blessing-2
「あれ?」
ついさっきまで斎藤と母禮の姿を捉えていたのに、遊佐達は言い争っている内に2人は姿を消した。つまり、それを示す事はただ1つ。
「……バレていないとでも思っていたのか?そこのお三方」
「げっ!斎藤!?」
「いつの間にここに来たの!?やっぱ相似達が騒ぐから……!」
無論、斎藤はこれに既に気付いていた訳だ。母禮に異様に視線を向けていたのは、外の様子を気付かせない為である。そして斎藤はこの3馬鹿トリオに丁寧に解説をしてやる。
「ああ、音も見事に反射していたさ。何よりその卑劣な手を使うのはアンタらしかいないからな」
しかし1個上の階でしかも非常階段だというのに、遊佐達の背後から物音どころか気配すら感じさせずに現れた斎藤に驚きながらも、3人は必死に抵抗する。
「卑劣だなんて所以さんに最も言われたくない言葉だね!いつも漁夫の利を利用したかのように検挙率を上げてる所以さんにはッ!」
と遊佐が
「……卑劣じゃなくて覗くなってストレートに言えばいいのによ」
と花村が
「ごめん、悪気はなかったんだよ。けど異常だと思ってさ」
言い訳を並べる2人はともかく、比企はこう訴えながら、話を続ける。
「正直に言えば、人との馴れ合いを最も嫌う斎藤が土方さんの命令もなく、こうして大鳥さんと一緒にいるのかが気になってね。何せ君が2年前に入隊して俺の隊に配属された時とは全然違う」
そう、斎藤が新撰組に入隊したのは2年前で、前線への人手不足に悩んだ際に犯罪者リストの中から斎藤を選び、今までの罪を免罪する変わりに、新撰組への入隊を命じられた。
無論斎藤にとって良い話ではないし、隊員同士の結束の強さを見せつけられる度に、斎藤は吐き気を覚えた程。
そんな経緯もあって、最初比企の率いる第2部隊に配属された時は、正に孤高とも言える存在だった。だからこそ異常だと言えるのだ。
しかし今となっては過去の話。故に苦々しい様子で比企はこう続ける。
「……まぁ、それでもその2年をかけて俺らには心開いてくれたと勝手に見解してるけど、彼女……大鳥さんに対してだけには違う気がして」
「……」
「恋でもなんでもなく、ただ付き添っている様な。そんなに彼女が心配かい?」
「……ようやく見つけたんだ」
「え?」
すると斎藤は低い声で、今にも消え入りそうな声音でそう呟く。だがその声音からいつもの棘々しさは感じられない。寧ろ今自分は幸せなのだと言わんばかりの色を含ませて。
「俺の唯一にして最大の心の拠り所を。勝手に詮索するのはいいが、大鳥には見つかるなよ?特に比企。大いに絶望されるかもしれないからな」
「斎藤……」
鉛の様に重い一言を残すと、カンカン、と非常階段を下りて、自室の廊下で落ち合った母禮の頭を優しく撫でる斎藤。その様子は正に比企が言った様に、まるでどこか守ると言わんばかりに。
そもそも人付き合い自体を拒む斎藤が、こんな事を言うのは最早天地がひっくり返った心地だった。
先程までからかっていたものの、こうも現実を知ると思わずそのおかしさに遊佐は声を低めてこう切り出した。
「これって、恋だと思う?」
「んにゃ、俺にはそう思うぜ。アイツはああ言ったが、性格が性格だし拠り所と恋心の区別もつかないんだろ。」
「……」
「? どうしたの?比企さん」
「ん?ちょっとね……」
この時、比企だけは遊佐の問い掛けに対して何も答えない。だがどうしても何かが引っ掛かるのだ。
あれは恋ではない、と比企は思う。どちらかと言えば、斎藤が母禮に付き従っている様に見えるのが正直な感想。
(まさか……ね)
そこで思い返したのは、遊佐から聞いた先日の一言。
「所以さんったら、今れいちゃんを誘って神社に出かけてるんだってー」
(あの時に一体何が……)
今やそれを答える斎藤はいない。だが、比企らに彼らの関係を壊す事など出来ないのも事実。
何せ憎悪と贖罪によって結ばれた関係など、それこそ色恋と喩えられる様なものではないから。
◆
「あ、斎藤さん。突然出て行ったからどこに行ったか心配したぞ」
斎藤の部屋を出て、『大鳥母禮』となった母禮は斎藤の元へ駆け寄る。
「悪かった、少し気がかりな事があってな」
「?」
あの事態を知らない母禮は、当然首を傾げる。そんな母禮の頭を優しく撫でては、そのまま廊下から抜けだそうとした時、何かを思い出したのか一瞬だけ沈黙する。
「そうだ。今日の夕方から、第1、第2、第3部隊を総動員で集めて会議があるらしい。大鳥、マンションのオーナーに内線で連絡して場所を取ってきてくれ」
「上位3部隊全員を集めて……となると事は大事の様だな」
「そうなる、頼んだぞ」
「了解!」
概ね事を伝えては、すぐさま自室へと向かう母禮を斎藤は苦笑しつつ見送る。そんなに急がなくとも、俺の部屋から連絡をいれれば済む話なのにな、と胸中で呟きながら。
あの日以降、どこか斎藤自身の心が軽くなった気がする様な気がした。そして同時によく笑うようになった。
生きてきた道が道故に、誰も信用できず暗い道を歩んできた自分にとって、どれだけこれが救いな事か。
きっと幸せとはこうあるべきなのだろうな、と斎藤は微かにその喜びを1人噛みしめる。
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