているはずだ。これが理解できない程、新選組も馬鹿じゃない」
「そうではなくて……」
どこかじれったいと訴えるかの様な影踏。だがこれも当然の事。
だがこれは必然なのであって、ようやく高杉と母禮が邂逅した今こそ、彼らの悲願が成就する。
樹戸はそれを、高杉の実の弟である影踏より分かっている。
俯き、不安を隠せない影踏を見遣っては「心配などないよ」と返す。
「灯影はそう揺ぎやしない。例え彼女が何を言ったとしてもね」
そう、高杉灯影と言う男は揺るがない。
それはもう樹戸が10年も前に会った時から。既に高杉灯影という男は狂っていたのだ。
正義でも我欲でもなく、仲間を見捨ててまでしたかった彼の悲願。
「奴は狂った英雄気質に取り憑かれてるんだよ。たった1人の女性を救う為だけに」
その旧友である樹戸だからこそ知る真実。
高杉灯影という男に秘められた真実とは、あまりにも儚く傍からみれば可笑しいものでしかないのだ。
.




